「嘘じゃないわよ。ていうか嘘なんてつけないわ。あれはあなたの力だもの」

姉さんはちょっと憮然としたように答えた。
でもそんなの納得できない。
俺が四天を信頼してるとか、そんなのあり得ない。
地球が逆回転したってありえない。
絶対あれは姉さんがなんかしたんだ。
間違いない。

「う、嘘だ!」
「嘘なんてつかないって言ってるでしょ!」
「ご、ごめんなさい!!」

もう一回言い返すと、目を吊り上げて怒鳴られた。
怖くて反射的に謝ってしまう。

「………でも、嘘だ、絶対姉さんがなんかしたんだ」
「なんで、そんなに頑ななの」

ため息交じりに、姉さんは困った顔をする。
頑なとか、そういうのじゃなくて、あり得ないのだ。

「だって、俺、四天のこと、………嫌いだし」

俺の言葉に姉さんは目をパチパチと何度か瞬かせる。
そして、ゆっくりと頷いた。

「なるほどね」

小さく笑ってから、俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。

「別に好きか嫌いかは関係ないわ。あなたが強くて頼れるって考えたのが四天だったってこと。嫌いでも、強くて頼れることには変わりないでしょう?」
「………それ、は」
「あんなにあっさり呪詛破り出来ちゃうんだもの。相当な信頼よ」

信頼って言葉はなんか納得いかないが、強くて頼れるっていうのは、まあ、分からないでもない。
あいつ以上に力の強い人間は今の宮守にはいないだろう。
冷静で、仕事もきっちりとこなすあいつが、頼れるっていうのは、確かだ。

「………」
「まー、かわいくない顔。ほら笑って笑って」
「ひたひよ」

それでもなんとなく承服しかねて、黙っているとほっぺたをぶにっとつねられた。
左右に無理矢理持ち上げてから、はなす。

「………俺、一兄の方が、信頼してる」
「まあまあ、そんな拗ねた声出しちゃって」

姉さんは困ったように笑って、肩をすくめた。

「状況にもよるわよ。今回一矢兄さんいなかったし、最近四天と一緒によく仕事してるんでしょ?その影響かもしれないわね。すぐに浮かんだのがそっちだったのよ」
「あ、そっか。うん、そうだよ。それだよ」

それなら分かる。
俺、仕事したことあるの、あいつだけだし。
まあ、それなら、分からないでもない。

「そんなに四天が嫌い?」
「嫌い!」
「まあ、あの子生意気だしねえ」

姉さんが頬に手をあてて、うんうんと頷く。
あいつのは生意気ってもんじゃないぞ。

「生意気なんてもんじゃねーよ!ちょっと力が強くて背が高くて彼女がいて器用だからって、人のこと見下しまくって、馬鹿にしまくって、兄として敬わないし、傲慢だし、冷酷だし、それに」

それに、冷酷で、冷静で、管理者として一人前で、判断がぶれない。
顔色一つ変えずに、何もかもをこなして見せる。

「…………」
「それに?」
「………怖い」

その力も確かに怖いとは、思う。
底知れない、膨大な力。
あれを思うがままに奮うのは、どんな気分なのだろう。

「………あいつのこと、すごいと思うし、嫉妬して、ムカついて、でもそれ以上に、怖い」
「どういうところが?」
「俺の、弟のはずなのに、いつだって冷静で、感情を揺らさないで、管理者として振る舞える。人の命とか、仕事だったら、割り切ることが出来て、簡単に………」

人が死ぬことを、見過ごすことが出来る。
人を、殺めることが出来る。

「それが、管理者として、正しいことだと、分かってるんだ。あいつの方が正しいって。でも………」

薄いブルーの世界は、地面がどこか分からない。
けれど視線を下に下げているということは、きっとこちらが地面なのだろう。

あいつが正しいことは知っている。
あいつが間違えないことは知っている。
でも、その全てに感情のないあいつが、怖い。

「あの子は、強くて賢いわ」

姉さんが、静かな声でそっと言う。
顔をあげると、姉さんは真面目な顔で俺を見ていた。

「………それは、知ってる」
「だからこそ、可哀そう」
「え?」

可哀そう。
それは、四天のイメージからはもっとも遠い言葉だ。
なんでも持ってて、なんでも出来る。
それが四天だ。

「小さい頃から力を期待され、厳しい教育を施されてきた。そして、残念ながらあの子にはそれに見合うだけの器量があった。弱音を吐くことはないし、泣いたりもしなかった」

弱音を吐いて、泣きごと言ってばっかりの俺には、耳が痛い。
俺は、役立たずで、そのくせ四天への批判だけは一人前だ。
本当に、最低だな、俺。

「………」
「あなたを責めてるんじゃないのよ、三薙。いいのよ、辛かったら泣いて叫んで助けて!って言って。そうじゃないと、その人がどれだけ追い詰められてるか、分からない。助けてあげられない」

