今日は夏休み最後のイベント、夏祭りだ。
しょぼいながらも町内会が頑張って、いくつか花火とかを上げたりする。

「はあ」

毎年それなりに楽しみなお祭りは、今回ばかりは気が重い。
お祭りに問題はない。
一緒に行くメンバーに問題がある。

「はあ」

アレから、野口に会う、初めての日だ。
しかも、美香と藤原君が一緒。
途中で別れようね、とか言われている。
私は、どういう顔をしたらいいんだろう。
あいつら面白がっているだけだし。
いや、別に、今まで通りでいいんだけどさ。

『わー、やっと認めた!』

あの場で白状した私に、美香は楽しそうに満面の笑みでそう言った。
ジンさんも相変わらずくすくすと楽しそうに笑っていて、藤原君はなぜか彼が照れていた。

『それじゃあ、由紀の悩みを聞いてあげる』
『何それ』
『だってさ、由紀が野口君を好き!っていう、その大前提がなきゃさ、何を言われても、じゃあ別れれば?しか言えないじゃん』
『………』

それは、そうか。
確かにそうかも。
中学生時代に友達の恋愛の悩みとか聞いて、じゃあ別れればいいじゃんって思ったりした。
まあ、あれは悩みの形をした、ノロケだってことは知ってるけどさ。
あれ、てことは、私は今同じことをしていたのか。
うわ、恥ずかしい。
ああいうのは絶対しないって思ってたのに。
羞恥でのたうちまわりたくなっていると、美香が優しく笑って聞いてくる。

『由紀は野口君の何が不満なの?』
『………性格悪いところ』
『ふんふん。他には』
『変態なところ。人のことおもちゃとしか思ってないところ。根性ひんまがってるところ。それと………』
『うん』

私のことが、三番目なところ。
いくら現在一、二位不在でも、私はいつか本命が来たら捨てられるんじゃないだろうか。
そんな不安がいつも付き纏ってくる。
もう、他の人が好きな男と一緒にいるのは、嫌だ。

『………なんでもない』
『そうかあ』
『………』

美香はこくりとカクテルを飲みながら、何度も頷く。

『なんかさ聞いてると、なんで由紀って野口君好きになったの?』
『………なんでだろ』
『ね。野口君なんて本当に性格ひんまがってるし、上から目線だし、常に自分は冷静な大人ですーって態度で超偉そう』
『………なんかあったの?』
『べっつにー。同じ年のくせに俺はお前らと違うって態度ムカつくし、優しさなんて全然ないし』

本当に何があったんだ、美香とあいつの間に。
あいつ、美香に何をしやがった。
美香がこんなに攻撃的になることなんてそうないぞ。
後で問い詰めて殴ってやる。
美香に何かしてたら、許さない。

『野口君って、本当にさいってー!』

まあ、確かにそうだ。
藤原君が居心地悪そうにそわそわしている。
藤原君の、親友だしな。
確かに最低だ。
最低な奴だ。

『で、でも、結構人のこと見てて、やり方はアレだけど、一応人のフォローするし、嫌なところも汚いところも全部受け止めるし、人のこと嫌いになったり陰口叩いたりとかしないし』
『うん』
『分かりづらいけど、まあ、そこまで悪人でもない。ただ本当に根性ひんまがってるだけで』

私と藤原君のことがあった時、あいつは手を貸してくれた。
いつまでもうじうじと迷っていた私の、背を押してくれた。
ゴタゴタで友達が一時期少なくなっていた私の傍に、ずっといてくれた。
性格の悪い台詞を吐きながら、それでも多分気遣ってくれていた。
多分。

