今日もまた、私たちは一緒だった。 いつもいる空気の読めない男は、今はいない。 委員会とからしい。 心の底からよかったと思う。 あいつがいたら、何を言われるかわかったもんじゃない。 私は、今日の努力の結晶を二人の前に差し出す。 「どうだ、クッキー作ってきた!」 「お、ありがとう」 「さあ、美香も!」 「ありがと!」 藤原君がにっこりと笑って私のクッキーを受け取る。 美香も続いて、形の悪いクッキーを取った。 一口入れて、二人一緒に眉をしかめた。 私はその顔に、恐る恐る尋ねる。 「あ、れ、まずい…?」 「……しょっぱい」 「由紀、これ、塩と砂糖が……」 私はそのクッキーを手にとって一口食べる。 「う」 吐き出しそうになった。 予想以上に、ひどい。 二人ともよく呑み込めたもんだ。 「あ、ははははは、は」 「…………」 「…………」 笑ってごまかそうとするが、二人は困ったように眉を寄せる。 優しい人たちだ。 からかうことも、突っ込むことも笑い飛ばすこともできやしない。 「で、でもうまく焼きあがってるよ」 「そうそう、この前のケーキよりは全然うまくなってる」 フォローまでしてくれる。 なんてできた人たち。 「あーはははは、てへ!じゃ、そゆことで!」 「あ、由紀!」 「おい、三田!」 私はそのクッキーを二人の手から取って、ダッシュで二人の前から走り去る。 ちょっぴり泣きそうだったが、涙は飲み込む。 これは涙じゃない、青春の汗。 そして、猛スピードで廊下の角を曲がった。 「ぐふ!」 そこで、ラリアートをかけられた。 スピードが付いていただけ、衝撃はでかい。 私は後ろに倒れこみそうになりながら、喉を押さえる。 げほげほとせき込みながら、犯人につかみかかった。 「てめえ、何しやがる野口!殺す気か!」 「つい」 「ついじゃねえ!」 「ていうかお前が走ってくるから悪いんだろ」 「ぐ」 確かに廊下を走っていたのは私だ。 うつむいて前方不注意だったのも、私だ。 だがラリアートはかけないだろう、普通。 女の子に。 「よく、やるな」 野口は私の手の中のものを見ると、片眉を器用にあげてそれを取り上げる。 そして呆れたように冷笑を浮かべる。 私は、胸に苦いものがこみ上げる。 だから、野口は嫌いだ。 「うっさい」 「楽しい?」 「楽しいさ。ああ楽しいさ」 肩をすくめて溜息をつく野口。 ああ、本気で腹が立つ。 殴り飛ばしたい。 野口はクッキーをひとつ取り出すと、止める隙なく口の中に放り込む。 「うわ、まず」 「食うなよ!」 「すげーな。お前、こんなもん作れるって本当は料理うまいんじゃないのか?」 「うるさい、死ね!」 野口の手からクッキーを奪い返して、それを顔に叩きつける。 が、叩きつける寸前でガードされてしまった。 「ち」 「食べ物を粗末にするなよ」 「だから武器として再利用してんだろ!」 「正しく使えよ」 「正しく使えないんだよ!」 そんなこんなで野口相手に無駄な時間を費やしてしまう。 そして、見つかりたくなかった人たちに見つかってしまった。 「何してんの、お前ら?」 「あー、由紀いたー」 せっかく逃げたのに、捕まってしまった。 藤原君と美香がこちらに来る。 もう一回反対方向に足をむけようとすると、野口が腕をつかんだ。 細いくせに、男の手は力強くて動けなくなる。 「離せよ」 「逃げんなよ」 「逃げてない」 野口は鼻でせせら笑う。 ほんっとーに、こいつはムカつく。 一度絶対に叩きのめしてやる。 「この陰険眼鏡!」 「ガサツ女に言われたくない」 また言い争ってしまうと、藤原君がくすくすと笑う。 その笑顔に、私はまたときめいてしまう。 どうしても、ときめいてしまう。 「なんかお前ら仲いいよな」 「仲良くない」 「仲良くない!」 「息ぴったり」 今度は美香がくすくすと笑う。 くそ。 私と野口は苦虫をかみつぶしたような顔になる。 それにまた、藤原君と美香は笑った。 「まあいいや、一緒に帰ろうぜ」 藤原君はそう言って、私の隣に並ぶ。 野口は自然と、美香の隣に並ぶ。 いつもとはちょっと違うポジション。 これは嫌なポジション。 きっと間違ったポジション。 胸が痛くなるポジション。 |