灰色の世界だった。

私は灰色の世界にいた。
いや、灰色とも感じていなかった。
私は何も感じてなかった。
ただそこにいた。
あった。

呼吸をし、必要な栄養を摂取して、排泄を行い、睡眠をとる。
ただ、言われるがままにそれを繰り返した。
それが私に与えられるもの。

私に与えられるものは、おそらく一般基準よりは贅沢なものだった。
食事も、家も、ベッドも、服も。

そして教育も。

私は権利はもっていなかったが、義務を与えられていた。
本を読むように言われ、教師をつけられ、椅子に拘束され、また音楽に親しむことや、運動をすることも課せられた。
別にそれについて何かを感じたことはない。
私はただ、言われたことをするだけの呼吸する物体。
何もしなくていい、と言われたのなら何もしなかっただけの話だ。

何をしても、何をされても、何を与えられても、何を奪われても。
楽しいとも悲しいとも嬉しいとも腹立たしいとも感じたことはない。
教養を養うために、と与えられた本にはそのような『感情』が描かれていた。
私はそれを理解したが、それを持つことはなかった。
私はきっと、それをするために生まれてきたものだったから。
疑問を感じることはなかった。

『声』は私に指示をするもの。
『景色』は私が指示されたものを行う場所。
『食事』は生きるためにに必要な栄養を摂取する行為。
『生きる』ことは指示をこなすこと。

周りは私に関心を払うことはなかった。
だから私も周りに無関心だった。

『お母様』と呼ぶよう言われた女がいた。
『お母様』に接触する指示はあまりでなかった。
だから『お母様』と一緒にいることはあまりなかった。
『お母様』も家にはいることは少なかったと思う。
必要のないことだったから、覚えていない。

『お母様』と一緒にいるよう指示された時、それは人の沢山集まるパーティだったり、家に『お客様』がくる時だった。
『家族』ではない人間が沢山いるときだった。
その時私には『行儀をよくしろ』『笑え』『愛想をよくしろ』と指示が与えられた。
だからそうした。
『お客様』に笑いかけ、挨拶をし、時にはピアノを弾き、『お母様』に頭を撫でられた。
『お客様』が私を見て、手を叩く。
「利発な子だ」「将来が楽しみだ」「やはりこの家には由緒正しい血を」
『お母様』がそれを聞いて満足気に笑う。
言われたことを達成した私に、『お母様』は興味を失う。
それで私に課された義務は終了した。

時折屋敷の中で偶然にある『お母様』は、私を無視するか、罵るか、だった。
言われたことをこなしていないと、叱られた。
言われたことをこなしていても、叱られた。
時には手をあげられた。
女であることが、ここにいることが、私が生まれてしまったことが。
私の全てが、『お母様』を苛立たせるものだったらしい。

それは何かを感じるものではないけれど、特に指示を与えることない『お母様』は私にとって必要のないものだった。
時間の無駄だった。
だから『お母様』と偶然出会うことは、出来れば避けたいものだった。
指示を与えられていないのだから、会う必要性は感じなかった。

それが『お母様』だった。

『お父様』と呼ぶように言われた男がいた。
『お父様』はとにかく会うことがなかった。
屋敷の中で会うことはまずなかった。
外で、人が大勢集まるパーティなどでたまにあった。
そこでは、やはり『笑え』『愛想をよくしろ』と指示をうけるので笑った。
『お父様』も私に笑いかけ、抱きしめ、褒め称えた。
私はそれを『行儀よく』受け止めた。
それ以外で、『お父様』に関しての記憶はない。

それが『お父様』。

その他に私に接するのは『使用人』と呼ばれる人間。
『先生』と呼ぶように言われた人間。

指示されない限り、私に触れることはない。
私に話しかけるものはいない。
私を見るものはいない。
食事をつくること、洗濯をすること、掃除をすること、勉強を教えること。
それが彼らに指示された事。
それ以外は、彼らの義務ではない。

だから私も、義務以外で彼らに接することはなかった。


灰色の世界だった。

私は灰色の世界にいた。
いや、灰色とも感じていなかった。
私は何も感じてなかった。
ただそこにいた。
あった。






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