喉が引きちぎれそうなほどに叫ぶ。
助けて助けて助けて。

「あはは、来ないでしょ」
「カガ君っ!カガ君!」

蛇穴君が馬鹿にするのも、気にならない。
だって、それでも、カガ君はいつだって来てくれるんだから。

「カガ君っ!」

勝田さんと蛇穴君が鼻で笑う。
確かに馬鹿だ。
私がいらないと言った。
私が切り捨てた。
けど、それでも。

「やっと呼んだな」

そうやって、いつだってカガ君は、来てくれるのだ。
呆れたようなうんざりしたような顔をしながら、馬鹿な私を助けに来てくれるのだ。

「カガ君っ!」

その姿を見た途端、全身に力がみなぎる気がした。
胸が熱くて、目が熱くて、体が熱くて、気持ちが一杯になる。
カガ君カガ君カガ君カガ君。
来てくれた来てくれた来てくれた来てくれた。

「カガ君、カガ君、カガ君っ!」

恩知らずな私だけど、馬鹿な私だけど、見捨てないで、いてくれた。
いや、見捨てて欲しかった。
もう私に構わないでよかった。
カガ君を私のために、犠牲にして欲しくなかった。
でもそれでも、
やっぱりこんなに、嬉しい。
ごめんなさい、馬鹿でごめんなさい。
恩知らずでごめんなさい。
こんなに酷い女でごめんなさい。

「な、磯良!?」
「磯良!?」

勝田さんと蛇穴君が、後ろに現れたカガ君に驚いて振り向く。
カガ君は二人を気にする様子もなく、すたすたと歩いて私に近づいてくる。

「カガ君っ」

転がっていた私を見て、カガ君が不機嫌そうに眉を吊り上げる。
そしてようやく叔母さんのところにいる勝田さんと、私の傍にいる蛇穴君を見て吐き捨てるように言った。

「人の女に手出してるんじゃねえよ」

勝田さんがいち早く我に返って、叔母さんの手からゴルフクラブを取る。
そして振りかぶって、カガ君に襲いかかった。

「カガ君っ!」

それが振り下ろされてカガ君の頭に落とされる映像が脳裏に浮かび、恐怖から声を絞り出して叫ぶ。
そんなのは、絶対に嫌だ。

「うわっ」

けれどそのクラブは、振り下ろされることはなかった。
カランと、音をたてて、クラブが床に落ちる。

「な、なんだ。な、何、なんだ!」

勝田さんが何度も何度も手を振り回す。
その動揺の意味が分からなくて、私は自由にならない体で必死に勝田さんの方に視線を向ける。
勝田さんは腕を振り回し、その場でじたばたと踊るように暴れている。
何かを振り払うように、腕を振り回す。
何か、何かが勝田さんの腕に、絡みついている。

「人の名前まで騙りやがって。やることがみみっちいんだよ。おかげでいい迷惑だ」

カガ君の凍りつくような、低い声。
白い何かが、勝田さんの腕に絡みついている。
いや、腕だけじゃない。
足にも、首にも、細長い何かが、絡みついている。
そして一際大きなものが、胴にも絡みつく。

「へ、蛇!?」
「な、なんだ、これ」

蛇穴君の声も聞こえてそちらを向くと、座り込んだ蛇穴君にも同じように全身に何かが巻き付いてる。

「蛇!?おい、なんだ、これ」
「知らないよ!」

そう、何か。
蛇が、二人の全身に、何匹も何匹も絡みつく。
二人を締め付け拘束するように、絡みついている。

「磯良っ!?」

カガ君が私の傍にいる蛇穴君に近付いて、汚いものでも見るように顔を顰める。

「お前が蛇神だって?寝言は寝て言え雑魚」

ぎりぎりと、蛇は二人の体を締め付けているようだ。
蛇穴君が痛いのか、息が苦しいのか、顔を歪めた。

「あ、は」

けれどカガ君を見上げて、浮かぶのは笑顔。
肌に食い込む蛇がまるで気にならないように、蛇穴君は笑う。

「………あ、は、あははは、あは」

腕も足も胴にもツタのように蛇は絡みついている。
白い少しぬめぬめとした、けれど綺麗な蛇が絡みついている。
そして蛇穴君の喉に、きつく絡みつき食い込む。
グロテスクで綺麗なその光景は、まるで何かの、オブジェのようだった。

「まさか本当にいるの!?お前が蛇神!?あっは、あははは、あは、やっべうける!あは」

見ている私にも分かるぐらい、蛇の締め付けがきつくなった。
高らかに笑っていた蛇穴君の声が、途絶える。

「ぐっ」

みるみるうちに顔が真っ赤になって、そしてどす黒くなっていく。
呼吸を求めるように口を開き、舌がだらりと垂れ下がる。

「ぐぐ、ぐ……っ」

そして、カクンと、全身から力が抜けた。
糸の切れた操り人形のように、どさりと音を立てて、その場に崩れ落ちる。

「さ、らぎくん?」

返事はない。
気絶したの、だろうか。

「おい」

呼ばれて顔を上げると、そこにはいつだって傍にいてくれた人が立っていた。
いつものように眉間にしわを寄せて、私を見下ろしている。

「カガ、くん」

カガ君が一度、目を瞑る。
そして、またゆっくりと開いた。
すうっと、息を吸う。

「お前は、だから人の言うこと聞けって言っただろうが!」
「ひっ」

叱りつけられて、息が喉で絡まる。
カガ君は私を見下ろして、眉間の皺をまた増やす。

「それでこのざまだ!いい加減学習しろ!お前に近づいてくる奴にまともな奴なんてほぼいねえんだよ!こんな怪しい近づき方してくる奴を信用するなんてどこまで頭足りないんだよ、お前は!」
「ひ!ご、ごめ、ごめ、ごめん、なさい」

