「いやだ、やだ、やめろ!!」 「ほら、少し黙れよ」 「うるさい!!」 暴れて男の堅い体を押しのけようと、手をつっぱる。 しかし圧し掛かる男はビクともせず、淡々と俺の体に手を這わす。 「やめろ!触るな!」 「触るなと言われたら余計に触りたくなるもんだよな」 「こ、のっ、こんなことして、どうなると思って」 「どうなるの?」 シャツが引っ張り出され、冷たい手が入り込んでくる。 先ほど殴られたところを確かめるように、やんわりと撫でられる。 冷たい感触と嫌悪に、ゾクゾクと背筋に寒気が走る。 「………っ」 「どうなるんだ、ねえ?お前の大事な『瑞樹』に言う?犯されたから助けて瑞樹!って」 「こ、の………っ!」 酷薄な唇を歪めて楽しげに覗きこんでくる。 屈辱で、顔が熱くなり涙が滲んでくる。 俺は涙腺が弱く、怒りでも悲しみでも喜びでも、感情が高ぶると涙が溢れる。 それが情けなくて、本当に嫌だった。 どこまでも弱く情けない自分が、大嫌いだ。 言えるわけない。 こんな、こんな男にあっさりと負けて好きにされているなんて。 また情けなさを露呈してしまう。 自らも強く、そして人にもそうある事を望む瑞樹に、軽蔑されてしまう。 瑞樹の手を煩わさなくていいぐらい、強くなったつもりだったのに。 「だれが、言うか!」 渾身の力で膝で押さえられた足を抜きだし、男を蹴りつけようとする。 「おっと」 しかしやはり、子供をあしらうように軽々と再度押さえつけられる。 太ももを押さえつけた手をそのままが意図をもって動き出す。 気持ち悪くて、吐き気がする。 なんだ、この男は。 一体、何をしようとしているんだ。 「ひっ」 「暴れるだけ無駄だからやめておけ。むしろ、燃える」 「この、変態!やめろ!」 今度は足を押さえつけてるせいでガードの緩んだ上半身を戒めから解こうと暴れる。 するとわずかに口角をあげた男が、足を押さえていた手を移動させる。 「あっ」 男はズボンの上から形を確かめるようになぞりあげる。 嫌悪感に身をよじると、ぎゅっとそこを握られた。 急所を捕まられた恐怖に身が竦む。 「小さくなっちまったな」 柳瀬が揶揄するように笑いを含んだ声で手に力を入れる。 全身が震えて恐怖に体が冷たくなる。 かすかに震える俺に、柳瀬は苦笑した。 「大丈夫だ、痛いことはしない。俺は桜川みたいな趣味はないからな」 「み、ずきをお前なんかと、一緒にするな」 「こんな時まで瑞樹第一か」 男の手の動きは予想と違い、手荒さはなく丁寧だ。 けれど俺のそれは反応を返したりしない。 当たり前だ。 感じるのはただ嫌悪と恐怖だけ。 大きくなるどころか、小さくなる一方で悪寒で体が震えるくらいだ。 「強情だな」 「こんなのっ」 すると、言うことを聞かない俺をたしなめるように唇を重ねてくる。 驚いて咄嗟に押しのけようとするが、体ごと覆いかぶられ少しも動けなくなる。 「んっ、んん」 重ねるだけの口づけを何度かされる。 口を引き結んで、嫌悪感に耐えた。 しかし男は気にせず、何度も何度も唇を押しつける。 ちゅ、ちゅとかわらいらしい音をたて、頬や額にもキスをさせる。 その間にも大きく硬い手が、優しく髪や頬や肩を宥めるように撫でる。 性的な意味合いは感じずに、まるで小さい子を褒めるような柔らかい慰撫。 「ん、あ」 根気よくキスをして、冷たい手が優しく落ち着かせるように這う。 何度も何度も繰り返され、気持ち悪さに眩暈がする。 ずっと閉じていたせいで息が苦しくて、つい口を開いてしまう。 すると、待っていたかのように舌が入り込んできた。 「ふ、ぁ」 ぬるりとした感触の生ぬるいものが、生き物のように口の中を這いずり回る。 そのぬるぬるとしたヒルのように動く生き物のような物体が、気持ち悪くて目尻に涙が浮かぶ。 