「すいません、付き合わせてしまって」
「いいえ、こちらから依頼して来ていただいているんです。お役に立てることがありましたら嬉しいです」
「えっと………」

祐樹さんはやっぱり優しげな笑顔を浮かべている。
本当に感じがよくて、親しみやすい人だ。
お役に立てるも何も、そもそも俺がお役に立てるかどうか。
それにしても天もなんで、俺に周りを見てこいって言ったんだろう。
俺なんかが見て回っても何か見つかるとも思わないし、そもそも何を見たらいいのかも分からない。
何に注意したらいいかぐらい教えてくれればいいのに。
とっとと追い出しやがって。
お前は何のために一緒に来てんだよ。
いや、駄目だよな。
俺も頼ってばっかりじゃなくて、自分で考えなくちゃ。

「歩くと少しありますが、大丈夫ですか?」
「あ、はい!大丈夫です」

ぐるぐる考えていて祐樹さんの質問を聞き逃しそうになり、急いで頷く。
とりあえずは先に家の周りを見て回ることになった。
玄関から一歩踏み出すと左右に広がる長い土塀。
屋敷と同じで年季が入っていて、ところどころ欠けて、少し朽ちているところが、また風情がある。
でも、確かにこれから歩くとなるとうんざりしそうな長さだ。

「ほんとに、広いですね」
「ええ、古いけれど広さだけは」

まあ、確かに古いよな。
うちもどっこいどっこいだけど。
ていうか管理者の家なんてどこもこんなものなのかな。
俺んち以外では分家と、東条の家とこの家しか知らないけど。
まあ、古くからの家で土地の管理って言ったら自然こんなものだよな。

えっと、それだけじゃなくて、仕事しなければ。
とりあえず、家の周りの空気はどうなっているだろう。
ポケットに入っている鈷に触れて、体の中の力を綺麗に流れるようにイメージする。
青い青い綺麗な澄み渡った水。
空の青を映して輝く、広い海。
気持ちを落ち着けて、力の流れを意識する。

あ、やっぱり少し気分が悪い。
風邪をひいた時みたいに、悪寒がする。
まだ邪気酔いが抜けきってない。
でも、家の周りの空気はとても綺麗だ。

「強い、結界があるんですね。それと、姫榊の木。家は、ちゃんと守られてる」
「はい、管理者の家ではありますから。それくらいなら、父や私でもなんとか維持しています」
「家に何か起こることはないんですよね」
「はい、石塚の家には何も」

だよな。
異変が起こっているのは捨邪地の周りって話だったし。
うーん、家の周りは、特に何もないみたいなんだけどな。

「もう少し私たちに力があれば、お二人にこんなにお手を煩わせることはなかったのですが………、すいません」

俺が小さくため息をついたのに気付いて、祐樹さんが眉をひそめる。
本当に申し訳なさそうに頭を下げた。

「あ、いえ、そんな!」
「………申し訳ありません」

俺みたいな役立たずな半人前に頭を下げられるのが、ものすごい申し訳なくなってくる。
どんなに下調べしてあっても、どうせ俺だけじゃ何もできないし。
だから天に謝罪されるのはいいとしても、俺にこんな恐縮しなくてもいい。
ていうかやめてほしい。

「いえ!その!頭を上げてください!その、俺も仕事は、あまり経験がなくて、まだ半人前なんです………。力も少なくて………」

だから、祐樹さんがそんな風にかしこまる必要はないのだ。
年上の男の人は俺の言葉に顔をあげて、驚いたように何度か目を瞬かせる。
あ、これじゃ頼りなく思われるよな。

「あ、でも天、四天は一族の中でもすごい力を持ってるんです!だから大丈夫です!俺がふがいなくても、あいつは違うから、絶対大丈夫です!」

どんなにムカつく生意気な奴でも、あいつの力は確かだ。
父さんも一兄も認める、歴代でも稀と言われる力を持つ弟だ。
あいつが失敗するなんて、考えられない。

「だから、その天にはいいんですけど、俺は役立たずなんでそんなかしこまらないでください!」

そこまで言って、祐樹さんが口元に手を当てていることに気付いた。
笑いをこらえているようで口の端がぴくぴくと動いている。

「あ」
「あ、すいません」
「い、いえ、わ、笑っていいです」

すいません、と祐樹さんはもう一度謝って、それでもくすくすと笑い始めた。
は、恥ずかしい。

「三薙さんは、真っ直ぐな人ですね。駄目ですよ、そんなに自分のに力がないとひけらかしたり、絶対大丈夫だなんて安請け合いしたら」
「あ………そ、そうですよね」

そうだ、俺は仕事で来てるのにそんな役立たずアピールしてどうするんだ。
宮守の家の実力が疑われてしまう。
これだから仕事意識が足りないって言われるんだ。
それに、四天なら絶対大丈夫、なんて他家の前で俺が言うことではない。
いつ言質を取られるか分からないんだから。
これは仕事で、取引なんだ。
迂闊な言動は避けなきゃ駄目だ。

