離れ座敷から帰ってきて着替えを済まし、父さんの元へと訪れた。
どんなに嫌でも報告しなきゃいけないのだから、さっさと終わらせた方がいい。

「そうか。無事終えたか」
「はい、恙無く」
「それは重畳だ」

四天の簡潔な報告を得て、父さんは頷く。
俺はただ黙って羞恥に耐えているだけだ。
どうして二人ともそんな普通の態度なんだろう。

「三薙、体調はなんともないか」
「は、はい!」

急に話を振られて、飛び上がる。
体調って、何を聞かれているのだろう。
全身筋肉痛だ。
そんなの答えられない。
あ、違うか、力のことか。
そうだよな。
落ち着け、俺。

「えっと、四天の力の供給があって、すごく楽です。体が軽いです」
「違和感はないか?」
「多少はありますけど、多分慣れると思います」
「何かあったら言え」
「はい」

落ち着け、これは儀式だ。
それ以上の意味なんてないんだ。
でもなんだろう、このシチュエーション。
弟とそういうことをして、それを父に報告って絶対おかしい。
元々おかしいんだって言ってたのって、天だっけ双兄だっけ。

「御苦労だったな、四天」
「いえ、お役に立てたのでしたら光栄です」
「………」

お役に立てたってなんだ。
いや、儀式のことだ。
俺に力をくれたことだ。
変なことを考えるな。
俺の体調は今、すごくいいんだから。
それでいいじゃないか。

「では下がっていいぞ。ああ、四天は少し残れ」
「はい」

天だけ呼びとめられて、さっさと退出しようと思っていた俺は動きを途中で止める。
なんとなく出づらくて一応父さんに確認する。

「あの、私は」
「下がっていい。まだ本調子じゃないだろう。少し休め」
「は、はいっ」

本調子じゃないことは確かだが、指摘されると恥ずかしくて消えたくなる。
父さんの言葉に変な意味はないんだ。
駄目だ、ここにいると恥ずかしいだけだ。
さっさと逃げよう。



***




「お、俺のかわいい弟じゃないかー」
「双兄」

自室に向かって早足で歩いていると、双兄がふらふらと歩いていた。
そういえば双兄の部屋の前だった。
よりによって嫌な人にあった。

「おはよー。お機嫌いかが?」

ふらふらと近づいてくる双兄は昼前だと言うのに、強い酒気を感じた。
本当に最近酒を飲んでないところを見ていない。

「また飲んでるの!?」
「飲んじゃ悪いか!」
「だから飲みすぎは悪いよ!」
「確かにな!」

納得するなら飲まないでくれ。
駄目だ、酔っ払いには関わっていられないからさっさと逃げよう。
何を言われるか分かったもんじゃない。

「さっさと寝て酒抜きなよ。じゃあね」
「あー、そういえば昨日が儀式だったか」
「………」

さりげなく横を通り過ぎようとしたら、腕を掴まれた。
余計なことを思い出しやがって。

「体調どうだ?」

盛大にからかわれると身構えたが、予想に反して双兄は真面目な顔で聞いてくる。
面喰って一瞬反応が遅れる。

「へ、平気」
「力の供給はうまくいってるか?」
「うん、多分。今、すごい楽。天の力が常時注がれてる」
「そっか」

双兄は納得したように何度も頷く。
それからやっぱり真面目な顔で言った。

「四天はうまかったか?」
「はあ!?」
「お前処女喪失だろ?どうだったよ」
「な、何言ってんだよ!」
「あいつってどうなの?」
「だから何言ってんだよ!」
「先にイっちゃったりしなかった?ほら、若いし」
「いい加減黙れ!」

