「じゃあ、一の社は俺がやるから、二と三、力が持つなら四までお願いね」
「う、うん」
「本殿は俺がやるから。今回は兄さんは見てて」

中途半端な食事を終え、明日の打ち合わせを天とする。
聞いていた儀式次第を全然覚えてなかったので、恥を忍んで説明を頼んだ。
天は呆れて面倒くさそうにしながらも、教えてくれた。

そしてもう一つ、俺の初仕事をどうするか、だ。
今回の仕事は俺の修行的要素が強いので、全部天がやっても仕方がない。
なので、最初は天にお見本を見せてもらってその後の末社は俺がやる、ということになった。
興奮と緊張で、今からドキドキしてくる。
やばい、今日眠れるかな。
遠足に行く前の子供みたいだ。

東条家はこの地の管理人として代々一帯を支配しているが、大きな祓いの能力はないらしい。
見鬼の能力はあるし、色々な呪法は使える。
なので、結界の整備や後はワラシモリの管理をして、この地を守っているそうだ。
祭や、邪がたまってきた場合は都度うちに頼むという、かなり長い付き合いのようだ。

うちはその筋ではかなり有名で、自分の管理地だけではなくこんな風に各地に引っ張りだこ。
特に宗家直系は、強大な力を持つと折り紙つきでお値段も高いらしい。
まあ、例外もいるわけだが。

ワラシモリの大祭は21年に1回。
邪気払い自体は特に難しいものではないが、長い付き合いだから宗家が必ず行くことになっているらしい。
聞いた話によると、前回は父さんが来たそうだ。

「でも、21年って、なんか変な周期だな」
「祭りなんてそんなものだよ。意味分かんないしきたりばっかり」

まあ、確かにそうだ。
うちの年中行事とか親戚の家の祭りとか手伝いをよくしたが、なんでこんなことしなきゃいけないのかっていう手順ばっかりだった。
なんかしらどっかで意味あるんだろうけど。

「そういえば、うちにも変わった祭りがあったよな?」
「ああ、奥宮の宴?あるね」

その祭りのことも親戚の噂程度でしか聞いたことがない。
宮守の家の奥深くにある、奥宮。
触れてはいけないと言われている神域。
宮守の祀る神はあそこにいると聞いている。
当主しか立ち入りの許されない場所。

「俺が生まれてからやったところって見たことないけど、あれも周期が結構幅広いの?」
「うちの祭りは不定期。次いつやるのかもまだ未定。時がきたらやるってタイプ」

四天はどうでもよさそうに、それでも応えてくれた。
俺は知らないことも、天はよく知っている。

「そっか、詳しいな。………お前には、父さんとかも話すんだな」

俺は力もないし、仕事にもいかないし、家のことにあまり関わっていない。
だから宮守の核心は、ほとんど知らない。
一兄や四天は、家の歴史から行事の全てを叩きこまれているようだ。

一兄は次期当主見込だから、当然だと思うが、双兄を差し置いて四天が同じ扱いを受けていることが、やっぱり納得いかない。
いや、力からすれば当然のことだ。
だが、やっぱり、どうして、弟で、しかもこんな奴が、という気持ちが消えない。
嫉妬で、胸がチリチリする。
俺にもう少し力があれば、納得できたのだろうか。
双兄は特に気にしていないようだ。
一兄も、表面上気にしていないように感じる。
分かるぐらい反発しているのは俺だけだ。

役立たずの俺に、歴代でも稀と言われる力を持つ弟。
比べられるたびに、四天への黒い感情が募る。

ああ、だめだ。
もやもやとしてきた気分を紛らわすために、立ちあがる。

「どこいくの?」
「トイレ」
「あんまりうろうろしないでね」

あくまで口うるさい弟に閉口して、俺は適当に頷いて部屋を出た。
山奥の村だからか、廊下にでると空気がひんやりとしていた。
どこからか、虫の声が聞こえる。
廊下の突き当たりにあるトイレを目指して歩くと、曲がり角で話し声が聞こえた。
歩きながら、なんとなく声を拾おうと耳を澄ましてしまう。

「………分かりました」
「ぐずぐずしないでちょうだい。全く役立たずなんだから」
「………はい」

苛立ちを含んだ声は、なにやら穏やかじゃない。
姿は見えないけど、女性が二人言い争っている。
というか、一方的に罵られている?
見つかったらまずい雰囲気に、自然息をひそめた。
行くことも帰ることもできずに、なんだか立ち聞きのように突っ立ってしまう。

「本当にあんたは、東条家のためになることなんて一つもしないんだから」
「………」

この苛立った癇の強そうな声は、由紀子さんか。
相手は、誰だろう。
どうしよう、気まずいな。
立ち聞きなんて、したくないんだけど。

「東条家の女のくせに、望なんて、役立たずしか産めない」
「姉さん!私はいいけど、望は!」
「何よ、本当のことでしょ」
「姉さん!」

相手は、美奈子さんか。
どうしよう。
こっそり、帰れるかな。
ほんの、気分転換のつもりだったのに。
どうしてこんなことに。
まだまだ二人の言い争いは続いている。

「あの宮守の子のほうがよほどワラシに………」

不意に出てきた名前に、顔を上げる。
宮守の子?
天のことか。

「どうされました」
「ひっ」

耳をすまそうとすると、後ろから急に話しかけられた。
心臓が止まりそうなほど驚いたおかげで、危うく大声をあげるのはこらえた。
後ろを振り向くと、そこには少し神経質そうな男の人が立っていた。

「け、啓司さん………あ、その、トイレに、行く途中だったんですが………」

そこで二人の声が聞こえたのか、啓司さんは心得顔で頷く。
そして、小さく苦笑して頭をさげた。

「すいませんね。変なところをお見せしました」
「……あ、いえ!すいません、立ち聞きするつもりはなかったんですけど………」
「分かってますよ」
「………あ、はい」

変な沈黙が落ちる。
虫の声と二人の女性の遠い声だけが、響く。
しばらくして、啓司さんがぽつりと独り言のようにつぶやいた。

「あれも、可哀そうな女なんですよ。東条家の次期当主として、気を張っていて」
「………いえ。あ、えっと」

なんとも、答えづらくて、俺は慌てて話を逸らす。

「当主は、やっぱり女性なんですね」
「東条家は、女系ですからね。私も婿養子なんです。子供も女児が尊ばれる」
「えっと、じゃあ、雛子ちゃんが次の当主なんですね」

啓司さんが穏やかな顔でにっこりと笑う。
少し神経質そうな人だが、こんな顔をするととても優しそうな人だ。
ふ、と啓司さんが顔をあげた。

「あ、すいません。どうやら立ち去ったようです。大変失礼いたしました。引きとめてしまって。さあ、どうぞ」
「あ、はい、すいません、失礼しました!」

俺も耳をすますと、二人の声はもう聞こえない。
もしかして気配に気付かれただろうか。
そうだったら気まずい。
これ以上ここにもいれず、俺は足早にトイレに向かった。





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