不器用で、無愛想で、口が悪くて、なのに口下手で変に素直で。
疑り深くて、用心深くて、それでいてどこか無防備で。
人を遠ざけるくせに、寂しがり屋で。
冷たいくせに、結構ノリがよくて、軽口にもついてきて。
いつもつまらなそうな無表情なくせに、笑うとやけにかわいくなって。

清水真衣は、支配欲と保護欲をやけにそそる少女だった。

そのアンバランスさに、心引かれた。
いつも不安げで頼りなく揺れる目が、俺を見て穏やかにほどけるのが、何より心地よかった。
迷子の子供のように心細そうな表情を、溶かしてしまうのが楽しかった。

人に頼られるのは大好きだ。
それは優越感と、男のプライドをいたく満足させてくれる。
そして俺は好奇心が強い。
野次馬根性も旺盛だ。
心からの優しさや、親切心なんて俺は持っていない。

清水に頼らせて、守ってる気分に浸りたい。
清水の顔を曇らせる原因を突き止めて暴いてしまいたい。
優越感と好奇心が、心をくすぐる。

だから、清水は俺にとってとても魅力的な人間だった。

俺は、自分が利己的な人間だということを知っている。
自分のことが大事な人間だということを知っている。
偽善、という言葉が似合う人間だということを知っている。

そんな計算高い自分が少しイヤになる時もある。
でも、それで需要と供給があうなら、それでいいんじゃないか、とも思っている。

清水に優しくしたい。
清水の不安を溶かしてしまいたい。
清水に笑ってもらいたい。

笑わせてあげたい。

それは間違いなく、確かな気持ち。
やらぬ善より、やる偽善。
俺の満足感で、清水の寂しさが薄れるなら、それでいいじゃないか。

いつでも不安げに揺れている清水。
愛情を何よりも欲しがっている清水。
自分だけを見つめる存在を、欲しがっている清水。

その空っぽで飢えた心に、愛情を注ぎ込もう。
優しく温かいもので満たそう。
楽しくて、心躍るものでいっぱいにしてしまおう。
そんなじめじめした場所から引っ張り出して、明るい場所に連れて行ってしまおう。

そうしたら、清水真衣。
君はその飢えと執着を、俺に向けてくれるのかな。



***




清水真衣が歪な理由は、すぐに分かった。

幼い頃のトラウマ。
弟に対する強すぎる執着。

完璧な弟へ対するコンプレックス。
両親の愛情を独り占めする憎い存在。
それでも実質唯一の家族。
ただ1人、優しくしてくれる人間。
傍にいてくれた、弟。

その複雑な感情が、清水真衣を苦しませ歪ませる。
そして俺はその複雑な感情に、触れてみたくてたまらない。

「千尋は嫌い。だから邪魔するんだ」

苦しげに顔を歪めて、吐き捨てるように弟をなじる清水。
その顔は、今まで見てきたどんなものよりも複雑で醜かった。

「千尋は嫌い。大嫌い。千尋1人がもっと幸せになるのも許せない。千尋はただでさえ、恵まれてて、幸せなんだから、少しくらい不幸になればいい」

そんな醜い感情をこぼすくせに、清水真衣は哀しげで苦しげだ。
そしてくしゃりと顔を歪める。
いつか旧校舎の2階から覗き見た、心引かれる今にも泣きそうな顔。

「………それに、千尋がいなくなったら、私どうしようもなくる。置いていかれるなんて、耐えられない。」

震える声に、それでも涙はこぼさなかった。
その姿は保護欲を掻き立てて、思わず抱きしめたくなる。

弟に病んだ執着を持つ清水真衣が、哀れで愛おしかった。
苦しげに歪んだ顔を、笑顔に変えてあげたい。
重すぎる荷物を、下ろしてあげたい。

愛情というほどまだ重くない。
同情だけというほど、テンションは低くない。

好奇心と愛おしさ。
支配欲と保護欲。

「人間って、結構、1人にはなれないものだよ?どんなに望んでもね」

だから清水真衣。
見せてよ、もっといろんな顔を。
もっと色々な世界を見て、楽しいことを知った清水は、どんなにかわいくなるのかな。
歪んだ心から解放されたとき、君はどんな顔をしてるのかな。
弟へ対する執着は、どんな風に変わるんだろう。

「そっかな」

清水真衣は、まだ顔を不安に曇らせていたけど、どこか呆けたようにつぶやく。
その顔が、子供のようにあどけなくて、守ってあげたくなる。
だから俺は、正直に答える。

「そうそう。それに面白そうだし、俺はお話聞くよ?野次馬根性だけど」

それは心からの言葉。

愛情というほどまだ重くない。
同情だけというほど、テンションは低くない。

好奇心と愛おしさ。
支配欲と保護欲。

ねえ清水真衣。
君の感情に触れたいです。






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