放課後、私がなんでも屋として根城にしている使われていない教室で北川と二人話す。 建物の構造上出来てしまったデットスペースで、物置にしかならない狭い部屋は先生の好意で好きに使わせてもらっている。 「退屈させるなってのは、具体的にはどうしたもんでしょうかね」 「それは君が考えてよ。そのために買ったんだし」 「えー………」 北川は薄暗くて汚い部屋でも王様のようにふんぞり返って座っている。 学校の安っぽい木の椅子が、まるでビロード張りの玉座にすら見えてくる。 北川に突きつけられた200万の条件と言うのは、中々に難題だ。 しかし前金で半分すでに受け取ってしまった身としては放り出すわけにはいかない。 与えられた対価にはそれに見合う労働を。 ばあちゃんに叩きこまれた教えは、私の中に強く根付いている。 「楽しいことをすればいいんだよね」 「そう。退屈なんだよね。本をよく読んでるって言われたけど、あれは単なる暇つぶし。特に本が好きな訳じゃない」 「勿体ない時間の使い方だなあ」 「下らないことをしているよりはよっぽどいい」 友達と遊ぶ、とかはないのだろうか。 それも北川にとっては下らないことなのだろうか。 私が言うのもなんだけど暗い青春だ。 本を読んでる暇があったらその分色々出来るだろうになあ。 勿体ない。 まあ、それはともかくとして、雇い主の求めには最大限応じる努力をしなければいけないだろう。 「えっと、じゃあ、私がして楽しいこととか………」 「何?」 「一緒にお金を数えるとか」 「却下」 「私と一緒に勤労の尊さを知る」 「バイトとかする気はない」 「中村円による食べれる草と雑草の見分け方講座ー!裏の山で実地体験ができるよ!」 「取ってどうするの?」 「夕飯にす」 「却下」 「小銭が落ちてそうな自販機探し」 「今までで一番駄目」 「じゃあ何が楽しいのよ!」 「それの何が楽しいのさ」 「何もかもよ!」 北川が心底呆れ果てた顔で私を見下ろしてくる。 あ、やばいゾクゾクする。 なんかそういう虫けらを見るような冷たい目で見られるとドキドキしてしまう。 「なんでそんな無駄なことを僕がしないといけないの?」 「無駄じゃないよ!少しくらいそういう苦労を知った方がいいよ、北川。自分でお金を稼ぐって素晴らしいんだよ」 「君に払う200万は自分で稼いだ金だよ。投資でね」 「なんと!」 「まあ、元本は親から借りたけど利子をつけて返した」 そういう人がいるっていうのは聞いていたが、本当に株とかって稼げるものなのか。 家がお金持ちっていうのはちらっと聞いていたけど、自分自身も金持ちなのか。 今私の中での北川への好意がかなり上向きになった。 自分で金を稼ごうとする人間はいい奴だ。 「今株って大変なんじゃないの?」 「やってたのは株だけじゃないけど、まあ、一時期よりは難しくなったけどやりようによる。ただ、短期売買は時間を食うし疲れるから最近はやってない」 「そ、そう」 なんか難しいことを言っているなあ。 そういう方面はさっぱりだ。 「君は金が欲しいって言うくせにそういうのはしないの?」 「そうなんだよね。一時期そういうのもやったほうがいいかなって思ったんだけどさ、なんか違うんだよね。ネットトレードとかさ、お金が見えないでしょ?」 「うん?」 「なんか、実感がないんだよね。お金が見えないやりとりって現実感がなくて、しっくりいかない。お給料も手渡しがいいなあ。あの給料袋がすごいときめくんだ」 「貧乏人の発想だね。目先の金しか見えないって、一番金を稼げないタイプ」 馬鹿にしたように冷笑を浮かべて肩をすくめる北川。 お金を稼ぎたいと言いながら効率の悪い方法を取る私を、それこそ本当に馬鹿にしているんだろう。 「あー、まあ、確かにそれはそうかもしれない」 「認めるんだ」 「うん。貧乏性だなってのは自分で思う」 確かに目先のお金を、ちまちまと稼ぐ私は貧乏性なのだろう。 本当に稼ぎたいなら、やり方はごまんとある。 「うーん、お金持ちになりたい訳でもないんだよね。お金が欲しいってだけで」 「変なの」 「分からないかなあ。なんだろうなあ。小銭が好きなのかなあ。このがま口が常にいっぱいだと嬉しいし。いや、でもお札も好きだしなあ」 なんでも売る気はあるし、お金が稼げるならなんでもやる気がある。 でも、投資とかは何かが違うのだ。 この手でお金を稼いでいる実感が欲しいというか。 自分でもその辺はよく分からない感覚だ。 「まあいいけど、それで、僕をどうやって楽しませてくれるの?」 「うーん」 考え込んでいると、その時がらりと教室のドアが開いた。 「中村さん!