「あ、ねえ、一人?一緒にメシ喰いにいかない?」 トイレに寄ってから外に出ると、岡野が見知らぬ男二人に絡まれていた。 大学生くらいだろうか、少し派手な外見で遊んでいそうな、女の子にはモテそうな二人連れ。 岡野も外見は結構派手だから、一瞬ちょっと似合って見えて怯んでしまう。 俺なんかより、ずっと格好良くて、色々楽しいことを知ってそうな奴らだ。 けれど岡野は花壇に座りながら、視線を上げもしない。 「友達がいるから」 「あ、友達も一緒でいいし」 「男」 断ってくれたことに安堵して、慌てて岡野に駆け寄る。 ここで出ていかなきゃ、男じゃない。 「岡野、ごめん、お待たせ。あ、えっと、すいません、彼女、俺と一緒なんで」 男達は突然現れた俺を上から下まで舐めるように見て鼻で笑った。 ひそひそと、何か仲間内で俺を見ながら何かを言っている。 うわ、感じ悪。 「こんなのでいいの?いいじゃん、今日はもうお別れしてさ、これから俺達と一緒にメシ食おうよ」 ナンパ男のやや長い茶髪の方が、馴れ馴れしく岡野の肩に手を置く。 多分現れたのが俺みたいな貧相なので、意地になってしまったのだろう。 「うっせーな、いかねーつってんだろ」 「な」 「下手なナンパしてんじゃねーよ」 岡野が顔を本当に嫌そうに顰めて、その手を振り払う。 それからさっと立ち上がって、俺の手を取る。 「行こ」 どうしたものか思案している内に、岡野はすたすたと歩き出してしまう。 うわ、なんか俺情けないな。 「おい、待てよ!」 「触んなよ、きたねーな」 今度は黒髪男の方が顔を赤くしながら、岡野の肩を掴む。 すると更に岡野は乱暴にその手を振り払った。 「このっ」 黒髪が憤ってその手を振りかぶる。 慌てて岡野と男達の間に入って、その手を止める。 「ちょ、落ち着けよ」 「うっせーな、どけよ!」 なんて言われてどく訳にもいかない。 俺に対しても襟首を掴んできたので、仕方なくその手を捻りあげて外す。 「って」 「暴力は、すんな」 「ふざけんな!」 黒髪の後ろにいた茶髪が、俺の顔めがけてその拳を振り下ろす。 どんだけ気が短いんだ。 「もう!」 捻りあげたままだった腕を振り払い、バランスを崩した黒髪を路上に転がす。 一歩引いて、向かってきていた茶髪の拳を軽く抜き手で突いて力を逸らす。 それからその場にしゃがみこんで、その足を軽く払った。 男達は二人とも路上に尻餅をついた状態になる。 「岡野、大丈夫?怪我ない?」 「へ、へーき」 なんだかきょとんとした顔で俺を見ていた岡野が、こくこくと頷く。 それを確認して、岡野の柔らかい手を掴む。 「いこ!」 そして、そのまま走り出した。 結構走って、完全にあいつらから離れたのを見計らって立ち止まる。 「岡野、大丈夫?」 「だ、だい、じょうぶ」 「ごめん、少し休もう」 岡野は顔を赤くして、苦しそうに息をしている。 傍にあったガードレールに二人ならんで腰掛けて、酷使した足を休ませる。 そのまましばらく上がった息を落ち着けるために、深い呼吸を繰り返す。 ようやく落ち着いてきた頃に、岡野がぼそりと言う。 「………なんで逃げたの?」 「え、危ないし」 「あんた、強いんじゃん」 「強いって訳じゃないけど、一応俺、体術も剣術も一通りやってるし」 「………へたれのくせに」 「ひど!」 確かにへたれだけれど、女の子を庇うぐらいは出来る。 と言ってもかなり対応が遅れちゃったけど。 こういうのも一兄や双兄や四天だったら、て、もう考えるのも嫌になってきた。 「逃げる必要、ないじゃん」 「素人さん相手にしちゃいけないって師匠達にも言われてるし、下手に怒らせて事態悪化させて後で面倒なことになっても怖いから。怪我させてたりするのもやだし」 何も修練していない相手に、俺達の技を使ったら過剰防衛だろう。 みだりに力を見せびらかすようなことをしたらいけないと言われている。 それに、なにより。 「それに、巻き込んで、岡野に怪我とかさせたらやだし」 俺は別に少しぐらい怪我をしても男だからいいけれど、岡野は女の子だ。 怪我なんて、させたくない。 「岡野、あんな言い方したら、相手怒らせるだけだろ。俺が一緒だったからいいけど、一人の時はそんなことすんな」 あんなことしてたら、いつか怪我をしてしまう。 もっと酷い事態になるかもしれない。 そんな危ない真似はしてほしくない。 