城下町に出るために、何やらボロッちい馬車みたいのに乗せられた。
さすがに城から出てすぐ街って訳ではないらしい。
ディズニー映画に出てきたような立派な馬車ではなくて、リヤカーに幌がついたぐらいのもの。
馬車というのもおこがましい感じ。
椅子とかはなく、荷台に直接座り込んでいる。
お尻も背中も痛い。
そして揺れる。
乗り心地は最悪だ。
仮にも王の客人なんだからもっと立派な馬車に乗せろってのよ全く。

でも、久々に外に出れる。
しかも異国の地。
言葉の勉強からも解放。
ちょっとだけ、ウキウキはしている。
もう、外の空気吸えるだけで贅沢はいわないわ。

幌の外をちらりと見てから、私は馬車の中に視線を戻した。
そこには、居心地悪そうにそわそわと目を彷徨わせている眼鏡がいた。

「ごめんなさい、忙しいエリアスを、付き合わせて」

たどたどしいながらも、私は精一杯の笑顔でエリアスにお礼を言った。
忙しい、の部分にアクセントを付けて。
エリアスは私の意図を理解したのか、顔を青くした。

「ち、違う。セツコがいや、では、なく」

分かりやすいように、ゆっくりとしゃべりながらも焦ったように手をパタパタと意味なく動かす。
エリアスの気弱そうな顔によく似合う丸い眼鏡が少しだけずれる。

「いいのよ、別に。気にしていない。本当に、ごめんなさい」

ああ、言葉が通じないってもどかしい。
本当はもっともっと工夫して、心をえぐってトラウマになるぐらい言葉を尽くしてあげたいところだけど。
直接的な嫌みしかいえやしない。
私がこれまで培ってきたせっかくのスキルも生かせやしない。

「違う。セツコと出かけるのが、いや、ではなくて」
「なによ」
「そ、その…」

今更言い訳するつもりか。
エリアスのくせに私を拒んでおいて。
もごもごと口の中で言葉を噛む年下の男に、少しだけイラっとくる。
かわいいのはいいことだけれど、へたれすぎるとさすが付き合ってられなくなる。

「はっきり言う!」
「お、女の人と、でかけるのは、苦手、です!」

顔を真っ赤にして、エリアスは叫ぶように言いきった。
私はびっくりして、思わず言葉を失ってしまう。
それまでの意地悪な気持ちがなくなってしまった。

なんだ、そのかわいい反応は。
やばい、ときめく。
きゅんときた、きゅんと。

「苦手、なの?」
「女の人と、何を、話せばいいのか、わからなくて」

うわ、ぐりぐりしたい。
ぐりぐりしたい。
ぎゅーってしたい。

言葉が分かるなら、いじり倒したい。
からかい倒したい。
こんな26歳がいてもいいの?
しかもこれで顔がいいとか、本当にありえないわ。
絶滅危惧種。
この天然記念物。
アルノもいいけど、やっぱりエリアスもいい。
躾けたい!
自分好みに育てたい!

「せ、セツコ?」

思わず手が伸びかけたが、おそるおそるこちらを窺うエリアスに必死に自省する。
これじゃ、本当にセクハラだ。
だめだ、完全に思考が有閑マダムな気分になってる。
金があったら、こういうのひきつれたい気持ち、すっごい分かる。

でもだめだ。
今はぎゅーっとすることもできない。
馬車の中にはもう一人、同乗者がいるからだ。

黙りこくったままだったもう一人の同乗者の様子をうかがう。
そこにはエリアスと同じくらい青い顔をしたかわいらしい若い女の子の姿。
木で出来た荷台の木目を数えるように、床から視線を外さない。

さきほど馬鹿二人のケンカを止めるためにエリアスを連れてきたメイドさんだ。
私の世話をしてくれているメイドさんの中ではよく顔を見かける女の子。
しゃべったことはほとんどないが。
いつも着ている簡素なメイド服から、おそらく普段着と思われる地味だが清楚なスカートに着替えている。

長い髪は色の濃い金で、赤茶の目をしている。
白い肌にはうっすらそばかすが見えるが、それがまた健康的でかわいい。
目鼻立ちはさすがの西洋系、太刀打ちできない。
本当に人種の違いってずるいわ。

