「僕だけは、真衣ちゃんの傍にずっといるよ」

私にはずっと、千尋しかいなかった。
それは、いつからだったんだろう。



***




幼い頃は、ちゃんと友達がいた。
昔から、根暗で人好きしない私だったけれど、それでも大切な人が何人かいた。
少ないけれど、だからこそ大事で親密だった気がする。
私にも、傍にいてくれる人はいたのだ。

いつからだったろうか。
いつの間にか、周りに誰もいなくなっていった。
親しくなった人も、親しくなろうとしてくれた人も、親しくなりたかった人も。

いつの間にか、いなくなっていた。

最初はいいのだ。
知り合って、話して、仲良くなって。

けれど、そこで終わり。
その後はいつも一緒。
いなくなってしまう。

原因も見つからない。急に冷たくなって、話してもくれなくなる。
理由を聞く隙もない。
みんな一緒。

父からも母からも必要とされないのだ。
そんな私を、好きになってくれる人なんていないのだろう。

私は、きっととても出来損ないな人間。

そう思い知るまで、時間はかからなかった。

それでもやっぱり誰かと一緒にいたくて、何度も何度も、同じことをした。

そして、とても人と付き合うのが怖くなった。
もう、誰もいらないと、自分から遠ざかるようになった。
近づく人を傷つけて追い返すようになった。

そうしておけば、もう自分が傷つくことはないから。
人に期待される事も、期待する事も疲れた。



そんな私の傍にいてくれたのは、ただ1人。
たった一人の弟だけだった。

私が誰かを失い、泣いて帰るたびに保護してくれる、優しい腕。

「僕だけは、真衣ちゃんが大好きだよ。真衣ちゃんには、僕がいるから大丈夫。他の誰が真衣ちゃんを嫌っても、1人になっても、僕だけは好きだよ」

そう言って、抱きしめてくれる腕は、温かかった。
自分より小さな体に守られて、私はようやく息をつけた。


千尋の周りにはいつも人がいっぱいいた。
弟を中心として、いつでもそこは明るかった。
私のいる、暗い場所とは全く違う、眩しいくらいの場所だった。

人から愛される千尋が憎くて、妬ましくて、羨ましくて。
隣にいると、比べられてばかり。
隣にいたくなかった。けれど、弟の隣にしか居場所はなかった。

それに、その弟が自分を優先するのに暗い優越感を覚えた。

人に囲まれて、楽しそうに笑っている千尋。
そんな時に、わざと私は声をかける。
すると、誰からも愛される完璧な男が、私に向かってやってくる。

「真衣ちゃん」

明るい声。こぼれるような笑顔。
そして周囲の、失望、嫉妬、怒り、軽蔑。
それらが心地よかった。
この弟が、自分を見てくれるのが嬉しかった。

誰よりも嫌いで、誰よりも大切な弟。

私は弟を束縛した。

それは、ますます私から人を遠ざけることになった。
そして、周りに誰もいなくなった私は、ますます弟を縛った。

なんて、醜悪な循環。



「大嫌いだよ」

整った顔に浮かべる、完璧な笑顔。
けれど、その言葉に、体が切り裂かれるようだった。


当たり前のことだ。
何も不思議な事はない。
弟をずっと不当に縛り付けてきたのだ。
嫌われて、当然なのだ。
ずっと、知っていたはずだ。
自分が、弟にとって邪魔なものだということくらい。

優しい弟が、嫌々付き合っていたことぐらい。
知っていたはずだ。

それなのに、こんなにショックを受ける。
私はこんなにも醜い。



***





私には、ずっと千尋しかいなかった。
それは、いつからだったのだろう。






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