文化祭から数日経って、学校内に燻っていた祭りの熱もようやく冷めてきていた。 俺はずっと引っかかっていたことを、藤吉に聞くことにした。 なんとか自分でやろうと思ったのが、どうしても分からない。 もっと早く聞こうと思っていたのだが、なかなか二人になることができなかった。 「なあ、藤吉」 「何?」 あれから、藤吉とは前以上に話すようになった。 一緒にメシ食ったりもする。 それで、藤吉の友人とも話すようになってきた。 交友関係が、少し広がっている。 クラスに溶け込んでいるようで、ちょっと嬉しい。 もうすぐ昼の休み時間も終わる頃、話の合間に向かいにいた藤吉に切り出す。 「あの、前に、資料室で会った奴、えっと」 「………田代?」 「あ、そうだ、その田代って、何組」 そうだ、田代だ。 俺は関わり合いのない人間の名前が覚えられないから探そうにも出来なかったのだ。 全クラスを総当たりで見回ってみたが、どこにもいなかった。 本当は藤吉とかにも内緒で調べたかったのだが、この際仕方ない。 藤吉は笑っていた顔をひきしめて、声を低くする。 「四組」 「四組か」 「だった」 過去系で締めくくられた言葉に、俺は顔を上げる。 藤吉は俺の視線から逃れるように少しだけ目を伏せる。 「え?」 「あいつ、学校辞めた」 「………え」 「元々学校休みがちだったから、あんま他のクラスでは話題になってないけど。四組では大騒ぎ」 「え、なんで!?」 「…………」 思わず声が大きくなってしまい、自分で驚いて辺りを見回す。 幸い、誰もこちらに気をとられてないようだ。 ほっとして、ひとつ息をつく。 「………ごめん」 「入院したって」 「………え」 「精神系の。なんか、何も反応しない時と叫んだり泣いたりするのを繰り返してるらしいよ」 藤吉の言葉は落ち着いていて、静かだ。 けれどまるで怒鳴り付けられたかのように衝撃を受ける。 咄嗟に言葉が、出てこない。 「………あ」 「あいつ、有名だって言っただろ?」 「………」 なんとなく、その後の言葉が想像がつく気がした。 一度見ただけだが、生気を感じない、青白い顔を覚えている。 「いわゆる、イジメ。四組の奴らに相当やられてたらしい」 「………」 「なんか、日記にそのこと書かれて大問題らしい。主犯格が処分くらうかどうかって話も出てるみたいだ」 そこで藤吉が疲れたようにため息をついた。 俺も倦怠感に手足が重くなった気がした。 飢えを感じている時のような、だるさ。 胃の中が石を呑み込んだように、ごろごろする。 「ちなみに、主犯格って、あの鬼ごっこの時掴まってた奴ら」 「やっぱり、あれって………」 「まあ、もう分からないけどな。あの紙も、宮守のお兄さんが処分しちゃったし」 一枚の紙に込められた、悪意の塊。 学校へ対する、そしてそれに付属する人間に対する、激しい憎悪。 俺には分からない、激しい感情。 一兄と四天に聞いてみたが、二人は術者は分からないし知る必要はないと言った。 もしかしたら二人には分かったのかもしれないが、俺に言うつもりはないのだろう。 二人が不要と判断したら、もう聞き出すことは不可能だ。 仕事に関わることだからかと思っていたのだが、もしかしたら。 俺に、言わなかったのは。 「俺が、呪詛、破ったから………」 呪法を破れば、術者に影響が出る。 なんらかの防止策をしていれば大事に至らないこともあるが、それが出来るぐらいの術者だったのだろうか。 素人とは思えない呪法だったけど、でも呪い返しのことなんて、考えていたのだろうか。 もしかして、俺のせいで、呪い返しをモロに喰らったのだろうか。 そして、それで。 「………」 黙り込んだ俺を見て、藤吉はもう一度小さく息をついた。 そして眼鏡の下の真摯な目が、俺をじっと見つめる。 「………俺にはそういうのよく分からないけど、もともと相当精神病んでたらしいよ」 「でもっ」 「俺はあの時、宮守がいてくれて助かった。宮守がいなきゃ、どうなってたか分からない。そうだろ?」 「………」 確かに俺には、あれが精一杯だった。 三人を守ることで、精一杯だった。 それ以外の人達は守りきれないと、分かっていた。 だから、俺に出来ることをやろうってそう思っていた。 結果的に、みんな助かっただけだ。 一兄や四天がいてくれたから、助かった。 俺だけだったら、被害は広がっていた。 そう、俺にはあれしかできなかった。 あれだけしかできなかった。 でも、やっぱり、考えてしまう。 俺がもっと強くて、正式な呪法破りが出来たら、術者に影響がでることはなかっただろうか。 みんなを衰弱させることも、なかっただろうか。 もっとうまくやる方法が、どこかにあったのだろうか。 悪意で溢れた、黄ばんだ紙。 あれは、田代だったのだろうか。 どこであんな呪法を知ったのだろう。 噂を流したのも、田代だったのだろうか。 一兄と四天が清めを行ってくれたおかげで、もう一度同じ呪法を使われてもあんなことは起きない状態になっている。 それに七不思議の噂は文化祭と今度の修学旅行の話に紛れて急に収束してきているらしい。 あの夜の話も、特に話題になることはなかった。 まあ、話しても誰も信じないだろうけど。 結局あれは、誰がやったのか。 一体、なんだったのか。 俺には、もっと他に、やり方があったのか。 分からない。 全て、分からない。 結局俺は、振り回されていただけ。 また何も、出来なかったのだろうか。 いや、違う。 それでも。 「………でも、みんな、助かった」 そう、多くを望むな。 俺は弱い。 俺に出来ることは少ない。 藤吉と岡野と槇が、笑っていてくれる。 それでいい。 それだけでいい。 それだけで、いいんだ。 ざわざわざわざわ。 学校はいつものように、喧騒に満ちている。 俺は消化できない感情を抱えて拳をぎゅっと握った。 |