そこで一旦、言葉を切る。
少しだけ視線を落として、先を続けた。

「あの子がどれだけ傷ついてるか、分からない」
「………」

四天が、傷つく。
いつだって飄々として、冷静で、冷酷で。
体は、傷ついていることは、知った。
でも、心は、どうなんだろう。

「………あいつ、なんとも思ってないんじゃないかな」

何があっても、何をしても、四天の感情は揺れない。
全て管理者の仕事として割り切って、何も思っていないのではないだろうか。
何も、感じてないのではないだろうか。
怒られるかと思ったが、姉さんは気にした様子もなく頷いた。

「そうかもしれないわね。でも、そうじゃないかもしれない。あの子が誰かに弱音を言ってるところって見たことある?」
「………ない」

栞ちゃんですら、四天が頼ってくれなくて寂しいと言っていた。
天に誰よりも近しい栞ちゃんですらそうなら、他の人間に頼るなんてことは、ないだろう。

「あの子、まだ子供よ。子供って言っていい年、それなのにあの達観した様子。かわいくないわねー。それに、なんか私には痛々しく見える」

そんなの、考えたこともなかった。
でもそう聞いてもやっぱり、四天が弱音を吐く姿なんて想像できない。
体はともかく、心が傷ついているなんて、あり得るのだろうか。

「三薙の気持ちは分かるわ。あの子、生意気すぎるし。仲良くしろとも言わない。強制されるものじゃないし」
「………」

姉さんは、じっと俺の眼をまっすぐに見る。
そして優しく、どこか儚く笑った。

「ただ、よかったら、四天が何を考えているかちょっとだけ気にしてみて。私がやりたいんだけど、私は直接、見ることも声をかけることも、簡単にはできないから」
「………姉さん」
「やーだ、そんな顔しないで」

朗らかに笑う、双馬姉さん。
つい忘れてしまいそうになるが、この人は現実の世界には、行けない人。
何があっても、双兄越ししか、世界に触れられない人。

「さ、そろそろ、時間ね。帰るわよ」

姉さんは話を打ち切るように、空を見上げた。
俺には分からないが、何か双兄から連絡が来たのだろうか。

「帰るって」
「起きなさい」
「ま、また殴るの?」
「失礼ね。私そんな乱暴じゃないわ」
「………さっきのは」
「なんのこと?」
「なんでもありません」

まあ、今度は殴られないってことだよな。
それならよかった。
それならもう何も言うまい。

「あ、最後に修行その一!」
「え!?」

姉さんがピンと指を立てて、俺に付きつけてきた。
まだ何かあるのか。

「もいっこなんか具現化していきなさい。出来たら安全に出してあげる。出来なかったら殴るわ」
「鬼教官!」
「なんですって!」
「痛!」

脳天チョップを食らわせられる。
やっぱり双兄の兄妹だ。
こんなところだけになくていいのに。

「はいはいいいから、やるやる」
「う、うん」
「最初は、海みたいな広大なものじゃなくて、小さいものにしなさい。後は、見たこと、触ったことのあるもの。記憶が、形を作ってくれるわ。想像だけじゃ、なかなかうまくはいかない。あなたの中から作り出されるものだから」
「………そっか」

俺、海見たことないしな。
確かに、本当はどんなものなんて、知らない。
写真や、想像の中だけしか、知らない。
そんなんじゃ、確かにイメージは固まらないかもしれない。

「うん。だから、一度でも見たことのあるものとかのほうがやりやすいと思うわ」

見たこと、あるものか。
そっと目を閉じる。
体の中の水が、流れているイメージ。
綺麗な綺麗な水。
澄み渡った、青い、海。

手の中に感じる力を、頭の中のイメージに作りかえようとする。
いつも、供給する時に自分の色に変換する作業に、似ているかもしれない。
あれは、小さくて、赤銅色と濃藍をしていた。
金具のところは、よく思い出せないな。
形は、分かる、色は、銀でいいや。
なんとか、イメージを作り出す。

