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と、飛び出したはいいんですが……。 ここはどこでしょうか…? またやっちゃった…。 そうだよね、うん、駿君どこにいるか分かんないし。 闇雲に飛び出して探してもどうなるものでもないって、分かりそうなものだよね。 ……なんで分からなかったの、さっきの私…。 出た時ちらつく程度だった雪は、時がたつにつれてひどくなった。 今では前を見ることすら難しい。 しかも私は家の中にいた時の格好で飛び出たので、寒い。 寒さに弱い私は家の中でも比較的厚着でいたし、ホカロンいっぱい持っていたので 出た時は気づかなかったが、上着がないのはまずい。 雪と風は容赦なく体温を奪っていく。 …やばい?これやばい? ていうか本当にリアルで生命の危機? と、とりあえずどっかの民家で保護してもらった方がいいかも。 でも、民家どこにあったっけ…? あたりを見回す。 白、白、白。 おそらく田んぼ。もしくは畑。 なんかこういうことあったよね。そう、つい、最近。 1週間前ぐらいに…。 1週間前、そう、あの時は駿君が迎えに来てくれて…。 「あ、そうだ!ケータイ!」 私は急いでポケットを探る。 ……ない。 そういえば、テーブルの上に置きっ放しだ…。 「どーしよー……」 これは、本当にやばい…。 「と、とりあえず、どこでもいいから民家を探そう!」 ここで待っていても本気で凍死なので動きだそうとした。 て、手足が痛い。感覚がなくなってくる。 こ、これ凍傷とかになっちゃうんじゃないかな。 「う、ううううう、駿くーん…、助けて…」 つい、自然に、ぽろりとそんな言葉が出た。 そういえば、いつも困っている時に助けてくれるのは駿君だった。 ここに着いた時もそうだったし、スキーしてた時もそうだった。 呆れたように、迷惑そうに、「馬鹿」って言いながら。 ……それでも助けてくれた。 なんで、嫌われてるかも、って思ってたんだろう。 駿君はあんなに優しくしてくれたのに。 そう、いつでも、助けてくれた。 5年前も。 唐突に思い出す。今と似た状況。 あれは夏だった。 北国ではあるものの、やっぱり夏は暑くて。 蝉が鳴いていて、太陽が照っていて。 私は今と同じように駿君を追いかけていて。 道に迷って、雑木林に入り込んで。 日が暮れてきて、林なのもあって暗くなってきて。 怖くて、心細くて、泣き出して。 そうして、そうして……。 「鈴鹿!」 駿君が…迎えに来てくれた。 今と、同じように。 駿君が珍しく焦った顔をしてこちらにかけてくる。 私は嬉しくて、ほっとして…涙が出てきた。 手足の冷たさを忘れて、駿君に飛びつく。 「駿君!探したよー!!」 「それはこっちのセリフだ!この馬鹿!」 いつも通りの言葉にますます安心する。 腕の中の駿君が温かくて、涙が止まらなくなる。 「怖かったよー!!もう本当に死ぬかと思った!寒かった!怖かったよ!」 「わ、わかったから、ちょっと離れろ!おい、こら」 「もう、駿君の馬鹿ー!うう、もうやだよー!怖いのやだー!」 「離れろって、おい、ちょっと、もう」 駿君がジタバタするのにもかまってられない。 「ごめんね、駿君。ごめんねー」 「いいから離れろって!……あばらがあたる!」 無理やり引き離された。ひどい。 ていうか。 「あばらって何よ!あばらの前にちゃんと胸があるんだから!」 「んなこと言ってる場合か!お前マジ死ぬ気かよ、雪をなめんな!」 そう言って、私の上着を着せてくれた。 あ、持って来てくれたんだ。こういうところは、本当にしっかりしていると思う。 あたたかさに包まれ、私はようやく落ち着いた。 「…ごめんね。ありがとう」 「お前は、ほんとーにもう、いつもいつもどこまで馬鹿なんだ!」 駿君が声を荒げてる。本気で怒ってる。 「……ごめんなさい」 「謝ってすむような問題じゃねーんだよ!