「有川ってさ、もてる?」 有川手製のスコーンを頬張り、舌鼓をうっていた吉川に尋ねた。 口の中で何回か噛み、飲み込んだ後にようやく話す。 「いや、そんなことないんじゃないの?」 「でもさ、あんっっっっなにナイスバディな男前な訳じゃない!しかも優しくて強い!更には料理上手!もてないわけなくない!?私はいつでも理性のブレーキ、オーバーヒート寸前なんだけど!!」 力拳で力説。 他の三人は呆れ顔。 ちなみに有川は隣の資料室のソファーで寝ている。 神崎と加奈と友情を温めあっているところにきた寺西が「私も仲間にいれて〜」と、有川に抱きついたせいだ。 座っている有川。立っている寺西。 やわらかなEカップに埋もれ、有川は倒れた。 顔は真っ赤になっていた。窒息かもしれなかった。 吉川は今度の球技大会の予算を眺めながら答える。 「確かにあいつ、顔はいいけど、どちらかというと強面だろ。背高いし、無愛想。女子は怖がって近寄らねーよ。編入組な上に、よくわからない奴ってことで男の友達もいないみたいだし。クラスじゃ結構地味に暮らしてるぜ」 「よくわからないってどういうことよ!」 加奈は隣にいた吉川の襟元を掴む。 「だー!俺が言ったんじゃねえよ!そのまんまの意味だろ。あいつ付き合ってみたらいい奴って分かるけど分かるまで行く奴がいないんだろ」 そう言って、無理やり加奈の手を引き剥がした。 加奈と同い年の少年は、丸い大きな目とふわふわなくせ毛。不機嫌な顔をしていても、小型犬の愛らしさが先にたつ。 「ああ、でも3年の一部には一時期もててたみたいだぜ。あいつあの髪だし、さっきも言ったけど強面で背も高いし、最初目立ってたからな」 一度鎮火しかけていた加奈のテンションはその言葉でまた燃え上がる。 「どういうことよ」 「3年の溝口らへん。親が金持ってるだけタチ悪いんだよな。あの辺にからまれてた」 「あ〜、あの三馬鹿さん達〜。他でやんちゃして入ってきたんでしょ?」 「うちの学校、金出せば誰でも入れちゃうからねー。50年ぐらい前は正真証明名門だったんだろうけどねー。推薦組なんかは絡まれて大変みたいだね」 腕をくんで首をひねる神崎。その表情はまったく困っているように見えない。 「会長としてなんとかしないんですか」 「学校の体制だからね。一生徒には無理無理。しかもああいうのに限って親は名士だからねー。怖い怖い」 「とか言って〜、この前絡まれてた陸上部の子助けてあげてたの見ちゃった〜。私ドキドキしちゃった〜」 我関せずのポーズをとる神崎の腕に、寺西がしなだれかかる。黙っていても存在感のある胸が腕に押し付けられ、もはやスカートとして意味を成さないほどの短さの制服からは、太もももあらわだ。吉川がそっと目をそらす。 「いやん、幹ちゃん。そんな積極的。叶ドキドキしちゃう」 「ホントホント〜?会長誘惑出来ちゃう〜?」 「もういつでも幹ちゃんのボヨヨンぶりには、わたくしのブラザーは暴走寸前よ。おじさんをそんなに誘惑しないでよ」 「嬉しい〜。先輩お金持ちだし、私いつでもオッケーですよ〜!」 そのまま首に抱きつく寺西。神崎は笑みを浮かべながら、長い腕で抱き返す。 「はっはっは、結婚した途端高額な保険金かけられそうでイヤだなあ」 「て、そんなことはどうでもいいのよ!」 またまた横滑っていく流れを、沸騰寸前の加奈が止めた。 手にはボールペン。今にも投げつけそうな勢いである。 「今は有川よ、有川。あんたらの乳繰り合いなんてどうでもいいのよ!それで慎二!」 騒ぎの中で、1人黙々と業務の準備をしていた吉川が加奈に目をやった。 「いや、なんか素直に謝ったらしいぜ、有川。気を悪くさせたなら謝るって。それでも溝口とかがつっかかって、返り討ちにあったとかなんとか。それっきり手出しされてないみたいだけど………あいつらそんなにすぐ引くかねえ」 「もう一度やってくるんなら、私が二度と歯向おうって気にならない程の目にあわせてやらあ!ていうか今でも腹が立つ!あいつら焼きいれたる!」 椅子から立ち上がり、今でも出て行きそうな勢いの加奈。 