「なんで近藤、鈴木から距離とってるんだ?」 橋本が無邪気に首を傾げて、机の向かい側にいる近藤を見上げた。 近藤はほとんど動かない表情筋に、わずかに力が入る。 橋本はいつもボケ倒しているくせに、変なところで鋭い。 「………いや、別に」 「なんかこの前までべったりだったのに、ここ2,3日避けてね?」 「そんなことはない」 机に突っ伏したまま、上目づかいになって橋本は近藤をじっと見ている。 子供のようなまっすぐな視線に、近藤はそっと視線をそらした。 「ふ、ふ、ふ、それはねー、橋本君」 「うお!」 静かな攻防を繰り広げていると、いきなり胡散臭い声が響いた。 どかっと音がして、机に突っ伏していた橋本の上に何かがのしかかる。 「恋よ、恋!」 ぐがっと奇妙なうめき声をあげて押しつぶされた橋本の上で、胡散臭い眼鏡が笑っていた。 鈴木は機嫌がよさそうににこにこと笑って、近藤に指を突き付ける。 「ねー、近藤君、アタシを見てドキドキしちゃうのよね!友達だったはずなのに、気付くと挙動不審になっている。目が合わせられない。けれど目が離せない。そう、それは恋!いっつラブ!」 「頼むから、笑顔でホラをふくのはやめてくれ」 「やっだもう、近藤君たら純情ね!」 ぺしぺしと近藤の頭を叩きながら、鈴木は更ににやにやと笑う。 近藤は返答に詰まって、むっつりと黙りこむ。 まるで怒っているかのようだが、仲間内では近藤は温厚な人間としてすでに知れ渡っている。 そこで鈴木の下敷きになっていた橋本が背筋を駆使して起き上った。 「ぷはあ!!何しやがる鈴木!俺を殺す気か!息ができないつーの!」 「あら、なんで俺の下にいるの橋本君。やだちょっとえっちね。俺の下なんて」 「やかましいわ!」 悪びれずに起きあがった橋本の背中に張り付いたまま、橋本の髪をくしゃくしゃと撫でる。 橋本は怒って、後ろを振り向いて罵詈雑言を繰り出す。 いつもの昼下がりの和やかな風景。 そこに、地を這いそうな声が割って入った。 「鈴木」 「あら、菊池君」 不機嫌そうに眉を釣り上げた菊池に、鈴木が手をひらひらとふる。 それに答えないまま、菊池はいまだ橋本に張り付いたままだった鈴木をひきはがした。 「相変わらず、心の狭い男だなあ……」 「うるせえ」 猫のように首根っこを掴まれてひきはがされた鈴木が、呆れたようにぼそっとつぶやく。 菊池は意に介さないまま、用件を簡潔に告げた。 「また三好が呼んでる」 「え、また!?あいつ俺に気があるんじゃねえの!?」 「ケツ差し出せば10くれるかもな」 「あ、そういうチャンスもあったのね!」 「化粧していってこい」 「はーい、鈴木君頑張っちゃう!俺の体で三好ちゃんをノックダウンよ!あれ、菊池も行くの?」 「俺、日直」 「じゃ、手つないで行こ」 「俺、三好に殺されなくないから」 そんな馬鹿馬鹿しい話をしながら、残された二人に別れを告げないまま鈴木と菊池は去って行った。 近藤は、疲れたように大きなため息をつく。 その大柄な体にふさわしくいつもどっしりと構えて、あまり物事に動じない。 そんな近藤が珍しく本当に疲れているようで、橋本は気遣うように様子をうかがう。 「大丈夫か、近藤?」 「ああ………」 「つっかれてんなあ。鈴木にからかわれまくってんの?」 近藤は困ったように曖昧に頷く。 人の悪口などを話していても、積極的に言わない近藤だ。 橋本は軽く肩をすくめる。 「気にするほど喜ぶと思うよ、鈴木」 「………分かってる」 「あいつ、近藤には本当に甘えてるよなあ」 「え?」 橋本は机に肘をつくと、手に顔を預けた。 思いもよらない言葉に、近藤は不思議そうに首をかしげる。 そんな近藤に、橋本はちょっと笑った。 「鈴木、悪ふざけをしていい人間をちゃんと区別してからかってるじゃん?」 「ああ」 苦虫をかみつぶしたように近藤は苦い顔をする。 悪ふざけをしてからかわれる筆頭は、近藤と橋本だ。 しかし橋本はそこまで気にした様子はない。 「菊池とか、からかいすぎるとマジギレするしさ。俺はなんでも真に受けるし、流すし、ちょっと物足りないみたいだし」 「お前をからかってる時も菊池をからかってる時も、いつでも楽しそうだけどな」 「まあ、そりゃな。鈴木だし」 「ああ、鈴木だしな」 「でも、たぶん、あいつ近藤が一番好きだよな。近藤は真面目にとって真面目に返してくれるし、それでも怒らないから」 近藤は眉間の皺はとれたものの、表情の選択に困ったようななんとも言えない顔になる。 好意をもってもらうのは誰であれ嬉しいものだが、悪ふざけの対象として好きだと言われても正直困る。 橋本は近藤の微妙な表情を感じ取ったのか、くすくすと楽しそうに笑った。 「たまにはガツッと言ってやれ。あいつも少しは反省するだろ」 「甘えてる、か」 「べったべたに甘えてるだろ。近藤って落ち着いてるしお父さんみたいだよな」 「………橋本、今のは傷ついた」 「へ?」 「いや、いい」 橋本に悪意はない。 近藤の言葉の意味が分からなかったようで、間抜けな声を上げる。 どうやらからかったりする訳ではなく、100%の好意から出た言葉だったらしい。 逆にそれが、近藤を深く傷つけた。 「でもまあ、あんま怒ってやるなよ。お前に怒られるとあいつマジへこみそう」 そんな近藤に気付かないまま、橋本はそんな言葉で締めくくった。 近藤はあいまいに笑う。 別に鈴木が嫌いなわけでもなく、怒っている訳でもない。 ただ、ふざけているのかなんなのか分からない好意の寄せ方に戸惑っているだけだ。 完全ノーマルな性癖をもつ近藤に、橋本や鈴木のようにノリと勢いで突っ走ることはできない。 軽くため息をついた近藤に、橋本は真面目な顔になる。 「でも、へこんでる鈴木ってちょっと見てみてえな」 「………俺も見たい」 「近藤、ちょっと怒ってみてよ」 その言葉に近藤は同じく真面目な顔になって考え込んだ。 |