天の嫌そうな顔に、露子さんは楽しそうに笑うだけ。
湊さんと俺は、間に挟まれなんとなくおろおろしてしまう。
志藤さんは、ずっと無言で無表情だ。
眼鏡の下に隠された神経質そうな顔は、冷たく凍りついている。
今日はずっと、そんな感じだ。

「さて、とりあえず次に急ごう。日が暮れてしまう」

露子さんが空気を破って俺たちを促す。
張りつめた空気が緩み、ほっとする。

「先ほどのお二人は、立見家の統治に反発している勢力の頭目と、立見家にずっと着き従ってくれた家の頭目だ。どちらもたつみの実力者でね。顔を突き合わせればああして仲良く喧嘩している」

歩きだしながら、露子さんが俺と天に向けてか説明してくれる。
別にいいのに、と思いつつぶっちゃけ気にはなっていたのだが。

「不快なら無視すればいいのに、事あるごとにわざわざぶつかるんだ。物好きとしか言いようがないな。もしかして恋でもしてるんじゃないかと思うぐらいだ」
「あ、はは」

冗談なのかもしれないが、露子さんが真面目な顔で言うと真剣に聞こえてしまう。
中年おじさん二人の恋。
あ、駄目だ。
笑うところじゃないのかもしれないが、反応に困ったので笑っておく。

「姉は両家の跡取り息子達と仲良くしていてね。そして3人でいなくなってしまった」

そして爆弾を落とされた。
そういえば息子がいなくなったとか、グルなんだろうとか言ってたっけ。
霧子さんを巡って、二人の男が争ったとも。

「霧子は中々の美人だったからね。美しさは罪だな」

また冗談なのかどうなのか、分からない。
今度は答えられなくて黙り込んでいると、露子さん自ら話を変えてくれる。

「さて、次の祠は四天さんの番だったかな。お疲れではないか」
「変な争いに巻き込まれるよりは仕事をしている方が疲れません」
「それはそうだな。申し訳ないことをした」

またひやひやとするやりとり。
本当に天が、ここまで他人に攻撃性を露わにするなんて珍しい。
いや、攻撃性を露わにすることはあるが、こんな感情的になるのが珍しい。

「四天さんは、潔癖だな」

感情的な天と、それを楽しむ露子さん。
天が、人に軽くいなされている姿なんて、見たことがない。

「………そうかもしれませんね」
「もう少し肩の力を抜いたら楽になれるんじゃないかな」
「ご心配いただき、ありがとうございます」
「はは。いやなに、心配になってね。四天さんは弟と同じぐらいだしな」
「弟さんは随分と忍耐力があるようですね。俺にあなたの弟は務まりません」
「ああ、湊はいい子だ」

言い争う、というか天が一方的に攻撃的な会話を聞いてられなくて、徐々に距離が離れてしまう。
場の空気を変えるように、隣の湊さんに話を振る。

「えっと、立見家の人達は、みんな美形だったんですね」

湊さんが困ったように、眉を顰めた。
そして、俺は本当に会話が下手だ。
失言ばかりすぎるだろう。

「………す、すいませんっ」

どうして、俺ってこうなんだろう。
どうしたら、もっとうまく話せるだろう。
二人の兄達や弟は、あんなに会話がうまいのに。
でも優しい湊さんは、苦笑しながら答えてくれる。

「そうですね。僕たちは父さん似ですけど、霧子姉さんは母さんに似て派手な顔立ちの目立つ美人だったと思います。実の姉なんでなんとも評価しづらいのですか」
「そっか。でも露子さんも湊さんも美人ですもんね」
「えっと」
「ああああ、すいません」

