「脱げ!脱ぎなさい!脱げってば!」
有川に飛びつき、ボタンを引きちぎりそうな勢いでシャツを掴む。
神崎の家まで猛ダッシュで走った上に、リビングに入った途端、息をつく暇もなく、鬼の形相で迫られて、焦る有川。
「ちょ、ちょっと待て、加奈」
「待てないわよ、脱げー!!!」
興奮して周りの見えない加奈はそのままシャツを掴む手に力を入れた。
シャツが嫌な音をたて、破れ目が広がる。
その瞬間、軽く頭を叩かれた。
「はい、そこまで」
後ろを振り返ると、家主である神崎が救急箱片手に立っていた。
呆れた様子で、苦笑している。
後ろには心配そうに覗き込む寺西と、換えのシャツとタオルを持った吉川がいた。
「一応うら若い娘さんなんだから、男の子をむいたりしちゃいけません。はいはい、手当てするからどいて」
そう言って、まだ有川のシャツを握っていた加奈を脇にどける。
「叶…」
「脇で見学してなさい」
「私がやる!」
「加奈ちゃん不器用でしょう。怪我を余計ひどくしたらどうするの」
一瞬言葉につまる加奈。神崎の言うとおりである。
しかし、それで引き下がるわけにもいかなかった。
「で、でも結局は私のせいなんだから……」
それを遮って神崎が口を開く。
すでに有川を座らせ、救急箱を開いていた。
「加奈ちゃんはさっさと体拭いて。……それに脇で見てたほうが、思う存分響ちゃんの体堪能できるよ?」
「………」
引き下がるしかなかった。吉川からタオルを受け取り、大人しく後ろに下がった。

「災難だったねー。はい、シャツ脱いでくれる」
椅子に座った有川の前に、神崎がかがみこむ。
しかし、少し待っても有川が動く気配がなかった。
「どしたの?どっか痛い」
心配そうに覗き込む神崎。
すぐに有川は顔を横に振る。
「あ、いや、そういうわけじゃない」
「じゃあ、ほら早く脱いで。大丈夫怖くないですよー。何にもしないから。本当本当。なんも恥ずかしくないから」
「きゃ〜、会長なんだかいやらしい〜」
気分を盛り上げるように茶化す神崎に、それに乗る寺西。
そんな2人に、シャツの一番上のボタンに片手をかけたまま、有川は目元を和ませる。少し逡巡した後、手早くボタンをはずしはじめた。
ほのかに日焼けした肌が徐々にあらわになる。
「加奈ちゃんも幹ちゃんもそんなに近寄らない。脱ぎにくいでしょ。踊り子さんには手を触れないようにねー」
気がつくと、すぐそばまで加奈と寺西が迫っていた。
2人とも目に真剣な色が浮かんでいる。
綺麗な筋肉のついた体であることは知っていたが、実際生を見るのは初めてだった。
その強い視線に、思わず脱ぎかけたシャツを合わせる有川。
「ほら、ちょっと離れて2人とも。響ちゃんが怯えてるでしょ。そんな獲物を狙う獣の目をされても困っちゃうよ」
しっしと手を振る神崎。
「ちっ」
「あ、やだ〜。つい〜。ごめんね〜」
1人はあからさまに舌打ちをして、もう1人は悪びれなく笑った。
「もう、困った人たちね。はい、ごめんね。さっさと手当てしちゃおう」
有川は、一瞬また躊躇ってから、今度こそシャツを脱ぎ終える。
傷に障らないよう、慎重に傷の様子を見る神崎。
「んー、それほど深くもないみたいだね。血ももう止まってるし。まったく怪我してる人雨の中走らせたりしちゃだめだよ、加奈ちゃん」
そう言いながらてきぱきと治療器具を用意していく。
言われた加奈は、あからさまに意気消沈する。
「そっか…。そうだよね……ごめんなさい」
「お前って本当、有川にだけは素直なのな」
横で口をはさむ吉川にはエルボーを食らわせた。
有川はなんでもないように、目元をやわらげたまま口をひらく。
「気にするな」
それでもしゅんとしたままの加奈。
けれど、これ以上謝るのもなんだか卑怯な気がしないでもない。
有川が、怒るはずもないのだから。
「だめよ〜、響ちゃん。鉄は熱い内にうたなくちゃ!加奈ちゃんたらすぐ忘れちゃうんだから〜」
また余計な口をはさむ外野に、手元のタオルを投げつける。
よけられた。
「響ちゃん、これは大丈夫?」
その時、神崎が包帯を巻きながら心配そうに有川に尋ねているのが聞こえた。
「な、なに!?他に怪我があったの!?」
慌てて、有川の体をもう一度じっくり見る。