下手したら死んでるぞ!そんな薄着で 外出るな!」 ……怖い。自分が悪いと分かっているのもあって余計に怖い。 さっきから流れていた涙がますます止まらなくなる。 「ごめ、ごめんさい…。で、でも駿君が、駿君に謝りたくて…」 しゃくりあげるせいで、なかなか上手く話せない。 「て、おい、ちょっと泣くな。わかったから、泣くなって」 「で、でもごめ、ごめんなざい。じゅんぐん、ごめんなざい…」 「…お前、女子高生が鼻水まで出すな」 う、ううう。でも止まらないんだよー。 「まったくもう、いつまでたっても手間かけさせやがって、ほら鼻かんで」 駿君がポケットから取り出したティッシュを鼻に当ててくれる。 ちーんと音をたてて鼻をかむ。うう、情けない。 「はい、涙もふいて。ブスがますますブスになるぞ」 ハンカチで顔を拭いてくれる。お兄ちゃんだ。 「ブスって何よー…」 「今のお前以外に誰がいんだよ」 ひどい…。 ようやく涙がおさまってきた。 「ごめんね。駿君…」 「それは何に対して謝ってるの?」 「今、迷惑をかけたことと…、何か、大切なことを忘れてること…」 駿君は大きなため息をついた。 そんな姿は本当に大人びている。 「いいよ、別に」 「でも…」 「いいって。お前が馬鹿なのはよく知ってるし。5年前のことなんか覚えてないの 当然だよな。お前の記憶力からいって」 許してくれるふりして、すごいひどいこと言われてる気がする。 「それに…別に大切なことでもなんでもないし」 そう言って駿君はくるりと踵を返す。 「ほら、行くぞ」 「…うん」 でも駿君。 そんなこと言うなら、なんでそんなに寂しそうなんだろう。 それでも、思い出せない私には何も言えない。 ゆっくりと歩き始めた駿君の後ろを私もゆっくりとついていく。 「へっくち!」 くしゃみが出た。うう、やっぱり寒い。ホカロンで手を温める。 駿君が後ろを振り向いた。 「お前…手袋もしてなかったのか?」 「う、うん…焦ってたから…」 ま、また怒られるのかな。 「本当にもう、お前は全然変わらないな…」 そう言って何かを放り投げた。 受け取る。 て、これは、駿君の手袋? 「駿君、これ!」 「それしてろ。俺は慣れてるから平気」 「で、でも!」 「いいから。お前の方が寒さに弱いだろ」 本当に面倒見いいよな…。でも、これじゃ駿君が風邪ひいちゃう。 でも、受け取ってくれないだろうしな…。 あ、そうだ! 私は駿君の手袋を左手だけする。 そして駿君の隣に駆け寄った。 「何?」 「はい、駿君、これ右手にして」 もう片方の手袋を駿君の右手に無理やりつける。 「は?」 「で、こう」 私は駿君の左手を握ると、自分のポケットの中につっこんだ。 「お、おい!ちょっと!こら!」 「ね?これで二人ともあったかーい!」 どうよ、ナイスアイディア! なんかようやく年上としてリードした感じが! 「………」 「駿君?」 駿君が無言だったので隣を見ると、耳が真っ赤だった。 ……あれ、よく考えると、このアイディア、ちょっと恥ずかしい…? なんかこう、バカップルっぽい…? 私まで顔が赤くなってくる。うわうわうわ。 「しゅ、駿君、手大きいね。背は私より小さいのに、手は私より大きいんだね。 やっぱ男の子だねえ」 照れ隠しにとりあえず思ったことを口に出してみる。 「…お前さあ」 「な、何?」 「俺は『男の子』なわけだ」 「え?」 「お前はすぐ俺のことガキ扱いするよな。だからこういうことすぐできるの?」 「え、え?」 「俺より全然頼りないくせにさ。ま、しょうがねーけど」 そういって黙り込んでしまった。 え、えっと、私またなんか地雷を踏んだのかな。 なんでこうなるのかなー…。 それからは無言で二人並んで歩く。 く、空気が重い。 どれだけ歩いただろうか。 やっぱり空気に耐えかねて口を開いたのは私だった。 「ね、駿君。前にもこんなことあったよね?」 「…前?」 