なかむらさーん!」 「あれ、望月さん」 飛び込んできたのは同じクラスの望月さん。 小柄で中々に可愛らしい女の子は、なんだか真っ赤な顔を泣きそうにくしゃくしゃにしている。 割とそそっかしい子は、よく物を落としたりなくしたり壊したりで私の常連客だ。 「また何か落としたの?」 「うん!彼氏からもらったピアス落としちゃったのー!」 「ありゃりゃ、ピアスか、そりゃ難題だ」 ピアスのような小さいものは探すのが大変だろう。 森の中で葉っぱを探すかのようだ。 「いつまで持ってたの?」 「えっとね、さっき体育の時間の前まであって、その後着替えた後にはもうなかったの………」 「そう」 体育となると、校庭か。 更に難易度がうなぎ登り。 体育用具とかに混じっていたら絶望的だ。 「校庭も廊下も探したけど、全然なくて!」 「うーん、そりゃ困ったなあ」 「お金出すからあ!」 「うーん」 「中村さんー!」 別にまあ、探すのはいいのだ、いつものことだし。 例え見つからなくても手間賃は払ってくれる子だ。 「て、ことなんだけど」 ただし、今の私は北川の専属。 行動には全て許可とらないといけないだろう。 「いいよ。探しておいでよ。そうだな、まずは校庭にいってみたら?」 「おお」 予想に反して北川はにっこりと笑ってそう言ってくれた。 もっと心が狭い奴だと思っていた。 いや、望月さんがいるからだろうか。 外面はすごいいい人だし。 私に対しては買ってからは本性らしきものが全開だけど。 「あれ、北川君?」 「こんにちは、望月さん」 「なんでここに?」 「中村さんに用事があってね」 「そうなんだ?」 望月さんが不思議そうに首を傾げる。 私が北川に買われたという噂は一応回ってはいるが、誰も200万っていうのは信じていない。 ただの冗談だと思われている。 まあ、普通はそうだ。 実はしっかり貰ってはいるのだけれど、誰かに言いふらすつもりはない。 厄介なことになるだろうし。 「それより、行かなくていいの。日が暮れるよ」 「そうだね!ありがと!んじゃ行ってくる!」 ピアスの形状を聞いて、私はそのまま二人を置いて、教室から飛び出した。 日が暮れる前に心当たりの場所は探してしまわないと。 そして放課後の校庭中を駆け巡って隅々まで探し、体育の先生に聞いて、部活をしている生徒達ににも話を聞いて、体育用具入れを探して、それでもなかった。 たっぷり1時間は駆け巡って一旦教室に帰る。 「校庭にはなかったなあ。皆にも聞いたけどそれっぽいのはなかったって言ってるし」 「うううう」 「ピアスって小さいからなあ」 「うわああああ」 望月さんはとうとう泣きだしてしまった。 しまった。 「あー、泣かないで泣かないで。ちゃんと探すから」 頭を撫でながら慰めると、優雅にお茶を飲んでいた北川が声をかけてくる。 「廊下探してきたら?後は更衣室とか」 「そうだね、行ってくる!」 「うん。望月さんは僕が見てるよ」 そうだ、うだうだしている暇があったら即行動。 そして今度は更衣室と廊下を隅々まで探して帰ってくる。 「やっぱりない!」 「早かったね。結構足が速いんだね」 「中学校の頃から新聞配達してるからね!脚力には自信あり!」 「ああ………似合うね」 「ありがと!」 足も速くなるし、お金は稼げるし、何よりあの労働しているって感じがハンパない。 高校になってからはやめたけれど、大好きなバイトだった。 「にしても、ないなあ。どうしようかな。とりあえずポスターでも作ろうか」 「う、うう………」 先生たちにも話を通しておいて、ポスター作って貼りだして、後は待つしかないかもしれない。 諦め半分にそう提案すると、望月さんは哀しそうな顔をした。 罪悪感が疼く。 その時北川がさらっと望月さんの持っていたスポーツバッグを指さした。 「望月さん。体育着を入れてるバッグってそれ?」 「え、あ、うん」 「それじゃ、そこの前のポケットとか、中に内ポケットとかあるのかな。そこ見てみて」 「え、え、うん」 不思議そうな顔をしながらも、望月さんは慌ててバッグを漁りだす。 穏やかな物言いだが、なんとなく北川の言葉は聞いてしまうような威圧感がある。 「あ、え、え、嘘!ええ!?」 そして、望月さんが驚きの声をあげる。 北川が、穏やかに優しく笑う。 「あった?」 「な、なんで分かったの!?」 そしてバッグから出した手には、可愛らしい花の形をしたピアスが二つ握られていた。 なんと、灯台下暗しって奴か。 「彼氏に貰った大事なものなんでしょ?」 「う、うん」 「だから、体育で落としたりしないようにしまったのかなって思って。