とっさに神崎と吉川がその肩をつかむ。 「はいはい、どーどー」 「やめろ、馬鹿。また蒸し返してどうする」 「でもさ!」 押さえつけられて、椅子に座らせられる。 鼻息荒く、肩で息をしている。 「うー!!」 「はいはい、うならないうならない」 ぽんぽんと向かいに座る神崎に頭を撫でられる。 スコーンに生クリームを大量にのせていた寺西が、ふと思いついたように口を開いた。 「でも〜、なんで響ちゃんあんな目立つ髪してるのかしらね〜。キャラじゃないわよね〜。響ちゃんなら地毛でいきそう〜」 「あれ、地毛ですよ」 なんでもないことのように答える吉川。 「ええ!!」 一番反応がでかかったのは加奈だった。一際大きな声を上げる。 「なんだよ、お前知らなかったの。なんか小さい頃事故にあったんだって、その時に髪が真っ白になったって言ってた」 「……そんなことあるの?」 呆然として聞き返す。さっきから飛び出す事実に、感情がついていかない。 自分がどういう反応をすればいいのかも分からなかった。 「自分で言ってるからあるんじゃねえの。本人はそんなに気にしてないみたいだけど」 とりあえず気にしていない、ということを聞いて軽く息をついた。どういう反応をすればいいのか考えるのは頭が痛くなりそうだからひとまずおいておくことにする。それよりも今はもっと気になることを先にすることにした。 「なんであんたはそんなに詳しいのよ」 「本人に聞いたから。後は噂」 さらりと答える吉川。 「なんであんたがあたしより先に有川に詳しくなってんのよ!むかつく!ずるいじゃない!ねたましいじゃない!僻むわよ!」 「ああ、もううるせーな!なんでもかんでも手当たり次第に嫉妬してんじゃねーよ。それならお前が聞けばいいじゃねえか!」 「そんなのしたいわよ!ただ難しいのよ!恥ずかしいじゃない!あんた聞いてくれてありがたいけどむかつくのよ!」 なんとも勝手な意見に、吉川は深い深いため息をついた。 慣れているとは言え、たまにどっと来る時がある。 「まー、そんなこんなであいつはそんなにもてないそうです。クラスでも割と浮いてるみたいです」 一番最初の質問に戻し、話を打ち切ることにした。 「モノの価値が分からない連中ね!あー、そんな奴らが有川と同じ教室で暮らしてるって腹が立つ!」 「そりゃ、逆恨みだろ…。ライバル減っていいんじゃねーの」 「ライバルなんて、いても叩き落してみせるわよ!それより有川の価値が分かられてないのがむかつく!」 呆れたように一つ息をついて、吉川は書類をめくる。 「でも〜、私達しか響ちゃんのよさを知らないっていうのもいいよね〜。響ちゃん4人占め〜」 生クリームがついた指をなめる寺西。その姿はどこか扇情的だ 「……それは確かに…」 捨てがたい。出来れば独り占めがいいが。 有川のナイスバディも、料理の腕も、困った表情も、笑顔も自分のもの。 なんとも魅惑的。 「でしょ〜?」 「でも!それでも!それじゃ有川が寂しいじゃない!もっともっと皆に知ってもらってもいいのに!あんなにいい奴なのに!」 3人の動きが止まった。 作業していた手をとめ、マジマジと加奈の顔を見る。 寺西が加奈の額に手を当てる。 「何よ?」 「ん〜、熱でもあるのかな〜、って」 「ないわよ!」 ぱしりと寺西の手をはねのける。 「だって〜、加奈ちゃんがそんないい人な発言するなんて〜」 「人聞きの悪いことを言うんじゃない!」 加奈はいきりたって、足をジタバタさせて暴れている。 神崎はハンカチで目元を押さえた。 「いやー、本当によかった。恋は人を成長させるんだね。加奈ちゃんがこんなに成長するなんて…。お父さんは本当に嬉しい!うう…」 吉川が真面目な顔をして加奈に向き直る。 「お前…有川のこともしかしたら本気だったのか…」 「なんだと思ってたのよ!」 「いや、いつものミーハーかと…」 椅子に座りなおして加奈の肩に両手を乗せる。 「心から応援するよ。お前が少しでも思いやりとか、優しさとか、人として大切なものを身につけることが出来るなら、この際有川の不幸には目をつぶる」 「だからあんた達は人のことをなんだと思ってるのよ!」 