どんなに部品をかき集めても。
どんなに祈っても。
どんなに温めても、犬はもう動かなかった。

冷たく硬くなった犬を抱いたままどれくらいそうしていただろう。
いっそ、このまま、俺も冷たく硬くなってしまえばいいと思った。
けれど、ぼんやりと、兄や弟の笑う顔が浮かんだ。

死んだら、何にもならない。
神がいると思ったことはない。
なら、天国なんてものがあるはずがない。

だから、死んだらただの無だ。
腕の中にあるコレは、あいつだったモノ。
もう、あいつではない。
モノ、だ。

俺も同じように冷たくなったら、どうなるんだろう。
きっと、何にもならない。
モノになるだけだ。
犬と出会う前の、モノになるだけだ。
あいつにせっかくもらったものが、すべてなくなるだけだ。
モノに戻る。

そうしたら、どうなるだろうか。
考えて自然、笑う。

ただ、喜ぶ奴らがいるだけだ。

だから、立ちあがった。
こうしていても、犬はもう戻らない。
これは、モノだ。
そして、俺はモノには、戻らない。
あいつらの喜ぶことを、これから一切する気はない。

俺は犬だったものを部屋まで持ってきた。
布団の上に、その肉塊を置く。

そして、木刀を取り出した。
武道は、体術も剣術も教え込まれていた。
才能があると言われていた。
そんなのはどうでもよかった。
ただ、体を動かすのも、人を傷つける業を習うのも嫌いではなかった。
それすらも兄弟には癇に障ったようだが。

どうでもよかったが、今は感謝した。
才能があってよかった。
自然と笑いがこぼれた。
これを振るうと思うと、気分が高揚した。

あいつらが、どこにいるかは大体分かっていた。
同じ女の腹から生まれたくせに、あいつらは仲が悪くいつもバラバラだ。
俺を嬲る時だけ、仲が良くなった。
どこまでも、くだらない奴ら。
そんな奴らのために、あいつはいなくなった。

息を潜めていなければ、生きていけないと思っていた。
だが、その結果がどうだ。
おもちゃとして扱われ、あいつを失った。
俺のちっぽけな保身のせいで、あいつをモノにしてしまった。
全ては俺の弱さ。

俺は餌をもらって飼われなきゃいけない犬ではない。
そんな上等な存在じゃない。
犬以下の存在だ。
犬以下の存在が、安住なんて求める方が馬鹿だった。
血を啜ってでも、あいつらの腸を食い破ってでも、生きて見せればよかった。
息を潜めるよりも、この牙であいつらを喰い殺せばよかった。
そのために必要なものは、俺は全て持っている。

さあ、喰らい尽くしてやる。

俺は、犬以下の存在だ。
あいつも同じだった。
飼い主に捨てられた、価値のないもの。
はじめての同類。
でも、あいつと出会って、俺はきっと初めて、ナニかになれた。
モノではない、ナニ、かに。

けれどこれで、俺はまた犬以下だ。

犬以下の俺は、人の常識なんて知らない。
餌なんていらない。
眠る場所なんて、必要ない。

なんで、こんなことに気付かなかった。
今となってはその浅はかさに反吐が出る。
それで、あの馬鹿どもが調子に乗った。

ああ、俺が一番馬鹿だった。
こんな俺に飼われたことこそが、あいつの最大の不幸。

お前を持ってこなければ、お前はもしかしたら幸せになれたのかもしれない。
後悔の念が身を焼く。
俺は兄達や弟の言うように、生まれてこなければよかったんだ。
お前を不幸にすることしかできなかった。

でも、死なない。
生きたからには、死ぬつもりはない。
モノになって、あいつらを喜ばせるつもりはない。

お前の元へ行けるなら、死んでもいい。
もう一度、お前に会えるなら、死んでもいいんだ。
けれどきっと、そんなことはない。
死んだら、モノになるだけだ。

だから、まだ死なない。
それにやることが、ある。
それまでは、死なない。

ガードが一番強いのは長兄。
父の跡取りとしてボディガードが付いているから、隙を狙わなければいけない。
家の中なら比較的ガードは緩い。
そして、最大の隙は、あいつが俺を嬲る時。

そうだ、それがいい。
俺を嬲る時は、あいつらがみんな一緒になる。
その時でいい。

あいつらの命なんて、犬の半分の価値もないが、3人だったらそれなりに墓前の花ぐらいにはなるだろう。
薄汚くて、飾りたくもないが。

あいつらはきっと俺の様子を見に来るだろう。
可愛がっていた犬を殺されて、絶望に浸る弟を見に来るだろう。
あいつらはいつも無反応な俺が、泣き叫ぶ姿が見たいのだろう。

早く、来い。

こんなに気分が高揚するのは、初めてだ。
わくわくして、身が震えた。

早く、来い。

この牙もこの爪も、今はすべてお前らのためにある。
犬以下のケダモノは、ケダモノらしく、お前らを喰らってやる。






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