その日、学校から帰ってきて、部屋に入った。
しかし、いつも駆け寄ってくるあいつがいなかった。
あいつは、俺が帰ってくるまで部屋でいつも待っていた。
そして帰ってくると嬉しそうに飛びついてくる。
俺はそれを抱きとめる。

不思議に思って、辺りを探す。
狭い部屋の中、隠れるところなんてない。
そんなこと今までなかったが、もしかして庭で遊んでいるのかと思った。
かすかに、ざわざわとするものを感じながら。
庭を駆け回っていると、小さくあいつの声がした。
悲しそうな、小さくか弱い声。
気のせいかもしれないほど、か細い声。

ざわりと、全身が総毛立った。

焦って、何度も転びそうになりながら茂みをかけ回る。
顔や腕をひっかけても、気にならない。
ただ、あいつの顔が見たかった。
間抜けで不細工で貧相な顔が、早く見たかった。
気持ちがはやって、足がもつれる。

もう一度、あいつの声が聞こえた気がした。
近い。

その茂みの向こうは、少し開けた場所がある。
きっとそこで遊んでいるのだろう。
きっと、そうだ。
動悸の静まらない胸を押さえて茂みをかき分ける。

変な、匂いがする。
嗅ぎ慣れた、鉄くささ。
そして、嗅いだ事のない生臭さ。

違う、違う違う違う。
そんなはずはない。
そんな訳はない。

けれど。
小さな期待を打ち砕かれて。

そこにあったのは。
あいつだった。


モノ。


ソレは俺の知っている、貧相な犬ではなかった。
犬の形をしていなかった。

内臓が見えるほどに、腹が裂けていた。
そこから、中身が出てきていた。
顔が分からなくなるほど、砕けていた。
耳が引きちぎられ、目が抉られていた。

茶色い体は、どす黒く染まっていた。
赤くて黒いものが池のように、そいつの周りに溜まっている。

ソレがなんだか、わからなかった。

いや、分かってはいた。
でも信じたくなかった。

俺の顔を見て、うれしそうに鳴くあいつ。
殴られそうになって、おびえるあいつ。
俺が泣くと、涙を拭ってくれた。
俺が嬉しいと飛び跳ねて喜んだ。

まだ、息があったのか、かすかに息が漏れるような音がソレから出た。
俺は急いで駆け寄る。
すると、ソレは、くぅんと、小さく鳴いて、俺の手を舐める。
いつものように、手を舐めた。
そして、動かなくなった。

「……………おい」

俺はそれを抱きしめる。
いつもはそうすると喜んで、俺の顔を舐め回した。
汚いからやめろといっても、そいつは嬉しそうに舐め続ける。

なのに、動かない。
噎せ返るような生臭い匂いがする。
ぼとりと、膝の上にそいつの部品が落ちる。
ぬめぬめとして温かい。
あいつが舐めてくれる時のように、湿っていて、温かい。

そう、温かい。
まだ、温かいのに。
こんなにも温かいのに。

それなのに、動かない。

「な、んで、ダメだ、こんなのダメだ。違う、嘘だ」

部品が、取れてしまう。
温かさがなくなってしまう。
俺は必死に、部品をかき集めて、くっつけようとする。
抱きしめて自分の体温で温める。
それなのに、俺の冷たい体温では、こいつに熱が戻らない。

どうして、どうしてどうしてどうして。

名前を決めたのに。
これからもずっと一緒だったはずなのに。
こいつさえいれば、よかったのに。

「い、やだ。いやだいやだいやだいやだ。いやだああ!!!」

必死で抱きしめる。
そうすればあいつが戻ってきてくれると思って。
必死に祈る。
今まで信じたことのない神とやらに、祈る。
けれど、腕の中のものは、動かない。

「あ、う、わああああああああああああ!!!!!!!」

喉から振り絞るように、俺は叫んだ。
強い強い感情で、目の前が赤く染まる。
そうしないと、壊れてしまうと思った。
俺が、バラバラになってしまうと思った。

涙が溢れてくる。
分からない。
どうしてこんなことに。
なぜ。
どうして。

いや、わかっている。
分かっているだろう。

あいつらが、こいつに興味を示さないはずがなかっただろう。
俺をものをとりあげ、壊すことを楽しみにしていた奴らだっただろう。
なら、なぜ、見逃していた。
誰やったのか。
なぜやったのか。

全て分かっているだろう。

全部分かっている。
全部分かっていた。

なら、なぜ何もしなかった。
こうなることは、分からなかったはずないだろう。

ああ、悪いのは。
全て悪かったのは。

悪かったのは、弱かった、俺。






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