望月さんはそういう物を大事にするようだったから。この前も彼氏にもらったっていう指輪を技術の授業の前にちゃんとしまってたのを見たから」 優しい声で言う北川に、望月さんの顔が真っ赤に染まる。 彼氏とラブラブだとしても、イケメンの優しい態度は攻撃力が高いようだ。 「す、すごーい!北川くんすごい!」 「あはは、たまたまだよ。あってよかった」 「う、うん!ありがとう!ありがとう!あ、お金、払うね!」 「僕はいらないよ。中村さんにどうぞ」 「あ、いいよ。私何もしてないし」 北川の申し出はありがたかったが、対価に見合う労働をしていないのだから、貰う訳にはいかない。 今回の手柄は全部北川のものだ。 「もらっておけば?走り回ったのは君なんだし」 「うん、そうだね。じゃあ、中村さんありがとう!」 「えーっと」 しかし差し出された1,000円札には抗いがたい魅力がある。 この大きさ、この色。 ああ、でも、駄目だ、私は何もしてない。 「君は僕のものなんだし、僕の手柄は君のものでいいよ」 「えー、あの話って本当だったの!200万円!」 「あはは」 北川は笑って、そのまま答えることはなかった。 望月さんは冗談だと受け取ったようで、同じようににこにこと笑う。 「あはは、なんか変な組み合わせだけど、仲いいね」 「え、えっとー」 「とにかくありがとう!じゃあ、私これからデートなんだ!本当にありがとう!」 そのまま私の手に1,000円札を押しつけるようにおいてくれて、軽やかな足取りで教室から出ていく。 ああ、貰ってしまった。 だって、1,000円だったんだもん。 これを振り払うことなんて、できない。 罪悪感は疼くが、据え膳食わぬはなんとやらだ。 確かに走ったのは私だし、一番の功労者の北川はいらないっていうならもっておこう。 「えーと、ありがとう、北川。すごいね。小学生な高校生探偵とか、名探偵の孫っぽかったよ!」 「なにそれ。あの子、この前もそうやって指輪なくしたって大騒ぎして結局机から出てきたよね。頭弱いの?」 「うおう、毒舌」 まあ、それは強く否定はできない。 あの子はいつもそうやって大騒ぎしていることが多い。 それでもかわいい容姿と素直な性格で全く憎めないのだが。 北川はさっきとは打って変わった冷たい笑顔を浮かべる。 「君も頭弱いよね。校庭走り回る前に荷物チェックでもしたらいいのに」 「へ?」 「ピアスなくすとしても、両方なくすとかあり得ないでしょ。普通落とすとしたらキャッチだけとか片方だけとか。二つとも綺麗になくすなんてない。それだったら自分でどこかに置いたって想像つくでしょ」 「あ、そーか!」 確かにそうだ。 二つ同時に一気になくなるなんてほとんどあり得ないだろう。 あれ、でもとなると。 「もしかして、最初からバッグの中に入ってるって思ってたの?」 「バッグとは分からなかったけど、どこかに置いてあるとは思ってたよ」 「最初から?」 「最初から」 「あれ、じゃあ、私はなんで校庭を走りまわったの?」 「君がぜーぜーいいながら走り回って無駄な体力と時間を使ってる様子が楽しかったから」 北川が朗らかないい笑顔で言い放つ。 なんたる鬼畜。 人を人とも思わない最低の発言。 「き、北川」 「何?」 私の震える声に、北川は動じた様子はなく首を傾げる。 拳を握りしめて衝動を抑えようとする。 ああ、でも駄目だ、堪え切れない。 「北川!」 「何?」 「ご、ご主人様って呼んでいい!?」 「は?」 たまらん。 本当にたまらん。 この人、こんなツボな性格だったのか。 「ドキドキします。やばいです、そのドSっぷり、ゾクゾクします」 「………」 「ね、ね、なんかこう、ご主人様とか、旦那様とか呼んでいいでしょうか!」 もっとこう、命じられたり罵られたり振り回されたりしたい。 すごいしたい。 この王様気質の人に虐げられたいかもしれない。 私の中にこんな私がいたなんて。 M気質で下僕体質だとは思っていたが、こんなにドキドキするなんて。 「やばい、なんか新しい世界の扉が開けそう」 「開かなくていいから。ていうか開かないで。一生閉じておいて。施錠をしておいて。溶接しちゃって」 「そう仰らず!なんでもしますから!なんでも命じてください!」 このイケメンの王様気質な男に下僕として扱われるって、予想以上に快感だ。 ああ、今のその汚物でも見るような冷たい目がたまらない。 「………気持ち悪い」 「あ、ありがとうございます!」 ゾクゾクと背筋に快感が駆け巡る。 そんな嫌そうに言われると、たまらん。 「………早まったかな」 北川が顔を顰めたまま、静かに言った。 |