熱くて、とても熱くて、寝苦しくて、目を開ける。
体がギシギシと軋んで、ベッドが堅くて、頬に当たる感触はちくちくして、いつもと違う。

「いた、い」

なぜだろうと目を開くと、そこはママと私の好きなイエローに溢れた部屋じゃなかった。
空は星が出ていて暗いのに、後ろは、真っ赤だ。

「………パパ、ママ?」

手に当たる草の感触。
それで、ここが自分の部屋ではなく、外だということに気付く。
ここは、家の庭だ。
そして、なぜかずぶぬれになっている私。
それでも寒くないのは、なぜなのだろう。
辺りを見回すと、家は、真っ赤に染まっていた。

「え?え、え、パパ?ママ?」

バチバチと音を立てて、家が軋んでいる。
燃えている。
家が燃えている。
炎に煽られ、ちりちりと髪の毛が焦げる感触がする。

「なんで、パパ、ママ!パパ、パパ、ママ!」

私は痛む体を起こして、大好きな人達を探そうと家に近づく。
けれど轟々と風を立てて炎は巻き上がり、私は熱に怯んで近づけない。

「パパ!ママ!」

何がなんだかわからなくて、涙が溢れてくる。
パパとママはどこ。
なぜ家が燃えているの。
どうして。
皆どこ。
なんで私はここにいるの。

「おい、なんでこのガキがここにいるんだ!」
「あいつらと一緒にこの家にいるんじゃないのか!」

その時、後ろからヒステリックな男性の声が響く。
振り向くと見知らぬ男の人が三人いた。

「………あ」

一瞬、人がいたことにほっとするが、すぐにその言葉の中身が不穏であることに気づく。

「どうする?」
「………」
「おい、顔見られたぞ!」
「もういい!殺せ!」

この人達は、あの、怖いおじさんと、同じだ。
私を、傷つけようとしている人。
怖いことをする人。
痛いことをする人。

「嫌!」

パジャマで裸足のまま、私はその場から駆けだす。
けれど草は剥き出しの足を傷つけてうまく走れない。
結局すぐに私は捕まってしまった。

「よし、殺して、家の中に放り込んじまえ」

嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。
怖い怖い怖い怖い。

怖い。



***




「磯良にふられたら、今度は転校生?」
「あんたって本当に男好きだよね」

自分よりも絶対的に弱い存在をいたぶる喜びに顔を歪ませながら、女の子たちが私を取り囲む。
今日の人達は、同じクラスの子達。
いつもは怖くて、哀しくて泣きそうになるが、今日は何も感じなかった。

「………」

今は、それどころじゃないのだ。
この人達に関わっている、暇はない。
この人達も一緒。
あの人達と一緒。
人を傷つけて喜ぶ人達。
皆、人を傷つけないと、生きていけないんだろうか。
私も、カガ君を傷つけた。
皆、人を傷つけて行く。

「あれ、菅野さん?」
「あ、あ、蛇穴、君」

現れた蛇穴君が無邪気に笑うと、女の子たちがつまらなそうに鼻を鳴らして、すっと笑顔になる。
そして蛇穴君に親しげに話しかけながら去って行った。
皆いなくなると、蛇穴君が苦笑しながら近寄ってくる。

「大丈夫?」
「だ、だい、大丈夫。あの、あり、ありがとう」
「俺は、君を守るためにいるんだから、これくらいはお安い御用」

優しく穏やかに笑う蛇穴君に、胸がきゅうきゅうと痛む。
人を傷つけるのが好きな人達ばかりじゃない。
優しい人だっていっぱいいる。
私はそれを、知っている。

「あ、あの、あのね、さ、蛇穴君、お家に、来てもらってもいい?」
「ん?」

だから、私はそれを信じたい。
嫌なことよりも、いいことを信じたい。

「そ、相談、したい、こと、あるの」

ここからどうせ逃げられないのなら、私は、いいことを信じたい。
いつか蛇神様かパパとママが迎えに来るまで、私は、いいことを信じたい。

信じたいと思っている。



***




「どうしたんだい、水葉ちゃん、俺まで呼び出して」
「どうしたの?」

今日も叔母さんは仕事で遅くなる。
家にいた勝田さんも一緒に、私たちはリビングに集まった。
優しい勝田さん。
優しい蛇穴君。
この人達なら、相談出来る。

「あの、あの、ご、ごめんなさい、突然、よ、呼び出して」
「いや、いいんだよ」
「何を相談したいの?」

まずは呼び出したことを詫びると、二人は首を横に振ってくれる。
それにほっとして、私はすーはーと深呼吸を繰り返して気持ちを落ちつける。
これから言うことは、とてもとても勇気がいる。
けれど、逃げたらいけない。
どうせ私は、逃げられないのだから。