「すいません、三薙さんは私を気遣ってくれたのに。お気を悪くされてないといいのですが」
「い、いえ。あ、す、すいません。ありがとうございます」

祐樹さんは俺を思って言ってくれているのだ。
気を悪くすることなんて何一つない。
ただ、自分の馬鹿さ加減がただただ恥ずかしい。

「いいえ、こちらこそありがとうございます。四天さんのような方が本来の管理者の姿なのでしょうが、俺は三薙さんのそういうところに好感が持てます」

祐樹さんが、そう言ってくれて救われた気分になる。
まあ、イコール半人前ってことなんだけどさ。
管理者らしくないって言われてるんだけどさ。
でも、そんな風に言ってもらえるとありがたい。
なんだか、優しげな笑顔は変わらないのだが、気のせいか最初の時よりずっと親しみを感じる。

「あ、俺って言いました?」
「あ、失礼しました」
「いえ!えっと、嬉しいです。ご当主様や四天の前じゃ駄目だと思いますけど、俺の前では、出来れば、そういう風に話してくれると嬉しいです…て、こういうのも、駄目、ですよね…」

ていうか俺なんて元々砕けまくってるし。
ああ、本当に俺駄目駄目だなあ。
ご当主じゃなくて、祐樹さんの前でよかった。
祐樹さんのこの人好きする雰囲気が良くないんだよな。
気が抜けちゃって。
とか人のせいにしちゃうけど。
祐樹さんは俺の言葉に、ますます優しげに目を細める。

「それじゃ、お言葉に甘えて、ありがとう」
「はい!」

ああ、本当にいい人だなあ。
なんとなくくすぐったくて、二人同時に笑ってしまう。
空気が和やかになった気がする。

「三薙さんは、まだ修行中なのですか?」
「はい、俺、受け取る力の方が強いのであまり祓いには向いてなくて。そっちの修業を研鑽しているところなんです。後、四天から仕事のやり方を教わっているところで」

どうせなら、一兄とかに教わりたかったな。
双兄は絶対嫌だけど。
まあ、双兄の仕事はまた別ジャンルだから、それはないだろうけど。

「俺もどちらかというと巫子気の方が強いので、お気持ちは分かります」
「あ、そうなんですか」
「雫は放出系の力が強いんですが。やっぱり本家筋の血は違います。あの子は幼い頃から誰に教わらずとも力を理解していた」
「あの子はえっと………」

なんであんな態度なのか、とか聞いていいのかな。
踏み込みすぎかな。
でも、今後しばらく一緒の家で過ごすんだし、聞いておきたいな。
余計なトラブル避けられるかもしれないし。
俺の躊躇いに気付いたのか、祐樹さんが小さく苦笑する。
そして、厳しい表情を作る。

「本当はあんな子じゃないんです。怪異が起こり始めてから様子がおかしくて。本来なら自分が解決しなければいけないのだと、気負っているのだと思います。本当は、とても素直ないい子なんですが。無礼なことをしましたが、よく言って聞かせますので、出来れば許していただけないでしょうか」

あれは天も言った通り、あそこで終わった話だと、そう伝えると祐樹さんはほっとしたように息をついた。
やっぱり、雫さんとは実の兄妹ではないようだけれど、大切に思ってるんだな。

「実の妹さんみたいに思ってるんですね」
「当然です。あの子が3つの頃から、ずっと一緒でしたから」

目尻を下げる祐樹さんの言葉には、本当に愛情がこもっていた。
思わず俺も頬が緩む。
よかった、雫さんは、実のご両親はいないけれど、一人ぼっちではないんだな。
祐樹さんは、柔らかかった表情を変え、きゅっと唇を噛んだ。

「最近は捨邪地の近くをうろついているようで、心配です。一人で無茶をしなければいいのですが」
「………それなら、本当に早く解決しなきゃですね」
「ええ、私も出来うる限り、お手伝いさせてください」
「はい!」

そこで、家をいつの間にか一周していたことに気付いた。
しまった、あんまり見てない。
と言っても綺麗な結界が張られているだけで、特に異変も何も感じなかったのだが。
俺の力が弱いだけかもしれないけど。
それに、まだ本調子じゃないしな。

「あ」
「雫!」

土塀に続く門を目を向けると、噂をすれば影。
そこには長身のショートカットの少女の姿があった。
私服に着替えたのかジーンズにパーカーというラフな格好になっている。
女の子っぽい格好ではないが、それは凛とした彼女の雰囲気にとてもよく似合っていた。

「雫、どこに行くんだ!」

雫さんはちらりとこちらに視線を向けるが、すぐに背を向けた。
そのまま駆け足で去っていってしまう。
祐樹さんは一瞬迷うように動きかけたが、俺の存在を思い出したのか足を止める。
そして深くため息をついた。

「まったく………」

疲れたような言葉。
心配、なんだろうな。
捨邪地に向かったのだろうか。
追いかけた方がいいのかなと思い、門に顔を戻した瞬間、景色が一瞬歪む。

「………あ」
「三薙さん!」

軽い吐き気も覚えて、座り込みたくなったが、なんとか踏ん張る。
けれどぐらぐらとしたせいで、少しだけよろめいてしまった。
祐樹さんが体を支えてくれて、心配そうに俺を見下ろしている。

「あ、すいません。なんかまだちょっと邪気酔いしているみたいで………」
「とりあえず、部屋に戻りましょうか。体調が戻ってからにしましょう」

後、家の中の様子見が残っている。
迷ったが、今の体調で見て回っても確かに何もできないだろう。
くそ、なんで俺は本当にこんな弱いんだ。
この役に立たない体が、本当に忌々しい。

「………はい」

でも、ここで無理をして倒れたら本当に馬鹿だ。
自分の力の限界を、見誤るな。





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