あの場に居合わせたせいか、ついでに私のお伴を仰せつかってしまったのだ。
女手がいた方がいいだろう、ということで。
しかし、乗った時から彫像のように固まったまま動かない。
緊張しているのかな。
黙ったままでいるのも居心地悪いし、いい機会なので交流をもってみようと思う。

「ねえ、あなた」

声をかけた途端、彼女は目に見えて飛び上がった。
今、正坐したまま5センチくらい飛んだ気がした。
ていうか飛んだ。

「は、はいぃぃ!」

声が裏返っている。
なんだか私が苛めているようで申し訳ない気分になってきた。
過剰な反応に、頭を掻きながらとりあえず謝る。

「えっと、ごめんなさい」
「い、いえ、私こそ************、だから***ごめんなさい!」

慌ててペコペコと何回も頭を下げる。
そういえば、こっちでも謝る時は頭を下げるのね。
こういうところはかわらないのか。
なんだか不思議。

彼女は焦っているのか、早口でまくしたてる。
多分謝っているんだろうけど、何を言っているのかよく分からない。

「あ、私、言葉まだ、よくわからない。ゆっくり話して」
「あ、はい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

なんだ、なんでこんなに怯えているんだ。
私、なんかしたっけ。
別にこの子苛めてないわよね。
確かにかわいくて若いけど、八当たりなんてしてないわよ。

「そ、そんなに、怖がらないで」
「は、はい………」

消え入りそうな声で、彼女は頷く。
相変わらず視線はあげない。
心なしか震えているようだ。

ていうかいったい何で。
とりあえず緊張をほぐしてもらうために簡単な自己紹介から始めてみよう。

「名前は?」
「え、エミリア、です」
「そう、エミリア、よろしく。私は、セツコ」
「は、はい!」

私の言葉の理解度が分かったのか、ゆっくりと簡単な言葉で返してくれる。
うん、いい子だ。
いつも掃除とかしてくれる時も真面目でしっかりしていたし。
仕事もできる子なんだろうな。
中々好印象。
かわいいし。

「歳は?」
「じゅ、十八、です」

十八、でいいのかな。
ちょっと自信がないから、私は指で確認してみる。

「えっと、10、で8?」
「はい、そうです」

あ、ちょっとだけ表情を緩めた。
笑う、ってほどではないけれど、少しだけ肩の力を抜いたようだ。
よしよし、緊張が解けてきたかな。
なんか小動物を懐けようとしているみたい。

「趣味は?」

お見合いみたいになってきた。
でも、会話のパターンが少ないからしょうがない。
何か話しかけられれば返せたりはするけれど、自分から話そうとするとN○K初級英会話レベルのことしか話せない。

「あ、花を**********」
「えっと、花を?」
「あ、えっとえっと」

私が分からなくて首を傾げると、エミリアはどう説明したものか困ったのか手をわきわきとしている。
いつもそつなく仕事をこなしている姿しか知らないので、そんな姿は微笑ましい。

「え、エリアス様」
「あ、えっとですね」

どうにもいい伝達方法が見つからなかったのか、エミリアは助けを求めるようにエリアスを見る。
急に話を振られたエリアスはエミリア以上に焦った様子であたふたとあたりを見回した。
周りを見渡してどうなる訳でもあるまいし。

「えっと、えっと」
「あ、その」

うーん、かわいい。
二人でわたわたと慌てている様子は、本当にかわいい。
なんかこう、癒されるわ。
どうぶつ奇○天外見ている気分。
でもちょっとかわいそうだから、助け舟を出してあげる。

「花を、イケル?」

私はジェスチャーで、花瓶に花をさすシーンをやってみせる。
彼女はそれを見て、顔をパッと輝かせた。
私がやりたいことが分かってくれたのだろう。

「あ、違う。花を*****」
「えっと、花をマルメル?」

彼女は花を手でぐちゃぐちゃにするような仕草をしてみせた。
私もそれを繰り返してみせる。
花を丸めるって、なんだ。
自分で言っておいてあれだが。

「ち、違う」

彼女は再度、指を先ほどより細やかに動かしてみる。
花をむしるような仕草。

「花を、チギル?」

私も繰り返してみせる。
いや、だからちぎるってなんだ。
こっちの文化なのか。
中々根暗な感じの文化だ。

「違う違う!」

どうやら違ったらしい。
よかった。
彼女はどうにも通じない私に焦れたのか、ちょっと口を尖らせて考え込む。
理解力がなくて申し訳ない。
歳をとると頭も堅くなってしまうのだ。

