職員室で用事を済ませて帰ってくると、藤吉と岡野が何か真面目な顔で話しているのが見えた。
一瞬なぜだか、教室の中に入るのを躊躇ってしまう。
立ち止まってしまっていると、後ろから来たクラスメイトの女子にどいてと言われる。

「あ、ごめん」

クラスメイトは怪訝そうな顔で俺を見てから横をすり抜けていく。
そうこうしてるうちに岡野は佐藤の所へ行き、藤吉は自席に戻って行く。
少しだけ迷ってから、藤吉の席に向かう。

「………、なんかどうかしたのか?」
「お、お帰り。ん?何が?」
「いや、今岡野となんか話してただろ」
「なんかって別に日常会話だけど………、ああ!」

唐突な質問に、藤吉が不思議そうな顔をして首を傾げていたが、途中で心得顔になる。
うんうんと頷きながら、座ったまま手を伸ばして俺の肩を叩いた。

「ごめんごめん、そういうことか」
「な、なんだよ」
「大丈夫だって、俺、岡野は好みじゃないから!」
「な、ち、違う、そういうことじゃない!」

じゃあ、どういうことなんだろうと自分でも内心つっこむ。
なんで藤吉の席に来て、こんな質問をしてるんだろう。
今までだって岡野と藤吉が話してるとことなんて、よく見ていたのに。
友人同士話すのなんて普通だ。
こんな問い詰めるようなことを友人にするのも、すごくおかしい。
なんか、最低だ。
自己嫌悪に陥って沈んでいくと、藤吉はにやにやとしながらもう一度肩を叩いた。

「俺はもうちょっと優しい子の方がいいな。岡野はちょっと俺には怖すぎる」
「そんなことない!岡野だって、すっげえ優しい!」

言ってしまってから我に返って口を抑える。
藤吉のにやにや顔が、なんだかちょっと呆れたような苦笑に変化した。

「分かってる分かってる。悪かったな。もうなんか、ほんと微笑ましくなるな」
「………な、なんだよ」
「いやいや、うんうん。なんか弟の成長を見守る兄ってこういう気持ちなのかな。妹とはまた違った感慨があるな」
「誰が兄だよ!」

なんか双兄のようなことを言っている。
いや、全部自分が悪いんだけど。
全部自分の自爆だけど。

「応援してるからな。なんかあったら言えよ」
「だから、ちげえって!」

顔が熱くなっていく。
自分でも今、顔が赤いだろうなってことが分かる。

「私も応援してるからね」
「ま、槇!」

その時、後ろから穏やかなおっとりとした声が聞こえた。
飛び上がって驚いて後ろを振り向くと、槇が聖母のような笑顔で立っていた。
いつの間に後ろに来ていたんだ。

「彩のことで聞きたいことがあったらなんでも言ってね」
「だから!」

なんか言おうと思うけれど、どう言い訳したらいいのか分からない。
結局俺を見つめてくる二人に何も言えなくなってしまった。
双兄のようにからかう様子がないのが、また辛い。
二人はあくまでも優しく俺を見ている。

「………もう」

だからため息交じりにそう言うしかなかった。
藤吉と槇が、くすくすと笑っている。

「宮守君は、もっと物事を簡単に考えていいと思うよ?」
「………槇」

槇がぽんと優しく腕を叩いた。
丸く小さな、可愛らしい手。

「お家の事情とかあるから、難しいかもしれないけどね。でも学校では、そういうこと、忘れてもいいでしょ?彩もそれは分かってるから。勿論私もね。その上で、宮守君のこと好きだから。だから宮守君も出来れば、私達の前では、遠慮しないでね」
「………」
「あ、泣きそう?」
「泣かねえよ!」

そう言いながらも、胸が熱くなって、目がジワリと潤む。
不意打ちだ。
胸がつかえて、喉が苦しい。

「俺もね、宮守」

藤吉もにこにこと笑いながら、俺を見上げている。
なんなんだよ、こいつら。
なんでこんなに優しいんだよ。
俺、藤吉に嫉妬するような最低な男なのに。

「ありがとう。俺も、皆、その………好き」
「うん、知ってる」
「俺も知ってる」

視界が滲んできてしまったので、瞬きしてなんとか堪える。
それから誤魔化すように話を逸らした。

「考えすぎってこと、ないんだけどな。天にはもっとよく考えろって、言われる」

もっと考えて行動しろ、色々とちゃんと考えろ、よく言われる言葉だ。
そう言うと、槇も苦笑して頷いた。

「四天君はもっと色々難しく考えてそうだからねえ」
「確かにな」

何を考えているのかがやっぱり分からないけれど、俺よりも色々と難しいことを考えてそうなのは確かだ。、



***




「三薙」
「佐藤?」

帰り支度を整えていると、佐藤に声をかけられた。
佐藤は笑顔でかわいらしく首を傾げる。

「三薙も一緒に行くの?」
「え、何が?」

何を言われたのかよく分からなくて、今度は俺が首を傾げる。
それに気づいて佐藤が事情を説明してくれた。

「さっきメールしたら、アヤが藤吉と商店街いるって言ってたから、皆で遊びに行くのかと思った。私も行こうかと思ってメールしようとしてたところなんだよね」
「そう、なんだ。俺、知らない」