「5年前。私が駿君探して道に迷って、駿君が迎えに来てくれたやつ」 「……覚えてるのか」 駿君が意外そうに聞き返した。 「さっき道に迷ってる時になんか思い出した。今と同じように駿君が探して くれたよね?」 「…うん」 「あれ、でもなんで私、駿君探してたんだろう?」 なんか前後関係がはっきりしない。 迎えに来てくれて、嬉しかったのは覚えている。 でも、なんで探していて、それからどうしたんだっけ。 駿君が少しうつむき加減にぼそりといった。 「俺が、お前置いてったから」 「え?」 「いつまでもついてきてうざかったから、俺が置いてった」 「ええ!?」 な、何それ?そんなひどいことをされてたの?私? 「お前なんでか知んないけど俺にいっつもくっついてきてさ」 それは覚えてる。あ、なんかどんどん思い出してきた。 私はいつも駿君の後をくっついてまわって…。 「転ぶし、ドブに落ちるし、木から落ちるし、服を破くし」 そ、それは覚えてなかった。今思い出しちゃったけど。 ていうか私これを忘れたかったんでは…。 「そもそも最初会った時からしてお前虫に追いかけられて大泣きしてて」 あ……、思い出した! 「そう、そうだ!駿ちゃんが追い払ってくれて、それで好きになったんだった! 駿ちゃんあの頃もっと小さかったのに本当にかっこよくて…」 そう、小さな駿ちゃんは私にとってはヒーローだったのだ。 「ちゃんをつけるな。小さい言うな」 「ご、ごめんなさい」 あ、耳が赤い。 …駿君、直球な褒め言葉に弱いっぽい。 小さなヒーローの駿君を私は大好きになって、いつも追いかけていた。 でも駿君は……。 「お前がなんかやらかすたびに、全部俺のせいになるしさ」 そう、私のことを嫌っていた。 いつも、ついてくるなと怒られた。 「うん、なんか思い出してきた…」 「でも、なんでかお前あきらめないんだよな。いつでもついてくるの」 ああ、あの頃の駿君怖かったなあ…。今でも怖いけど。 怒られて、はたかれて、それでも私は駿君についていった。 だって、だって駿君、 さびしそうだったから。 あの頃の駿君は今よりずっと怖くて、寂しそうで。 でもそれを見せないようにしていた。 それが気になったこともあって、私は駿君を追いかけた。 ある時、私がさすがにあきらめて帰ろうとした途端、少し哀しそうな顔をみせた。 その表情が、忘れられなかった。 「で、そんなお前がウザくて、わざとお前が通れなさそうなところを 通っていった。途中であきらめると思った」 「ひど」 「ごめん、それでもついてきたらしくてさ。日が暮れても家に帰ってなくて、 探しにいった」 そうして、駿君は私を探し出してくれた。 「うん、思い出した。駿君、汗びっしょりになって探しだしてくれた」 「お前泣いてて、俺の名前呼んでて、俺、後悔した」 でもあの時の第一声は「馬鹿!」だったような……。 「それから……お前、自分が言ったこと覚えてない?」 え、ここで来るの? もしかして、私が忘れてる大事なことってここらへんなのかな? えーと、えーと、えーと。 駿君が握っている手に力をこめた。温かい。 そういえばあの時も手をつないで帰った。 二人でならんで…二人で…。 「あ!」 「思い出したのか?」 「あの時駿君も泣いてた!」 「そこかよ!」 駿君はがっくり肩を落とした。 あれ、違ったのかな。 でもあの時二人で顔ぐしゃぐしゃにしながら帰った気がする。 駿君が泣くのをはじめてみたから、びっくりした気がする。 「……なんで泣いてたんだっけ?」 「………」 迎えに来てくれた時は泣いてなかったよね。 えーと。 駿君が静かに話し始めた。 「あの頃俺まだガキでさ」 今でもガキじゃーん!というツッコミは言わないでおく。 怖いから。 「父さんと母さんが離婚したばっかでさ、しかも純太も小さかったからさ。 母さんが純太につきっきりで。……すねてたんだよな。