視聴覚室に二人を残し、近藤と鈴木は教室に戻ることにした。
先ほどの橋本と菊池の様子を思い出したのか、鈴木がにやにやと笑う。
一見真面目そうな眼鏡の少年は、そんな顔をするととても性格が悪そうに見える。

「あいつら鍵かけたかなー。そういう余裕なさそうだったけど」
「………生々しい話をするな」
「あら近藤君、何想像したの?もー、やだ、このすけべ!どすけべ野郎!興奮しちゃった?いいわよ、私がその熱を沈めてあげるわ!」
「遠慮する」

右手を筒状にして、下品に上下に動かす鈴木に、深くため息をつく近藤。
疲れ切った近藤の態度に、鈴木がまた意地悪そうににやりと笑う。

「本当に近藤君はノリが悪いんだから」
「悪かったな」

少しだけ憮然として、近藤が低い声で答える。
背が高く精悍な顔立ちの近藤がそんな表情をすると近寄りがたい雰囲気だが、怖いのは顔だけだと分かっている鈴木は少し高い位置にある肩に腕をかける。

「俺はもうちょっと見てたかったのにー」
「なんであいつらの濡れ場なんて見なきゃいけないんだ」
「あれから喧嘩とかしたらどうするの!俺たちがついてなきゃ!」
「勝手にするだろうよ」
「まあ、近藤君は心配じゃないの!」
「………いや、特に」
「冷たい人ね!」

なじる鈴木に、近藤はまたため息をついた。
それを見て鈴木が少しだけ声色を落とす。

「近藤ってさあ、そういうところあるよな」
「何?」
「優しそうに見えてさ、結構突き放してる感じ。一応あいつらの友達だろ?ホモだからって態度結構冷たくない?」

言われて近藤は、隣で自分の肩に腕をかけている友人を見下ろす。
鈴木は相変わらず、にこにこと笑っている。
けれど笑顔のまま片眉をつりあげて、獲物を嬲る猫のように残酷さをちらりとのぞかせる。

「そうか?」
「ものすごく関わりたくないって態度」
「………うん、まあ、あんまり関わりたくないかな」
「うわー、やっぱり結構冷たいのね。友達なのに放っておくんだー。面倒見良さそうに見えて、結構そういうところ投げやりよねー。上辺だけの付き合いっていうかー」

いつもと少し違う絡み方に近藤が、じっと鈴木の顔を見つめる。
けれど、鈴木はやっぱり変わらずにこにこと笑っている。

「何?」
「………いや」
「何よお、何がいいたいのよお、はっきり言っちゃいなさいよ」
「友達だからって、なんでも知りたがる必要って、あるのか?」
「へ?」

近藤は前に視線を戻して、鈴木の腕を肩に乗せたまままた歩きだす。
背が高く姿勢がいい近藤の肩は、猫背ぎみの鈴木には実際の身長差よりも高く感じる。

「あいつらの恋愛事情にそこまで興味がない。うまくいっていればいいと思うけど、うまくいかなくても別にそれはそれでいいと思っている」
「へえ、やっぱり冷たいー」

いつものふざけた明るい声の中に、気のせいか少しだけ不機嫌さを覗かせている気がする。
しかし、近藤は気付かぬふりで先を続けた。

「二人とも友達として、楽しい奴らだし一緒にいたいとは思う。二人とも馬鹿だけどいい奴らだしな。それは、あいつらが付き合ってようと付き合ってなかろうと関係ないから」
「………」
「正直相談とかされても答えられるような人生経験ないし、困る。男同士とか未知の世界だし、俺ってそんな深く物考えられないし。話を聞くだけでいいとかならいいけど。後は喧嘩したりして困ってたら、出来ることあったらするけど」

授業中の学校内はシーンと静まり返っている。
ただ、ぺたぺたと二人分の上履きの音だけが廊下に響く。
今から帰っても、完全に遅刻で怒られるな、と少しだけ近藤はうんざりした。

「今回は、別に俺は必要なさそうだったし。だったら、別にそこまで関わる必要ない。友達だからって、何から何まで知りたいとは、思わない」
「………」
「まあ、冷たいと言えば冷たいのかな」

そこでちょっと自嘲にするように笑う。
そしてちらりとまた隣を見下ろす。

「というか、俺ってそんなに優しそうに見えるのか?」

予想外だ、と笑いを含ませた声で言うと、鈴木が肩からを離す。
急に軽くなった体に、少しだけバランスを崩す。

「鈴木?」
「………近藤君ってさあ」
「うん」

鈴木が一歩離れたところで、にこにこと笑いながら近藤を見つめていた。
楽しそうに悪戯を考える子供のような表情は、とても鈴木らしいものだ。
ちょいちょいと指をひらひらさせて手招きする。

「ちょっと耳貸して」
「なんだよ?」
「いいからいいから」

こんなに静まり返った人気のない廊下で何を隠すことがあるのかと思うが、鈴木は譲らなそうなので仕方なく一歩近づく。
言われるままに体をかがませて耳を近づける。

「ってえ!」

その瞬間、耳に鋭い痛みを走った。
反射的に耳を抑えて一歩飛び退く。

「あらやだ、歯型くっきり」
「何すんだよ!」

耳に思いっきり噛みついた当の本人は、変わらずにこにこと笑った。
けれどやっぱり、その笑顔にはどこか不機嫌さを滲ませている気がした。

「何でお前が怒ってんだよ」
「怒ってねーよ」
「鈴木?」

くるりと踵を返し、鈴木が元来た道に帰ろうとする。
教室とは逆の方向だ。

「おい、鈴木」

授業はどうするつもりだと問おうとすると、三歩歩いて鈴木が立ち止まる。
そしてくるりと今度はまた近藤に向き合う。

「鈴木?」
「うーん」
「なんだよ」

近藤を上から下まで、品定めでもするように舐めるように見つめる。
二度、三度、往復する視線に、近藤が居心地の悪さに身じろぐと、眼鏡の男は目がなくなるぐらいにっこりと笑った。

「俺、やっぱり近藤が好きだな!」
「は?」
「ね、近藤、俺と付き合おうよ!サービスしちゃう!」

先ほどからの鈴木の行動の意味がさっぱり分からず、近藤は黙り込む。
いつものようにふざけているのか。
それとも別の意図があるのか。
近藤には全く分からなかった。

「ね、ね、俺どーよ。絶対お買い得だって!」

けれどもう一度告白されて、近藤は正直に答えることにした。
鈴木の行動に意味を計ろうとするのは、所詮無理だ。

「………ごめん、無理だ。遠慮する」
「遠慮しないで!」
「してないから」

友人の意味不明な行動に疲れを感じてため息を感じると、鈴木は挑むように不敵に笑った。

「絶対、その気にさせちゃうから」

にこにこと笑う鈴木は、やっぱりどこか不機嫌さを滲ませている気がした。





BACK   TOP