有川の綺麗な体は傷だらけだった。

「……あいつらー!!!!あれだけじゃ足りなかったわ!半殺し、いや四半殺しぐらいは!生徒証抜き取っといたから身元は割れてんのよ!」
あっという間に沸騰した加奈は、素早い動きで玄関に向かおうとする。
「やめろ馬鹿」
「だめよ〜」
その行動が分かっていた様に絶妙なタイミングで止める寺西と吉川。
「止めないでよ!私の有川に、私の有川の体にー!!!!」
首根っこをつかまれたまま、じたばたと暴れる加奈。
包帯を巻き終えた神崎が、そんな加奈の頭を軽く叩いた。
「はい落ち着いて。ごめん、俺の勘違い。さっきの怪我じゃない」
「えっ!」
そう言われ、また踵を返し有川の前に行く。改めてまじまじと見る。
「本当だ…」

有川の体は、確かに傷だらけだった。
しかしその傷はどれも古いものである。
すでにふさがり、長い年月の経っているものだった。
消えかけ、目を凝らさないと見えなくなっているものもある。
その多くは小さな傷だった。上半身から腕の付け根にかけて多い。
中には火傷のようなものもある。
そして一際目を引くのは、脇腹の大きな傷跡だった。
縫合された跡がある。

「これ……」
加奈が自分が痛そうな顔をして、脇腹の傷にそっと触れる。
「昔の事故の傷だ」
有川は何でもないように言った。

そういえば吉川が言っていた。
有川の髪が白いのは、昔事故にあったせいだ、と。
それは、どれだけのショックだったのだろう。
加奈に想像できない。

「痛かった?」
別にそうすれば直るというわけでもないのに、加奈は優しくその傷をなぞった。
「よく覚えてない。だから別に気にしていない。だから…泣かないでいい」
そう言って、有川は自分の前にしゃがみこむ加奈の頬をぬぐった。
柔らかな仕草だった。
「え!?」
慌てて、自分の頬を押さえる。
確かに少しではあるが、濡れていた。
「え、え、え!?」

なぜ、涙が出たか分からなかった。別に同情したりしたつもりはなかった。
有川がかわいそう、とは思わなかった。
ただこの綺麗な体についた傷が、哀しかった。
綺麗な髪の色が、哀しかった。
有川の意思とは関係のない処にある跡が、哀しかった。

「ありがとう」
そう言って、自分の前の小さな頭をぽんぽんと軽く撫でる。
「え?え?なんで?」
「心配してくれたんだろう?ありがとう」
そう言って見上げた加奈に微笑みかけた。
その笑みに、毎度のことながら見惚れる加奈。
「え、うん。そうかな?そうなのかな」
「加奈は本当にいい奴なんだな。友達想いだ」
もう一回頭を撫でる。
加奈は泣いていたことも忘れて、ほわほわとした温かい気分となった。
温かいけど、胸が痛かった。