思わず頭を盛大に叩いてしまう。
ああ、いつも通りの双兄だ。
最低だ最低だ最低だ。
真面目に聞こうとして損した。
本当に最低だ。

「弟たちの成長具合が気になる兄心じゃない」
「単なる下衆の勘ぐりだ!」

ていうかそういえば、天ってどうなんだろ。
ものすごく手慣れているように感じたけど、初めてだよな。
あれ、もしかして初めてじゃないのか。
初めてって感じじゃなかったぞ。
なんだそれ、ずるい。
いや違う。
あいつこの前まで中学生だったのになんでだよ。
一体誰と。
栞ちゃんとか。
思わず考えそうになって慌てて頭を横に振る。
考えるのはやめよう。
失礼だし、弟と妹のように思ってる子のそういうことを想像したくない。
なにより天とそういうことをしてしまった今、ものすごい罪悪感と気まずさに襲われそうだ。
だから、考えるな、俺。

「ま、四天でよかったと思うよ。うん」

双兄は俺に殴られたことは気にせず、一人で頷いている。
まだ何か言うつもりか。

「………何がだよ。変なこと言うとまた殴るぞ」

思わず睨みつけながら険のある声が出てしまう。
もうこのネタでいじられたくない。

「変なことっていうかさ、だってほら、兄貴としたらお前今後女の子と付き合うとか無理そう」
「なんで」
「ただでさえ兄貴依存すごいのに更に兄貴にメロメロになったらどうすんだよ」
「メロメロって、そんなんなんねーよ!」
「どーだかな」

確かに一兄は大好きだし、多少依存が強いとは思ってはいるけど、それとこれとは話が別だ。
一応好きな女の子だっているし、これ以上一兄に依存したいと思っていない。
一兄としたら、なんて、想像できないけど。
ああ、だからまた何を考えてるんだ。
双兄と話してるからいけないんだ。

「もう、俺行くよ。双兄もさっさと寝ろよ」
「ま、四天で正解」
「もういいってば」
「生意気な!」

さっさと逃げ出そうとすると捕まって頭をぐりぐりとされる。

「痛い痛い痛い!やめろってば!」
「大人になったからって生意気になっちゃって!」
「だからやめろってば!」

なんとか腕から逃げ出して、双兄の手を払いのける。
ああ、もう、力が入らないのに何してくれるんだよ。
こんな下らないことで大分体力を使ってしまった。
早く休みたい。

「あのさあ、お前はさ、兄貴も四天も好きだよな」
「へ?」

何を聞かれたのか分からなくて首を傾げる。
一兄は好きだと断言できるが、天は少し複雑だ。
でも、兄弟だ。
嫌いになるのなんて嫌だ。

「三薙、双馬」

双兄に何を聞きたいのかと問おうと思った時、廊下の先から声が響いた。
落ち着いた男性の低い声。
双兄がその声を聞いて顔を顰めた。

「げ」
「何が、げ、なんだ双馬」

双兄の後ろ、俺の視線の先には長身の長兄がこちらを見ていた。
呆れたような顔ですたすたと歩み寄ってくる。
次兄が恐る恐ると振り返ってへらりと笑う。

「あ、兄貴、いたの?」
「いたな。帰ったら顔を出せと言っていたはずだな」
「えっとー、ほら、今帰ったのよ。シャワー浴びてから顔出そうかなって」
「そうか。それなら俺は今日は家にいるから後で来い」
「勿論ですよ。すぐに行こうと思ってました!」

一兄の厳しい顔と声に、双兄は渋々といった感じで頷く。
相変わらず双兄は一兄と父さんには弱い。
しかしこれだと双兄、素直に一兄のところには行かないんじゃないだろうか。
と、思ったのは一兄も一緒だったらしい。

「逃げたらそれ相応の対処はするからな」
「う」
「逃げるなよ。後にすればするほど、余計に事態は悪化するぞ」
「分かったよ………。じゃあ、シャワー浴びてきまーす」
「寝るなよ」
「はーい」

所詮、俺たち兄弟は誰も一兄には敵わないのだ。
双兄はすごすごと廊下の先へと消えていった。
なんだか可哀そうにもなってくる。
その後ろ姿を見て、一兄が軽くため息をついている。

「双兄に説教するの?」
「ああ。最近のあいつの素行は目に余るからな。父さんと母さんの手を煩わせる前に、一言言っておく」
「そっか」

そういえば母さんが父さんに叱ってくれって言ってたっけ。
確かに父さんに叱られる前に一兄に怒られた方がいいかもしれない。
でも、飲み過ぎている理由もあるみたいだし、酷く怒られるのはちょっと可哀そうだ。

