『何が、何がいけないって言うの、私の何がいけないのよ』 あの女にあって、私にないもの。 ぶっちゃけ外見だって私の方がいいと思うのよ。 ていうかまあ、でもそれ言ったらこの世界にいる人間はヤーナよりレベル高い女が多いわ。 西洋人の血だし、ぼんきゅばーんの金髪美女ばっかり。 その中で、あのイケメンはヤーナを選んだのよ。 お世辞にも美人とはいえない、優しそうではあるけれど地味な女を。 最後には地味で控え目な女が幸せをつかむ法則? ないない。 優良物件を掴むのは、女の中でもかなりの手だれよ。 少女漫画の主人公みたいに何もしないでじっと耐える女なんて、幸せを掴める訳じゃないじゃない。 結局幸せを掴むのは何を利用してでも、周りを蹴落としてでもアグレッシブに攻める女よ。 だから、考えるべきはあのレベルでどうやってあの完璧男を捕まえたかって方だ。 あの女にあって、私にないものは何!? 『数え切れないんじゃないですかねえ。ヤーナはアレクシスに相応しい才媛ですよ。少女の頃から知れ渡っていた才女で、心も美しいと評判でした』 『黙ってろこの酸素無駄遣い野郎!』 本当にこいつ、美術品みたいよね。 見た目は綺麗だけど、実生活じゃなんの役にも立ちやしない。 酸素無駄遣いしてるだけ、エコじゃないわ。 いっそ美術品らしく、息も止めて飾られてろ。 『最近本当になんていうか追い詰められてますね。言うことがかなり品位が落ちてきているというか』 『誰のせいよ!!』 元の世界にいれば私だって、もっと社会人として礼儀とかもわきまえていたわ。 こんな世界に来なければ、きっと向こうではもう、結婚前提にお付き合いしている男の一人や二人はいたはずよ。 でもって32迎える前には結婚して、次の年には子供を産んで退職よ。 そしたらこんないじましいこと考えなかった。 ああ、私の人生返してよ。 『そういう現実逃避みたいなこと、向こうの世界でも考えてませんでした?』 『だから黙ってろ!』 分かってるわよ。 こっちの世界にいてもあっちの世界にいても、どこか別のところに行きたいって考えてるわよ。 そこでならうまくいけるって妄想してるわよ。 分かってるわよ、妄想ってことぐらい。 どっちの世界でもうまくいかないことぐらい分かってるわよ! 悪い!? なんか悪い!? 『………いえ』 先のことを考えると不安ばっかりよ。 この世界で生きるにしても3年後に元の世界に帰るにしても、私はどうしたらいいのよ。 今後の生活は、結婚は、子供は、老後は。 ああ、頭痛い。 考えたくない。 今日の気分にあった強い酒を一気に煽る。 もう記憶なんて吹き飛んでしまえ。 いっそ、もっと別の世界へ連れてって。 「ああ……、幸せに、なりたい………」 「セツコ、幸せは、自分で見つけるものですよ」 もっともらしいことを言ったのは、私に酒を注いでいてくれたエリアス。 今日の酒のお供はエリアスとネストリ。 挨拶の後、ミカとカテリナが現れて、王家の一家団欒の場となった。 カテリナとアレクシスとえーと、あの生意気な美少年は普段は自分の領地にいるらしい。 そして子供たちは親元に。 ミカに愛想つかせて出て行った奥様方はがっぽり慰謝料もらって王都の隅で暮らしていて中々城には訪れないそうだ。 気持ちは分かる。 そのためこんな風に集まることはめったにないらしい。 ミカはにっこにこしちゃって、めちゃめちゃ嬉しそうだった。 あんな男でも子供はかわいいのね。 今回はカレリア王国創立10年の節目で、内外へ権威を見せつける意味合いもあり全員集合になったそうだ。 私も夕食に誘われたが辞退した。 あんな煌びやかな勝ち組家族に囲まれて、うまいメシが食えるかってんだ。 