握り締めていた清水の手が、ぴくりと動いた。 短めだけれど量の多い睫が、震える。 睫に含まれていた涙が零れ落ちて、こめかみを伝った。 それは夕陽を反射して、きらきら光る。 ああ、綺麗だな。 「ち、ひろ……?」 静かに恐る恐る開く目。 小さな声。 手に篭もる、頼りない力。 苦笑がこぼれる。 ちひろ、ね。 まあ、それはそうだ、過ごしてきた年月が違う。 仕方ない。 でも、これは結構骨が折れそうだね。 しかも弟君は本気になったぽいし、短期決戦の力技になるのかな。 燃えるね。 「ぶっぶー、はっずれ」 いつもの調子でふざけて返すと、清水はぼんやりと俺を見上げた。 焦点の合わない大きな目が徐々に光を取り戻し、眼鏡の男が映しだされる。 「ね…ぎ……?」 「あたり。いつでもどこでもあなたの根木君です」 俺を認識した時の清水の反応は、んー、よく分からない。 どっちかな、嬉しいのかな、がっかりしたのかな。 ねえ、どっち清水? 俺がいて、少しは嬉しく思っててくれるかな。 「何してんの、こんなとこで」 「何してるって、見て分かるでしょ」 「見てわかんないから聞いてるの」 「大事な彼女が気分悪くて寝てるから寄り添ってるんでしょー」 「ああ、保健室か……」 「そ、先生は職員会議とかでいなくなっちゃった。変なことしちゃだめよ、だって。でもこの状況はおいしすぎだよねー」 どこか呆けたようにぼんやりと返事をする清水。 状況が認識できていないようだ。 俺を見る目はあどけなく、子供のようで、思わずぎゅーっと抱きしめたくなる。 なんでこう、男心をくすぐるかな。 「……変なこと、すんの?」 「え、何それ、お誘い?うーん、迷うなあ。先生帰ってくるまでかー。うーん、でもさ、初めてはベイサイドの夜景が綺麗なホテルっていうわけじゃないけど、さすがにここはムードなさすぎだよね」 「そう……?」 「そりゃそうだよー。外は部活の暑っ苦しい声が聞こえて、いつ先生帰ってくるか分かんなくて、まあスリルがあるっていっちゃあるけど」 小首をかしげて瞬きした清水の目尻に、残っていた涙の粒がこぼれる。 こぼれてしまうのがもったいなくて、空いてるほうの手ですくって吸いあげた。 塩辛い。 「相手はゲロくさくて、泣いてるし」 変なこと、そりゃしたいけどね。 きっと清水に変なことしたら、気持ちいいだろうな。 担いだ時の感触からしてやっぱり胸はそんな大きくないぽいけど、思ったより柔らかくて細い体は抱き心地よさそう。 白い顔が赤く染まって、あえいでくれたりしたら、最高。 想像しただけで反応しちゃいそう。 それでも、泣いてる女に襲い掛かるなんて趣味じゃないな。 清水が俺を好きになってくれた後にする変なことは、もっとずっと気持ちいだろうし。 「私、ゲロくさい?」 「微妙に」 「そっか」 清水はゲロくさいと言われても特に気にした様子もなく目を伏せる。 女の子だから、もうちょっと気にしようよ、そこは。 そんなところも好きだけどさ。 まあ、気になるほどでもないけど。 微かに漂う吐いた後独特の、胃液の臭気。 「吐いたの?」 確認のために聞くと、清水は小さくうなずいた。 そして俺に目をあわせて問う。 枕に埋もれる小作りな顔は、何を考えているか読めない。 「………根木が、ここまで運んでくれたの?」 「そ。感謝して。姫抱っこは無理だったけどね」 「そう、ありがとう………」 その反応は、がっかり、かな。 ひどいわ、傷ついちゃう。 やっぱり、それほどまでに清水千尋は清水真衣に入り込んでるのかな。 興味があるな。 でも俺は失望も好奇心も押し殺すと清水の手を両手で包み込んだ。 まっすぐに清水の目を覗き込むと、作った声で告げる。 「それでさ、清水さん」 「何?」 「俺の子を産んでくれ」 清水は一瞬目を丸くすると、目を和ませた。 