「なんか、悩みあるみたいだから、解決するといいんだけど」
「お前はいつも苛められてるのに本当に健気だな。昔から双馬に何されてもついてってたしなあ」
「そ、そういうんじゃないけど」
「いい子だ」

一兄が苦笑交じりに俺の頭をくしゃくしゃと掻き混ぜてくる。
大きな手で優しく撫でられると、嬉しくて温かい気持ちになってくる。
こういうのが一兄依存ってことなのだろうか。

「体は大丈夫か?」
「だ、大丈夫」

また聞かれてしまった。
もう嫌だ。
体ってどっちのことを聞かれているんだろう。
一兄は心配してくれてるだけなんだから、深く考えるな。

「力の方は?」
「えっと、平気。力が満ちてて、すごい楽」
「それならよかった」

もう一度優しく頭を撫でてくれる。

「今日は体がまだ辛いだろう。ゆっくりと休め」
「う、うん」

体が辛いって、そうなんだが、あまり触れて欲しくない。
そういえば父さんには聞けなかったが、一兄になら聞けるだろうか。
すごく恥ずかしくて聞きたくないが万一ってこともあるし、一応、聞いておこう。

「あ、あのさ」
「ん?」
「あ、後、二回しなきゃ、いけないんだよね」
「それは、そうだな」
「そっか………」

あっさりと言われて、がっくりと肩を落とす。
やっぱりこれでもう大丈夫なんてことはなかった。
分かってたけどさ。
肩を落とす俺に、一兄が心配そうに顔を覗き込んでくる。

「痛かったか?」
「な!そ、そういうんじゃないけど!」

痛さはどうだったろうか。
確かに痛かったが、むしろ今の方が色々なところが痛いかもしれない。

「嫌だったか?」

一兄はあくまで心配そうな顔なので、双兄と違って無碍に出来ない。
首を横にぶんぶんとふる。
いや、嫌か嫌じゃないかと言われれば嫌なんだが、嫌といったら四天に失礼だ。
あいつの方が嫌だろうし。
嫌というよりは、違うのだ。

「は、恥ずかしかった!」

あんな声を出してしまうのが、あんな風になってしまうのが、とにかく全てが恥ずかしい。
目を逸らしながら言うと、一兄が落ち着かせるようにポンポンと頭を軽く叩く。

「まあ、恥ずかしいな。とりあえず今は休め。休めば少し落ち着く」
「………わ、分かった」
「恥ずかしさは耐えてもらうしかないな。だが、何かあったら言え」
「う、うん」

まあ、耐えるしかないよな。
俺より嫌なのは、天の方だ。
後二回で体調が万全になるなら、安いもんだ。
そうだ、そのはずだ。
俺が文句言うのはおかしい。

「よく頑張ったな」
「あ、ありがと」

一兄が最後に笑って、労ってくれる。
ほっとしつつも、複雑な気分だ。



***




食事を終え、少し体を休めてから天と共に道場にやってきた。
簡単な術を使ったり、力の流れを確かめて、繋がりを確認する。

「ふーん、どうやら供給は止められるみたいだね」
「だな」

天が自分の胸の辺りを抑えながら首を傾げる。
どうやら天は少し力の流れを変えれば、やや手間がかかるようだが俺へ供給は止められるようだ。

「それと、こっちから取ることも出来るみたいだ」

俺も、どうやら力の量を調整して、奪い取ったりも出来るようだ。
これもやや手間がかかるが、大きな術とかを使いたい時は天から少し多めに力を貰えばいいのか。

「あまり取られ過ぎたら切るから」
「うん、分かってる」

天の力だったらちょっとやそっとのことじゃビクともしないだろうが、俺が変なことをしたら切ってもらった方がいい。
ないとは思うが調整が効かず天を枯渇させるようなことをしたらと、考えるだけで恐ろしい。