「出来た、かな。ちょっと違ったかも」

手の中に感触を感じる。
開くと、そこには一応イメージしたものが出来ていた。
細部はちょっと違うし、色ももっと綺麗だった気がするけど、確かこんな感じだった。
姉さんがひょいっと俺の手の中を覗き込んできた。

「なあに、これ?」
「この前友達と買い物に行った時に見た、ピアス。姉さん似合うかなと思って」

せっかくだから、姉さんにあげれるものがいいな、と思った。
でも花とかの方はちゃんと出来たかな。
お店で見た時より、随分センスが悪くなってる気がしないでもない。
姉さんは差し出されたピアスを受け取ろうとせず、ただじっと見ている。

「………」
「あ、もしかして姉さん耳に穴開いてない!?」

慌てて長い髪の下の耳を確認すると、そこは綺麗にまっさらでピアスがつけいる隙なんてありはしない。
ていうか、そもそもアクセサリとかって好みとかあったっけ。
好みじゃないものもらっても、いらないよな。
ああ、恥ずかしい。
だから俺、モテないんだよ。

「ご、ごめ!こういうの好きかも分からなかったよね!変なのあげちゃってごめん!………わあ!」

いきなり体当たりでもかまされるように勢いよく飛び付かれて後ろに倒れ込みそうになる。
姉さんが白い腕を俺に巻き付けて、ぎゅーっと強く抱きしめてくる。

「ありがとありがとありがと三薙!嬉しい!本当に嬉しい!ありがとう!穴なんてもう三つでも四つでも十個でも開けちゃうわ!」
「それはちょっと!」

俺はそんな姉さんは見たくない。
できればそのままの姉さんでいてください。

「ありがとう。嬉しいわ、ありがとう」
「わ、分かった。分かったから、離れて、お願い!」

姉さん背が高くて顔が近いから余計に緊張する。
なんか柔らかくてあったかくて、もうどうしたらいいのか分からない。
女慣れしてない男子高校生なめんな、ちくしょう。

「ほら、どう?どう?」

姉さんがようやく体を離してくれる。
にこにこと笑いながら、髪を持ち上げて、耳を見せてくれた。
そこにはさっきプレゼントしたピアスがぶら下がっている

「あれ!?」
「双馬の世界と半分繋がってるからね。ここは私の好きに出来るって言ったでしょ?ピアスホール開けるのなんてお手の物よ」

あ、そっか、そういうことか。
姉さんは上機嫌で再度聞いてくる。

「ねね、似合う?似合う?」

ピアスは、勿論とてもよく似合っていた。
けれどそれ以上に無邪気に笑う姉さんが、かわいかった。

「………うん、すごく、似合う。そ、その、か、かわいい」
「ありがとう!!」
「だからそれやめて!」

もう一回飛びついてこようとする姉さんを慌ててかわす。
本当にスキンシップが激しくて、油断も隙もありはしない。

「まあ、世界を切り離したらあなたの力だからこれはなくなっちゃうんだけどね」
「え」
「でも、これずっとつけてるわ。私が作って、ずっとつけてるわ。弟からの初めてのプレゼントよ」

大事そうにピアスを撫でる。
そうか、力から切り離されたら、そのまま維持はできないのか。
ちょっと失敗だったかな。
でも、姉さんは嬉しそうだから、それでいいか。
喜んでくれて、よかった。

「また、来るね。その時は、もっとうまく作る」
「ええ、楽しみにしてるわ」

姉さんは俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。
一兄も双兄もそうだけど、なんかうちには頭を撫でる遺伝子でも入っているのだろうか。
背が縮みそうだし、そろそろやめて欲しい。

「あ、そうだ、私のこと、母さんには内緒にね」
「え、なんで?知らないの?」
「知らないわ。気にしちゃうと思うから」

あっさりとなんでもないように言われるが、その言葉に心臓が凍ったような気がした。
そうだ、姉さんは、ここでしか、会えない人。
双馬兄さんと一緒に生まれてくるはずだった人。
でも、生まれてこれなかった、人

「………母さんは、姉さんに会いたいんじゃない、かな」
「言えば、会いたいと思ってくれるとは思う。でも苦しめると思うわ。双馬を見て、哀しい顔をする母さんなんて見たくない」