寂しくて」 最後の方は本当に小さな声だった。 恥ずかしいのだろう。 「そんな時さ、お前だけはずっとくっついて来るんだよな。どなっても。 殴っても。本当はさ、俺嬉しかった」 ……ようやくそのあたりの記憶も思い出してきた。 あの時、私を見つけた駿君は「馬鹿!」って言って。 「馬鹿!なにやってんだよ!」 「駿ちゃん!よかったあ…やっと見つけた…」 暗くなって、怖くて、心細かった。 そんな中ようやく探してた顔を見つけて嬉しくなった。 今まで泣いていたことも忘れて、笑った。 なぜか、駿ちゃんの顔がくしゃりとゆがむ。 「…んでっ!」 「駿ちゃん?」 「なんでついて来るんだよ!ついてくんな、って言っただろ!」 駿ちゃんに怒られるのは初めてではなかった。 でも怖くて、悲しくなった。 「だって……、駿ちゃんと遊びたかったんだもん…」 「俺は一人でいいんだよ!」 ますます悲しくなった。 「でも、駿ちゃん、一人だと寂しいよ…?」 私は一人だと寂しかった。だから駿ちゃんも一人だと寂しいと思ったのだ。 だって、いつも駿ちゃんは一人だった。…悲しそうだった。 駿ちゃんの大きな目から涙の粒が落ちてくる。 あまりにも突然で、びっくりする。 駿ちゃんは小さいけど、大人っぽくて、賢くて、怖くて、強かった。 泣いたところなんて見たことない。 「しゅ、駿ちゃん?」 「だって、だってお父さんもお母さんも俺のそばにいてくれないんだよ! お父さんはいなくなっちゃうし!お母さんは純太とずっといるし! 俺はお兄ちゃんだから我慢しなきゃいけないんだよ!俺、俺だって…!」 ぼろぼろぼろぼろと後から後から大きな涙が落ちてくる。 ぬぐうこともしない。 駿ちゃんが寂しかったんだ、ということが伝わってきて、私も悲しくなって、 涙がまたでてきた。 小さな駿君の体をぎゅっと抱きしめた。 まだまだ細くて、壊れそうだった。 「あのね…、あのね、私が一緒にいてあげる!私が駿ちゃんのそばにいてあげる! だから泣かないで。ね、泣かないで?大丈夫、寂しくないよ!」 そうして二人で涙が枯れるまで泣き続けた。 泣きすぎて疲れて、鼻水とか、涙とかでぐちゃぐちゃになった顔がおかしくて。 笑い出すまでずっと。 「…思い出した」 うわ、ちょっと恥ずかしい想い出だー。 なんか甘酸っぱいというか、酸っぱいよー。 駿君もあんな頃があったんだよな…。 そうだよね、あの頃駿君はいつも寂しそうで。 大人のごたごたなんか分からなかった私には、なんでか分からなかったけど。 今なら分かる。そうだよね、駿君は家族を一人失くしたんだった。 でもお兄ちゃんだったから自分の感情を我慢して…。 あの後、駿君は普通に遊んでくれるようになった。 駿君と仲良くなった、きっかけだった。 でもこんな大事な思い出なのに… 「なんで忘れてたんだろ…?」 駿君はこちらをみようとしない。 でも握った手のひらにかいた汗が、駿君の感情を伝えていた。 「さあな。お前にとってそれほど重要じゃなかったんじゃねえの? お前頭の容量少なそうだし」 ……うう、自分が悪いんだけど、ひどい。 「そんなことないよ、大事だよ。あれで、駿君と仲良くなれたんだし」 「……俺もさ」 「うん」 「俺も、大事だった。お前があの時、ああ言ってくれたから、俺立ち直れた。 あの時は母さんも色々大変で、俺まで手が回らなかった。誰も俺のこと 見てくれなった…。でも、お前だけ、お前だけずっと一緒にいてくれた」 「駿君…」 胸があったかい。 ああ、やっぱり嫌われてなんかなかった。 「でも5年もこっちこねえし。来たら来たで忘れてるし」 「……すみません」 なんでだろう?なんでこなかったんだろう?なんで忘れてたんだろう? 今思い出しても大事な思い出だし、駿君が大好きなのに…。 「まあいいけど、思い出してくれたし」 そう言って駿君は笑った。 とってもレアな、満面の笑顔だった。 その後は二人無言で歩いた。 