「二人に相談、したいことが、あって」

私のたどたどしい話に、けれど二人は苛立つ様子もなくじっと聞いてくれている。
それに安堵して、私は先を続ける。

「お、叔母さん、最近、会社、大変みたいだから、わ、私の、お金、あげられないかな、って」
「………水葉ちゃん?」

蛇穴君と勝田さんが、眉を顰めて不審げに首を傾げる。
私は勝田さんを見て、もう一度確認する。

「大変、なんですよね、勝田さん」
「ああ、それは………」

曖昧に、言いづらそうに頷く勝田さん。
蛇穴君が困惑しながら、聞いてくる。

「水葉ちゃん、叔母さん、お金に困ってるの?」
「お、叔母さんは、な、何も、言ってないけど」

そう、叔母さんは何も言わない。
何があっても、あの人は私に何か言うことなんてないだろう。
私に弱みなんて、絶対見せようとしないだろう。

「………もしかして、最近、水葉ちゃんの周りで変なことが起こるのって」
「そ、それは、それは」

言葉がうまく出てこなくて、代わりに私は首を横に思いっきり振った。
叔母さんの訳がない。
叔母さんのはずがない。

「なんだい、それは蛇穴君」

勝田さんが、その言葉を聞き咎めて、聞いてくる。
私が止める間もなく、蛇穴君が教えてしまう。

「最近、水葉ちゃんが、危険な目に遭うことが増えていて………」
「………何だ、それは」
「水葉ちゃんに何かあったら得する人間って、一番は、和江さん、ですよね」
「………」

勝田さんが息を飲んで、一瞬黙り込む。
けれどすぐに拳を握って、首を横に振る。

「最近、様子がおかしいとは、思っていたんだが………、まさか、そんな」
「お、叔母さんはそんなこと、しないよっ」

私はようやく声が出せて、その考えを否定する。
叔母さんは私の一番近しい身内。
私に残された、最後の身内。

「………でも、水葉ちゃん」
「………」

蛇穴君と勝田さんが、苦しげに眉を顰めて口ごもる。
私は何度も何度も首を横に振った。

「でも………」
「あ、あの!で、でも、例え、お、叔母さん、だったとしても、おか、お金、入れば、叔母さん、もう、大丈夫、だよね?」

もし私のお金が目当てだと言うなら、お金をあげれば、それで済むのではないのだろうか。
お金が必要だというのなら、私は全部あげたって構わない。
私が成人するまでのお金さえあれば、いいのだから。

「………」
「………」

蛇穴君と勝田さんが、顔を見合わせる。
そして、視線を交わし、重々しく口を開く。

「だが」
「水葉ちゃん」
「だ、だって、お金、なんだよね、目的は。お、おば、叔母さん、それで、大丈夫、だよね」

勝田さんが、苦渋に満ちた顔で沈黙し、そして深くため息をついた。
その後、ゆっくりと首を横にふる。

「………水葉ちゃん。色々なことがはっきりするまで、それはやめておこう」
「でも」

私の言葉を軽く手で遮って、勝田さんがじっと私の目を見る。

「和江が、そんなことするとは考えたくない。けれど確かに、今あいつが金に困ってるのは確かだ。君は、とりあえず、あいつから離れた方がいい。お金やその他の対策については、それから、ゆっくり考えよう」
「………でも」
「いいから。俺に任せてくれないか。君の住むところを用意する。少しの間だけだ」

信じたい。
信じたい。
信じたい。

「あの、あのね」

信じ、たかった。

「二人とも、勘違い、してるよ」

信じられれば、よかったのに。






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