「僕だけは、真衣ちゃんの傍にずっといるよ」 私にはずっと、千尋しかいなかった。 それは、いつからだったんだろう。 幼い頃は、ちゃんと友達がいた。 昔から、根暗で人好きしない私だったけれど、それでも大切な人が何人かいた。 少ないけれど、だからこそ大事で親密だった気がする。 私にも、傍にいてくれる人はいたのだ。 いつからだったろうか。 いつの間にか、周りに誰もいなくなっていった。 親しくなった人も、親しくなろうとしてくれた人も、親しくなりたかった人も。 いつの間にか、いなくなっていた。 最初はいいのだ。 知り合って、話して、仲良くなって。 けれど、そこで終わり。 その後はいつも一緒。 いなくなってしまう。 原因も見つからない。急に冷たくなって、話してもくれなくなる。 理由を聞く隙もない。 みんな一緒。 父からも母からも必要とされないのだ。 そんな私を、好きになってくれる人なんていないのだろう。 私は、きっととても出来損ないな人間。 そう思い知るまで、時間はかからなかった。 それでもやっぱり誰かと一緒にいたくて、何度も何度も、同じことをした。 そして、とても人と付き合うのが怖くなった。 もう、誰もいらないと、自分から遠ざかるようになった。 近づく人を傷つけて追い返すようになった。 そうしておけば、もう自分が傷つくことはないから。 人に期待される事も、期待する事も疲れた。 そんな私の傍にいてくれたのは、ただ1人。 たった一人の弟だけだった。 私が誰かを失い、泣いて帰るたびに保護してくれる、優しい腕。 「僕だけは、真衣ちゃんが大好きだよ。真衣ちゃんには、僕がいるから大丈夫。他の誰が真衣ちゃんを嫌っても、1人になっても、僕だけは好きだよ」 そう言って、抱きしめてくれる腕は、温かかった。 自分より小さな体に守られて、私はようやく息をつけた。 千尋の周りにはいつも人がいっぱいいた。 弟を中心として、いつでもそこは明るかった。 私のいる、暗い場所とは全く違う、眩しいくらいの場所だった。 人から愛される千尋が憎くて、妬ましくて、羨ましくて。 隣にいると、比べられてばかり。 隣にいたくなかった。けれど、弟の隣にしか居場所はなかった。 それに、その弟が自分を優先するのに暗い優越感を覚えた。 人に囲まれて、楽しそうに笑っている千尋。 そんな時に、わざと私は声をかける。 すると、誰からも愛される完璧な男が、私に向かってやってくる。 「真衣ちゃん」 明るい声。こぼれるような笑顔。 そして周囲の、失望、嫉妬、怒り、軽蔑。 それらが心地よかった。 この弟が、自分を見てくれるのが嬉しかった。 誰よりも嫌いで、誰よりも大切な弟。 私は弟を束縛した。 それは、ますます私から人を遠ざけることになった。 そして、周りに誰もいなくなった私は、ますます弟を縛った。 なんて、醜悪な循環。 「大嫌いだよ」 整った顔に浮かべる、完璧な笑顔。 けれど、その言葉に、体が切り裂かれるようだった。 当たり前のことだ。 何も不思議な事はない。 弟をずっと不当に縛り付けてきたのだ。 嫌われて、当然なのだ。 ずっと、知っていたはずだ。 自分が、弟にとって邪魔なものだということくらい。 優しい弟が、嫌々付き合っていたことぐらい。 知っていたはずだ。 それなのに、こんなにショックを受ける。 私はこんなにも醜い。 私には、ずっと千尋しかいなかった。 それは、いつからだったのだろう。 |