気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い。 吐き気がする。 俺は嫌悪感に耐えながら、しかし何もできずされるがままになっていた。 噛みつけばいいのだと思い当たったのは、ずいぶんと後だった。 ただ、男の舌の動きに翻弄される。 柳瀬は焦ることはなく、相変わらず優しく髪や頬を撫でながら丁寧に丁寧に俺の中を探る。 「んぅ、ん、ふ」 息が苦しくてむずがるように口を離すと、鼻に抜けるような声が漏れ出る。 自分の出した声なのかと驚き、再度体を固くする。 するとそれに気づき、柳瀬が再度キスを深くし、宥めるために体を撫でる。 歯列をなぞられ、上顎を舐められるとむず痒くて、ぞくぞくと、嫌悪とは違う感覚が背筋を走りぬける。 何度か我に返り、その度に暴れようとするが、柳瀬は辛抱強く何度も何度もキスと柔らかな慰撫を繰り返す。 なぜか、体から、力が抜けていく。 同性の、しかもこんな男に触れられるなんて嫌悪感しか感じないはずなのに、頭がぐらぐらとして、何も考えられなくなっていく。 酸欠の苦しさと、訳の分からない感覚に涙が滲み、体は板張りの床に沈み込むように重い。 息があがり、浅い呼吸を繰り返していると、男の手が再度下腹部に向かった。 「ああ、緊張がとけたみたいだな」 「え」 男が服の上から手の甲でそれをなぞりあげると、びりびりと電流が走った。 腰が刺激に跳ね、体が動く。 「あっ」 それは、緩く勃ち上がっていた。 触られてないのに、いつのまにかそれは快感を示している。 「え、な、なんで」 「そりゃ、気持ちいいからだろ」 動揺して上ずった声を上げる俺とは対照的に、柳瀬は冷静に告げる。 そして、服の上からゆったりと手を動かし始めた。 そんな間接的な動きでも、俺の腰は重くなり始める。 「あ、あ、あ、や、やだ」 「やだ、じゃないだろ、いい、だ」 「やっ、やだ」 「ほら、感じろよ」 男のゆるい動きに、見る見るうちに芯を持ち始め、硬くなっていく。 その反応が恐ろしくて、俺は目の前の白いシャツをすがるように掴んだ。 くっと、小さく笑い声が聞こえたような気がする。 「ああ、服が汚れちまうな」 「………っ」 そんな声とともに、ジッパーが下される。 冷たい手が、下着の下に入り込んでくる。 ぬるりと濡れた感触に、怖くて堪らなくなる。 「い、いやだ、や、やだ」 「やだしか言えないのか、お前は」 「やだ、やだ、だめ」 堅い手が触れると、そこはじっとりと湿っていた。 すでにすっかり勃ちあがり、ひくひくと先端の穴は震えている。 零れてきた滴を塗り込めるように、男の手がいたずらに動く。 くちゃりと、ねばついた音がした。 「やめて!!」 恐怖が頂点に達して、俺は服の中に入り込んだ手を止めようとする。 しかしやはり片手で難なく抵抗を封じられ、水音を立てて巧みに弄ばれる。 背筋に走るぞわぞわとした感覚。 体が自分のものとではないように、動かせない。 腰が跳ねて、涙が自然と流れる。 怖い。 怖い怖い怖い怖い。 いやだ、汚い。 怖い。 「や、やだ、汚い汚い汚い、やだ、やめて」 「………おい、雨宮?」 「お願い、やだ、お願い、汚い汚い汚い。汚れる」 柳瀬の少し驚いたような声に、気づくこともできない。 怖くて怖くて、たまらない。 こんなことはしてはいけないのだ。 これは汚いこと。 また、あの蔑まれた眼で見られてしまう。 嫌だ、怖い。 「落ち着け、雨宮」 「お願い、ねえ、やめて。お願いお願い」 「雨宮、大丈夫だ。雨宮」 「やだ、やだやだやだ、やめろ。やめて」 「秀一」 名前を呼ばれ、一瞬頭が真っ白になる。 動きが止まった隙に、もう一度キスが落とされる。 ちゅ、と音をたてる子供にするようなかわいらしいキス。 何回も何回も、俺が黙り込むまでキスを落とされる。 