何度も辺りを見回すが、ブラウンの髪をした長身の女性の姿はない。
ひどい、置いていってしまったのか。
本当にあの女は最低だ。
拉致られた上に放置とか、なんのイジメなんだ。
つーかイジメか。
これはイジメか。
あれか、女の陰湿なイジメか。
ファザコン女が、パパに近づく女は天罰よ、とかそういうことか。
くそ、キモイな、あの女。
ファザコンマザコン全てまとめていなくなれ。
いい加減親離れしやがれあのファザコンビッチ。

今更こんな嫌がらせ受けるとは思わなかった。
ニート生活ですっかり私の陰湿女センサーも鈍ったようだ。
いびられる前にいびる。
それが私のいいところだったのに。

「………」

周りの人間が騒いでいた私をじろじろと見ている。
ていうかそもそも、私の外見はそういえばここでは異質だった。
なんか視線が痛い。
やめてよ、目立つのは嫌いなのよ。
一般的に日本人として、黙って静かに空気のように存在したいのよ。
大勢の中で悪目立ちするとか、一番したくない。
いいことですら目立ちたくないんだから。

『どうしたら、いいの』

心細くてついつぶやいてしまうと、周りの人が更に気味悪そうに見ている。
そんなにじろじろ見なくてもいいじゃないか。
私は珍獣か。
そういや珍獣扱いだったな。

「………」

落ち着かなくて、雑踏にまぎれて歩きだす。
とりあえず人目のないところで落ち着きたい。
大勢の中で自分だけが異質というこの状況は、泣きたくなるほどに心細い。
周りが全員自分と同じ人種だったら、こんなことないのに。
海外で一人なんて、なったことない。
行く時だってツアーだったんだからね。
島国日本なめんな。

ふらふらと人気のないところを探して足を進める。
その間も、人の視線が針のようだった。
泣いてしまいそうだった。

そして市場から少し離れたところにある、石造りの家が立ち並ぶ路地まできた。
辺りには人はいなくて、しん、としている。
更に細い裏路地に入って、ほっと息をついた。
暗いところ狭いところは落ち着く。
しゃがみこんで、もう一度大きく深呼吸をする。

「はあ」

何度も深呼吸を繰り返すと、ようやく不安と焦燥感が静まってきた。
落ち着こう。
落ち着け。
大丈夫。
今回はこの前みたいに夜じゃないし、まだ日は高いし、人が大勢いるところだ。

迷子といっても、城の場所はすぐ分かるだろう。
ここはよく連れてきてもらってきた市場だ。
歩いても、一日かからず帰れるはずだ。

それにネストリは確か私の居場所が分かるはずだ。
城にいないと分かれば迎えに来てくれるかもしれない。

あ、でも、あの女がに出かけるから心配しないでとか言い残してたらどうしよう。
いやいや、でもカテリナとネストリは仲悪そうだし、そこんとこどうだろう。
近づくなと言われてたし、心配して探しに来てくれたりしないだろうか。
でも、私が勝手に近づいたと思われたりして。
言うこと聞かなかったとか思われて、逆に呆れて放置されたりして。
あり得る。

『考えるな』

大丈夫、きっと、探しに来てくれるはずだ。
普段セクハラに耐えてるんだから、これくらいは役に立ちやがれ、あの生きる有害物質。
こんな時にしかあのセクハラ魔法は使えないんだから、たまには私の益になることをしろ。

『よし』

そうだ。
それならとりあえず、城に向かって歩き出そう。
例えあいつらが役立たずでも、歩いてたらいつかは辿りつけるはずだ。
この前の時よりは絶望的ではない。
だいたいの場所は分かっている。
私は絶対に、帰れる。

帰ったらとりあえずカテリナとミカを思う存分罵ってやる。
もう女だからって知るもんか。

『絶対、倍返しにしてやるからな』

歩き始めてから決意する。
陰湿な嫌がらせしてやる。
服をぐちゃぐちゃにして、生ゴミまいてやる。
今までやってみたいなーって思ったことはあるけど、やったことないわよ。
それを今発動してやる。
先にこんなことしたあいつが悪いんだから。
知らない土地に一人で置いて行くとか、人間がやったらいけないことだろ。
地球の歩き方には、危ない人に近づくなって書かれてたっけ。
ああ、あの本に書いてあることは正しかった。
そんなの分かってるよって、馬鹿にしててごめんなさい。

地球の歩き方には他にどんなこと書かれていたっけ。
トラブルの際のこととか、まとめたページがあったはずだ。

パスポート紛失とか、困った時の日本大使館の連絡先。
残念ながらこの国は日本と国交を結んでないみたい。
大使館はないわ。
でも大丈夫、パスポートは持ってないの。
正規の入国フローじゃないから、用意する暇もなかった。
わあ、私ったら不法入国ね。
強制送還されちゃうわ。
出来るもんならしやがれ、入国審査官。

後は現地の110番とか。
ここの110番はなんなのかしら。
ていうか、警察っているのか。

クレジットカード紛失の際の主なカード会社の連絡先。
大丈夫、クレジットカードは今持ってない。
停止しなくて大丈夫ね。
言えば物が出てくるミカっていうのはいるけど。

ああ、そうだ、後はトラブルの時の簡単な現地語が書いてあったっけ。
助けて。
言える。
この前の時覚えた。
泥棒です。
覚えてない。
帰ったら教えてもらおう。
お腹が痛い。
言えるわ、痛いシリーズは一通り。
道に迷いました。
なんとか言えるわね。

大丈夫大丈夫。
結構いけるわね。
うん、私は大丈夫。

「おい、そこの女、動くな」

ああ、そういえば、なにより、危ないところには近づくなって書かれていたっけ。
そう、危険なところ、人気のないところには近寄らない。

「こっちに来い」

背中から低く野太い男の声がする。
肩をぐいっと引っ張られる。

「騒ぐなよ」

そもそも、迷子の鉄則は動くなが、基本だっけ。
あはは、動きまわっちゃった。
そして人気のないところに突入しちゃった。
周りはよく見りゃ、なんだか金がなくて鬱屈とした雰囲気漂う路地裏。
海外で迷い込んだ日本人いたら1分で身ぐるみはがされるわーってレベル。
もう見るからにスラム。
入り込んだあんたが悪いって、同情も出来ないレベル。

『………もう、やだ』

地球の歩き方、もう疑わないから、今どこに緊急コールすればいいか教えて。





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