今日も放課後は4人。 帰りにゲーセンに寄っていこうということになった。 私はいつものように野口と口論になって、藤原君から離れる。 口論が一通り終了すると、気がつけば恒例のポジション。 美香と藤原君は前方2メートル先で、楽しそうに話している。 そちらを見て、安心したような、苦しいような、どちらとも付かない感情に襲われる。 黙り込んだ私を見て、野口は薄い唇を意地悪そうに持ち上げた。 「本当によくやるよな」 「………………」 野口は嫌いだ。 その細い眼はすべてを見透かしているようで、居心地が悪い。 いや、実際こいつはすべてを見透かしているのだ。 こいつは、すべてを知ってるのだ。 「夢に浸っていたいのか、夢を現実にさせてようと頑張ってるのか」 「うるさい」 「どちらも中途半端で、なんともお粗末だけど」 「うるさい!」 触れられたくないところを、遠慮なしについてくる。 獲物を弄ぶ野良猫のように気まぐれに、残酷に。 「どちらにするにせよ、はっきりしろよ」 「………お前に言われるまでもない」 「見てるこっちがイライラする」 「見なきゃいいでしょ!」 「じゃあ、見せるなよ」 分かってる、野口の言ってることは間違ってない。 野口だって、見たくて見てるわけじゃないだろう。 私が、いけないのだ。 私が、やらなきゃいけないことなのだ。 だから、野口に口論で勝てたことはない。 正論すぎる上に、こいつに言われるのが腹立たしくて仕方ない。 それにしても、野口は私をこんな風に事あるごとにつつくのはなぜなのだろう。 藤原君に言うでもなく、明確に邪魔するわけではなく。 ただ、私に気まぐれに言葉を投げかける。 「あんた、何がしたいのよ。どうして私にそんなことばっかり言うんだよ」 「俺は楽しそうだから傍観してる第三者」 「………最悪の性格だな」 「うん」 野口は少し笑って、素直に頷く。 本当に、人の神経を逆なですることしかしない。 のんびりと伸びをしながら、野口はちらりと前方の藤原君に視線を送る。 「三田がどうするのかなあ、と興味あったんだよね」 「じゃあ、ずっと傍観してろカス。口出すな」 「藤原の前だと殊勝なくせに、言葉遣い悪いな。お前も女だよなあ」 「女だよ!」 そうだ、女だ。 女らしくすることもしないくせに、こんなところだけ、どうしようもなく女だ。 藤原君以外どう思われてもいい。 藤原君以外いらない。 藤原君さえいれば、他の誰が傷ついてもいい。 藤原君が手に入れられるなら、たとえ藤原君すら傷ついても、かまわない。 そんな、女の汚いところだけはしっかり持っている。 「でも、見ててもあまり面白くないしさ、いい加減どっちかにしろよ」 「……………できたら、してる」 「そりゃそうだ」 頷いて、野口は小さく笑った。 細い眼は感情が読み取りにくいが、いつだって楽しそうに笑っている。 藤原君とは大違いの、嘲りと嫌味をたっぷりと含んだ笑い。 だから野口は、大嫌いだ。 本当にこいつの考えてることは何もわからない。 こうして私の優柔不断で卑怯な所を断罪するくせに、何も行動はしようとしない。 いっそ、何もかも藤原君に言ってくれれば、私だって楽になれるだろうに。 「………藤原君に、何も言わないの?」 「言わないよ。俺はそこまで優しくない」 「…………クソ野口」 あくまでも私に選ばせる。 道をつぶすことすら、してくれない。 すべてを野口のせいにして、被害者になることを許さない。 嫌な男。 「でも、あんたには結構同情してるんだけど」 「どこがだよ!」 「だからこうやって助言してるんじゃん」 フレームの細い眼鏡を直して、野口はこちらに視線を送る。 切れ長の眼は、ただでさえきつくて睨まれているのではないかと思ってしまう。 というか。 「助言だったの!?」 「気付かなかったの?気遣いの一言だったんだけど」 「わかんねーよ!」 私は単に、野口が私を攻撃して楽しんでるとしか思えなかった。 というか絶対そうだと思う。 どの辺が助言で、どの辺が気遣いなのだろう。 これが本気だとしたら、こいつの思考はかなりズレている。 今に始まったことではないが。 私は疑いのまなざしで野口を睨みつけると、野口は心外というように薄い肩をすくめた。 本当に、猫のような男。 「まあ、せっかくだから後悔しない程度にすれば」 「………分かってるよ」 「だろうね」 「死ね、人でなし」 「よく言われる」 ほとんど表情を変えずに、野口は薄く笑っている。 何を言っても応えない、殴ってもよける。 だから野口は嫌いだ。 その分、こちらも手加減なしに殴って、言葉をぶつける。 だから野口は楽だ。 「おーい、早くしろよ!」 「あ、はーい!」 大好きな人に呼ばれて、痛い胸を抱えて私は駆け出す。 それでもやっぱりまだ、藤原君の隣を手放せない。 どうしたらいいんだろう。 このまま、何もなかったように続ければいい? すべてを終わらせて、皆を解放したほうがいい? 迷いは終わらない。 どうしたらいいか、わからない。 続けたくない。 でも、終わらせたくない。 自分からは何もできなくて、誰かが動いてくれるのを待っている。 消極的に終わりを、待っている。 でも、優しい人たちは、誰も動いてくれない。 「ま、せいぜい頑張って」 野口が後ろから、嘲笑う。 だから野口は嫌いだ。 迷ったままではいさせてくれない。 だから野口に、少しだけ感謝する。 迷ったままではいさせてくれない。 |