そしてまた湊さんが困ったように首を傾げる。
また失礼なことを言ってしまった。

「いえ、ありがとうございますって、言うべきなんですかね」
「………すいません」

湊さんが小さく笑った。

「いえいえ。三薙さんって面白い人ですね。僕は管理者ってもっと怖い人達だと思ってました」
「その、俺はあまり管理者らしくないから」

力もないし、仕事もあまりしてない。
なんて、あまり卑屈なことを言っても、いけないんだっけ。
もう何を話したらいいのか分からない。

「そうですね、露子姉さんも綺麗だと思います。二人ともモテてますし」
「やっぱり」

露子さんも清楚な顔立ちの美人だし、あの大らかな性格はモテると思った。
湊さんだって、こんな綺麗な顔で優しいんだったら、きっとモテるだろう。
くそ、羨ましい。

「ええ、桂の智和なんかは、最初は霧子姉さんよりも露子姉さんの方に付き纏っていたのに」
「そうなんだ?」
「はい、僕にはそう見えましたけど」

桂ってのは、反対派の人達だよな。
にしても霧子さんにしろ露子さんにしろ、どちらにせよ家の事情を考えると難しかったんじゃないだろうか。
今回の失踪の件は、その辺りのことも問題だったのだろうか。

「………今、3人は、どこにいるんでしょうね」

心配そうに目を伏せる湊さんに、俺の胸までずきっと痛む。
こんなの興味本位で気にしちゃいけない。
気にしないでおこう。

俺たちは、仕事をしにきたんだから。



***




その後はトラブルもなく、村の清めは完了した。
後は午後に残っている湖の邪気祓いで今日の仕事は終わりだ。
ひとまず昼食までの時間、部屋に戻ってきた。
部屋の中には、俺と天の二人きり。
天は全く気にしていないけれど、俺は気まずくて落ち着かない。

「午後は三か所。二か所が俺で、兄さんは一か所」
「………うん」
「全くあの当主様は人使いが荒いね」

皮肉げに笑う天の言葉は、棘がふんだんに含まれていた。
いつもの愚痴よりもずっと毒が入っている。

「………お前、なんでそんな露子さんにつっかかるんだ」

鞄の中を探っていた天がこちらを振り返って、嫌みっぽく小さく笑う。

「話しかけてくれるの?光栄だね」
「………」

カッと脳みそが熱くなって、怒鳴りつけそうになる。
でも、目を閉じて、感情の熱を逃す。
落ち着け。
これは天が俺を挑発しようとしているだけだ。
これはいつもの、天のやり方だ。

「話を逸らそうとしても、乗らない。お前がいつも言うことだろ。仕事に私情を挟むなって」
「………」

天は口を閉ざして、これ以上ないと言うほどに眉を寄せた。
多分ポーズではなく、本当に不快に思っているようだ。

「………」
「………」

しばらくその間二人で黙りこんでいる。
先に言葉を発したのは天だった。
大きくため息を付いてから、肩を竦める。

「そうだね。今度ばかりは兄さんが正しいよ。珍しく」
「………」

だからどうしてこいつはこう、嫌みな言い方しか出来ないんだ。
もっと普通に話せばいいのに。
天は唇を歪めて笑う。

「気に入らないだけだよ。別に何をされた訳じゃない。ただ、あの人を見ていると、苛々するだけだ」
「え、な、なんで」

露子さんはたまに反応に困るけど、さばさばしてて優しくていい人だ。
悪感情を抱くような人じゃない。
天は思案するように、首を傾げる。

「いけすかないって、こういうことを言うんだね。よく分かった。あの人が悪い訳じゃない。むしろいつもの俺の好みからすればかなり好みなタイプなんだけどね」
「え、ええ?」

好みって。
タイプって。
年上ってことか。
そういえば栞ちゃんも雫さんも露子さんも、皆年上だ。
そうだ、お前、栞ちゃんはどうした。
いや、そうじゃなくて、なんで露子さんがいけすかないんだ。

「えっと、じゃあ、なんで」
「………さあ。でも確かに仕事だ。感情を抑えるように務めるよ」

その時、後ろから声がした。

「ふふ、それは私が多分、四天さんにとって羨ましい存在だからかな」

障子の向こうに、人影がある。
天は驚きもせずに、振りかえって嘲りを含んで言う。

「盗み聞きですか。いい趣味をしてますね」

多分、天の事だから接近は気づいていたのだと思う
現に落ち着きはらっているし。

「入ってもいいかな」
「どうぞ」

露子さんが許可をとって、そっと障子を開ける。
今までの話を聞いても、やっぱり気を悪くした様子はない。

「失礼なことをした。申し訳ないね、興味深い話をしていたので聞きいってしまった。ただ二人に昼食だと伝え来たんだ」
「えっと」
「好みのタイプと言ってくれたのは嬉しいな。私も四天さんは好きだよ」

