ざわざわざわざわ。 学校の中は、いつも以上に喧騒に満ちている。 人が作り出す音の中にいるのは、落ち着く。 皆に囲まれているのが、分かるから。 「宮守、大丈夫?」 ウエイター役をやっている俺に、衣装貸しをしていた岡野と槇が訪ねてくる。 聞いてきた二人の方が、目にクマを作って顔色が悪い。 「うん、へーき。全然元気。それより岡野と槇も大丈夫?」 「へーき、寝不足なだけ。肌荒れちゃってるけど」 「彩はいつも寝不足だから平気」 槇がそう言うと岡野は指輪の沢山ついた指で髪をかきあげてむすっとする。 大人っぽい外見の岡野のそんな子供のような仕草を見て、俺と槇は吹き出した。 「なになに?なんで二人ともそんなに宮守と仲良くなってるの?」 二人と仲の良い佐藤がそんな俺たちを見て話に入ってくる。 いまだに俺のことは敬遠気味だが、嫌われている訳じゃないらしい。 今日は岡野と槇とよくしゃべっている俺に、ぎこちなくだが絡んできてくれている。 早くあの時のことを忘れて、前みたいなもっと元気な佐藤に戻ってくれるといい。 「昨日居残りの時ちょっとね」 「色々おしゃべりしたの」 「私も残ればよかったなあ」 「いや、早く帰ってよかったと思うよ」 「えー」 きゃいきゃいと騒ぐ女の子たちは、眺めているだけで和む。 女の子って、本当にかわいいなあ。 うちは男率が高いから、女の子を見ていると癒される。 女の子ってそこにいるだけで、華やかになる。 「宮守また囲まれてるなあ」 「藤吉」 「大丈夫?」 「大丈夫だって」 客がいないからそのまま女の子たちを眺めていると、後ろからいつのまにかキッチン担当の藤吉が来ていた。 何度目かの質問に、俺は苦笑してしまう。 藤吉はあいつを飲み込んで呻いていた俺を見ていたから余計に心配なのだろう。 こんな風に皆から心配されるのは、くすぐったくて心地いい。 家族には学校は休めばと言われたが、力は天にチャージしてもらってフルだし、少しは眠れたので出てきた。 学校行事は、たとえ友達がいなくても楽しみたい。 ただ人に囲まれているだけでも、嬉しくなるから。 遠足とか旅行とかはいけないから、こういうのはせめてなるべく参加したい。 休むと思っていた藤吉も岡野も槇も、出てきた。 学校に出てきた時は、お互い顔を見てなんか照れくさくて黙ってしまったが。 他の捕まっていた奴らは、半数は休んでいるようだ。 四組の教室に積み上げるように集められていた被害者達は、衰弱の状態も様々で一応治療はしたが寝込んでいる人もいるらしい。 一兄と四天は、後遺症になるようなものじゃないから大丈夫だと言ってくれたが、心配だ。 結局浜田と一緒にいた衣装班の三人も捕まっていたみたいで、今日は二人休んでいる。 逃がしたと思っていたのに、本当に俺は詰めが甘い。 あの後、俺達四人は順番に一兄の車で送ってもらった。 帰った時には一時過ぎだった。 それでも逃げ回っていたのは、二時間程度だったのだ。 もっとずっと、長く感じたのに。 他の奴らは記憶の処理も含めて、結局分家をかりだした。 どういう処理をしたのかは俺は先に帰ってしまったから分からないが、昨日の出来事が問題になることはないみたいだ。 こういう時、宮守の家の特異性が露わになって、少しだけ気味が悪い。 俺は今まで家の仕事に関わることがほとんどなかったから分からないけど、どういうことしているんだろう。 想像すると、なんだか怖い。 まあみんな、あんなの思い出さないで夢だと思ってくれていたらいいんだけど。 それで怖くなくなるなら、その方がいい。 ぼうっと自分の思考に入っていると、藤吉が軽く肩を叩いた。 「それならいいけど、無理すんなよ」 「うん。ありがとう。藤吉もな」 藤吉は疲れたらサボると言って笑った。 