なんか、胸がムカムカする。
なんだろう、この感じ。
ざわざわして、ムカムカして、気持ち悪い。

「あ、たまたま一緒になっただけかもね。三薙はこれから暇?」
「ごめん、今日は早く家に帰らないといけないんだ」

今日は剣と武道の稽古があるから、帰らないといけない。
でもいますぐにでも、藤吉と岡野を追いかけていきたい衝動に駆られる。

「そっかあ。残念。じゃあ、もっかいアヤにメールしてみよっと」
「………うん。ごめんね。また今度」
「うん!じゃね!」

佐藤が手をひらひらと振ってくれる。
そんなかわいらしい仕草を見ながらも、胸のもやもやが晴れることはなかった。



***




「みーなぎ!」
「あ、雫さん」

暗い気持ちで歩いていると、後ろから低めの綺麗な女性の声が響く。
振り返るとそこにはショートカットでジーンズ姿の背の高い女性がいた。

「帰り?」
「うん、雫さんはこれからうち?」
「うん。一緒に行こう」

勿論、異論はなく頷いて、一緒に歩きはじめる。
雫さんの修行の進み具合なんかを聞きながらも、気はそぞろで生返事をしてしまう。

「どうかしたの?」
「え、何が?」
「暗い顔してるから」

心配そうな顔で、雫さんが覗き込んでくる。
自分でもそれは分かっていたけれど、首を横に振る。
ああ、本当に俺って駄目だな。

「なんでもないよ」
「嘘つけないよね、三薙って。まあ、言いたくないなら聞かないけど、言って楽になるなら言ってね」
「………」

優しい気遣いに、ますます落ち込んでくる。
こんな心配なんてさせたくないのに。
いっそ、話したら、このもやもや感はすっきりするだろうか。

「そ、そのさ」
「うん」
「………」

でも、何を言えばいいんだろう。
岡野と藤吉が二人で出掛けたのがムカムカするって言うのか。
俺は別の岡野の行動を制限したりしていい立場だったりしない。
二人だって友達だ。
二人とも俺の大事な友達だ。
俺だって岡野と出かけた。
だから、二人が一緒に出かけるなんて、何もおかしいことじゃない。
おかしいことじゃないのに。
それなのにこんなにムカムカもやもやする。
どっちに対して何を思っているんだろう。

黙って出かけてしまった二人に対する苛立ち。
仲間はずれにされたような寂しさ。

「あー、もう難しいな!」
「何が!?」

自分の懐の小ささが嫌になって、思わず叫んでしまう。
こんなことでうじうじ悩んでいるなんて、本当に小さい。

「………自分が小さい男だなあって思う」
「そうなの?」
「もっと、大きい男になりたい。いや、なる!」

もっとどーんと構えて、なんでも受け止められるようになりたい。
こんなことで、二人に対してもやもやするような感情を持ちたくない。
二人とも大事な、大好きな友達なのに。

「えっと意味が全く分からないけど、頑張れ」
「ありがとう!」

雫さんが不思議そうな顔で、それでも励ましてくれた。
いい人だな、雫さん。

「あ、電話」

ポケットから携帯の揺れを感じて、取り出す。
そして着信の相手を見て、心臓が飛び跳ねた。

「あ、れ、岡野」
「え、岡野さん!?よし、出ろ!すぐに出るんだ!やだちょっと私の方がドキドキする」
「ちょ、ちょっと」

ぐいぐいと携帯を押す雫さんから庇うように、体を背ける。
なんだろう。
なんか、出かけるのに一緒に誘ってくれたりするのだろうか。
心臓がドキドキとして痛い。

「お、岡野?」

雫さんの視線が気になりながらも、小さな声で聞く。
しかし返ってきたのは想像した声ではなかった。

「宮守か?」
「………え」

どこかで聞いた男の声。
どこだ。
どこで聞いた声だ。

「あの家にすぐ来い」

あの家。
なんのことだ。
でも混乱しながらも、直感的にその声の主が脳裏に浮かんだ。

「あべ、か?なんで岡野の携帯から………」

携帯の向こうのくぐもった声が笑う気配がする。
ざわりと嫌な予感が全身を駆け巡る。

「岡野もいる」
「どういうことだよ、岡野は!?」
「早くしないと、知らねーぞ」

ねっとりとした口調でで最後にそう言って、通話が一方的に切られる。

「おい、阿部!阿部!?」

電話からはもう何も聞こえない。
それでも俺は携帯を握りしめたまま、何度も何度も呼びかけた。





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