つまらなそうな顔が、一瞬にして穏やかにかわるその瞬間が好きだな。 君が笑うのは、好き。 「………ばーか」 清水真衣は呆れたように、けれど少し笑いを含んでそうこぼす。 そして一瞬口をつぐみ、目を彷徨わせる。 躊躇う仕草。 一時迷うと、また真っ直ぐに俺に目を合わせる。 「ねえ、根木」 「何?もうつわりは平気?」 「大丈夫。私さ、あんたのこと好き」 予想外の言葉に、一瞬言葉を失う。 いきなり告白されるとは思わず、いつもの軽口も出てこない。 なんだろう、いや、驚いているんだけど。 それもあるんだけど。 俺が固まっていると、清水は口元を緩めて次の言葉を続ける。 「私、自分に優しくしてくれる人間は好き」 「え?」 「多分、あんたじゃなくても、私に優しくしてくれる人間だったら、誰だって好きなんだと思う」 そう言って、清水は目をそらした。 小作りな顔の中、それだけが大きい目が曇る。 無表情にみえて、実は感情豊かな清水。 知り合ってからは、様々な顔を見せてくれた。 その様々な感情に触れるのが、とても楽しい。 この表情は何かな、申し訳なさ、かな。 俺は清水の反応の一つ一つを逃したくなくて、俺は静かに見つめる。 白い肌が翳り始めた夕陽で赤くそまっていて、陰影をくっきりと落としている。 影が差していた清水の目が、きつく閉じる。 「私、昼にあんたの告白に頷こうと思った。それで、根木に傍にいて欲しかった。あんたが言うように、千尋から離れるのにも、それがいいと思った」 そこまで告げて、清水は一旦切る。 唇を舐める舌が夕陽と同じぐらい赤くて、こんな時なのにあらぬとこが疼いた。 「でも、それって、千尋に依存しなくなる分、あんたに依存することなんだと思う。私は、誰かに傍にいてもらわなくちゃ耐えられなくて、それであんたを利用しようとした。あんたの気持ちを、利用しようとした。そんな下心があって、頷こうとした。私はきっと、あんたじゃなくてもよかった」 清水が淡々と、けれど苦しげに続ける。 ああ、やっぱり罪悪感かな、これは。 でも、俺は清水の言うことは特に何も感じなかった。 苦しげに寄せられた眉が、なんかあの時の顔ぽくて、そんなところに見とれてた。 清水って変なところが色っぽいなあ、なんてそんなことを考えていた。 「それで?」 まあ、清水の言いたいことも分からないでもないんだけど。 それでもその言葉が、俺の本心。 苦しげな清水に、あえていつもの調子で言ってやる。 きつく瞑られていた目が、意外だったのか驚いたように目を開く。 「え?」 「いや、それがどうしたのかな、って?」 俺の問いかけが理解できなかったように、一瞬沈黙する。 また目を彷徨わせて、少し考える。 「だから、その、悪かったな、て」 「悪いの?」 「え?」 「いや、普通でしょ、それ」 まあ普通っていっても、人それぞれだろうけどさ。 とりあえず今はこういう風に言っていたほうが目の前の意地っ張りには伝わりやすいかな。 人付き合いが苦手で、不器用な少女には。 俺だって、利用してるよ清水真衣。 俺は、君の感情を知って、俺が満足したいんだ。 好奇心が止まらない。 君の中のどろどろとしたものを暴きたい。 君を守りたい。 君を笑わせたい。 君に執着してもらいたい。 そして、君を手なづけたという、優越感を感じたい。 君を笑わせているのは俺だという、自信を得たい。 あの弟から引き離して、勝利に浸りたい。 君とヤッて気持ちよくなりたい。 欲を満たしたい。 それは、清水真衣を利用してるってことじゃないのかな。 恋愛は、究極の自己満足で、自己欺瞞。 必要なのは自分の欲を満たす条件の合う相手。 そしてその感情に溺れて浸れる、強いナルシストさ加減 自分が気持ちよくなりたいから、相手を気持ちよくしたい。 突き詰めちゃえば、そんなもんじゃないのかな。 まあ、そこまで言うといいすぎだけどね。 