まだ何か言いたげにするが、何度も謝る私に、ふっとため息をついた。
そしてソファに落ちていた叔母さんのジャケットを取り、それで私を包む。

「勝手に人に見せるな」

それから腕を戒めていたネクタイも、取ってくれた。
自由にはなったが、血が通っていなかった手は痺れていてうまく動かない。
感覚を取り戻すように何度も何度も手を振る。

「大丈夫か?」
「かが、くん」
「なんだ?」

すぐ目の前に跪く幼馴染は、やっぱり綺麗な顔をしている。
リビングの光の下、黒い髪も黒い目もキラキラ光って綺麗だ。
ずっと傍にいた。
ずっと傍にいてくれた。
私の、幼馴染。

「か、がくんが、蛇神様?」
「………」

勝田さんに絡みついていた、カガ君の腕ほども太さがありそうな大きな蛇がするすると近寄ってきて、カガ君の体に絡みつく。
ちろちろと赤い舌を出して私を見ているが、怖くはなかった。
蛇は、好きだ。

「怖いか?」

聞かれて、思いっきり首を横に振る。
蛇は怖くない。
カガ君が蛇神様。
全く考えていなかったことだが、けれどそれはなぜかひどくしっくりといった。

「こわく、ないよ」

蛇は怖くない。
蛇神様も怖くない。
けれど、カガ君は、少し怖い。
そう、怖いのだ。
ずっと、怖かったのだ。

「………覚えてないよな。そうだよな。まあ、俺が忘れさせたんだけど」

その言葉に、頭がずきずきと痛む。
そう、この痛みは、あの時のことを考えると浮かんできた。
あの火事の日のことを思い出すと、決まってこの頭痛がした。
そして、怖くなった。

「そう、俺が蛇神」

蛇を巻きつけたカガ君は怖い顔であっさりとそう言った。
目を細めて、いきなり私のおでこにデコピンする。

「いたっ」
「考えてみりゃ分かるだろうが!磯良って苗字も名前も、最初っから全部ネタバレじゃねえか!気付け、アホ!」

名前。
カガ君の名前。

「かが、ち君」

磯良輝地、それがカガ君の名前。
けれどネタバレと言われても、私には一体何のことだか分からない。
首を傾げた私に、カガ君がまた不機嫌そうに眉を吊り上げる。

「この間抜け、アホ、ノロマ!」
「いた、いた、いたっ!」

何度も何度もデコピンされて、おでこがジンジン痛くなる。
カガ君の手から逃れて、慌てておでこを抑えた。

「………う」

その時、騒がしい私たちに意識が戻されたのか、倒れていた叔母さんが小さく呻く。
呻きながら、ゆっくりと体を起こす。

「叔母さん!?」
「………な、なに」

殴られた頭を抑えながら、眉を顰める。
額には血が滲んでいて痛々しい。
早く病院に行かなければいけないかもしれない。

「叔母さん」
「一体、何が………、水葉……?ひっ!?へ、蛇!?何!?」

すぐ傍に倒れていた勝田さんに絡みつく蛇に、叔母さんが飛び退いた。
そして頭が痛んだのか頭を抑えながら、きょろきょろとあたりを見回す。

「え、え、え、あんた磯良!?え、な!?」

カガ君が立ち上がって、叔母さんを見下ろす。
その体に巻き付いている大きな蛇に目を見開き、叔母さんが口をぱくぱくと金魚のように開いたり閉じたりする。

「な、え?な、なに?」
「こいつは人の世にあっては憂きことが多すぎる。不運を招き、不幸を撒き散らす」

叔母さんの混乱が収まるのを待つことなく、カガ君は静かに言った。
不運を招き、不幸を撒き散らす。
まさしく、私のことだ。
ここにいるだけで、私は多くの人に迷惑をかけて不幸にする。

「こいつの父親に頼まれていたから、今までは人の世に置いていた。けれど、これ以上はこいつ自身にも辛いだろう」

辛かった。
ずっと辛かった。
この世界は痛くて苦しくて汚いことばっかり。
パパもママももういない。
私を愛してくれる人は、いない。

「水葉、人の世は、お前には辛いだろう」
「………うん」

辛かった。
逃げたかった。
どこか遠くへ行きたかった。
だからずっと、蛇神様に会いたかった。

「それでは、水葉。俺と一緒に来るか?」

カガ君、蛇神様は私を見下ろして、静かにそう言った。





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