「てめー菊池ーふざけんなー!!!」
「お前がふざけんなー!!」

今日も楽しげに橋本と菊池はじゃれあう声が教室に響いている。
鈴木は少々呆れながらもその様子を眺めていた。
まあ、ギクシャクしているよりは仲良くしているほうが好ましい。

「ほんっとーに、ラブラブよね。あの二人」
「そうだな」
「まったく、暑苦しいわねー」
「ああ、でもようやく落ち着いたんだな」

近藤が見ていた雑誌から顔をあげて、鈴木の視線の先に目を移す。
そしてつまらそうにそんなことをいった。

「へ?」
「なんか最近、あいつらケンカしてなかった?」
「うわ、さすが近藤、するどいなー」

自分しか気付いていないものだと思っていたから、鈴木は正直驚いていた。
しかし、近藤ならよく考えれば意外でもない。
仲間内で一番落ち着いていて、周りを見ているのは近藤だった。
静かで地味だから目立たないが、鈴木はその観察眼と冷静さに時々感心していた。

「まあ、そんな大したケンカでもなかったみたいだからー」
「そうか、まあ、恋愛は個人の自由だしな」
「………」

一瞬鈴木は言葉を失う。
近藤の発言が冗談なのか本気なのか図りかねたからだ。
あまり冗談を言うタイプでもないが、全く冗談を言わないというわけではない。
しばし考え込む鈴木。
言っちゃったほうが楽しいかな、と思いつつ鈴木はスルーを決め込むことにした。

「だよねー。まあ、夏だから暑苦しいけどねー」
「あいつらってどっちが男役でどっちが女役なんだろうな」
「………」

冷たい汗が鈴木の背を流れ落ちる。
冗談だと思いたい。
いや、これでばれていてもぶっちゃけ楽しいが、友人として一応ばれてないことを祈った。

「うーん、やっぱ菊池の方がテクニシャンだから男役かしら、でも橋本のほうが男らしいよねー」
「まだやってはないよな、そんな雰囲気ないし」
「…………」

近藤は茶化す様子もなく、ただ淡々と話している。
鈴木の笑顔が少しだけ引き攣った。
せめて冗談らしく言ってくれればいいものの、いつも落ち着いている近藤の感情は読みにくい。

「えーと、近藤?」
「なんだ?」
「……いや、なんでもない」
「そうか」

そして雑誌に目を落とす近藤。
鈴木はこれ以上つっこむことをせずに話を打ち切ることにした。
もしこれで怖い事実が浮かび上がってしまったら、大笑いしてしまいそうだったから。
まだじゃれあっている菊池と橋本を見て、心の中で二人の幸せを祈る。
しばし無言。
そして思い出したように鈴木は近藤に身を乗り出した。

「あ、そうだ、ねーねーねーねー」
「なに?」

雑誌から顔も上げずに問い返す近藤。
鈴木は気にすることもなく、近藤に向かってにっこりと笑う。

「近藤さ、俺とえっちしない?」
「………は?」

雑誌に目を落としたまま、さすがに動きを止める近藤。
ゆっくりと胡散臭そうに目の前の眼鏡に視線を移す。

「俺さ、一回男とやってみたくてさー。ねえねえ一回ぐらいよくね?俺女役でいいから」

肩を落として大きなため息をつくと、再度近藤は顔を伏せた。
落ち着いた声ですげなく返す。

「だめ」
「なんでー!」
「俺、好きな子いるから」
「あー、そういえばそうだっけ。じゃあ振られたらでいいよ」
「気が向いたらな」
「俺絶対うまいと思うよ!優良サービス!時間無制限!追加料金なし!」
「間に合ってます」
「いや、マジ、試してみろって!天国へご招待だよ」
「本当にどこか別の世界へ連れて行かれそうでいやだ」
「ったく勇気ねーなー」
「勇気と無謀は別物だ」

それでもまだ冗談交じりに口説き落とそうとする鈴木に、どうでもよさそうに、けれど律儀に返す近藤。
しばらくして、近藤は教室の隅で騒いでいる橋本と菊池に視線を向ける。

「俺はあいつらほど、根性座ってないしな」
「………」

そんなうららかな昼休み。





TOP   NEXT