ロマンもへったくれもなくてつまらなくなっちゃう。 そんな風にカテゴライズしちゃうと、すごい乾いて色あせてしまう。 プラスしてもっとウェットな感情がどこかにある。 恋愛はキラキラして、楽しいものだから。 それに、相手に優しくしたいと思うのも、相手を欲しいと思うのも、相手を愛しいと思うのも、すべて本当、すべて真実。 限りなく嘘っぽい本当。 その嘘っぽくて、でも熱くてキラキラした感情が、俺はたまらなく好き。 だから、清水真衣。 君の気にしていることは分からないでもないけど、正直どうでもいい。 「下心あり、おっけーおっけー問題なっし!俺だって下心いっぱいだよ。あんなこととかそんなこととか隙あらばしようとしているし」 「でも、それは……」 「別に違くないよ。それに言ってみれば、俺だって清水を守ってやりたいとか、清水に笑って欲しい、とか勝手な自己満足だし。清水を守って、俺の優越感と男のプライドが満たされるわけよ。俺っていい男ー!みたいな偽善的な気持ちで悦にいるわけよ」 清水が混乱したように眉をしかめる。 そんなに難しいかな。 清水は傍にいてほしくて、俺は傍にいたい。 清水は優しくされたくて、俺は優しくしたい。 依存するものを求める清水。 俺は、その依存と執着が何より欲しい。 「それに、清水は誰だっていいって言うけど、清水を気に入って清水に優しくして、清水が気に入ったのが俺。俺しかいなかった。他の誰も、清水に優しくしなかったし、清水に気に入られなかった。沢山いる中で、清水が好きで、清水に告っているのは俺だけ。優しくしてくれるから好き。それも全然問題なし。俺は好きな子には優しくしたい。それで俺を好きになってくれるなら需要と供給ばっちり。それで、清水も俺が好きなんだろ?」 俺の半分騙くらかすような説得に、清水真衣は押されるように頷く。 納得したという顔ではないけど、納得させられてしまった感じだ。 「それならいいじゃん。どんどん依存してよ。弟に依存するより、彼氏に依存した方が健康的でしょ」 まだ難しい顔をしている華奢な少女。 いいこだね、清水。 そんなに気にすることないのに。 もしかしたら、俺のほうがもっとひどい。 それとも、自分はいい人でいたいのかな。 自己満足に、人を利用するのに罪悪感を覚えるのがイヤなのかな。 小市民で嘘っぽいね清水。 でも、そんな生臭い人間味が俺は大好き。 「でも……」 「ん?」 「でも、彼氏は他人でしょ。いつかいなくなっちゃう」 少し、笑ってしまった。 そっか、清水はいつも不安だもんね。 いつかいなくなるものなら、最初からいらないかな。 傷つかないしね。 その気持ちは、とても分かる。理解できる。 そうだね、いつまでも一緒にいる、なんて約束はできない。 人は簡単に飽きるものだから。 人はいつだって嘘をつけてしまうから。 極端な話、たとえ一生君を好きでも明日俺が死ぬかもしれない。 そんな怖い約束は、できないよ。 それでも清水。 「じゃあ、弟はいつまでも一緒にいるの?」 君の電波な弟は、君の傍にいるのだろうか。 あの強く醜い感情を、そのまま君に向け続けられるのだろうか。 君達は、その歪んだ執着をいつまでも持ち続けられるのだろうか。 お互いを、見続けられるのだろうか。 俺の言葉に、清水は衝撃を受けたように表情が固まった。 あ、しまった。 今の清水は弱っていたのに。 清水千尋のあの激しい感情を、きっと初めてぶつけられたんだろうに。 途端に罪悪感が俺を襲う。 好奇心が、先走りすぎた。 ごめん清水。 本当にごめん。 清水の先ほどまで温かかった指先が、冷たくなってくる。 えづくのを止めようと、口元を押さえて背を丸める。 その痛々しさが申し訳なくて、謝罪といたわりの気持ちをこめて、つないだ右手に力をこめた。 清水の震えが止まる。 