「はいは〜い、らぶらぶなところ悪いんだけど〜、忘れないで〜私達〜」
「無粋ですね、寺西先輩」
加奈は、そこでようやく残りの三人の存在を思い出した。
「馬鹿!邪魔すんじゃないわよ!いいところだったのに!」
泣いていた照れ隠しもあり、なんとも言えない空気もあり、……うまく言葉の出ないこともあり、少々ほっとしながらいつもどおり憎まれ口を叩く。
「まったく最近の若い人は。ここでラブシーンされてもねえ」
「ね〜」
はしたいないわね、などと言い合う神崎と寺西。
「うっさい!邪魔者は邪魔者らしく黙って立ち去りなさいよ!」
「ここ俺の部屋だし」
「知らないわよ!」
ちゃっかり有川の膝にもたれかかったままの加奈。
その温かさと、しっかりとした筋肉の感触が離れがたかった。
「そういえばさ」
吉川が言い争いを続ける、と言っても加奈が一方的にどなっているだけだが、人間を無視して思い出した、と言うように口を開く。
「有川ってさ、よく貴島が友達想いとか、いい奴って言ってるけど、本当にそう思ってるの?」
「?」
質問の意図が分からず首を傾げる有川。
「いや、本当に友達と思ってるの?」
「……違うのか?」
「違うかな」
ばっさりと切る吉川。
有川は、眉を少し下げ、悲しそうな顔をした。
もっともほんの少しの変化だったが。
「……友達じゃないのか」
声が沈んでいる。
有川が何か誤解したことに気づき、慌てて吉川が解こうとした。
が、先に有川の膝にもたれかかっていた加奈が動いた。
「そうよ!友達じゃないわよ!」
「……そうか」
顔を伏せる有川。
「いえ、そうじゃないわね。私は友達じゃなくなりたいの!ていうか本当に気づいてないとは思わなかった。鈍いわね!いつか騙されるわよ!」
なぜか逆ギレ。
悲しそうな雰囲気のまま、首を傾げる有川。
そんな有川のあごを、身を乗り出して掴み上に上げさせる。
まっすぐと見つめた。有川も見つめ返してくる。
「あのね、今まで優しくしたのも、世話焼いたのも、あんたが好きだからなの!」
「俺だって加奈が好きだ」
首をかしげたまま、すぐに返す。
加奈は一瞬言葉につまった。けれど首をふってその言葉を振り払う。
「そうじゃないの!友達になりたいわけじゃないの!下心があるの!そりゃもう醜い欲望があるの!あんたと手つなぎたいとか触りたいとかちゅーしたいとか…」
「加奈ちゃん、そこまでね」
「あ、そうね。そう、そういうことなの!もう大好きなの!友達とかじゃないの!だから優しくしてあわよくば好きになってもらおうって下心なの!」
真剣に力説する加奈。有川はますます不思議そうにしている。
「…つまり?」
「あーもう、鈍いわね!私はね、あんたと付き合いたいの!」
「どこまで?」
「てそんなベタボケはいらないわよ、叶!いい、有川!私は恋人になりたいの!あんたの彼女になりたいの!ステディ!イロ!」
そこまで言い切って肩で息をする加奈。
圧倒されたように黙り込む有川。目が丸くなる。
「……」
「有川?」
目を覗き込む加奈。
しばらく待つと、みるみるうちに有川の顔が赤くなっていく。
5秒ほどでリビングのソファーぐらい真っ赤となった。
「え、と、その、あの……」
と言ったまま、固まった。
前を向いてはいるが、加奈を素通りしてどこか遠くを見ている。
「やだ、本当に気づいてなかったのね〜」
「響ちゃん純粋培養だしね。かわいいー」
「おい、固まったまま動かないぞ」
つんつんと頬をつつく吉川。
残りの2人も目の前で手をひらひらとさせてり、体をぺたぺたと触る。
「ホントだ。完全にフリーズしちゃってるね」
「やだ〜触りたい放題〜!!」
嬉しそうに更に大胆に触る寺西。
その手が下半身に及ぼうとした時、加奈がその手を叩き落とした。
「触るんじゃないわよ!これは私の!私の筋肉!」
そのままがばりと有川に抱きついてガードする。
「けち〜、いいじゃない、減るもんじゃないし〜」
「減る!めっちゃ減る!絶対減る!」
ぎゅーと、力をこめる。
「おい、首入ってるぞ。落ちるぞ、有川」
「え!?」
慌てて飛びのく加奈。
解放された有川は窒息寸前で、顔を病的なまでに赤くしていた。
「あ、ちょっと有川!?大丈夫!?」
頬をぺちぺちと叩く。
そこでようやく有川の目の焦点が戻る。
「あ、うん、大丈夫だ、うん」
何度も頷く。
加奈は唇を噛んだ後、肩から力を抜いて深いため息をついた。
「有川!」
「は、はい…」
「いい!別に今どうこうしようとは考えてないわよ!まあ隙あらばあんなことしようとか、こんなことしようとか考えてるけどね!」
「加奈ちゃんそんな正直な告白はいいから」
冷静なつっこみを入れる神崎。
「そうね、いい?だからね、今は自然体にしてていいから。徐々にでいいのよ。まあ、そうね……お約束だけど、友達からでいいから。今はね!」
「あ、うん……分かった…うん」
まだいまいち要領を得ないようだが、とりあえず頷く有川。
表情は無表情のままだ。
「まったく本当に鈍いから、思わず本当のこと言っちゃったじゃない!まるでこっちが騙したみたいな気になってくるし」
有川の顎を掴んでいた手を離し、また床にぺたりと座る。
「まあ、加奈ちゃん基本的にガチンコ勝負好きだしね。その割にはセコイたくらみとかするけど」
「うっさいわよ」
神崎をにらみつける。
ようやく現実に戻ってきた有川が、自分の足元にいる加奈を見つめた。
「えっと…その、俺が…好き……だとして、なんで…?」
あまりしゃべらないが、しゃべるときははっきりしゃべる有川が、しどろもどろになっている。けれど顔は無表情。
加奈にはそんな有川が、微笑ましく思えた。
今にも抱きつきたくなった。
「最初はまあ、助けてくれた時に。勘違いだったけど。そして筋肉。それから性格。はっきり言えって言われても分からないわよ。好きなもんは好きなの!大好きなの!今はボルテージ最高潮。たとえあんたの足が臭かろうと、水虫があろうとそれも含めて好きになる自信あるわよ!」
「……いや、水虫はないけど」
「深い愛だわ〜加奈ちゃん。感動した!」
「うんうん、大人になったね、加奈ちゃん」
「……もう、いいよ、なんでも」
それぞれの反応を見せる面々。
有川は少し困ったように目を伏せると、今度は胸元に手をやった。
今まで気づかなかったが、有川の首から金色のチェーンがかかっていた。
そのチェーンについている何かを握っているようだ。
「……でも、俺はそんなにしゃべならないし、楽しいわけでもない。これからイヤになるかもしれないし」
加奈はまた膝立ちになり、身を乗り出す。
びしっと有川の鼻先に指をつきつけた。
「知らないわよ、そんなの。大事なのは今よ、今。あたしはあんたが好きなの!必要以上にしゃべないのも好きだし、真面目なのも好きだし、あんたと話してるのは楽しいわよ。嫌いとか考えられないの!」
「でも……」
「男がでもとか言うんじゃない!ぐだぐだうるさい!それはその時考えればいいのよ!私は今を生きるの!」
鼻先につきつけられた指を見て、目を丸くする有川。
胸元を握っている手に力をこめた。
いつもよりもずっと真剣な目をして、加奈の目から視線をはなさない。
「それじゃ…、俺が加奈をそういう意味で好きになれなかったら…?」
今度は加奈が目を丸くした。
しかし、すぐに不敵な笑いを浮かべる。
有川よりも下の位置いるくせに、顎を持ち上げ見下ろす格好。
「そんなことありえないわね!私が落とすって言ったら落とすのよ!そうとわかったら覚悟きめて根性すえなさい!」
そして鼻で笑った。
辺りに沈黙が落ちる。