「使ってる時、気をつけるけど、使いすぎてたらすぐ切ってくれ」
「うん。そういう事態にならないようにしてね」

それは常に気をつけておこう。
これまでは力を使っても自分が倒れるだけだったが、今度からはそれだけではない。

「でもすごいな。力が自由に使えるって、こういう感じなんだ………」

少し不自由で気を使うとは言え、今までとは段違いだ。
最小の力で、なるべく使わないように術を慎重に練り上げていたが、そこまで気を使わなくても術を使える。
天が簡単に術を使う理由が、少しだけ分かった気がする。

「まあ、これは、お前の力なんだけど」
「ちょっとやそっとでなくなるもんでもないから、程ほどだったらご自由に」
「………ありがと」

やっぱりちくりとコンプレックスが刺激される。
俺が使う程度の術だったら、天は言葉通りどうもしないだろう。
それがありがたくて、でも羨ましくて悔しい。

「うん、でも、これ、いいな」

そしてやっぱり嬉しい。
無尽蔵に使うものではないが、今までよりは術が使える。

「力があるって、いいな」

皆は、こんな風に力を使えていたのだ。
それでなくてもいつ倒れるか、いつ力を全部失ってしまうか、なんてことを考えなくていいのだ。
いつでも感じていた倦怠感はなく、こんなにも体が軽いのだ。
それはなんて、素晴らしいことなんだろう。

「そうだね。少なくとも、生活に不自由が出るほどにないよりは、いいかもしれない」

天は俺の言葉に、同意して頷いた。
力がある天は、天なりの辛さがあるのは分かる。
でも、やっぱり、人の手を借りなきゃ生きていけないほどにないのは、苦しい。

「あったらあったで、余計なこと色々考えちゃうんだけどね」
「余計なこと?」
「そ。余計なこと。仕事も増えるしね。またお仕事だ」

天がふっと笑って、肩を竦める。
そういえば、さっき父さんに残されていたのは、なんだったんだろう。

「そういえば、父さんの話ってなんだったの?仕事?」
「そう。次の儀式と仕事の話」
「つ、次」

そうか、もう次の話が出てきているのか。
さっさと済ましてしまいような、もっと後がいいような。

「とりあえず次の儀式は、俺と兄さんの術が安定した後だって」
「そ、そっか」

まだ不安定ってことかな。
ちょっと先のようで、正直ほっとした。
まあ、問題先送りなだけで、なくなりはしないんだけど。

「そんでその前に一仕事してこいってさ」
「仕事、か」
「そ」

天が唇を歪めて皮肉げに笑う。

「このタイミングで仕事ね」

このタイミング。
確かにまだ術が安定してないのに、ちょっと急過ぎる。
天の体も、気遣ってあげたらいいのに。
それからふっとため息をついて、俺に告げる。

「仕事の間はなるべく力を使わないようにしておいて」
「うん、わかった」

それは当然だ。
俺が力を使って、天の負担になるなんて、あってはいけない。

「力はなるべく使わない。お前も気をつけて」
「どーも。俺に何かあったら兄さんも大変だしね」

そこで気づく。
そうか、天に何かあったら、俺は力の供給を失うのか。
儀式前の状態に戻るだけかもしれないけど、何か俺にも影響が出るのかもしれない。

「そっか。そういうことになるのか」
「そういうこと。自分が大事だったら俺の体調も考慮しておいて」

天の体の心配は、そのまま俺の体の心配になる。
俺よりずっとずっと強い弟だから、なんだかいつだって大丈夫って気になっちゃうんだけど。

「うん。でも、それとは別に気をつけて。怪我とかしないように、祈ってる」
「ふーん」

でも、天だって人間で、俺より年下で、俺の弟だ。
怪我だってするし、弱いところだってあるし、辛いことだってある。

「お前が、これ以上、怪我とかするのだって、嫌なんだからな」

昨夜見た天の体はやっぱり、傷だらけだった。
白い体に浮かぶ傷跡が、痛々しく見えた。
その中には俺のせいでついたものもある。
これ以上怪我なんて、してほしくない。

「そりゃ、どうもありがと」

俺の言葉に天は皮肉げに笑って肩をすくめた。





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