「おい、三薙」 「双兄?」 学校から帰ってくると、双兄が珍しくいて、仁王立ちで俺を待っていた。 そしてなぜかその隣では熊沢さんがにこにことしていた。 石塚の家から帰ってきて、三日が経った。 仕事は一応成果をあげて、終了。 表向き、祐樹さんは事故で亡くなったことになった。 各所には、捨邪地の邪が暴走して、祐樹さんもそれに巻き込まれて犠牲になったと届けた。 そして宮守が、それを祓った、と。 宮守と石塚の家の間で、何か取引があったようだ。 俺には、何があったのかは教えてもらえなかった。 石塚の当主からは、正式なお礼も届いたらしい。 あまりにも空々しくて、見たくもなかった。 雫さんからは、交換していたメアドから、昨日メールが入った。 ごめん、とだけ。 なんて返したらいいのか分からなくて、こっちこそごめん。体を休めて、なんて意味の分からないことだけ返事をした。 俺って、本当に頭が悪い。 謝るのは、こちらの方だ。 俺が怯えて、自分の手を汚したくなくて、自分の役目を雫さんに押し付けた。 謝りたい。 けれど、謝っても、どうにもならない。 それにやっぱり俺は、祐樹さんを傷つけなくてすんで、よかったとすら、思っている。 最低だ。 最後まで救おうと、戦うことすらできない。 管理者にも、なりきれない。 宮守の家にはあの次の日にすぐに、後見を求める申し出があったらしい。 そのうち、宮守の家にも出入りすることになる。 もう一度、雫さんに、会える。 その時にもう一度、話そう。 何を話したらいいか、分からない。 でも、もう一度、話したい。 そして、学校から帰ってきた俺を待っていたのは、仁王立ちの双兄とその隣にいる熊沢さん。 そういえば、この二人、幼馴染なんだっけ。 でも、二人でいるの、初めて見た。 やっぱり二人並んでても、なんかしっくりいかない。 「………どうしたの?」 待ち構えていた双兄に問うと、腕を組んで偉そうに立っている次兄は不機嫌そうに鼻を鳴らした。 ていうか学校どうしたんだろう、この人。 またサボリかな。 「四天が今、怪我で休んでるのは知ってるな?」 「え、うん」 天の怪我は、神経も骨も損傷はしていないらしく、全治3週間となった。 今週は学校を休むらしく、家で療養している。 「お前、一度も見舞ってないんだろう」 あれから、顔は、合わせていない。 合わせられない。 合わせたら、何を言うか、分からない。 何を話したらいいか、分からない。 「………」 「四天が誰のせいで怪我してるのか、分かってるか?」 分かっている。 俺の、せいだ。 俺が余計なことしなければ、四天は怪我をしないで、済んだ。 でも、止められなかった。 「………だって」 それでも情けなく認めないで口ごたえすると、細長い腕が俺の首を固定して締め上げる。 そしてぐりぐりとゲンコツでつむじを殴られる。 「いだ、痛い!痛い、双兄!」 「だってじゃねーよ、この馬鹿。お前謝ったのか?」 「………って、ない、かも」 「おいこら、この馬鹿!」 「いだいいだいいだい!」 俺が悪いのは、分かっている。 けれど、四天に謝ることは、難しい。 なぜか、四天には、謝りたくない。 俺が、全て悪いのに。 こんな自分に、自分でも、嫌になる。 「まあまあ。双馬さんもそれくらいで」 そっと熊沢さんが、俺の頭を殴りつける双兄の手を止めてくれる。 その隙に双兄の細長く堅い腕から逃げ出して、距離を取る。 「四天さんも三薙さんには厳しいですが」 熊沢さんはそんな俺を見て、困ったように笑う。 俺が、情けないのが悪いんだけど、四天は、俺にきつい。 他の人には、誰にもあんな態度はとらない。 誰よりも、迷惑かけていると知っている。 誰よりも、あいつが俺を嫌っていると知っている。 誰よりも、俺を疎ましがっていると、知っている。 だからこそ、更に俺も素直になれなくなる。 「三薙さんも、四天さんには厳しいですよね」 「え」 けれど、熊沢さんはそう続ける。 俺が、四天に厳しい。 なんだ、それ。 どの辺で、俺が四天に厳しいんだ。 そもそも俺が四天に厳しく出来ることなんてない。 何に対しても、四天に劣っている、俺なのだから。 「俺が、祐樹さんを助けられないと言って、彼を討ったとしても、きっとあなたはそこまで怒らないし、納得するし、そんな不服そうな表情はしないでしょう」 だって、それは熊沢さんが言うなら、そうなのだろうし。 それは、仕方ないことだと、受け止めるしかないだろう。 「きっと、一矢さんや双馬さんでも、そうでしょう」 二人の言うことは、いつだって絶対だ。 だから、二人が言うなら、間違いはない。 「でも、四天さんの場合だけ、あなたは怒るし、納得しないし、反発する」 「………」 天は、だって、間違っている。 いや、そんな訳ない。 天も、正しい。 天の言うことに間違いはない。 天は、残酷なまでに、いつだって正しく、間違えない。 「………」 ああ、確かに、俺は、天の言うことには、納得しない。 それは、俺が天に厳しいから、なのだろうか。 俺は、天を嫌っているから、言うことを聞きたくないのだろうか。 「お前、四天の体、見たことある?」 「は?」 黙りこんだ俺に、双兄が聞いてくる。 あまりにも唐突な質問に、意味が分からなくて呆けた声を上げてしまう。 また何を言い出したんだ、この人は。 「一緒に風呂とかも入ったことねーよな」 「ないよ、そんなもん」 ものすごい小さい頃なら、あったかもしれない。 でも、天が小学校上がった辺りには、もう一緒に入ることはなかった。 一兄とは結構入ってた気もするんだけど。 銭湯とか連れて行ってくれたし。 四天は、そう言えばない。 小さい頃は、今ほど仲悪くはなかったと思うんだけど。 「よし」 すると双兄は仁王立ちで腕組みのまま、深く頷いた。 そして、四天の部屋の方角を指差して、命じる。 「お前、四天の体拭いて来い」 「はあ!?」 慣れてはいるが、双兄の無茶ぶりにはいつも驚かされる。 どんな方向からの嫌がらせが飛んでくるか分からない。 ていうか、なんの罰ゲームなんだ。 「あいつ怪我して、風呂入れないだろ」 「何言ってんの!?」 「ほら、さっさと洗面器とタオル持ってこい」 「ちょ、だから何言ってんの、双兄!?」 「いいから行ってこい!」 乱暴に言いきられ、俺は背中を蹴りだされた。 |