少しきつめの口調で言うと、岡野は怒るでも反省するでもなく、じっと俺を見ていた。 「な、何」 「いや、あんたの口から素人相手とか、俺と一緒だったからいいとか偉そうな言葉が………」 「う、うっさいな!」 顔がかっと熱くなる。 確かに偉そうだったかもしれない。 ちょっと調子に乗ったかもしれない。 恥ずかしくてそっぽを向く俺に、岡野がぽんと肩を叩く。 「でも、ありがと。気をつける」 「………うん、そうして」 たっと軽い音がしたので顔を上げると、岡野が立ち上がっていた。 ガードレールに座りこんでいる俺の前に立って、笑う。 「宮守」 「なに?」 「あんた、強いじゃん」 「え」 夕暮れの中、岡野は見たことないぐらい、とても柔らかい顔で笑う。 そして優しいトーンで、言った。 「弱くない。強いよ」 その岡野の声がとても優しくて、表情がとても優しくて、胸がきゅうっと引き絞られる。 それと同時に、なんだか泣きたいぐらいの切なさを感じる。 「でも、一兄や、天達と比べると」 「比べんな」 岡野が、びしりと俺の言葉を遮る。 それからまた、ごつごつとした指輪をした手で殴られる。 痛いけれど、痛くない。 「喧嘩が強いってこともあるけどさ、最初の時も、学校の時も、この前の旅行の時も、それに今だって、人を守ること、出来るじゃん。逃げ出さないで、私達守ってくれようとしたじゃん。あんた一人なら簡単に逃げられたんでしょ?でも、逃げなかった」 だって、守りたかった。 ずっと、守りたかった。 結局守り切れなかったり、誰かの助けを借りてばかりだ。 後で後悔することばかり。 傷は増えていくばかり。 情けない自分がもどかしくて、自己嫌悪に陥ってばかり。 でも岡野は、笑ってくれる。 「あんた、強いよ。前にも言ったでしょ。少なくとも私は、私やチエやチヅや、藤吉は、あんたがいてくれて助かってる。役立たずとか、言うな」 胸が痛い。 岡野が綺麗で、目が離せない。 「あんたは強い。だからうじうじすんな。堂々としてろ」 次から次へと溢れてくる抑えきれない感情に、体が動いた。 立ち上がって、目の前の体を抱きしめる。 「な」 柔らかい体は一兄や四天のものとは、全然違う。 花のようないい匂いがする。 柔らかくて華奢な少し力を入れると壊れてしまいそうな、体。 けれどとても力強く感じる。 「ありがとうっ、ありがとう、岡野」 嬉しさに、喜びに、胸がつぶれてしまいそうだ。 腕の中の存在が、とても温かくて、とても強くて、とてもとてもとても。 「ちょ、おい!」 とても、なんだろう。 この感情はなんだろう。 ずっと、抱きしめていたい。 この温かさを感じていたい。 泣きだしてしまいたい。 「離せ、この馬鹿!」 けれどぐいっと胸を突き放されて、ようやく我に返る。 慌てて手を解いて、一歩後ろに下がる。 「あ、あ、ご、ごめ、ごめん!」 俺は今、何をしていた。 今、何をしていたんだ。 やばいやばいやばい。 「ほ、本当にごめん!悪気はなくて!」 「………」 「本当に、ごめん!」 思い切り腰を折って、頭を下げて謝る。 岡野は、無言だ。 怖い。 そんなに怒っているのだろうか。 恐る恐る顔を上げて、岡野の顔を覗きこむ。 「お、かの………」 心臓がまた、大きく跳ね上がる。 体中の血が沸騰してしまいそうだ。 「………」 岡野は、夕日のせいだけじゃなく、顔を真っ赤にさせていた。 所在なさげに、困っている子供のような、頼りない表情を浮かべている。 見たことのない顔に、鼓動がどんどん激しくなる。 「岡野、あの」 「………」 「おか、うっ」 名前をもう一度呼ぶと、腹に衝撃が来た。 岡野が見事なボディーブローを俺の腹に叩きこんでいる。 それから素早く後ろを振り向いて、すたすたを歩き始める。 「あ、待って!」 本当に怒らせたのかと思って、慌てて後ろを追いかける。 どうしよう、どうしたらいいんだろう。 「待って、ごめん!」 「クレープ奢れ!」 「は、はい!」 奢るってことは、まだ一緒にいていいということだろうか。 それで、岡野は許してくれるのだろうか。 ほっとして岡野の隣に駆け寄りながらも、自分の感情を持てあます。 なんであんなことをしてしまったのだろう。 トクトクトクトクと、心臓が早く大きく打っている。 落ち着かない、忙しない、どこか苦しい、感情。 けれど温かくて、気持ちがいい感情。 |