「宮守、今日も部活来る?」

佐々木と知り合って二週間ほど。
部活には、四回ほど参加させてもらった。
佐々木はよく話しかけてくれて、毎日が凄く楽しい。

「あ、うん、まだ入るかどうかは決まってないけど、行ってもいいかな」

まだ父さんや一兄には部活のことを話せていない。
二人とも忙しくて中々捕まえられなかったり、会ってもタイミングを掴めない。
家をおそろかにすることで怒られたり、体のことで反対されるんじゃないかとちょっと不安でもある。
でも佐々木は頼もしく笑って頷いてくれる。

「うん、先生も来いって言ってる」
「じゃ、じゃあ、行く」

顧問の先生も先輩たちも、佐々木の友達ということでよくしてくれる。
なんだか夢見ていた中学生活だ。
早くちゃんと、仲間に入りたい。

「佐々木ー」

教室の入り口で、誰かが佐々木の名前を呼ぶ。
佐々木が顔を上げるのにつられて俺もそちらに視線を向ける。

「お、藤吉」

そこには細身の、眼鏡をかけた男子がいた。
俺や佐々木よりも、どことなく大人びて見える。

「漢和辞書返せー」
「あ、わりわり、こっち来て」

佐々木が慌てて自席を漁りながら、藤吉と呼ばれた男子を呼ぶ。
藤吉は仕方ないなーとぶつぶつ言いながら近づいてくる。

「ありがと、ごめん」
「ちゃんと返してよー」

親しげに話す二人を見ていると、それに気づいたのか藤吉が視線をこちらに向ける。
不躾にじっと見ていた自分が恥ずかしくなって、慌てて視線を逸らす。

「どーも。なに、佐々木の友達?」

藤吉は俺の失礼な態度を気にした様子はなく朗らかに笑う。
笑顔がすごく温かくて、なんだか眩しいと思った。

「あ、そうそう。宮守、こいつは藤吉。5組な」

佐々木が紹介してくれて、俺は慌てて頭を下げる。

「あ、よ、よろしく、宮守です」
「ですって」
「え、あ」

俺の態度が楽しかったのか、藤吉がくすくすと笑う。
また、変なことをしてしまっただろうか。
佐々木が呆れたように笑って、フォローしてくれる。

「こいつちょっと変なんだよ。でも結構いい奴」
「そっか。よろしくな宮守。俺は藤吉です」
「よ、よろしく」

藤吉はやっぱり朗らかに笑ってくれる。
さすが佐々木の友達だけあって、とても明るくて親しみやすい奴だ。

「同小だったんだけど、こいつ面白いぜ」
「あ、え、えっと」
「宮守は何小だったの?」
「えっと」

突然話を振られて、みっともなく慌ててしまう。
手を無意味にばたつかせると、机に当たって置いてあった教科書が落ちてしまう。

「わ、わわ!」

慌てて拾い上げると、佐々木が苦笑しながら手伝ってくれた。

「何やってんだよ、どんくせーな」
「ご、ごめん」
「本当に仕方ねーな」
「まあまあ」

藤吉もしゃがみこんで一緒に教科書を拾ってくれる。
それにも御礼を言いながら、情けなくて恥ずかしくて顔があげられない。

「なんかこいつって、面倒見てやらなきゃって感じなんだよな」
「佐々木、兄ちゃんみてー」
「あー、確かに宮守弟みてー」

同級生に弟扱いをされるのは恥ずかしいが、でもそれでも親しさを感じて、嬉しかった。



***




「お前、部活まだ入らねーの?」

更に一週間経つと、佐々木が少し苛立ったように言った。
確かにこんな風にぐだぐだとしていたらいけない。

「ごめん。まだ、親に言えないんだよな。いい加減言わなきゃって思うんだけど」
「さっさと言えよ。練習もあんまり出てこないしさ」
「ご、ごめん」

まだ父さんや一兄に言えてないし、修行の時間や、力の残り具合を考えて、あまり無理は出来ない。
意地を張らず、天にもっとこまめに頼めばいいんだけど。
それで許可を貰ったら、修行の時間を少し融通してもらうことも出来るだろう。
双兄だって、あんなに好き勝手にやっている。