『多分、本当に少しだけ、優しいんだと、思う』

私の汚いところもいやらしいところも全部知って、それでもそれでいいんだって言ってくれる。
それで私は、どれだけ救われたか、分からない。

自分をちょっとだけ好きになったのは、藤原君のおかげ。
強くなれたのは、美香のおかげ。
それで、自分が嫌いにならなかったのは、野口のおかげ。

『やっぱり由紀は野口君のことよく見てるんだねえ』
『え』
『由紀も野口君のこと、好きなんだね!』

ふと隣を見ると、美香がにこにこと笑っていた。
とても優しそうに、先ほどまでのからかう様子とは違って、とても嬉しそうに。

『え、え?』

私は今、何を言った。
なんか、あいつのフォローをするようなことを、言ってしまったのか。

『これからも良をよろしくね』
『俺からも、野口頼むな』

ジンさんと藤原君も、微笑ましそうに私を見ている。
なんだ、これは。
恥ずかしい。
ものすごい恥ずかしい。

『え、え』

違うんだ。
私は悩みを言っていた訳で。
あいつの嫌いなところを上げていただけで。

『わー、ノロケられちゃった。熱い熱い』
『若いっていいねえ』
『野口、三田と会えてよかったな』
『え、え、え』

全身が真っ赤になっているって分かるぐらい、熱い。
クーラーが効いているはずなのに。

『まあ、結局好きになっちゃったなら仕方ないよね』

そして美香が、そんな台詞で締めた。

「はあ」

なんてやりとりがあり。
結局悩み相談でもなんでもなくなり。
まあ、あの後、愚痴はいくらでも聞いてあげるからねって言われたけど。
しかし美香の奴、本当にどんどん性格悪くなってる気がするけど気のせいか。

「はあ」

ああ、気が重い。
あいつにどんな顔して会えばいいんだ。
そんでもって、美香のにやにや顔が今から思い浮かぶ。
何も言わないといいけど。

「おまたせ!」
「よ、三田」

顔を上げると、馬鹿っプルが連れだって現れた。
美香はかわいい白地にピンクの朝顔のレトロな柄の浴衣を来て、髪を結いあげている。
耳には私の好きな風鈴の形のピアス。
おくれ毛が、ちょっと色っぽい。

「あれ、由紀浴衣じゃない!」
「え、だって持ってないし」
「えー!!!野口君がっかりだよ!」
「知るか!」

浴衣を着るなんて思いもしなかった。
そういえばそういう選択肢があったんだな。
まあ、持ってないし、あいつにそんなサービスしてやるつもりもない。

「野口は?」
「まだ来てない」
「おかしいな。あいつんちこっから結構近いんだけど」

そう、なんだ。
だいたいの方向は知ってるけど、詳しい場所までは知らなかった。
ここらへんなんだ。
私、本当にあいつのこと、全然知らないんだな。
聞きもしなかった。

待ち合わせの時間までは、後10分ほどある。
まだ来なくても、おかしくはない。

「あ、メール」
「私も」
「俺も」

三人同時に着メロが鳴る。
揃って取り出すと、予想通りにそれは待ち人の名前。

『ごめん。風邪でダウン。楽しんできて』

簡潔な文章は、具合が悪いせいなのか。
もっと早く言えよって思うけど、大丈夫、かな。

「大丈夫かな、野口君」
「あいつ、一人暮らしだから心配だな」
「え!?」

私が携帯から顔を上げると、藤原君は不思議そうに首を傾げる。

「え?」
「一人暮らしって、なに」
「あれ、聞いてない?」
「知らない………」

そんなことも、知らなかった。
いっつも夜遅くまでバイトとかで出歩いたりしてるみたいだけど、両親何も言わないのかな、とは思ったけど。
自由だなって思ってたけど。

「あいつんち、親父さんの単身赴任にお母さん付いてっちゃったから一人暮らしなんだよ」
「………」

私はこんなことも、知らなかった。
あいつのこと、知ろうとしてなかったのかな。
八つ当たりだけど、私より野口に詳しい藤原君に、ムカムカしてくる。
あいつも、私に言えよ。

「あ、家すぐ近くだから行く?案内するけど。お見舞い行こうか」
「よし、藤原君、珍しく冴えてるね!」
「珍しくって………雪下………」

彼女のひどい言葉に、藤原君はショックを受けている。
けれど美香はそんなこと気にせずに、握りこぶしで気合いを入れた。

「よし、由紀!お見舞い行くよ!でも、私たちはお祭り行くから玄関でお別れね!」
「え」
「さあ出発!」

ぐいっと手をひかれて、私はそのまま連行された。





BACK   TOP   NEXT