身支度を終えてから、熊沢さんを交えてさてこれからどうするかと相談をすることになった。 目の前の怪異は祓ったが、本当にもう終わったのかはまだ分かっていない。 天は全然納得していない様子だし。 けれど、これからどうするかと言われると、どうしたらいいかのあてもない。 「それで、どうするんだ?」 「そうだね。とりあえず、もう一度捨邪地に行ってみようか」 「………うん」 あの濃厚な闇が広がる場所に行きたくはないが、何も分からない今の状態では、あそこを探るのは正しい行動だろう。 嫌だなんて、言っていられない。 「じゃあ、熊沢さん、お手数ですがお願いします」 「はい、かしこまりました」 天と熊沢さんが立ち上がったのを見て、俺は暗い気分でついため息をついた。 街中に全く相いれる様子はない、人を拒む森の中。 まだ日は高いのに、うっすらと暗く、肌寒い。 そこは今日も暗い空気を纏わせた石が佇んでいた。 その様子に特に、変わった様子はない。 「ここは相変わらず中々ディープな場所ですねえ」 「やっぱり、気配が、気持ち悪いな」 「まあ、捨邪地だからしょうがないけど、薄れてないね」 「………うん」 全く薄れる様子のない深い邪の気配。 今日は母さんの札を使って結界を貼っているから幾分楽だが、やはり苦しい。 この二日間馴染んでしまった邪気酔いに頭がズキズキして、こめかみを抑える。 「終わって、ないのかな」 「終わったと思う?」 問いかけに、問いで返される。 視線を石に向けたまま少し考えて、正直に今の気持ちを言った。 「………なんか、すっきりしない」 そうとしか、表現できなかった。 確かに目に見えていた怪異は祓った。 けれど、何かが解決したという気持ちにはならない。 天が同じく不死石に向けていた視線を、俺にちらりと向ける。 「どんな風に?」 「雫さん」 「うん」 「雫さん、なんで、私が悪いって、思ってるんだろう。私が祥子を殺したって言ってた」 雫さんはずっと、苦しそうに、怪異の原因をどうにかしようとしていた。 追い詰められるように、成し遂げなければいけないという義務感と共に。 最初は友人を殺された憤りや、管理者の家の直系としての自負からかと思ったが、それ以上に、彼女を追い立てる何かがある。 「それに、さ」 「うん」 「なんで、祥子さんは………」 昨日見た、中年の女性の姿。 ゾンビ、と天は言った。 起き上がった死者。 確かに、その通りだ。 きっと、祥子さんもそんな姿になっていたのだろう。 喉を切り裂かれた姿で歩き、蛆をたからせながら。 『すごくいい奴だったよ』 昨日会った、彼女の友人たちの言葉が脳裏に浮かぶ。 祥子さんには、素敵な友人も、好きな人もいたのに。 「………なんで、祥子さんはあんな姿になっちゃったんだろう」 化け物、とは言いたくなくて、そんな表現になってしまった。 そもそも、祥子さんが始まりなんだ。 「雫さんが、何かをして、祥子さんがあんなことになった。そしてその後も被害者が続いた」 私が殺した、と言っていた雫さん。 どうやったら、祥子さんをあんな姿に出来るのだろう。 「それじゃ、最初は、何?雫さんがしたことは、何?」 全ては、そこだ。 なぜ、祥子さんは亡くなって、怪異は起こり始めたのか。 そこを突き詰めなければ、何も解決した気がしない。 天は俺の言葉に静かに頷いた。 「うん。そういうことなんだよね。何か原因はあるはずなんだ。それに」 「うん」 そこで、不機嫌そうに眉を顰めた。 綺麗な顔は、そんな表情をするとより凄みを増して少し怖い。 「話がうますぎる」 「うますぎる?」 俺が聞き返すと、弟は眉を顰めたまま唇を歪めて笑う。 何かに、誰かを嘲笑するように。 「石塚の家の人が半年探って何もできなかったんだよ?俺たちが二日で解決?俺がいくら有能だからってありえないでしょ。運の問題だし」 さらっと自慢しやがった、この野郎。 まあ、確かにこいつは有能だけどさ。 しかし、確かに。 「………確かに、おかしいな。二日連続で、会えるって………」 「そう。うまくいきすぎてて、気持ちが悪い」 怪異の正体は、誰も見たことがなかった。 石塚の人達も、何も突き止められなかった。 それなのに、俺たちはあっさり二日連続でで会えて、なおかつ退治すらできてしまった。 「………でも、そうだとすると分からない」 「分からない?」 「誰かにお膳立てされてる感じはするんだよね。でも、どうして、誰が、なぜ。そもそもどうして俺たちを………」 言葉の最後は小さくフェードアウトして、よく聞こえなかった。 そのまま天は難しい顔をして、手で口元を覆い黙り込んでしまう。 「天?」 俺が名前を呼ぶと、天は軽くため息をついた。 そして緩く首を振る。 疲れたように小さく笑った。 「とりあえず、期日までは動き回ってみよう。その後のことは、先宮に相談だね」 「………うん」 情報が、少なすぎる。 まだまだ初心者の俺には、何から考えたらいいのか分からなくて、複雑で混乱してしまう。 霧の中にずっといるように、目の前が見えなくて、何をすればいいのか分からなくて、もどかしい。 もっと分かりやすく祓って終わりって、仕事だったらいいのに。 「ちょっと見て回ろうか」 「うん」 言われて、天の後ろについていこうとする。 そこで最後にちらりと横目で禍々しい石を眺めて、それに気づく。 「あ」 「何?」 「ねえ、天、熊沢さん」 「何?」 「はいはい?」 二人が手招きに応じて近づいてくる。 そして、俺の指さす方向に、揃って視線を送る。 「この前、こっちの石に、ヒビ入ってたっけ?」 「え?」 それは菱形のように並んだ石の、右下の石。 この前ヒビが入っていたのは、確か右上だった気がするのだけれど。 「これ」 「………入ってなかったはずだ」 「ですね」 「だよな」 三人で黙りこみ、周りの気配を探る。 濃密な、息苦しくなるような闇の気配。 けれどそれは昨日訪れた際と、何も変わっていない気がする。 石が割れたからといって、何かある様子はない。 「………でも、何も変わってない、よな」 「うん。でも、嫌な感じ」 言葉通り嫌そうに眉間に皺を寄せる しばらく三人で更に気配を探るが、特に気になる点はない。 天が小さく肩をすくめてため息をついた。 「ちょっと周りを探ってみよう」 「分かった」 「了解です」 一歩踏み出して、森の中に足を向ける。 相変わらず、粘つくような嫌な空気。 「本当になんか、嫌な感じ」 ぼそりと天がつぶやいた。 |