『あの馬鹿の子供ってこと?』 『馬鹿と言うのが陛下のことなら、そうですね』 『あいつ以外誰がいるのよ』 この国で馬鹿といったらまずあいつだろう。 目の前のこいつは悪魔で、エリアスはへたれ。 ああ、まともな男がアルノしかいやしない。 『あの馬鹿の子供ってことは、あのイケメンも馬鹿なの?』 『幸いなことに、アレクシスは穏やかで冷静で頭も切れ民を思う優しい心を持ち、けれど自分で前線を駆ける勇猛さも兼ね合わせています』 『何そのスーパーマン』 『すーぱーまん?』 『えーと、超人?』 で、いいのかな。 相変わらず脳内会話って難しい。 とりあえず、意味が伝わったみたいで、ネストリは納得したように頷いている。 ああ、それにしても、穏やかで頭がよくって優しくて、でも男らしいとか、何その極上物件。 いや、でもそこまで出来すぎた人間だと逆にひくかも。 一緒にいて疲れそうよね。 って、まあ、そもそも人のものなんだけどさ。 『まあ、欠点は多々ありますが、守成の王としてはふさわしいのではないかと思います』 『あの馬鹿の子供とは思えないわね』 『馬鹿の子供だからこそ立派になったのではないですかね』 なるほど、納得。 ていうかこいつも自分の主君のことをよくもこうけなせるものだ。 常識ってもんがないわね。 『あなたに言われたくないのですが………』 『私は常識あるわよ。単にあんたがその痴漢術で頭の中覗くから本音が駄々漏れなだけじゃない。本音と建前ぐらいわきまえます。建前の私は常識溢れた大人です』 本音が汚いのぐらい、人間として当然でしょ。 本音を隠し通して口では常識ぶった良識人のように振る舞う。 それが大人のマナー。 まあ、最近は建前取り繕うのも面倒になってたけどさ。 向こうの世界でも。 でも、半分ぐらいしか本音は出してないわよ。 結婚しないのかとか言い出しやがった営業にも、半泣きになるぐらいの嫌みしか言わなかったわよ。 『半分も出せば十分なんじゃないですかね』 まあ、本音は出しすぎても、社会生活やってけないしね。 謙譲と建前の美しい国、日本。 まあ、それはともかくとして。 『あ、で、カテリナはじゃあ』 『はい、陛下の第一王女となります』 『王女、かあ』 なるほどね。 そう言われれば、納得できるかもしれない。 気品みたいなのあったし、なんかお育ちの違いみたいなの感じたしね。 くそ、28歳独身、ようやく心が開ける人間が見つかったと思ったのに。 そんなセレブ、話にならないわ。 私と友達になりたかったら、もっと庶民になって出直してこい。 まあ、偉そうにしたりする気配はなかったけど。 『セツコは、カテリナに気に入られたんですね』 『さあ?酔っ払ってたからよく覚えてないわ。悪い人じゃなかったけど』 『悪い人じゃない、ですか』 ネストリが少し含むところがあるように苦笑する。 なによ、その態度。 「ごきげんよう」 そこになんだかもったいぶった挨拶の言い回しをして綺麗な女性の声が割り込んできた。 この声は、聞いたことがある。 ていうか、つい最近聞いた。 ネストリが顔をあげて、扉の方に顔を向ける。 「ごきげんよう、*******」 「ごきげんよう、カテリナ」 振り向くと、そこにはにっこりと微笑むブラウンの長い髪をした長身の美女。 明るい中で見て、ますます際立つその冷たい美貌。 くそ、この女、本物の美人だ。 「お久しぶりです、*******、」 「******?」 どういう意味だろ。 初めての単語だ。 私が首を傾げていると、ネストリがこちらに視線を戻す。 『師匠、というか、先生というか、それらを含めた敬称ですね。親愛を込めた表現というか』 うーん、なるほど。 そうね、マスターって感じかな。 スター○ォーズぽく。 なんかちょっとカッコいいからそんな風にしておこ。 「マスターネストリ、お元気でしたか」 「お久しぶりですね、カテリナ。私はこの通りです。あなたもお変わりないようで何よりです」 眩しい上品な笑顔を浮かべるカテリナに、ネストリがこれまた極上の笑顔を返す。 本当に、顔だけはこいつにはもったいないぐらい綺麗だ。 この美貌が私にあったらもっと有効活用して、今頃人生勝ち組だったのに。 神様って無駄なことするわ。 にしても、この二人仲いいのかしら。 あ、もしかして、出来てるとか。 やだ、そういうこと? 「マスターこそ、相変わらず化け物染みた若さ、見習いたいです」 「いえいえ、あなたも30近いとは思えない美しさです。化粧がうまくなりましたね」 ん、なんか単語がおかしくないか。 私のヒアリングがおかしいのか。 「カテリナ!こちらにいらしたんですか!」 その時、いつも通り焦って半泣きのエリアスが入ってきた。 毎回毎回、大変ね、この子も。 今日の目当ては馬鹿王じゃなく、その娘らしい。 言われてみれば確かに面影のあるお姫様はエリアスを見てにっこりと微笑む。 しかし、28歳でお姫様は痛いわね。 「あら、エリアス。お久しぶり」 「陛下が探していらっしゃいます!兵舎を荒らしたのはあなたですね!」 「まあ、私は少しピメウスの訓練に参加させてもらっただけよ」 「兵舎を***のは訓練ではありません!」 単語がよく分からないけど、なんか物騒なこと言ってる気がするなあ。 前のミカとネストリの喧嘩の時を思い出す。 『ねえ、カテリナって………』 『王女、王子達の中で一番陛下に似ていらっしゃると思いますよ』 ああ、なるほど。 また納得。 なんか知らない人間のように感じなかったのはそのせいか。 「そんなに怒らなくてもいいのに。悲しいわ」 「嘘泣きはやめてください!」 「そんなに怒っていると体に良くないわ。落ち着いて」 「誰のせいだと思ってるんですか!」 「あなたを苦しめる人は、私が退治してあげる」 ああ、ミカの娘だ。 間違いなくミカの娘だ。 早く気付いてよかった。 「仕方ないわね。陛下のところに行くわ」 ふ、とため息をついて王女様は再度こちらに向きなおる。 そしてその白い指で私の頬をさらりと撫でる。 細くて、綺麗な指、でもないわね。 硬い、豆のある指。 「もっとセツコと話したかったのに、残念。それじゃセツコ、また今度ゆっくり一緒に飲みましょう」 「え、っと……」 あんまり仲良くしたいタイプじゃないっぽいなあ。 28歳独身で惑わされてたけど、美人だし、身分高いし、そもそも20代だし、かなり敵じゃない? 敵よね。 間違いなく敵だわ。 仲良くしたくない。 「ね、セツコ?」 「ああ、はい」 ああ、くそ、弱い。 弱い人間には強いけど、強い人間には弱いのよ、私は。 仕方ないでしょ、空気を読むって大切よ。 カテリナは私の返事に満足そうに頷いてから、私の胸元の忌々しいペンダントに視線を移した。 それをサラリと撫でて、くっと片頬だけで笑う。 「********の術なんて、相変わらず、*******で、マスターの性格の悪さが現れてますね」 「私はあなたのように回りくどい****で、人を陥れるなんてことはできませんから」 なんか、やっぱり、ヒアリングどうこうじゃなくて、刺々しい、わよねえ。 空気が、どんよりしている感じ。 私は、隣のエリアスに視線を移す。 「………ねえ」 「カテリナは陛下に一番似ていらっしゃって、ネストリの生徒でした」 なにそれ。 最悪じゃない。 |