「本当に仕方ねーな」

佐々木は不満そうに口を尖らせるが、すぐに明るく笑った。

「今日は行けるんだろ?」
「う、うん」
「じゃあ、帰りにコマツ寄って帰ろうぜ!」
「うん!」

佐々木は本当に大人で頼もしくていい奴だ。
こんな俺にも声をかけてくれて、優しくしてくれる。

もっともっと、仲良くなって、一緒に部活とかして、遊びに行きたい。



***




正式に部活に入らず一か月経ってしまった。
体験入部のままだが顧問の先生は許してくれて、練習に参加させてくれる。

「一本!」

佐々木との立ち会いで、俺は初めて佐々木から一本取れた。
いつも、早く一本とってみろよと言われていたから、嬉しくて防具を外して佐々木に駆け寄る。

「わ、やった。佐々木、やった!」

不慣れな近代剣道で上達しなかったが、頑張れば佐々木は褒めてくれた。
だから、今回も、褒めてくれると思った。
一緒に喜んでやったなって言ってくれると思った。
一兄や双兄みたいに、褒めてくれると思った

「………」

けれど佐々木は、防具を外すと無言で唇を噛んだ。
その不機嫌そうな様子に、膨れ上がっていた喜びは、一瞬にして萎む。

「あ、えっと、佐々木?」

何か、してしまっただろうか。
喜んだのは、無神経だっただろうか。
そういえば俺も天との試合で負けると悔しくて、こんな態度を取ってしまう。
それはそうだ、負けるのはすごく悔しい。
それなのに俺は、こんな風に何も考えずに喜んでしまった

「佐々木、ご、ごめん。俺、無神経だった。喜んだりして、ごめん」
「………別に」

佐々木は視線を逸らしながら、それだけ言った。
でも一瞬後に、ちょっと笑ってくれる。

「すげーな、お前」
「あ、ありがと。で、でもまぐれだよ。俺、剣道、全然やってないし」
「そっか」

やっと笑ってくれたことにほっとして、俺は大きく頷いた。



***




「お前、ちゃんと部活やんねーくせに、調子に乗んなよ」
「………ご、ごめんなさい」

佐々木から一本をとった次の部活の時、先輩達に呼び出された。
いつも優しくて明るかった先輩達が、怖い顔で俺を取り囲む。
人が怒っている空気は、ピリピリと肌を指すようで、怖くて、痛い。

「あんなの、まぐれなんだからな」
「は、はい」
「やるんだったら、部活に入れよ。筋トレとかちゃんとしないくせに、都合のいい時だけ出てくんな」
「………は、はい」

先輩たちのいうことはもっともだ。
それなのにまぐれで一本とったくらいで、調子にのって喜んで。
そんなの、先輩たちも怒るにきまってる。

その後の練習は、どうしたらいいか分からなくて、ぎこちない動きになってしまった。
こんな風に練習に出るのも、図々しい気がしてくる。
打ち合いをしていた佐々木が不満そうに口を尖らせる。

「なんかお前、手抜いてない?」
「ぬ、抜いてないよ」
「………」

抜いている訳じゃない。
迷いがあるのと、供給をしていなかったことで、力が入らなかった。
部活後、片付けを終えて一緒に帰る佐々木が、さっさと部室から出て行ってしまう。

「宮守、俺、今日先に帰るから」
「う、うん」

どこか不機嫌そうな佐々木に、どう声をかければいいのか分からない。
だから、俺は、引き留めることなんて出来なかった。



***




「宮守、今日部活行く?」

佐々木はそれでも部活に誘ってくれる。
でも、まだ入部を決めてない俺としては、部活にいきづらい。
先輩たちも、いい気分はしないだろう。

「あ、今日は、やめとく」
「お前、まだ決められない訳?」

さすがに佐々木が苛立ったように、声に険を含ませる。
一兄や父さんは、まだ捕まらない。
たまに顔を合わせた二人は、慌ただしく忙しそうで、話す機会を逸してしまう。

「あ、もう、ちょっと、待って」
「………いいけどさ」

俺の煮え切らない態度に、それでも辛抱強い佐々木は頷いてくれた。
今日こそ、言おう。
父さんか一兄に、お願いしよう。



***




「お前、部活興味ないなら、そう言えよ。中途半端にするなよ」
「そういう訳じゃ、ないんだけど」

興味がない訳じゃない。
むしろ、部活には入りたい。
でも、昨日は供給不足でぶっ倒れてしまい、一日寝ていた。
全部自業自得で、なんでこう、俺は愚図なんだろう。

「すごい、興味はあるんだけど」
「もういいよ。お前、元から上手いし、部活に入る必要なんだろ。なら最初から言えよ!」
「ち、違う!違う!佐々木、ごめん!違う、佐々木!」
「うるさいな!」