「どこにも、幸せが、落ちてない。私用の、幸せがない」 あるのは人のものばっかり。 そうしてこうしてエリアスとネストリを付き合わせて自棄酒。 つっても別に付き合えなんて言ってないんだけどね。 「セツコ、幸せは気持ち次第です。心次第で、人はいつでも幸せになれます」 エリアスがちょっと困ったように、優しく笑う。 その穏やかな話し方と、綺麗な顔に浮かぶ笑顔はとても心癒される。 「………エリアス」 んだけどね、いつもは。 私は立ち上がってエリアスに顔を近づけて睨みつける。 エリアスは怯んだように、一歩後ずさった。 『誰がそんな道徳の教科書みたいなこと聞いてるのよ!そんな精神論言ってる暇あったら、具体的に幸せになる方法の一つでも教えてよ!あんたは根性論の体育会系教師かっての!いい!皆平等なんて嘘っぱちよ!誰でも特別なオンリーワンとかありません!オンリーワンであっても特別ではありません!しょぼいオンリーワンなんてゴミと一緒よ!雑草と胡蝶蘭、誰でも胡蝶蘭を選ぶでしょ!?』 エリアスの顔から眼鏡がわずかにずれ落ちて間抜けな顔になっている。 またその顔が、嗜虐心を誘う。 正論とか、お綺麗な意見ってね、荒んだ人間には暴力と一緒なのよ。 『心次第で幸せになれるだ!?いい、幸せってのは相対評価なの!絶対評価じゃないの!頑張れば誰でも10が取れるって訳じゃないの!誰かが10とれば誰かが1をとらなきゃいけないの!幸せな人間の裏には、絶対に不幸な人間がいるの!』 自分さえ信じられれば、幸せを感じられれば、どんな状況でも幸せ。 歌とかテレビドラマで何度も何度も聞いたわ。 カラオケでよく歌ったものよ。 でもね、その言葉って、本当に幸せな人間が信じられるものだわ。 もしくは不幸を信じたくない人間の欺瞞よ。 『幸せはね、競争なのよ!誰かが幸せなら、その分私は不幸なの!他人の幸せは私の不幸なの!誰かが私の幸せを取ってるの!私の分の幸せを誰かがネコババしてるのよ!周りが不幸なら、その分私は幸せよ!』 どいつもこいつも幸せそうな顔しやがって。 その幸せを私に寄こせ。 どうしてよ、どうして私は幸せになれないのよ。 少しくらい幸せでもいいじゃない。 そんな高望みしてた訳じゃないじゃない。 『なんで、私ばっかり幸せになれないのよ!私の幸せ返してよ!』 誰が私の幸せを盗ってるのよ。 誰かが私を不幸にしてるの。 そうに違いないの。 私は本当はものすごい幸せだったはずなの。 『って感じの考え方ばっかりしてるから、私は幸せになれないのよ!人の幸せを優しく見守れる人間になりたいよおお。なんでこんな性格悪いのよおお』 ああ、泣けてきた。 ぼろぼろぼろぼろぼろ涙が出てきた。 力が抜けて、椅子に座り込む。 もう駄目だ。 今日の酒は泣きのスイッチが入ってるらしい。 『どうして私はこう、人の不幸ばっかり望んでんのよ……。そんなことしても幸せになれないことくらい分かってるじゃない。自分で努力しなきゃ!』 妬んでも憎んでも、どうにもならない。 むしろマイナスになるだけだ。 前向きに頑張ってる人間って、それだけでキラキラしてる。 努力して自分を高めてる人間って、自立していてかっこよくて、本人が望まなくても人と幸せが集まってくる。 私もああなればいいの。 私もああなりたいの。 『て、分かってるけど実践できるかどうかはまた別よ!人が憎いよー!幸せな人嫌いー!大嫌いー!幸せになりたいー!幸せにしてよー!』 座り込んで泣きわめいていたら、男二人がひいてた。 ネストリから珍しく笑顔が消えてる。 知るもんか、こいつらにどう思われようと関係ない。 「………疲れてますね」 ネストリのぼそっと呟いた声が、聞こえた。 |