俺もほどほどになと言って笑い返す。 なんか、友達みたいだよな。 これ、友達みたいだよな。 友達に、なれたのかな。 そう考えると、なんだか腹の中でお湯が沸騰するような感じがしてこそばゆい。 少なくとも、こいつらは、俺を怖がらないし、気味悪がらない。 それだけでも、嬉しい。 伸びをしながら藤吉がガラガラになった教室を眺める。 客は二組。 それも他クラスの奴で、うちのクラスの奴らとだべっている。 「それにしても、急に暇になったな」 「みんな体育館の方いってるんじゃないかなあ?そろそろ舞台演目がなんか色々始まってるから」 「まあ、楽でいっか」 槇が答えると、藤吉は頷いた。 俺達のクラスはさっきまではそこそこ賑わっていた。 一兄にいった通り、俺のところでやってるのはアジアンコスプレ喫茶。 お手製やらどっから持ってきたのかわからないのやら色々な衣装を置いて、それを希望者に着せて写真撮影したり、アジアっぽい装飾の喫茶店でお茶したりしている。 貸衣装屋と喫茶店で何をやるかもめた時、もう面倒だから一緒にしてしまおうってことになっていたのだ。 中身はカオスになっている。 衣装も装飾も金も腕もないからちゃちいけど、お客さんは物珍しさからそれなりに楽しんでくれていた。 チャイナ服とか、なぜかあるナース服とかはお手製じゃなくて既製品だし。 誰が持って来たんだろう。 特に女の子は色々な衣装を着ることを楽しんでいた。 でも、お昼の時間も過ぎた今の時間、教室内は急に閑散としている。 「ねえ、宮守のところの家族って来るの?」 「あ、多分、昨日会った一番上の兄と弟が来ると思う」 暇になった岡野が受付用の机に頬杖つきながら、そんな話を振ってくる。 俺が答えると、槇と岡野は歓声をあげた。 「あ、来るんだ一矢さんと四天君」 「多分。朝、来るとは言ってた」 同じく暇していた藤吉にも聞かれる。 朝一緒に朝食を取っている時に、昼過ぎ辺りにいくと言われていたのだ。 一人でぽつんとしているところを見られるのは嫌だが、今年は友達、みたいな感じの人たちがいるので、胸を張っていられる。 「なになに、宮守って兄弟いるの?」 佐藤が興味深々と言う様子で岡野と槇に尋ねる。 二人は興奮した様子で佐藤にオーバーリアクションで伝える。 「うん、イケメンだよ!」 「マジ!?」 「うん、かっこいいよ」 まあ、わかってるけどさ。 そういう反応が来るって言うのは分かってるけどさ。 二人とも一兄に送ってもらった時なんか赤くなってたし。 一兄もよそいき用の笑顔大盤振る舞いだったし。 分かってたさ。 くそ。 佐藤が目をキラキラさせながら、こちらに振り向く。 ああ、前にもあったなあ、こういうの。 俺が気味悪がられていた頃も、兄弟を見た時、女子はみんな食いついてきた。 女の子って、かわいいけど正直で残酷だ。 「宮守、似てるの?」 「………イケメンだって言ってるだろ。似てないよ」 「へー、見たいなー」 どうせ似てないよ。 一兄みたいに背も高くないし。 顔は地味だし。 スタイルもよくないし。 「弟さんも大人っぽくてかっこかわいかったよ」 「うわー、やばい、見たい」 「あの子もイケメンだわ」 槇と岡野の言葉に佐藤がもう一度こちらを見る。 だからやなんだよ。 だから兄弟見られるのは嫌なんだよ。 「弟さんも宮守に似てる?」 「………似てない。でも、天は、イケメンじゃない」 一兄は確かにイケメンだ。 イケメンだよ。 背は高いし、顔もかっこいいし、足長いし。 それは認めるよ。 性格も大らかで懐深くて、でも厳しくて、でもすごく優しくて完璧な大人の男だよ。 それは認めるよ。 でも天はイケメンなんかじゃない。 あいつは背も低いし。 