優しい佐々木を、とうとう怒らせてしまった。
佐々木は俺の言葉に、背を向けてしまう。

「行こうぜ、藤吉」

教室の外で佐々木を待っていた藤吉が、不思議そうにこっちを見ている。

「へ、いいの?」
「いい」
「そう?」

胸がキリキリとして痛む。
せっかく出来かけた友達を、失ってしまう。
優しくて明るくて大らかで、それなのに、俺が愚図なせいで、怒らせてしまった。
部活の先生も先輩たちも優しかったし、部活も楽しかったし、何より佐々木がいた。

このまま、部活で、皆と過ごしたかった。



***



佐々木を怒らせて、一日経った。

「………今日こそ、今日こそ、言おう。今日こそ、言う」

役立たずでみそっかすな俺が、家のこともしないで部活なんかしていいんだろうか。
ただでさえ無為な存在なのに、修行を怠っていいのだろうか。
少しでも、力を使いこなすことに専念するべきじゃないだろうか。

「………」

とりあえず、佐々木に謝ろう。
そして今日、とりあえず父さんと一兄に話して、二人の裁可を仰ごう。
それに従おう。
部活に入らなくても入っても、どちらにせよ佐々木には謝ろう。
学校について下駄箱に向かうと、佐々木の声が聞こえてきた。

「あ」

声をかけようと、下駄箱に早足で近づく。
佐々木は俺に背を向けていて、俺に気付いていない。

「あいつってさ、暗いしトロい癖に、なんか偉そうだよな。少し剣道がうまいからって手抜くし、なんか見下してるし」

心臓がぎゅっと握りしめられたように、竦む。
全身の体温が一気に下がった気がした。

「確かに暗いよなー」
「そういえば、この前何もいないところに話しかけてんだけど」
「うっそ、何それ怖!」

最近話すようになっていたクラスメイト達が、笑いながら話している。
楽しげに、話している。

「やっぱあいつがオバケって、本当なのかな」
「あはは、だから暗いのかな」
「やべー、キモイ」

こんなの、小学校の頃は何度も言われてきた。
慣れている。
だから気にしない。
慣れている。
俺が全部悪いんだ。
やめようって思ってるのに、この前も学校で見かけた鬼に驚いて変な態度を取ってしまった。
兄弟達なら、こんなことにはならないのに。

「………」

ここから、動けなくなってしまう。
佐々木になんて話しかければいいんだろう。
佐々木たちの集団は、楽しげに話しながら、教室へ向かう。
その後ろ姿をぼんやりと見つめて、気付いた。

「佐々木!」

思わず追いかけて、佐々木を呼び掛ける。

「は、な、み、宮守!?」

佐々木と、クラスメイト達は、きまり悪そうに視線を泳がす。
でも、そんなの今は気にならなかった。

「なあ、昨日、変なところ行かなかった?」
「はあ?」
「なんか、怖いところ行かなかった!?」

佐々木の右手には、蛇の形をしたものが巻きついていた。
強い邪気を感じて、気持ち悪くなる。
昨日まではあんなのいなかった。
あれは、よくないものだ。
あんなの巻きつかせておいて、いいことなんてない。

「………何言ってんの、お前」

佐々木は薄気味悪そうに、俺を見ている。
しまった、またやってしまった。
こんなこと言われても、見えない人にとっては俺が変な奴なだけだ。
でも、放ってなんておけない。

「あ、えっと、右手、大丈夫?」
「はあ?」
「右手、調子悪くないか?」
「………何が?」

今のところ影響はないのだろうか。
でも、このままでいたら、悪い影響が出る気がする。

「お、おい佐々木行こうぜ」

佐々木の隣にいた今川が、佐々木の袖をひいて促す。
クラスメイト達は、俺を気持ち悪そうに見て、さっさと去っていく。

「あ、き、気をつけて。怪我とか、しないで」

どうしたらいいか分からなくて、ただ、そうとしか言えなかった。





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