「や」 顔をふりほどいて避けようとしても、キスは執拗に追ってくる。 口をふさがれ、俺は黙り込んでしまう。 酷薄そうな薄い唇は、手と違って熱い。 「大丈夫だ、ほらイってみろ」 落ち着いたのが分かったのか、再び手の動きを速める。 皮を下ろされるぴりぴりした痛み。 普段覆われてる場所を、他人の武骨な手で触られるのは強すぎる刺激だった。 ぼろぼろと涙が出てくる。 自分で触ることなんてほとんどない。 だって、これは汚いこと。 時に興奮を覚えても鎮まるまで我慢している。 たまに朝、下着を汚して、自己嫌悪に陥ることが常だ。 怖い怖い怖い。 「やだ、怖い、怖い怖い、やだ、やめて」 「怖くない。俺がいるだろ」 「や、ねえ、お願い、やめて」 「大丈夫、大丈夫だ秀一、さあイって」 「あああああ!」 手が鈴口をぐじって、もう片方の手はむき出しの足を撫でている。 耳元に熱い吐息が吹きこまれ頭の中が侵され、俺は大きく背を仰け反らす。 馴れていない体は、簡単に男の思うどおりに導かれる。 「ひぃっ、く、う、あ………」 涙腺が壊れたように、涙が溢れてくる。 感覚も感情も閾値を越えて、壊れてしまったかのようだ。 男が動くことで起こるわずかな風でも、体がびくびくと震える。 頭の中が真っ白に飽和して、様々な感情が浮かんでは消えていく。 「すごい、濃いな。ほとんど剥けてないしピンクだし、恥垢で汚れてるし、お前オナニーもほとんどしないのか」 自分の手の中に吐き出された汚らしい液体を見て、淡々とそんなことを言われる。 からかう様子もなく、ただ事実を告げる感じだ。 でもそんな言葉もどうだっていい。 ただ、その手の中にあるものを直視できない。 「……汚いっ、汚い汚い汚い」 「何が汚いんだ」 これは汚いことだ。 ただ、欲望を吐き出すための、何も生み出さない排泄行為にも劣る薄汚れた行為。 実際、俺はむき出しになった腹を汚し、生臭い匂いが締め切った資料室に立ち込める。 「………だって、こんなの汚い!」 「汚いか?」 「こんな、おれ、汚れてる、こんなことしたら、また怒られる。俺、汚くない」 「誰に、怒られるんだ?」 「…………」 脳裏に冷たい声が、蘇る。 『薄汚いな。さすがあの女の子供だ』 快感に震えていた体が冷たくなって、心臓がきゅと絞られるように竦む。 汚物を見るような目で見下され、切り捨てられる。 「お前の大事な大事な瑞樹だってこんなん腐るほどしてるだろ。ていうかもっと汚いことしてるだろ」 瑞樹。 それは、ただ一つの俺の中の絶対のもの。 瑞樹は汚くない。 汚いはずがない。 瑞樹は綺麗なもの。 それだけが、俺の中にある綺麗なもの。 「違う!瑞樹は綺麗、みずきはきれい。瑞樹は汚くない。瑞樹は………」 「落ちつけ、ほら」 「ん」 絶対のものを否定された気がして、必死に繰り返す俺に鋭い眼を細めて苦笑する。 そしてキスをまた落とされた。 条件反射のように、散り散りになった心が少しだけ元通りになる。 大人しくなった俺を腕の中におさめ、体温の低い男は額にもう一度キスを落とす。 「汚くて、何が悪いんだ?」 「……え」 「綺麗なだけの人間なんて薄気味悪いだろ。汚れていたほうが、楽しい」 「………でも、俺は汚い。役立たずだ」 手も足もこの体も、流れている血も心も、何もかも汚い。 その上役立たずで、足手まとい。 図体だけがでかくなっても、何もできない落ちこぼれ。 けれど男はキスをしながら、睦言のような優しい声で俺に堕ちろと促す。 「もっともっと汚れちまえよ」 「………やっ、やだ。俺、やだ」 「汚れちまえば、楽になれる」 でも、汚い人間は皆から見捨てられる。 母は俺を切り捨て、父と兄は役立たずで汚い俺を蔑む。 瑞樹だって、俺を置いていってしまう。 「や、だ」 「俺は、汚いお前のほうがいい」 「………え」 「汚れて、俺のものになっちまえ。