誰かが、耐え切れないように噴出した。
そのまま声を上げて笑う。
有川だった。
「はははは!はっ、面白いな、やっぱり加奈は。ははは!」
腹を抱えて体をゆすって、笑っていた。涙まで流している。
本当に楽しそうに、愉快そうに。
その間、他の4人は呆然と見ていた。
有川がこんなに笑うのは初めてだった。
しかししばらくして、徐々に驚きから感情がシフトしていく。
楽しい感情へと。
「……くっ」
最初に神崎が声を漏らした。
「あっはははは、加奈ちゃんこわーい!蛇女って感じ!」
「ホント〜、地雷女〜!むしろ脅迫〜!」
つられるように寺西も笑う。有川以上にでかい声だった。
吉川も肩を震わせている。
「な、なによ、あんたたち!」
いきなり笑い始めた周りを見渡して、心外そうに眉をしかめる。
「ふふふ〜、だって〜!」
ねえ、と周りに同意を求める寺西。
頷く3人。
最初はむっとしていた加奈だったが、徐々に表情が崩れる。
「まったく失礼な奴ら!」
そう言いながら、本人も笑っていた。
神崎の、防音がしっかりしているはずの3LDKの部屋は、近所から苦情がきそうなほどの笑い声で包まれた。


*



最初に笑いが収まった有川は、あらためて加奈と目をあわす。
「俺は、まだそういう感情が分からないけど、その、…友達からでお願いします」
柔らかい笑みを浮かんでいた。
「まあ、今のとこはそれで勘弁してあげる!」
偉そうに仁王立ちする加奈。
それでも嬉しそうに頬は緩んでいる。
「だらしねえ顔」
相変わらずの吉川のいらない一言。
回し蹴りをいれた。



皆の笑いはおさまったが、それでもまだくすぐったい空気が部屋を漂っている。
そんな中、加奈がまたぺたりと有川の前に座り込んだ。
「ね、有川?それ何?」
さっきから気になっていた有川の胸元を指差す。
綺麗にまかれた包帯の上。首から下がっているチェーンについている何か。
有川はそれを右手で持ち上げる。
「これ?」
頷いた。