なんか一センチの差しかなかったのに、この前見たらちょっと差が広がってた気がしたけど。 いや気のせいだ、気のせい。 それは気のせいだ。 なんかそう、靴のせいとかだ。 まだ中学生だし。 性格は極悪だし。 歳上を敬うってこと知らないし。 とにかく、天はイケメンなんかじゃない。 「ぷ」 隣で俺と女子たちのやりとりを見ていた藤吉が吹き出す。 女の子には文句を言えないので、眼鏡男に噛みつく。 「なんだよ!」 「宮守、わっかりやすいよなあ。不機嫌そうな顔しちゃって」 「不機嫌になんかなってねえよ!」 そう言うと、女子三人も声をあげて笑い始めた。 くそ、なんなんだよ。 別に俺は不機嫌になんかなってない。 槇がくすくすと笑いながら小首を傾げる。 「宮守君もかわいいよ?」 「………いいよ、慰めてくれなくて」 しかも嬉しくない形容詞。 どうせ俺は背低いよ、スタイルよくないよ、顔もよくないよ。 口が裂けてもかっこいいとは言えないよ。 「あんた地味顔だけど、その分化粧映えとかしそうじゃん」 「………まったく嬉しくないフォローありがとう」 「まあ、地味だけどねー」 「悪かったな」 続く岡野と佐藤に、更に叩きのめされる。 女子って、本当にかわいいけれど残酷だ。 確かに兄達や弟に比べて、俺は目立たない地味顔だよ。 でも、悪くはないと思うぞ。 パーツパーツは母さんとか双兄とかに似てるんだしさ。 決して素材は悪くない。 悪くないはずだ。 やっぱり髪の色抜いて筋肉つけようかな。 よし、筋トレメニュー増やそう。 プロテイン、プロテインを買おう。 後牛乳もっと飲もう。 「あ、化粧してみよっか」 「は!?」 ぶちぶちと心の中で文句を言っていると、佐藤が変な事を言い出した。 ごそごそと自分のバッグの中からなんかかわいらしい花柄のポーチを取り出す。 え、今のは俺に向けていった言葉なの? 違うよね? 「衣装もあるし。ウィッグもあるよ」 「槇も何言ってんの!?」 「体の線が出ない服がいいよね。まあ、こいつガリガリだからどれでも入るか」 「ガリガリって言うな!ていうか岡野指輪あたって痛い!」 思わず後ずさりをした俺の肩を、岡野の細い指がガシリと掴む。 痛い痛い。 「骨っぽいなあ」 「骨って言うな!」 傷ついた。 今すごい傷ついた。 女子ってひどい。 女子って怖い。 「藤吉、助けて!」 「うち、集団の女子には逆らうなって家訓があるんだ」 「おい!」 唯一の男子に助けを求めようとして手を伸ばすが、藤吉は手を合わせて拝んでいた。 助ける気はないらしい。 男子の友情って、儚い。 あ、友情って言っちゃった。 友情、あるのかな。 あるといいな。 とか考えているうちに、岡野にはがいじめにされた。 前からは佐藤が顎を掴んでくる。 「はい、じっとしてー、怖くないですよー」 「や、やめろ!」 「女の子に暴力振るう気!」 「最低!」 「う、あ」 振りほどこうとすると、岡野と佐藤から責められた。 そう言われると手も足も出ない。 もう、動くことはできない。 「頑張れ、宮守ー」 「ふざけんな、藤吉!」 「黙って!」 「………はい」 もうどうしようもできなくて、俺は佐藤と岡野にされるがままになっていた。 助け舟くらい出してくれるだろうと思っていた槇は、くすくす笑って横からアドバイスなんかしている。 槇だけは信じてたのに。 そのままなんか何つけられてんだかさっぱりわからないくらい色々塗りたくられた。 女子ってこんなに顔に変なものつけてんのか。 臭い。 変な味する。 べたべたする。 家の儀式の時には多少化粧をするが、こんなにいろいろ塗らない。 白粉と口紅と、後は目に朱をさすぐらい。 悟りを開けるぐらいの境地に陥っていると、完成したらしく女子三人が俺の顔を覗き込む。 顔が近くて、ちょっとドキドキする。 