きっぱりと言い切る姉さんに、迷いはない。
でも、それはなんだか、哀しい気がした。

「………姉さんは、会いたくないの?」
「会ってるわ。双馬を通して、何度も何度も」
「………でも」
「私はこれ以上母さんを苦しめる方が辛い」
「………」

きっと、迷ったんだろうな。
何度も、言おうと思ったのかもしれない。
双兄と、姉さんが迷って、出した結論だ。
俺が、どういういうことじゃないかもしれない。
一兄も四天も、それを受け止めているんだから。

「………父さんは?」
「知ってるわ。仕事にも関わることだから」
「………そっか」

父さんには会ったこと、あるんだ。
それなら、まだいい。
よかった。

「お願いね。大丈夫、私にはかっこいい兄とかわいい弟達がいるから」
「うん」

迷いなく笑う姉さんは、やっぱり綺麗だ。
この人に哀しい顔なんて、してほしくない。

「あ、そうだ。三薙、ちょっとだけ目を瞑って」
「え、うん」

言われて、目を閉じる。
なんだろう、帰るために必要なのかな。
何もされないよな。

「はい、いいわよ、目を開けて」

不安になってきたところで、許しが出る。
よかった、何もされなかった。
なんだったんだろう。

「………う、わあ」

そこは、強烈な青い世界だった。
突き抜けるような青い空、白い雲、照りつける太陽、そして青い碧い蒼い海。
匂いも暑さも風も感じない。
けれど、吹きぬける風を感じて、照りつける太陽が肌を焼くような気がした。
海、だ。
ずっと想像していた通りの、海。
一面の、青の世界。

「ピアスをもらった、お礼」

どこまでも広がる青い海。
ずっとずっとずっと、見てみたかった、海。
涙が思わず出そうになって、目をぎゅっと瞑る。

「あ」

目を再び開けると、そこは元の薄いブルーの世界だった。
海は、もうそこにはなかった。

「ごめんね。力不足で一瞬だけなんだけど」
「………ううん」

それでも嬉しかった。
海が見れて嬉しかった。
姉さんが、俺を喜ばせようとしてくれたのが嬉しかった。

一瞬だけの、夢。
それがとても嬉しかった。

「また来てね。そうしたら今度は私が水着でサービスしてあげる」
「うん。楽しみにしてる」

姉さんが悪戯ぽく笑って、俺も思わず笑ってしまう。
白く細い指が、つんと俺の額をつついた。
急にぐいっと、後ろにひっぱられるような感覚を覚える。
あ、目覚めるのか。

「あ、ねえ双兄と姉さん、どっちが年上?」

最後に姉さんは大きく俺に手をふった。

「勿論私がお姉さんよ!」




***




「………ん」

頬に当たる、シーツの感触。
甘いコロンの匂い。
体に乗っかってる腕の重さ。

「………そう、にい」

目覚めはすっきりとしていた。
まだ青い世界の名残が抜けきらなくて、少しだけぼうっとしている。

「………ん」

呻き声が聞こえて上を向くと、双兄がむずがるように顔を顰めて、ゆっくりと目を開ける。
下を見下ろして、俺の顔を覗き込む。

「………起きたか?」
「うん、ありがとう。終わったよ」
「そっか。お疲れ」
「ううん。ありがとう。双兄と、姉さんのおかげで助かった」
「そうだろうそうだろう。お兄様に感謝しなさい!」

にやりと笑って、双兄は俺ごと体を起こす。
なんだろう、本当に感謝しているのに、お礼を言いたくなくなるこの気持ち。

「あ、そうだ。あいつが私も双姉って呼ばれたいって言ってたぞ」
「へ、あ、うん」

なんだ、言ってくれればよかったのに。
双姉、か。
男ばっかだと思っていたけど、姉がいた。
なんだろう、哀しいような、嬉しいような複雑な気分だ。
でも、もっともっと、話したいな。
双姉と、話したい。

「とりあえず、ありがとう、双兄」
「いやいや、礼は四天に言うべきじゃないか?」
「へ?」

なんのことか分からず首を傾げる。
双兄はにやにやといやらしく笑いながら、顎で四天を刺す。
四天は相変わらず本を読んでつまらなそうに椅子に座っていた。
今度はファッション雑誌だ。