天井の明るいライトの光で反射する金色の小さな輪。
割と細めの、おそらく金で出来ている台。
石が3つはめ込まれている。
そのすぐ脇で、台にねじりが入っていた。
一番目立つのは、米粒ぐらいの明るい緑をした石。
並んで、小さなダイヤが2個ついていた。
シンプルな、飾り気のない指輪だった。
有川の大きな手には、はまりそうにないぐらい小さい。

有川が柔らかい表情でその指輪をなぞる。
「これは、お守り」
「お守り?」
頷いた。指輪を見つめる目は、優しい。
「昔、もらった。怖いことから守ってくれるように、と」
「へー、お守りなんだ。そいえば宝石ってお守りになるんだっけ?」
マジマジと見る加奈。
明るい黄色がかった緑は、ライトの下でとても輝いていた。
「確か、色々意味あったりするんだよね?」
神崎も興味深げに見つめる。
「綺麗な、緑色〜?でもエメラルドじゃないよね〜?そんな濃い緑じゃないし〜」
寺西も触れるか触れないかの位置に、手を伸ばしている。
「これ何の石なの?」
有川は首を傾げる。
「さあ」
「さあって!」
「……忘れた」
ちょっと困ったように眉を下げる。
そんなところもかわいいと思ってしまう加奈。
「加奈ちゃん分からないの〜?一応お嬢様なんだし〜持ってないの〜?」
「うちの親は宝石欲しけりゃ自分で買えって言うわよ」
皆で謎の石を見つめる。
そんな中、吉川が一つため息をついて指輪に手を伸ばした。
「見せてもらってもいい?」
「ああ」
大人しく首からはずし、吉川の手に乗せた。
そっと指でつまむと、光に当て、しげしげと見た。
「これは…、ペリドットだな」
『ペリドット?』
4人の声がそろう。
「8月の誕生石。そこまで高い石じゃない。けど、これは小粒だけどいい石だな。綺麗なライムグリーンしてるし。夜に輝く石だから、夜会用とかによく使われる」
そう言って、指輪の裏を見る。
「店の名前は入ってないな。文字も。でも土台は24金だし、取り巻きのダイヤも質がいい。シンプルだけど、いい指輪だ」
そう言ってそっと丁寧に有川の手に戻す。
有川は大事そうにその指輪を握りこむ。
「それ、サイズ直して自分ではつけないのか?男性用でもいけると思うけど」
ちょっと考えてから、首を横にふった。
「……いや、もらった時のままにしておきたいから。ありがとう」
ゆっくりと首につける。
真っ白い包帯の上で、きらきらと輝いた。
「さっすがヨッシー!宝石屋の息子!」
「そういえばあんたYOSHIKAWAの息子だったわね。貧乏臭いから忘れてた」
「すっご〜いヨッシー宝石に詳しい男子高校生、いやらしい〜!」
「うるさいですよ、知識のない人たち」
外野のからかいに、顔をしかめる。
全員にこづかれた。

加奈はもう一度その指輪を見て、そっと触れた。
「ふーん、ペリドットかー。綺麗な石だね」
「ああ」
有川は嬉しそうに頷いた。
本当に、大事にしているらしい。
なんとなく、ちょっとむかつく。
憮然としていると有川が、胸元の石を触っている加奈の指に触れた。
突然の行為に心臓が跳ね上がった。
「加奈」
「は、はい!?」
「怪我してる」
見ると、指に少し傷がついていた。
さっきの大立ち回りの時のものだろう。
すでに血は止まっていて、固まって指にこびりついている。
「あ、ごめん!汚しちゃう!」
慌てて手を引こうとする。
しかし、掴んでいる有川は思いのほか強い力で拘束していた。
「そうじゃない、早く手当を」
「ああ、これくらい平気平気」
心配してくれたのが嬉しくて、にっこりと笑いながら手を振ろうとする加奈。
その時、怪我をしていた右手の人差し指が温かいものに包まれた。

………温かくて湿っているもの。
有川の口だ。

………。
時間が止まった一時の後、加奈は後ろにそのままの姿勢で倒れた。
思いっきり頭から落ち、ものすごい音がした。

「きゃ〜加奈ちゃんが倒れちゃった〜!!」
「あー、幸せそうな顔でのびてるねー」
「……はあ」



歓迎会は、いまだ始まりを見せなかった。





BACK   TOP   Epilogue