「あ、またこんなところでメシ食ってる」

ふりかえった清水真衣は、相変わらずつまらなそうな顔をしていた。



***




あれから、裏庭に清水真衣をはじめて見た時から、昼休みに彼女を観察することが多くなった。
メシ食った後で時間がある時とか、時には旧校舎でメシ食ったりして。
俺も色々付き合いあるし、行かない日のほうが多かった。
それほど積極的でもなく、かといってやっぱり興味があって。
清水真衣を、なんとなく見ていた。

そう、俺は、間違いなく清水真衣に興味があった。

清水真衣は裏庭では寝ていることが多かった。
制服に埋もれているようにも見える華奢な体をベンチに横たえて。
木陰の中、静かに目を閉じる清水真衣は頼りなくて、なんだか子供みたいだった。

メシはいつもコンビニ。
弁当はあんまり買わない。
パンとかおにぎりとか、サラダ。お惣菜系も好きみたいだ。
たまにファストフード。でも冷えたポテトに顔をしかめていた。
女の子らしく甘いもの好きみたいで、デザートを買うことは多かった。

たまに食べない。
ただ寝てる。
だからあんな細っちんだろうな。

寝てない時はボーっとしてる。
本を読んだりしてることもあるけど、寝てるかボーっとしてるかだ。
何が楽しんだかよく分からん。
何、考えてるんだろう。

そして時々、清水真衣は面白い。

雀に、パンをやっていたことがあった。
というか、パン目当てに近寄ってきた雀を驚かせて追い払って遊んでいた。

性格わる!

と思ったらその後、パンを半分ぐらい細かく千切って捨てていっていた。
うけた。

ベンチからちょっと離れたところにあるゴミ箱に、ゴミを投げたことがあった。
ゴミはゴミ箱の縁にあたって、はじかれた。
清水真衣は、ちょっと眉をあげて、不機嫌そうに顔をしかめた。
そして、そのまま不機嫌そうにその場を去っていった。

マナーわる!

と思ったらその後しばらくしてもどってきて、ゴミ箱に入れなおして帰っていった。
うけた。

落ちてくる葉っぱを捕まえようとしてこけたことがあった。
本気で寝てしまったらしく、ベンチから落ちたことがあった。
猫にから揚げを取られたことがあった。

清水真衣、マジおもしろい。

そう思うようになるまで、時間はかからなかった。

そんなこんなで、どれくらい観察を続けていただろうか。
俺は、彼女にもっと近づきたくなった。

いつも教室では本を読むか外を眺めるかしかしていない清水真衣。
ほとんど教室にもいないし、地味で目立たない。
ただ、弟の存在とその浮きようが目立つといえば目立っていたが。

それが、こんな短い時間で、こんなにも色々な様子を見せてくれる。
それなら、もっと近づけば、もっと色々な顔を見れるだろうか。

彼女は、いつもあそこで何を考えているんだろか。
何に興味を持っているんだろうか。
なんで、時折あんなに寂しげな顔をしているのだろうか。

どんな顔で、笑うんだろうか。

それは好奇心。
それは野次馬根性。
決して親切心でも優しい心でもない。

じりじりと、俺の中にいつも燻っているものが顔を見せる。
いつも、友達には悪い癖だといわれるんだけど。
それでも、俺は清水真衣に近づいてみたかった。

寂しげな表情で、何を求めているのか知りたかった。
彼女の笑った顔が見てみたかった。

彼女を、笑わせてみたかった。



***




「……あんた、誰?」

俺を見て訝しげな顔をした清水真衣。
後ろの席だというのに、まったく覚えられていないことに正直ショックをうけた。
俺、結構目立つタイプだと思うんだけど。
けどまあ、それ以上に、潔く完璧に周りを遮断してるむしろ清水に感心した。
そこまでやればいっそ爽やかだ。

まあ、覚えてなかったからって腹は立たないけど。
それに別に話しかけていきなり話がはずむとも思ってなかったし。
今回でお近づきになれればいいでしょう。

けれど、怪訝な顔をしながらもあまり拒絶を示さない清水が予想外だった。
絶対に人と話したくない、というわけではないのだろうか。

「何が?」
「いや、俺を知らないって」
「え?あの……」

戸惑った顔をする清水。
本当に素晴らしいアウトオブ眼中。
本気で覚えてないらしい。
すごいぜ清水。

「ずっと前の席に座ってるじゃーん!」

しまった、というように目を見開く清水。
結構表情が豊かだ。
思ったよりも反応がいいから、俺は調子にのっていつものように半分拗ねてみせる。

「ひでえ………」

すると清水は、微かに頬を緩めた。
眉が下がって、眉間の皺が消える。
それは微かな変化。
ほんの少しの筋肉が動いただけ

だけど不機嫌な顔が一変して、いきなり穏やかな印象にかわった。

見てみたかった、清水真衣の笑った顔。
それは想像していたよりずっとずっと、かわいくて。
俺も自然と心が浮きたって、顔がにやけた。

うん、もっと笑った顔が見てみたい。
もっと笑って欲しい。

笑わせたい。

清水真衣を、笑わせたかった。






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