聞いてるこっちがドキッとしてしまうが、天は慌てず騒がずにっこりと笑うだけだ。

「それはどうも。身に余る光栄です」

やっぱり、なんかどうしても棘が抜けない。
いけすかないってどうしてなんだろう。

露子さんはなんて言ったっけ。
天が、露子さんのことを羨ましい。
なんで、羨ましいんだろう。
こいつが人のことを羨ましいなんて思う時があるのか。

「私はどうも昔から人に嫌われることが多くてね。姉の霧子にも嫌われていた。私は愛しているのに、寂しいことだ」

全く寂しそうな様子はなく、楽しそうに笑っている。
そういえば、湊さんもそんなことを言っていたっけ。

「何がいけないのか色々調査した結果、大別して二つの理由で嫌われるようだった」

露子さんが二本の指を立てる。
表情は悪戯っぽくて、まるで子供のようだ。

「まず一つ目は、私の態度に対して怒る人間に嫌われる。普通に接してるつもりなんだが、偉そうだとか上から目線だとか相手にしていないとか、馬鹿にしているように見えるようだ」

確かに、分かるかもしれない。
露子さんはいつだって冷静でしっかりしていて、なんだか相手にならないって印象は受ける。
一個上の次元にいる感じだ。

喧嘩になんてならないって、湊さんも言ってたっけ。
馬鹿にしてるって、確かに思っちゃうかもしれない。
俺も、分かる。
こちらが怒っているのに、怒り返してくれないのは切なくて無力感に襲われる。
喧嘩は対等な人間の間に、起こるものだ。
喧嘩にすらならないということは、対等の相手として見てもらってないのだ。

「そして、もう一人。私の生き方を羨ましく感じている人間」

露子さんが指を一本減らす。

「私が怒りや嫉妬や妬みや、物や人への執着を持たないってことで、自由に見えるらしい。しがらみが多い人からはどうにも憎たらしく思えるようだね。別に私にも怒りも嫉妬も妬みも執着もあるんだが」

心に自由に生きる露子さんが、羨ましい。
これも、分かる。
露子さんのように強くなりたいとも、思う。
別にそれによって嫌ったりはしないけれど。

「四天さんほど実力もあり誇りも持ち合わせている人が、私の態度を気にするでもないだろうし、後者かと思うのだがどうだろう」

露子さんが悪戯っぽく言って、天の顔を覗き込む。
天は、苛立ちの表情は消して、ただ無表情に露子さんを見上げていた。

「と、分析してみたのだが、どうなんだろうね。私は人の感情の機微に疎い。もしかしたら間違ってるかもしれない。人の感情は複雑怪奇だ」
「………」
「え、えと」

天の顔をちらちらと覗くが、天の無表情は変わらない。
怒りもなにも、浮かんでいない。
ただ、無表情だ。
逆にそれが、感情を押し殺しているようにも見える。

「ああ、別に答えを求めるものではない。どんなに四天さんに嫌われようと、私は四天さんに親愛を感じているからね」

露子さんが手をぱたぱたとふって、話を終了させる。
親愛って、あんなつんけんされてるのに。
露子さんって、結構実は変わった人かもしれない。
マゾなのかな。
いや、女性に対してそんなことを考えちゃいけない。

「さあ、伯母さんと湊が待っている。冷めないうちに来てくれ」
「………」

そう言って、露子さんは優雅な仕草で障子を閉めて去っていく。
天はやっぱりむっつり黙り込んだまま。

「あの、天?」

思わず恐る恐る声をかけると、天が苦虫をかみつぶしたような顔をしてから、笑う。

「本当に、いけすかない」

そして吐き捨てるように言った。





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