「まあ、確かに永遠に一緒にいるよ、なんて約束はできないけどさ」 そんな約束はできない。 俺にはできない。 そこまで周りが見えなくは、なれない。 「でもとりあえずは一緒にいるよ。俺はいきなりいなくなったりしない」 「……私、依存するよ。すごい、ウザイよ?」 「俺も割りと粘着質な方だから、重い愛は大歓迎」 「でも……」 「俺に頼ってよ。俺を利用して?俺は清水が好きなんだから」 それは本当。 君が好きだよ、清水。 君が守りたいよ。 俺が粘着質というか凝り性なのも本当。 一回はまったものは長続きする。 だから大丈夫。 君の重い愛、頂戴? 君のその、馬鹿みたいに真っ直ぐな感情を見せて。 俺に、向けて。 「……じゃあ、傍にいて。急にいなくならないで。一緒にいて」 「勿論」 清水は俺と一度視線を合わせると小さく、けれど強い声でそう告げる。 それは当然。 それが、俺の望むこと。 椅子から立ち上げると、ベッドに上半身を伸ばす。 不安げに揺れる目を安心させたくて、俺は額に口付ける。 微かに漂う、胃液の臭気。 「うーん、やっぱりゲロくさい」 「ムードない」 「初めては昼にしといてよかったー」 俺はロマンチストだからね。 やっぱり想い出に残るようなシーンは、きちんと外さないでおきたい。 清水はきっと、ファーストキスだろうし。 保健室でゲロ臭いキスシーンつーのも、でも結構おつなものかな。 「今度はちゃんとしようね。ムード作りして」 「ベイサイドの夜景の見えるホテルで?」 「いいねー、薔薇を敷き詰めたベッドで!」 「ばーか」 顔色が良くなってくる。 つないだ指先に体温が戻る。 けれどまた冷たい清水に、俺は自分の熱が伝わるようにキスを落とす。 白い額に、夕陽に赤く染まる頬に、薄い唇に。 清水がくすぐったそうに、くすくすと笑う。 それがとってもかわいくて、ムラムラきた。 先ほどの固まった表情が嘘のように、綻ぶ表情が欲を煽る。 「あー、襲い掛かりたいんですけど」 「ムードない」 「若いから」 下らない会話に笑いあう。 そうだね、清水真衣。 こんな風に優しい気持ちを君にあげたい。 君を温かいもので、いっぱいにしてしまいたい。 「私、あんたとやっていけたらいいな、と思う」 「やっていきましょうよ」 「千尋がいなくても、大丈夫かな」 大丈夫にさせてあげたい。 このままいったら、どう考えても待ち構えるのは薄暗い結末。 幸せなんて、見えてこない。 そんなのは、哀しい。 だから、俺に執着して。 一緒に明るいところへ行こう。 傷ついて、でも立ち上がれるように。 人と関わって、笑っていけるように。 「大丈夫にしていこう」 「今までずっと、千尋がいたから、1人じゃなかった」 1人じゃなかったか。 まだ気付かないんだ。 あんなに激しい目を向けられても、気付かないのか。 本当に鈍いなあ。 ちょっと弟君に同情。 俺は清水から体を起こすと、ベッドの端に腰掛けた。 「根木?」 「それは、たぶん違うよ清水」 「え?」 「俺さっき超怖かったもん。マジ殺されるかと。あれはヤバい」 激しい怒り。 するどい視線。 ぶつけられる強い感情。 ああ、ゾクゾクしたな。 本当に、殺されるかと思った。 見蕩れてしまうほどの、清水真衣への執着。 言ってしまっていいのかな。 それは、君をますます弟に縛り付けることになるのかな。 「清水ってなんか1人占めして、頼らせたくなるんだよなあ」 「何言ってんの、あんた?」 「まあ、逆に闘争心が煽られもするわけなんだが」 「だから何言ってんの!?」 言っていることが分からないのか、癇癪を起こしたように声を荒げる。 分からないのか、それとも分かりたくないのか。 どっちだろう、ねえ清水。 「清水弟がいたから1人じゃなかった、じゃないよ」 少しの怒りを含んだ大きな目で、まっすぐに俺を見つめる清水。 ああ、本当に清水の感情は楽しくて綺麗。 