でもさっきのように気まずい雰囲気じゃなくて、嬉しいような、むずがゆいような、 気恥ずかしいような、そんな空気。 つないだ手は温かかった。 ようやく家が見えてきた時、唐突にある光景が見えた。 「あ!」 「なんだよ。いきなり」 駿君が驚いてる。 「思い出した!なんで私が忘れてるのか!」 「え?」 「駿君覚えてない?私が帰るときにさ」 駿君は眉をひそめている。 「駿君見送ってくれる時に言ったんだよ!」 「鈴鹿!」 小さな駿ちゃんはぐいぐいと私を引っ張って駅の隅まで連れて行く。 「なに、駿ちゃん?」 私は駿ちゃんと別れるのが寂しくてすでに顔はぐしゃぐしゃ。 「いいか、鈴鹿、俺、お前が来る時までには絶対お前より大きくなってるからな!」 「う、うん。いつ頃?」 「…お前、今5年だっけ?じゃあ、俺、5年までには絶対お前より大きく なってるから!」 「じゃあ、その頃くればいいの?」 「そう」 「うん、分かった!」 私は大きく頷く。小さなヒーローの言うことは絶対だ。 「それとな」 「うん」 「俺が泣いたことは忘れろよ!」 「え?」 「俺はもう泣かないからな!お前も俺が泣いたこと忘れろ!」 「う、うん、分かった!忘れるよ!」 そうして小さかった私達は別れた。 「………」 「………」 「そんなことも…あったな」 「あったよ!」 忘れたの私のせいじゃないじゃん! 駿君のせいじゃん! ……それで忘れる私も私だけど。 「ていうか、お前それで記憶をなくしたの?」 「……じゃないかなあ」 「……単純すぎる」 「ひど!駿君のせいじゃん!」 駿君は困ったように頬をかいた。 「あー…まあ…そうなのかな…」 「そうだよ!」 「まあ、お前がそこまで単純だったことを分からなかった俺が悪かったの、かも」 相変わらず素直じゃない。 私がじろりとにらむと観念したように、頭を下げた。 「すみませんでした」 「はい、よろしい」 ふふふ、ようやく勝った気がする。 駿君にあやまらせるのがこんなに楽しいことだなんて! 「なんか……俺、自分で自分の首しめてたんだなあ」 「え?なんか言った?」 「なんにも」 「そう?さ、早く家入ろ!もう体がすごい冷えてる!」 そういって私は駿君とつないでいた手を離し、家に駆け込もうとした。 「あ、鈴鹿」 呼ばれて振り返る。 「何?」 「ほっぺたにまつげ付いてる」 「え、どこどこ?」 ほっぺたをなでる。 「違う、ちょっとかがんで」 「うん」 そうして駿君の前で、少し腰をかがめた。 と、冷え切った体の一部分に温かいぬくもりが伝わる。 え、え、え? 口?口に今…? 「え、え?」 「もう、ガキ扱いすんなよ」 え、今のはもしかして……。 「わ、私のファーストキス!?」 「へー、初めてだったんだ?」 駿君はいつものにやり笑いを浮かべる。 そうしていけしゃあしゃあと言った。 「じゃあ、今度はもう忘れないだろ?」 あまりのことに言葉が一瞬でなかった。 けど、我に返って怒鳴ろうとした時気づいた。 駿君の耳が真っ赤。 思わず言葉を失う。 「さ、早く家はいるぞ」 そう言って駿君はさっさと行ってしまう。 完全に文句を言うタイミングを逃した。 う、うううううう。 ま、まあしょうがないかな。 いいかな。嫌じゃなかったし。 いいかな…?いいよな…?いいってことにしておこう私! 自分を言い聞かせる。 だって駿君、最後に振り返って。 「次お前が来る時は、俺がかがむようになってるから!」 なんて言っちゃうし。 耳を真っ赤にして。 だからいいかな、って。 次に来る時は夏かな。それともまた冬かな。 どうなってるか分からないけど、その時もまた楽しいといいな。 今回みたいに一緒にすごせるといいね。 また、雪道で手をつないで一緒に歩こう。 並んで歩こう。 そうしたらきっと、寂しくない。



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