「おい、三薙」
「双兄?」

学校から帰ってくると、双兄が珍しくいて、仁王立ちで俺を待っていた。
そしてなぜかその隣では熊沢さんがにこにことしていた。



***




石塚の家から帰ってきて、三日が経った。
仕事は一応成果をあげて、終了。
表向き、祐樹さんは事故で亡くなったことになった。
各所には、捨邪地の邪が暴走して、祐樹さんもそれに巻き込まれて犠牲になったと届けた。
そして宮守が、それを祓った、と。

宮守と石塚の家の間で、何か取引があったようだ。
俺には、何があったのかは教えてもらえなかった。
石塚の当主からは、正式なお礼も届いたらしい。
あまりにも空々しくて、見たくもなかった。

雫さんからは、交換していたメアドから、昨日メールが入った。
ごめん、とだけ。
なんて返したらいいのか分からなくて、こっちこそごめん。体を休めて、なんて意味の分からないことだけ返事をした。
俺って、本当に頭が悪い。

謝るのは、こちらの方だ。
俺が怯えて、自分の手を汚したくなくて、自分の役目を雫さんに押し付けた。
謝りたい。
けれど、謝っても、どうにもならない。
それにやっぱり俺は、祐樹さんを傷つけなくてすんで、よかったとすら、思っている。
最低だ。
最後まで救おうと、戦うことすらできない。
管理者にも、なりきれない。

宮守の家にはあの次の日にすぐに、後見を求める申し出があったらしい。
そのうち、宮守の家にも出入りすることになる。
もう一度、雫さんに、会える。
その時にもう一度、話そう。
何を話したらいいか、分からない。

でも、もう一度、話したい。



***




そして、学校から帰ってきた俺を待っていたのは、仁王立ちの双兄とその隣にいる熊沢さん。
そういえば、この二人、幼馴染なんだっけ。
でも、二人でいるの、初めて見た。
やっぱり二人並んでても、なんかしっくりいかない。

「………どうしたの?」

待ち構えていた双兄に問うと、腕を組んで偉そうに立っている次兄は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
ていうか学校どうしたんだろう、この人。
またサボリかな。

「四天が今、怪我で休んでるのは知ってるな?」
「え、うん」

天の怪我は、神経も骨も損傷はしていないらしく、全治3週間となった。
今週は学校を休むらしく、家で療養している。

「お前、一度も見舞ってないんだろう」

あれから、顔は、合わせていない。
合わせられない。
合わせたら、何を言うか、分からない。
何を話したらいいか、分からない。

「………」
「四天が誰のせいで怪我してるのか、分かってるか?」

分かっている。
俺の、せいだ。
俺が余計なことしなければ、四天は怪我をしないで、済んだ。
でも、止められなかった。

「………だって」

それでも情けなく認めないで口ごたえすると、細長い腕が俺の首を固定して締め上げる。
そしてぐりぐりとゲンコツでつむじを殴られる。

「いだ、痛い!痛い、双兄!」
「だってじゃねーよ、この馬鹿。お前謝ったのか?」
「………って、ない、かも」
「おいこら、この馬鹿!」
「いだいいだいいだい!」

俺が悪いのは、分かっている。
けれど、四天に謝ることは、難しい。
なぜか、四天には、謝りたくない。
俺が、全て悪いのに。
こんな自分に、自分でも、嫌になる。

「まあまあ。双馬さんもそれくらいで」

そっと熊沢さんが、俺の頭を殴りつける双兄の手を止めてくれる。
その隙に双兄の細長く堅い腕から逃げ出して、距離を取る。

「四天さんも三薙さんには厳しいですが」

熊沢さんはそんな俺を見て、困ったように笑う。
俺が、情けないのが悪いんだけど、四天は、俺にきつい。
他の人には、誰にもあんな態度はとらない。

誰よりも、迷惑かけていると知っている。
誰よりも、あいつが俺を嫌っていると知っている。
誰よりも、俺を疎ましがっていると、知っている。

だからこそ、更に俺も素直になれなくなる。

「三薙さんも、四天さんには厳しいですよね」
「え」

けれど、熊沢さんはそう続ける。
俺が、四天に厳しい。
なんだ、それ。
どの辺で、俺が四天に厳しいんだ。
そもそも俺が四天に厳しく出来ることなんてない。
何に対しても、四天に劣っている、俺なのだから。

「俺が、祐樹さんを助けられないと言って、彼を討ったとしても、きっとあなたはそこまで怒らないし、納得するし、そんな不服そうな表情はしないでしょう」

だって、それは熊沢さんが言うなら、そうなのだろうし。
それは、仕方ないことだと、受け止めるしかないだろう。

「きっと、一矢さんや双馬さんでも、そうでしょう」

二人の言うことは、いつだって絶対だ。
だから、二人が言うなら、間違いはない。

「でも、四天さんの場合だけ、あなたは怒るし、納得しないし、反発する」
「………」

天は、だって、間違っている。
いや、そんな訳ない。
天も、正しい。
天の言うことに間違いはない。
天は、残酷なまでに、いつだって正しく、間違えない。

「………」

ああ、確かに、俺は、天の言うことには、納得しない。
それは、俺が天に厳しいから、なのだろうか。
俺は、天を嫌っているから、言うことを聞きたくないのだろうか。

「お前、四天の体、見たことある?」
「は?」

黙りこんだ俺に、双兄が聞いてくる。
あまりにも唐突な質問に、意味が分からなくて呆けた声を上げてしまう。
また何を言い出したんだ、この人は。

「一緒に風呂とかも入ったことねーよな」
「ないよ、そんなもん」

ものすごい小さい頃なら、あったかもしれない。
でも、天が小学校上がった辺りには、もう一緒に入ることはなかった。
一兄とは結構入ってた気もするんだけど。
銭湯とか連れて行ってくれたし。
四天は、そう言えばない。
小さい頃は、今ほど仲悪くはなかったと思うんだけど。

「よし」

すると双兄は仁王立ちで腕組みのまま、深く頷いた。
そして、四天の部屋の方角を指差して、命じる。

「お前、四天の体拭いて来い」
「はあ!?」

慣れてはいるが、双兄の無茶ぶりにはいつも驚かされる。
どんな方向からの嫌がらせが飛んでくるか分からない。
ていうか、なんの罰ゲームなんだ。

「あいつ怪我して、風呂入れないだろ」
「何言ってんの!?」
「ほら、さっさと洗面器とタオル持ってこい」
「ちょ、だから何言ってんの、双兄!?」
「いいから行ってこい!」

乱暴に言いきられ、俺は背中を蹴りだされた。





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