「清水弟がいたから、1人だったんだ」 「どういうこと?」 清水は訳が分からないというように首を傾げる。 これだけ明白な答えが、なぜ分からないのかな。 答えは君が、全部知ってるはずなのに。 「そのまんま。清水千尋がいなければ、清水真衣は1人じゃなかった」 「違う、千尋がいたから、私は1人じゃなかった。千尋がいなかったら私どうにかなってた。千尋が大嫌いだけど、でも千尋が傍にいたから……」 千尋がいたから、千尋がいたから、千尋がいたから、か。 妬けるね。 ちょっと、腹立たしい。 その絶対で盲目的な信頼は、あいつがうめこんだもの? それとも、清水がそう信じたいのかな。 どうして、そんな暗くて陰湿でじめじめした場所にわざわざ行こうとするんだろう。 どうして、そんなにお互いに執着できるんだろう。 進んで不幸になろうとする2人。 歪つな姉弟が、哀れで愚かだ。 そして。 そして、燻っている熱が、じりじりと煽られる。 その熱を誤魔化すように、俺は清水を腕の中に引き寄せる。 華奢な体は抵抗なく胸の中に納まる。 預けられる重みが、心地いい。 卑怯臭いほどに保護欲を誘う、頼りない少女。 「まあ、しょうがないよね。ずっと一緒にいたんだし」 「何が?」 「これ以上言っても、きっと信じてもらえないだろうし、もしかしたら俺が嫌われちゃうかもしれないし」 「だから何が?……根木?」 「いい機会だから、本当に弟離れしようね。真衣ちゃん」 そのどうすることもできない、重苦しいものを断ち切ってしまおう。 明るいものを沢山見よう。 あんなイッちゃってる弟なんて見捨ててしまって。 「私ね、千尋が嫌い」 「うん」 「千尋の隣にいると、いつもいつも比べられて、千尋が皆に好かれるの見せ付けられて、千尋の完璧さを思い知って」 「うん」 「千尋が悪いんじゃない。千尋は優しい。でも千尋の傍にいると、私、どんどん嫌な奴になる。それでも手放せなくて、また嫌な奴になって」 「悪くないねえ」 「でも私、ずっといい奴になりたかった。いい姉になりたかった。千尋を普通に好きになりたかった」 「うん」 「あのね、あんたがいてくれれば、もしかしたら、できるかもしれない」 「うん」 「だから、急にいなくならないで。イヤになったらちゃんと言って。ウザくなったらいなくなっていいから。だからそれまで傍にいて。何も言わずに、いなくならないで」 いなくなっていいといいながら、その声は震えている。 頼りなく俺にすがる腕。 言葉とは裏腹に、全身で俺を引き止める。 男心をくすぐる女。 本当に、楽しいな。 清水真衣。 本当に楽しいよ。 大好きだよ。 かわいいいよ。 華奢な体を、力いっぱい抱きしめる。 「相変わらず後ろ向きな考えだなあ」 「根暗だから」 「そうでした。でも、さっきから俺傍にいるって言ってるのに」 「でも……」 疑りぶかくて用心深くて人を信じることのできない清水。 けれど寂しがり屋で、人を求めて、人を引き止める。 君を安心させてあげたいよ。 そんな想いをこめて、背骨が目立つ背を軽く叩く。 「今まではそうだった?まあ、いっか。とにかく傍にいるから安心しなさい」 「絶対だからね」 更に請われる約束が、気持ちいい。 そうやって、俺をほしがって、俺を信じて。 そうされると、俺はとっても嬉しくて、気持ちいい。 「はいはい、疑りぶかいなー、この人は」 「絶対」 もう一度促される約束に、俺は言葉の代わりにキスで応える。 少し塩辛い唇は、温かくて柔らかかった。 傍にいるよ、清水真衣。 君をその暗い場所から引きずりだす。 あの弟から引き離す。 そして俺を見てもらう。 幸せになろう。 もっと広い世界を見よう。 このまま行っても、待ち受けるのはどうにもならない結末。 続けられるはずがない。 君達が、ずっとお互いを見ていられるわけ、ないんだから。 |