「ど………」
「兄さんと、この人たちを助けるために、うっかり邪気をふっ飛ばしすぎちゃってさ、ここ綺麗になりすぎたんだ」
「………?」

腹ばいに寝っ転がったまま見上げると、天は悪戯っこのように笑う。
無邪気な年相応の少年の顔。
でも、なぜか、その笑顔に寒気がした。

「このままじゃここ、ゴミ捨て場として機能しなくなっちゃうからちょっと汚していかなきゃ」
「っ………!」

その言葉に焦って起き上がろうとするが、体は言うことを行かない。
喉が焼き切れたように痛み、声もでない。

ゴミ捨て場。
父さんや母さんの言葉で言えば、捨邪地。
言葉通り、邪を捨てる場所。
邪をためる場所。
淀んでなければ、いけない場所。
綺麗になっては、いけないところ。

人が集まって暮らせば、必ず邪気は生まれる。
そして、それが集まる場所ができる。
それは自然の流れ、決して止めることはできない。
たとえ一か所を綺麗にしても、どこかでまた淀みができる。
下手に手を出すと、より大きな歪みとなって、より大きな邪を生み出す。
人間、俺達管理人ができることは、被害が最小限になるためにコントロールすることだけ。
ある程度の汚れは、仕方ないこと。
そこに引き込まれ、犠牲になる人間がいることも。

仕方のないこと。

「ちょうどよかった。今ならまだ兄さんのためこんでた奴をこの人に入れて家に縛り付ければなんとかなりそう」

だから、天のやろうとしていることも、管理人として、当然のことなのだ。
でも。

「……て、んっ、や、め」

必死に手をのばして、天の足にしがみつく。
弟はそんなみじめな俺を見下して、小首を傾げる。

「やめてほしいの?友達だから?」
「………っ」

声が出ないが、必死で訴える。
依り代になる。
それはここに縛り付けられて、浄化することすらできないということ。
より大きな邪となるために、邪を呼び込む闇となる。
邪が大きくなりすぎないように行う、管理人による定期的な浄化作業まで、ただ苦しみ続ける。
平田をそんな目に、合わせるわけにはいかない。

別にこいつを好きじゃない。
けれど、嫌いじゃないんだ。

でも、天は穏やかに、俺に現実をつきつける。

「じゃあ、どうしようか。どこかでなんの罪もない身よりのない人でもつれてくる?それで犠牲になってもらう?」
「………っ」
「好奇心で自分から危険に飛び込んだ愚かな人のために、死んでもらう?兄さんが罪悪感を感じたくないために」

何も、言えない。
ここをまた捨邪地にするためには、多分天の言うとおり、核が必要なのだ。
俺はあまり仕事に関わらないから詳しくないけど、天がこういう手段を選ぶということは、そういうことなのだろう。
人一人を不信を抱かせないように消すというのは、手間がかかる。
合理性を尊ぶ天が、あえてこうするということは、これは必要なことなのだ。
他で代理になるなら、天はそちらを選ぶだろう。
そちらの方が面倒じゃないから。

人間以外にもできるかもしれないが、それを用意している時間は、たぶん今はない。
他の人を犠牲にする、俺のただの身勝手のためだけに。
そんなの、だめだ。

「俺はそれでもいいよ。面倒だけどね」

天は、話している内容にそぐわない穏やかな笑顔を見せる。
月明かりの下、それは思わず見とれてしまいそうなほど、綺麗だ。

「このまま綺麗にしておく?理解してるよね?単にここを綺麗にしても、別のゴミ捨て場が出来るだけだって。その場合は、犠牲は一人じゃすまないよ。それも分かるよね?」

分かっている。
この家ほど大きな捨邪地が新たにできるとなると、汚れを求めて沢山の犠牲がでるだろう。
殺人、自殺、事故、そして軽犯罪から重犯罪まで、犯罪の増加。
あらゆる負の力を求めて、人が狂う。

「ましてここはうちのナワバリじゃないし、この土地の管理人に怒られちゃう。そうしたら兄さんだけの責任じゃない。宮守の家の責任問題。大問題。それも、わかるよね?」

聞きわけのない子供に言い聞かせるように、天はひとつひとつ俺の希望を消していく。
絶望に目の前が暗くなる。
他の管理人の土地には基本不可侵。
馬鹿が遊びに来て、荒らしたなんてことになったら、どうなるか分からない。
家ぐるみの、責任問題。

「ね、今なら自業自得な馬鹿な人が一人犠牲になって、丸く収まるよ。さ、どうする?」

ぎゅっと、天の制服のズボンを握る。
どうしたら、いい。
平田を、依り代にしろ、なんて、言うのか。
確かに仲良くなかった。
ムカつくやつだった。
でも、どうしたらいいんだ。

「そんな、泣きそうな顔しないでよ。俺、悪者みたいじゃない。兄さんを助けて後始末までしてあげている優しい弟なのに」

そうだ、俺が悪い。
遊び半分で、こんなところに踏み込んだ。
力の供給を怠って、隙をつくって、こんなところに誘い込まれた。
もしかしたら佐藤たちも俺を誘うために利用されたのかもしれない。
俺がしっかりしていれば、佐藤も平田もこんな目に遭わなかったかもしれない。

「ね、どうする?」

更に天は俺に促す。
その顔は天使のように無邪気で、綺麗だ。
だから俺は余計に絶望する。

天を恨むことすら、できない。
弟は決して、間違ったことは言わないのだ。
天は正しい。

人のせいにはできない。
自分がまいた種を刈り取ることも、決断することもできない、俺が全て悪いのだ。
だったら、俺が。
俺が、代わりに。
でも、怖い。

俺が決断できずにただ天がしがみついていると、綺麗な弟は呆れたようなため息をついた。
唇を歪めて、俺の耳元に口を近づける。

「兄さんがどういう決断を下すか見たかったんだけど、時間もないし、しょうがないな。兄さんの罪悪感を減らしてあげるよ」

そして、平田の髪をひっぱりあげて、俺に近づける。
目を半分開いて、口をだらしなく開いている、平田。
教室ではよく、佐藤たちのグループと一緒に楽しそうに笑っていた。
嫌みで、自己中心的なやつだったけど、それでも別に、嫌いじゃなかった。

「この人、もう半分以上喰われてる。どうせこのままでも人間として生活できないよ。ていうか死ぬ。よかったね、兄さん。仕方がないって言い訳することができるよ」

その言葉を聞いて、俺は声にならない叫びをあげた。








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