「なにせ我らが四天君は、誰よりも頼れる強い助っ人じゃないか!」
「わーわーわーわーわ!!!!!」

そうか、あの世界のことは双兄にも筒抜けなのか。
いきなりとんでもないことを言われて、俺は慌てて大声をあげてそれを阻止する。
双兄はけれど許してくれずに、よりによって天にふる。

「四天、三薙が言いたいことがあるらしい」
「何?」
「なんでもないなんでもないなんでもない!」

四天は怪訝そうな顔をして、首を傾げる。
けれどすぐに興味を失ったらしい。

「まあ、いいや。もう終わった?それなら俺も寝たい」
「ああ、悪かったな。ありがとう」
「どういたしまして」

双兄が礼を言うと、四天は椅子から面倒そうに立ち上がる。
ああ、もうすぐ夜も明ける。
随分付き合わせちゃったんだな。
それは、迷惑をかけた。
確かに、迷惑をかけた。

「………四天」
「何?」

一回深く息をすって、吐く。
これは、やらなきゃいけないことだ。
礼はちゃんと言おうって、決めただろう。

「ありがとう、付き合わせてごめんな」

まっすぐにその黒い目を見つめて、礼を言う。
四天は何度か瞬きをして、薄く笑った。

「どういたしまして」
「………本当にありがとう」

けれどもう一回礼を言うと、途端に顔をしかめた。

「気持ち悪い」

そう言い残して、双兄の部屋から去って言った。
ああ、本当に可愛くないな。
人の礼を何だと思ってるんだ。
双姉、やっぱりあいつは何も感じてないんだと思うけど、どうだろう。
いきなり双兄が俺の頭をくしゃくしゃと掻きまわしてくる。
だからやめてほしいんだが。

「何?」

目の前の双兄を見上げると、にかっと笑った。

「ちゃんとお礼が言える子は、いい子です」
「………気持ち悪い」
「なんだと、こら!」

照れ隠しに四天の真似をしてみると、ヘッドロックの仕返しを食らった。
必死に腕から逃れようとしたりして、ドタバタとベッドの上で暴れる。
一時の熱い戦いを終えて、俺は双兄に改めて頼む。

「ねえ、双兄」
「なんだ?」
「また姉さん、じゃなかった双姉に合わせてね」

双兄は、優しく目を細めて笑う。
双姉と同じ、笑い方。

「ああ、あいつもお前に会いたがってる。いつでも来い」
「後、双姉の話、聞かせて?」
「はいはい」

もっともっと知りたい。
家族だ。
俺の、家族。
知らなかったけどずっと一緒にいた、家族。
もっと、話したい。

「さーて、俺たちももう一眠りするか」

双兄が大きく伸びをする。
確かに今まで眠ってたんだけど、全然寝た気がしない。
幸い今日は日曜日だ。
心行くまで眠れるだろう。
もう、夢はないのだから。

「………結局、今回の呪詛って、なんだったのかな」
「さあなあ。特定できるものはなかったし」
「………そっか」

やっぱり俺はまた変なのに魅入られちゃったのかな。
力もこまめに補充して、気を引き締めているつもりなんだけどな。
ああ、でも確かに力はちょっと減っていたかもしれない。
力を使いすぎたせいか、供給してもらってからまだ日が短かったが飢え気味だった。
ちゃんと、ペースを考えないと。

「ま、これでゆっくり眠れるな。よく寝ないと大きくなれないぞ」
「うるせーよ!」
「お兄様に向かってなんだその態度は!!!」
「痛い痛い痛い!」

今度は腕の関節を決められて、俺はベッドをばしばし叩いてロープロープと助けを求める。
背が伸びないのって、双兄が俺の体を変に曲げていたりするせいじゃないだろうか。

「ああもう、俺も寝る!」
「一緒に寝るか?」
「遠慮します!」

ベッドを飛び下りて、獣道を掻きわけてドアの前まで辿りつく。
そこで俺は、すでにベッドに潜りこんでいる双兄を振り返った。

「ねえ、双兄?」
「なんだい弟や」
「双兄と双姉って、どっちが年上?」

双兄はベッドの上でにやりと笑った。

「そりゃ俺がお兄様に決まってるだろ!」

思わず俺も笑ってしまう。
ああ、もう本当にこの人達は、双子だ。
俺の大好きな、双子の兄と姉。

さあ、今日はゆっくり眠ろう。
もう、夢は見ないのだから。





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