私が、初めて藤原君に興味を持って、そして落ちたのは、クラスの皆で行ったボーリングだ。
運動は嫌いな方ではない。
私は本気でボーリングに挑み、男子と互角の勝負をしていた。
他の男子はそんな私をはやし立て、からかう。
女子は私を賞賛して、応援する。

分かってはいるのだ。
こういう時、好かれる女の子というのはボーリングがうまい女の子ではない。
いや、ぶっちゃけうまかろうが下手だろうがいいのかもしれない。
かわいくて一緒に楽しめて、男子の活躍を賞賛できればどっちだって、男子は楽しいだろう。
私みたいな野良犬がムキになって熱心に張り合っていたら、興も冷めるというものだ。

でも、分かっていてもどうにもできない。
それができたら苦労はしない。
急にキャラは変えられない。
そして、今までそうだったように、私のポジションは気兼ねなく付き合える女子、になった。
それに不満がある訳ではなかった。
私はそういうキャラだと思っていたし、そういうキャラになりたかったから。
女として扱われるのが、怖かったから。

でも、そのくせ、他の女子が男子に投げ方を教えてもらったりしてるのがうらやましかったりする。
思春期の女の子だし、一応。
でも、自分で作り上げたキャラを壊すこともできない臆病者だ。
結果、いじましく、媚び売ってみっともないとうそぶくより嫌な奴になる。
どうしようもない、負け犬だ。

「はい、どうぞ、三田さん、雪下さん」

そんな風に一応楽しんで、少しだけいじけていた時にあらわれたのが藤原君だった。
両手に持ったウーロン茶を差し出してくる。
それまで藤原君は、別に興味はなかった。
かっこよくて優しい人だったので、女の子の中で最初から騒がれてはいた。
でも、そんな人は私には関係ないので、興味の範囲外だった。
だから、ちゃんと話したのはその時が初めてだった。

「あ、ありがとうー」

美香はふにゃりとかわいく笑うと、ウーロン茶を受け取る。
私と美香は、出席番号が隣り合わせということで、自然と最初からつるんでいた。
そのボーリング大会の時も、一緒にいた。
美香は気兼ねなくそれを受け取った。
でも、私は差し出されたウーロン茶を受け取ってもいいものか逡巡する。
藤原君はそんな私に首をかしげて、再度差し出す。

「はい、どうぞ三田さんも」
「え、あ、いいの?」
「うん、どうぞ?」

にこにこと笑って、藤原君は不思議そうに促す。
私は小さく礼を言って、冷たく冷えたウーロン茶のカップを受け取った。
別に、今までこういったことがなかったとは言わない。
ジュースぐらい、持ってきてもらったことぐらい、ある。

でも、こんな風に優しげに微笑んでもらったことはない。
水滴に気を使って、ペーパーナプキンまでつけてくれて。
なんだか、照れてしまったのだ。
私にウーロン茶を渡すと、そのまま藤原君は私のベンチの隣に座った。
そして、何気なく私が指を押さえていたのに気づく。

「あれ、指どうしたの?」
「あ、これ、さっき間違って11号投げてさ。さすがに重くて指いてえ」
「投げる前に気づこうよ」

笑いながら、からかうように言うが、いやな気持はしない。
藤原君は最初から、嘲りや嫌みを含まない人だった。
そして、指に触れられた。
私は驚きと恥ずかしさで、言葉を失う。
一気に、顔が熱くなった。

「動かさない方がいいかもね。ちょっと腫れてる。指、綺麗なのにもったいない」

そんなこと、言われれたこと、なかった。
私は野良犬。
ガサツででかくて黒くて小汚い。
女らしいものを捨てて、それでいいと思っていた。
男の子から、綺麗、なんて言われたことない。

だから、嬉しかったのだ。
とてもとても嬉しかったのだ。
そんな些細な、他の女の子だったら気にもしないようなことで、落ちてしまったのだ。

なんで、藤原君が私の隣に来たのかなんて、考えもせずに。
いつもの私だったら気付いていただろうに。
それほどに、私は浮かれていたのだ。





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