「ねえ、あんたってさ、本当に私のこと好きなの?」

夏休みだってのに、今日も野口といる私。
何してんだろ。
貴重な青春を無駄にしているような気がしないでもない。
まあ、することないからいいんだけど。

「好きだよ、いつも言ってるのに。そんなに確認したい?あんたが望むなら何度でも言ってあげるけど」
「違えよ!」

まあ、それもちょっとはある。
人に好きって言われるのはとても気持ちがいい。
でも、こいつはそれを見透かしてくるから、嫌だ。
そういうのは気づいていも口にしないのが礼儀だろ。

「じゃ、何?」

くすくすと意地悪く笑って、野良猫のように気まぐれな男はテーブルの向こうから視線を合わせてくる。
眼鏡の下の切れ長の目は、爬虫類のように冷たい。
けれどその目に見られると、最近動悸が激しくなってしまうから、変だ。

「たださ、三番目に好きな人間と付き合いたいの?」
「うん」

三番目に好きと告白されたあの日から、一月たった今も付き合おうと言われ続けている。
そしてセクハラも受け続けている。
好きって言われるのは気分がいいが、セクハラは勘弁してほしい。
それに、三番目っていうのはやっぱりひっかかる。

「………私は、やっぱり、一番目に好きな人が、いいな」

誰よりも好きな人と付き合いたい。
相手にも、誰よりも好きになってもらいたい。
もう、誰かの代わりも、二番目も嫌だ。
それは、普通の感情じゃないのか。
野口はジュースを啜ってから、いつもの台詞を口にする。

「俺は、一番好きな人間からは離れてた方がいいから」
「前にも言ってたよね、なんで?」

前から気になっていたことをついに問いかける。
なんで聞く気になったか、なんてことはあまり考えたくない。
けれど野口は勿論気付いて意地悪く眉を片方あげる。

「今日は嫌に聞くね。俺に興味が出てきた?」
「ち、ちがっ。もういい!」

違う、そうじゃない。
別に単に興味本位だ。
こいつがあまりに思わせぶりなことをいうから気になっただけだ。
っていうことをそのまま言えばいいのになんで動揺しているんだ私は。
私の反応に満足したのか、野口はひとしきり笑ってから答える。
最初っから言えばいいのに。

「前にも言ったけど、俺、一番好きな人間は手足もいで目を潰して拉致監禁したくなっちゃうから」

そして返ってきた言葉は、この男らしい常識外れの言葉。
涼しい顔で言い放つ言葉じゃない。

「………ホント、ひくわ」
「だろ、俺もひくわ」
「本当に、拉致監禁したの?」
「本当に今日はつっこむね」
「興味本位!」

ていうかここまで聞いたら聞きたくなるのは人情だろう。
別に私がこいつに特別な感情を持っているとかそういう訳ではない。
単に興味本位。
それだけだ。
野口は、ま、いいけどと言ってまたジュースをすする。

「拉致監禁は出来なかったけど、無理心中をはかった」
「………」

予想以上にぶっとんだ答えが来た。
本当にやばい、この男。
私が黙り込むと、野口は皮肉げに小さく笑う。

「ま、ちょっと嘘。別に無理心中しようって思ったわけじゃなくて、単にお揃いにしたくてさ」
「お揃い?」

無理心中じゃないのか。
そういう変な冗談は、ビビるからやめてほしい。
こいつが言うとマジっぽいし。
そして野口がシャツをおもむろにべろんと捲りあげる。
白昼のファミレスで、白い肌がむき出しになる。

「うわあ!」
「そんなに喜ばないでよ」
「喜んでない!」

なんだ、こんどは露出プレイか。
どこまで変態なんだ、この男は。
しかし、いつまでもしまう様子がないからつい、その白い肌に目が言ってしまう。
部活で外を走り回ってる私よりもずっと白くて綺麗な肌。
くそ、腹立つ。
けれど、そこに引き攣れたような大きな傷跡らしきものがあるのが目についた。

「………何それ」

私が見たのを確認すると、野口はシャツを戻した。
とりあえずしまってくれてよかった。
でも、嫌な予感がする。

「前に好きだった人がさ、昔女に刺されたって言って、ここに傷があったわけよ」
「………うん」

すごい嫌な予感がする。
そして野口はジュースの感想を言うように、無表情のまま先を続ける。

「だから、お揃いにしたくて」
「………」

言葉が出てこない。
えっと、女に刺されたって相手は男か。
それとも女か。
いや、つっこむべきところはそこじゃない。

「ひいた?」
「………ひいたってレベルじゃない」

心の距離が10キロは離れた。
駄目だ、理解とかできない次元にいる人間だ。
分からない。
こいつの考えてることが何も分からない。

「正直だなあ。で、まあ、そういうことしちゃう馬鹿でイっちゃってるガキだったから、そいつに言われたわけよ。お前は一番好きな人間からは離れた方がいいって」

思い出すようにふっと笑った野口に、ちくりと胸が痛んだ気がする。
多分、気のせいだけど。

「好きな人が出来ると、そいつしか見えなくなっちゃうの。自分のものにしたくて、同化したくて、いっそ食べてしまいたい」

同い年のはずなのに、どうやったらこんななれるんだろ。
私は、好きな人に好きになってもらう努力だけで精いっぱいで、そんなこと考えられない。
まあ、その人を自分のものにしたいって気持ちは、ちょっと分かるけど。
でもここまで極端なことは思わない。
ていうか普通の人は思わないだろ。

「………」
「感想は?」
「痛い。色々な意味で」

正直に言うと、また野口はくすくすと笑った。
最近、嫌みな笑いではなく、こんな風に笑うことが増えた気がする。
まあ、嫌みなんだけど。

「でしょ。だから、優しく愛せる、あんたがいい」
「………」
「俺も出来れば、好きな人には優しくしたいしね」

できればってところが気になるし、三番目ってことはやっぱり気になるし、そもそもこんな話を聞かされた後で頷く女がいるはずもなく。
つっこみどころ満載だ。
でも、私はそのどれでもなく、別の質問をしてしまった。

「私には、優しくできるわけ?」
「出来ると思うよ。今も優しくしたい気持ちでいっぱいだし」
「の、割にはかなり扱い悪くない?」
「そう?まあ、それも愛情表現」
「お前、歪んでる」

正直、本当にちょっぴり、ものすごいわずかに、ミクロぐらいに。
野口と付き合ってもいいかな、とか思っているのは確か。
こいつといても気合いいれなくてもいいし、ダラダラしてていいし。
それに、好きって言ってくれるし。
まあ、一緒にいるの、楽しいし。

「でも、ちょっとクラッと来てるでしょ」

チェシャ猫のように笑う眼鏡の男。
でも、やっぱり、最後の最後で躊躇してしまうのは、こいつのこの性格のせいだ。

「誰が来るか!」

私は本当に、どうしたらいいんだろう。
今日もその問いの答えは、保留となった。





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