体が熱くなる。 「あ、本当にかわいいじゃん」 「お肌つるつるだしねえ」 「化粧映えすんね。つーか普通にかわいくてあんま面白くない。もっと絶世の美女になるとかぶっさいくになるとかさあ、空気読んでよ」 「面白くなくて悪かったな!」 弄ばれたあげくにこのいい草。 酷過ぎる。 女の子って酷過ぎる。 汚された。 俺、汚されちゃった。 「衣装、どれにしようかあ。私、これがいいなあ」 「あ、いいじゃんいいじゃん」 「じゃ、衣装これね。これなら骨ばってんのわからないし」 「だから骨って言うな!マジで着んの!?お、お客、お客来るって!」 「いいっていいって、来ても誰も何もいわないよ。ほら着て着て」 「………やだ」 「脱がすよ」 「………はい」 女の子って怖い。 お母さん、女の子って怖い 手渡されたのはサンタの衣装だった。 女の子用のスカートの奴。 布地が厚いのは嬉しいが、スカート短すぎないかこれ。 トランクス見えそうなんだが。 男のすね毛みて何が楽しいんだよ。 ていうか本当に誰が持って来たんだよ。 死にたい気持になりながら試着室から出ると、その後金髪巻き毛のカツラを付けられた。 だから本当に一体誰が。 「完成!」 「わあ、かわいい」 「かわいいよ、宮守。あ、写メ写メ」 「………」 「足ほっそ。毛、薄。男性ホルモンあんの、あんた」 「岡野、さっきからすごい傷つく」 「かわいいよ」 何も言えず、ただ俯いて唇を噛みしめる。 教室内にいた奴も、俺の方を見て笑っている。 かわいいよー、とか女子が言ってくれている。 いじめじゃね? これ、いじめじゃね? 「あ、マジかわいいじゃん、宮守。普通にかわいい」 「後で覚えてろよ、お前」 藤吉は目に涙を浮かべて震えながら褒めてくる。 つーか、こいつにもやらせてやる。 一通り遊ばれて静かになってから、さっさと着替えようと試着室にかけこもうとすると、教室内がざわりとどよめいた。 入ってきた誰かに、みんなが注目している。 そちらに視線を向けて、俺は思わず呻いた。 「う………」 「兄さん?」 「おお、かわいいなあ、俺妹欲しかったんだよなあ」 そこには、嫌になるほど見慣れた人たちがいた。 長身の大人の男性が二人。 それより背は低いけれど目を引く整った顔をした少年が一人。 女子の視線が一心にそちらに向かっている。 ああ、またこの反応か。 ていうか。 「双兄!?なんで双兄までいんの!?」 今ここで、一番いてほしくない人がいた。 朝いなかったのに、なんで来てんだよ! 今の姿を、四天よりもむしろこの人にだけは見られたくなかった。 「かわいい弟が、来てくださいお兄様!ていうからわざわざ予定すっぽかして来てやったんだろう」 「頼んでねー!」 「かわいくない弟だな。いや、妹だったな。かわいいなー、ほらおいでみつこ」 「やめろー!!!」 すたすたと入ってきて、双兄ががしがしとカツラを乱暴に撫でる。 というか叩いている。 痛い。 カツラの金具があたって涙目になるほど痛い。 やばい、これからこのネタで絶対からかわれる。 目の前が真っ暗になっていると、笑いをこらえたように一兄が口元に手を当てて寄ってくる。 「似あうぞ、三薙」 「一兄!?」 目が笑っている。 口元が引く付いている。 一兄まで。 「兄さんって本当に化粧映えするよね。かわいいよ。あ、姉さんって言ったほうがいい?」 四天が駄目押しのように、天使の笑顔でかわいらしく首を傾げる。 この嫌み野郎。 もう我慢が出来なかった。 「帰れー!」 俺の叫びむなしく、兄と弟たちは、俺を指さして笑った。 兄弟の絆なんて、もう信じるもんか。 その後、記念撮影まできっちりされて、兄弟たちは文化祭を存分に楽しんで帰っていった。 呼ぶんじゃなかった。 |