ようやくカテリナは去っていき、部屋の中は静かになった。
よし、あの女には近づかないようにしておこう。
アラート、私の中でアラートが鳴り響いている。
女同士のいびり合戦とかで負けるつもりはないけれど、ああいう女は近寄らないに限る。
陰湿な女はいいけれど、自分より遥かに優秀な女に勝てる気はしない。
自分と同じステージかそれ以下の人間とは戦えるけど、それ以上の人間とは戦わないの。

『せっかく集まってるのですから、王子達を紹介しておきましょうか』
『は?』

決意を固めてると、ネストリが電波会話で話しかけてきた。
何を言われたのかと思ってそちらを向いて首をかしげる。

『皆さん、あなたの噂を聞いて気にしていたようですし』
『噂って何?なんの噂?ねえ、どの噂!?どういう噂!?』
『ははははは』
『笑って誤魔化してんじゃないわよ!』

思わず殴ろうとしたが、電撃で仕返しされるだけなのでやめておく。
どうせロクな噂じゃないんでしょ。
この悪魔とあの馬鹿がノリで流したあの噂でしょ。
ああ、もう本当にこいつら一回ぎゃふんと言わしたい。
くそ、いつか見てろよ。
絶対に床に頭こすりつけてごめんなさい許してセツコ様って言わせてやる。
いえ、床じゃないわ、泥よ、泥。

「エリアス、アレクシス達はどちらに?」

ネストリは私の言葉なんて聞こえていないように、エリアスに問いかける。
聞けよ、と電波を飛ばすと、ちらりと私を見て肩をすくめた。
ああ、その仕草の一つ一つに殺意が沸く。

「今はヨハンやアルベルト達と一緒にオタヴァの間にいますよ。全員集まっていらっしゃいます。そこでカテリナがいないということになって………」
「なるほど。とりあえず、セツコに紹介しようかと」
「ああ、そうですね。ちょうどいいですね」
「ええ、ではセツコ、行きましょうか」

言われて、促される。
いや、そう言われても。

「別に私、紹介、いらない」

だって、ミカの息子たちってことは、王子ってことでしょ。
王族ってことでしょ。
偉い人ってことでしょ。
金持ちでしょ。
あのイケメンは興味あるけど、どうせ人のものだし。
そんな肩凝りそうな身分な人達と親しくするような躾も受けてなければ、野心も持ってないわ。
何よりミカの身内なんてこれ以上会いたくないわ。

「まあまあ、そんなこと言わずに」
「嫌だってば!」
「しょうがないなあ」
「痛い!」

ネストリがぴっと人差し指を立てると、胸から全身に静電気のような軽い痛みが走る。
思わずうめくと、悪魔は綺麗ににっこりと笑う。

「さあ、行きましょうか?」
「殺す!」

そして私は結局強制連行された。



***




「ネストリ!」
「エリアス、ネストリ!」
「エリアス!」

部屋に入ると小さな女の子と小さな男の子二人が、突進してきた。
長い茶色の髪の女の子と、同じく茶色の髪の小さな男の子と、黒っぽい髪のちょっと大きな男の子。
どれもこれも、CMで使われていたら思わず顔がにやけてしまうぐらいの美少女美少年。
そっちの趣味の人が涎を垂らしそうなほど。
目が大きくて鼻が高くて、つやつやの白い肌、小さいくせに長い手足。
本当に西洋人の遺伝子ってずるいわ。

なにやらエリアスとネストリに懐いているらしく、二人に纏わりついている。
ていうかエリアスはともかくとして、あの悪魔に懐くって。
この子たち自己防衛機能とかついてるのかしら。
他人事ながら心配になるわ。

「あ」

そして、二人の後ろにいた私に気付いたのか、子供たちは私に近付いてくる。
一歩後ずさるが、彼らは物おじせずに全員歩み寄ってくる。
やめてよ。

「だあれ?」
「あなた、だあれ?」
「ねえ、だあれ」

キラキラした好奇心いっぱいの目で、見上げられている。
駄目、かわいいけど、駄目。
こういう純粋な目って苦手なのよ。
子供って何話したらいいか分からない。
そもそも何言ってるか分からないし。
言葉が分からないし、論理立てた会話とかできないし。
それに、こいつらすぐ泣くじゃない。
ウチュウジンよ、ウチュウジン。
私とは違う生物だと思うの。

私こいつらとうまくやるような母性本能とか備わってないのよ。
弟も甥も、私が抱っこするとすぐ泣いたわ。
小動物と子供に好かれた経験ないの。
私がこいつらを嫌いなんじゃないの。
こいつらが私を嫌いなのよ。

どう扱っていいのか分からず、助けを求めるように前にいた二人に視線を送る。
動いてくれたのは当然のようにエリアスだった。

「エヴァ=リータ、ヨハン、ニーロ、この人はセツコ、陛下の客人です」

分かったのか分からないのか、子供たちはへーとかふーんとか言っている。
そして一番年上らしい長い髪の女の子が私に向き合って、ちょこんとお辞儀する。
お姫様然とした幼いながらも優雅な仕草で。