ついには椅子を蹴飛ばして立ち上がる。 「わがままがたまにキズかな」 「はねっかえり〜」 「自己中女」 加奈は机を掴み、星一徹投げをしようとした。 が、机の上にある焼き菓子を見て思いとどまる。 モノを大事にしろという有川の声が聞こえてくる。 「くっ…くくく…」 机の端を掴み、悔しそうに爪をたてる加奈を見て三人はますます驚きを深くする。 「あの乱暴モノが変わるもんだねー」 「いのしし娘も恋で変わるのね〜」 「単細胞がよく我慢したもんだ…」 「………」 加奈は一瞬黙り込む。 その後、無言のまま机の上に乗っていたお皿とティーカップを一つ一つ丁寧に棚の上に移していく。 「か、加奈ちゃん?」 「やだ、怒っちゃった〜?」 「ちょっと待て!」 「やかましい!!!」 その後見事に机の横投げを決めた。 犠牲者。吉川一名。 「でもさ〜」 吉川を盾にして逃げた寺西が机を元に戻しながら口を開く。 「それで響ちゃんがもてちゃって、ライバル増えたらどうするの〜?」 「ライバルなんか叩き落すって言ったでしょ!それにね」 腰に手をあてて仁王立ち。 「皆が欲しがるものを横からかっさらっていくのって快感じゃない!」 「………」 「………」 「………」 いち早く1人で机ブーメランをよけ、脇で見ていた神崎がため息をついた。 「……変わるまでには後10年はかかるかもね」 「そういえば、有川の歓迎会とかやらないんですか」 机を片付け、落ち着きをとりもどした生徒会室。 黙々と作業をすすめていた時、書類から目を離さないまま吉川が言った。 「あ、いい考え〜、やろう〜!」 「慎二のくせにたまにはいいこと言うじゃない!」 即座に賛同する女性二人。 「その、慎二のくせにってやめろ」 「じゃあ、叶の家!料理はよろしく、叶!」 加奈は全く聞いていない。 「いいよ、いつ?」 「善は急げ〜」 「今日!」 これまた即座に答える女性二人。 神崎は困ったように眉を下げ、頬をかく。 「あ、ごめん。今日はバイトにデート」 「なんですって!叶のくせに生意気よ!有川とその他大勢の女。どっちが大切なのよ!」 「…いや、その二択を選べと言われても。とりあえずバイトは大切かな。生活かかってるし。ごめんねー」 ちっとも悪びれず両手を顔の前であわせる。 「それに有川の予定も聞いてないだろう。とりあえず後日にしろ」 また何か加奈が言おうとする前に、吉川が冷静につっこみを入れた。 加奈はそれでも何か言おうとしたが、結局は正しさを認めて言葉を飲み込んだ。 「……わかった。有川の予定の空いてる日にする」 「一応俺の予定も聞いてね?」 「知らないわよ。有川のために、あんたが合わせなさい!」 ぼそりと言う神崎が、一蹴する加奈。 神崎が深い深いため息をついた。 「まあ、いいけどね。前もって言ってくれればシフト変えられるし」 そこで、加奈が思い出したように、神埼が見た。 「そういえば、あんたまだ生活費、家からもらってないの?」 「うん?そうだけど」 片眉をあげ、胡散臭い笑顔を浮かべる神埼。 整った日本的な顔は、どこか人形めいて作り物のように見えた。 「いい加減受け取ってあげなさいよ。この前私、おじさんに泣きつかれた。息子が冷たいって」 「あの人、加奈ちゃんにまでそんなこと言ってるの?困った人だなー」 苦笑を浮かべる。けれど相変わらず穏やかで、感情の波は見られない。 「いいじゃない、くれるっていうならもらっときなさいよ。それであっちだって満足するんだから」 「まあそれはね。男の意地って奴ですよ。今度、俺から話しとくよ。ごめんねー」 やれやれ、とため息をついてからお茶をすする神崎。 同時に、加奈もまたため息をついた。珍しく、少し気遣う表情をみせる。 幼い頃から一緒にいるこの従兄弟が、ちゃらんぽらんに見えて、実は変なところで頑固だと知っているから。 「まったくおじさんもあんたも頭が痛くなるぐらいな馬鹿ね!大馬鹿!」 「………加奈ちゃんに言われるとこたえるな」 「どういう意味よ」 神崎は目線をそらしつつ、頬をかいた。 |