「あ!」

しばらくして、彼女は表情を明るくした。
そしてポケットからガサガサと何かを取り出す。
そして私にそれを差し出した。

「わ、なにこれ」

それは花飾りだった。
ブレスレットだろうか。
何本も色々な種類の花を使って輪を作り絡ませ、乾燥させているらしい。
かすかにまだいい香りがして、花の色も褪せてはいるものの、色とりどりでかわいい。
子供が作る手遊びのような花飾りではなく、芸術的だった。
アクセサリとして、売りに出せそうなぐらい。

「花を、編む、ね」

私がそのブレスレットを編む仕草をしてみせると、エミリアはうんうんと大きく頷いた。
言葉が通じたのが嬉しかったようで、にこにこと笑っている。
ああ、笑ってくれた。
笑うと、もっともっと、かわいい。

「かわいい」
「ありがとう」

エミリアをさして言ったのだが、彼女はブレスレットだと思ったらしい。
まあ、これもかわいいが。

「彼女は、うまい」

よこでエリアスも微笑みながら、そのブレスレットを褒めて見せる。
彼女の腕は、どうやらみんなも認めるところのようだ。
そういえば、よく私の部屋にも花が飾られているが、彼女が持ってきてくれているのだろうか。

「私の、部屋の、花」
「はい?」
「あなたが、もってくる?」

聞いてみると、エミリアはちょっと頬を赤くしてこくん、と頷いた。
か、かわいい。
十八歳ってこんなかわいい生き物だったかしら。
盗んだバイクで走りだすのは十五だったっけ。
私の後輩もこれくらいかわいかったら。
そしたらもう舐めるようにかわいがるわよ。
部長のセクハラからだって率先して守るわよ。

「ありがとう、嬉しい」

自然と浮かんでくる温かい気持ちに、私も笑顔になる。
すると、エミリアもますます嬉しそうに眼を細めた。
うーん、かわいい。

「それ、あなたのもの」
「え?」

ブレスレットを返そうとすると、エミリアは私の差し出した手を押した。
首を傾げると、もう一回ゆっくりと繰り返す。

「どうぞ、あげる」
「あ、ありがとう」

そういうエミリアがかわいくてかわいくてぐりぐりしたくなる。
もうエリアスとまとめてぐりぐりしたい。
ぎゅーっとして、頭をかき回したい。
ああ、かわいいなあ。

「ありがとう。もらう」
「はい!」

さっそく腕にはめようとして、一旦止まる。
これはめたら、また呪いとかかからないわよね。
今度は全員に私の心が知れ渡るとか、そんなのないわよね。
だめだ。
あの悪魔に毒されている。
いくらなんでもあんな人間ばかりじゃないんだ。
あいつは人間じゃないけど。
でも、ちょっと怖い。

「よかった。セツコ様、いい人」
「え、そ、そう?」

逡巡していると、にこにことしながらエミリアが笑いかけてきてくれた。
だめだ、こんな子を疑うなんて。
私の心が穢れてしまっている。
それもこれも全部あいつのせいで。
だめだめ、美しい心を取り戻して。
毒されたら、負けだ。

心の中で葛藤を繰り返していると、エミリアはまた床に視線を落とす。
そして、決意したように視線をあげた。
笑顔は消えて、ちょっと怖いくらい真剣な顔。
気圧されるように、私は狭い馬車の中身を引く。

「セツコ様、私を、食べる?」

一瞬、何を聞かれたか、わからない。
どういうことだ。
私は女の子に手を出す趣味はないんだが。

「は?」
「異世界の人、人間食べる、陛下とネストリ様が言った」

頭が真っ白になる。
そして、次の瞬間、自然に叫んでいた。

「そんな訳あるかああああ!」





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