「はじめまして、セツコ。エヴァ=リータと申します」

それを見て、他の二人も後に続く。
おそらくこっちの世界の作法なんだろうけど、右腕を曲げて胸を抑えるような感じで、お行儀よくお辞儀する。

「はじめまして、セツコ、ヨハンです」
「ニーロです!」

あ、挨拶ぐらいなら泣かないわよね。
平気よね。

「は、はじめまして、セツコ、です」

なんとか挨拶して、笑顔を作る。
う、筋肉がひきつる。
ああ、もう子供ってトラウマレベルだわ。
友達の子供にも悉く泣かれたわよ。

「言葉が変ね?」
「訛ってる」
「セツコの言葉はどこの言葉なの?」

お尻ペンペンするわよ、このガキども。
ああ、駄目駄目。
かわいい疑問じゃない。
どうしたらいいのかしら、頭が働かないわ。

「ほらほら、お前たち、セツコが困っているだろう。少し静かにしろ」
「そうよ、貴方達、ほら、あちらで遊んでいなさい」

そこに、イケメン、えっとアレクシスとやらが子供達の背を押す。
その隣にいたちょっとふくよかな女性がそれを後押しする。

「えっと」
「さきほどは失礼した。あなたがセツコだったのか」

優しげに微笑み軽く会釈をする、ミカに似たワイルド系イケメン。
けれどあれほどアクは強くなく、いい感じに毒気が抜けて親しみやすい。
ああ、惜しい。
なんでこれが人のものなのか。

「え、ええ」
「********、私はアレクシス。ミカ陛下の***王子となる」
「あ、は、はい」

なんだろう、ところどころ聞き取れなかった。
だいぶ聞きとれるようにはなったけれど、知らない単語が多すぎる。
単語帳もないこの世界じゃ、単語力を身につけるのは本当に大変。

『挨拶するの遅れてすまない、第一王子のアレクシス、と言ってます』

隣にいたネストリがそっと教えてくる。
ああ、第一で、王子で、第一王子。
なんだ、そのままじゃない。
ちょっとテンパってるわね。
落ち着かなきゃ。

「私はセツコ、えっと」

この世界にノリと勢いで拉致された異世界人です、ってどう言えばいいのかしら。
あんたの親父に人生狂わされてる真っ最中ですって。
今度自己紹介する時のために覚えておこう。
アレクシスはにっこりと笑う。
少しきつい感じのするイケメンだが、笑うと柔らかい印象になる。

「噂を聞いている。異世界からの客人とか。後で詳しく話を聞かせてくれ」
「は、はあ」

まあ、話すのはいいけど、何を話せばいいのかしら。
悪魔のセクハラとかミカのセクハラとか、あいつらの無茶ぶりとか悪行とか。
アレクシスは続けて隅っこで三人で本を囲んでいる子供たちを顎でさす。

「先ほどのあの******な子供達、女の子がエヴァ=リータ、陛下の第二王女になる」
「えっと、陛下のもので、第二で、王女、だから………ミカの子供!?」
「ああ、そしてあの大きい方がニーロ、私の息子だ。小さい方がヨハン。陛下の第三王子となる」
『え、ええ、あの小さい方がミカの子供!?』

どう見てもアレクシスの息子よりミカの息子の方が小さいわよ!?
え、てことは、息子の息子って、孫か。
孫より小さな息子がいるってこと!?
どんだけ現役生活長いのよ、あのおっさん。
精力的にもほどがあるだろ。

「そして、アルベルト!」

アレクシスが一際大きな声を出して窓際に向き直る。
気がつかなかったが、そちらにつられて目を向けると、カーテンに隠れるようにして壁に持たれている人がいた。
びっくりした。

「………なんですか?」

不機嫌そうな声。
でも、思わずはっと聞き惚れてしまうような高い、綺麗な声。
少年のまだ澄んだ声。
出てきた姿も見目麗しく、蜂蜜色の巻き毛の金髪と、紫がかった青色の瞳。
まだ高校生ぐらいの、体が出来あがっていない線の細さを残している。

天使。
天使のような美少年。
まさにこのことか。
ジャニー○ファンの私には、どストライクの中性的な美少年。
うわ、ときめく。
ミカの息子、レベルが高すぎる。

「陛下のお客人にご挨拶を」
「ふん」

アルベルトとやらは顔を顰めて鼻を鳴らす。
あ、かわいくない。

「アルベルト」
「アルベルトだ」

兄にたしなめられて、弟はしぶしぶと言ったようにぶっきらぼうにそれだけ告げる。
そして用は済んだとばかりに背を向けて、室内の扉でつながっている隣室に歩いて行ってしまった。
うっわ、生意気。
でも美少年だと、なんかそれもちょっとかわいく感じてくる。
ツンツンしている猫みたい。
反抗期かしら。

「申し訳ない。無礼を詫びる。あれが第二王子のアルベルトだ」

アレクシスは困ったように肩をすくめて苦笑する。
そんな仕草が本当に絵になる人だ。
しかし、えーと、第一王子に、第二に第三に、第一王女に、第二王女に、第一王子の子供。
一、二、三……、六人か。

「えーと、もうそろそろ覚え、きれない」

日本語名ならともかく、耳慣れない外国名をこれ以上覚えるのは退化した脳みそが悲鳴を上げる。
ああ、仕事してた時はもっと覚えられたのになあ。

「次で最後だ」

私の返事に、アレクシスはちらりと笑う。
ああ、笑った顔も本当にイケメンだ。

「ヤーナ」
「はい、はじめまして、セツコ様」
「あ、はい、はじめまして」

呼ばれて私に綺麗な仕草でお辞儀したのは、アレクシスの隣にいた妙齢の女性。。
結構ふくよかで、美形ぞろいのミカ一族や、ネストリやエリアスを見た後だと見劣りする。
ていうかまあ、とりえのない地味な感じ。
優しくて穏やかそうで、頭は良さそう。
でも、化粧っ気もないし、着てるものは地味だし、若く見ても私と同じくらいかしら。
メイドさんか何か、にしては上品かな。

「これはヤーナ、私の妻だ。先ほどのニーロの母でもある」
「えっと、妻って………」

前に習った単語よね。
えっと、女性の配偶者を持つ人間の総称で。

『て、ことは、奥さん!?』

この地味女が、このイケメンの!?
どうやって捕まえたの?

私は思わず、部屋に響き渡る大きな声を上げてしまった。





BACK   TOP   NEXT