役立たずでもいい、俺が飼ってやるよ」 汚くても、いい。 それは、言われたことのない言葉だ。 こんな汚くて、役立たずの俺でもいいのだろうか。 男の言葉は理解できない。 こんなにひどいことをしながら、俺をますます汚いものにしながら、男はそれでいいと笑う。 理解できない言葉に固まっていると、柳瀬は俺の手をとって口づけた。 「怪我してるな。噛んだのか」 「あ………」 それは、昨日恐怖を打ち消すために噛み切った手の甲。 労わるように、その傷口にキスを落とされる。 俺の弱さを、許すように。 訳も分からず胸が、熱くなった。 急に大人しくなった俺に小さく笑って、男は手の動きを再開させた。 いつのまにかボタンを外されたシャツの中に、手が入り込み、胸の突起を触れられる。 「あっ」 今まで意識したことのない器官は、普段なんともないくせに、なぜか小さな刺激が走る。 広い胸の中で体を跳ねさせた俺に、機嫌良さそうに喉を鳴らす音が耳に響く。 座った柳瀬に向かい合わせで抱きあげられるようにされ、柳瀬が今度は舌で胸を刺激してくる。 「んっ、や、やだ。怖い、やなせ、怖い。汚い」 「怖いなら、縋ってろ」 そう言われて手をとられ、硬い背中にまわすように促される。 俺は恐怖から、必死にその唯一頼れるものにすがる。 「ああっ」 体中に舌を這わせられ、自分のものとは思えない声が上がる。 男が知らないところはないというように、隅々まで暴かれる。 信じられないところまで触れられて、汚くて嫌悪感に恐怖する。 しかし、蒸し暑い室内で温度はさらにあがり、熱に頭が侵される。 「やなせ、やなせ、やめてお願い、汚い。許してお願い」 「何も考えないで、気持ちよくなってろ」 恐怖で体を固くするたびに、キスで宥められた。 ちゅと音を立てるキスをされ、頭をなでられるとなせか力が抜けていく。 頭の中で湯が沸騰しているようにぐらぐらとして熱くて、何も考えられなくなる。 痛みも苦しさも寂しさも、何も考えることができない。 ただ、柳瀬の指と舌によってもたらされる感覚だけがすべてだった。 「はぁ、いや、や!」 「いい子だ。そう、気持ちがいいことだけ考えてろ」 「あ、え?」 「いい子だな」 いい子。 それは瑞樹が言ってくれる言葉だ。 いい子と言って、頭を撫でてくれる。 誰もくれなかった抱擁をくれた、瑞樹。 いい子と、言われるのは好き。 頭をなでられるのも、好き。 キスされて、いい子と言われ、頭をなでられた。 心がほわりと、温かくなる。 撫でている手の持ち主が誰かも忘れて、嬉しくて頬が緩む。 わずかに残っていた緊張が、解けていく。 ゆるゆると、体が感覚を素直に受け入れていく。 もう一度キスを落とされて、体がびくびくと震えた。 高く鼻にかかった泣き声のような声が自然とあがる。 「ふ、ああああ、あ」 「………秀一?」 誰かが、不思議そうに俺の名前を呼ぶ。 名前を呼んでくれている。 もっともっと、呼んで。 もっともっと、褒めて。 「おれ、いい子?ね、おれ、悪い子じゃない?」 「………ああ、いい子だな、秀一、お前はいい子だよ」 「うん、ありがと、あ、やっ」 「やだ、じゃないだろ、いい、だ」 「うん、うん、いい、いいっ、ああ、いい、よ」 素直に告げると、大きな手はもう一度頭を撫でてくれた。 いい子と言って、キスをしてくれる。 優しいキスを何度も何度も落としてくれる。 まるで褒められているようで、嬉しくてたまらなくなる。 体の中に長い指が入り込みかき回されても、もう怖くなかった。 さっきは、汚れているところを指や舌で弄られて、怖くて仕方なかったのに。 受け止めきれない快感でいっぱいになって、頭の中が真っ白になる。 「あ、はぁ、ん!」 「ほら、もっと鳴け。気持ちいいか?」 「うんっ、…っあ、いい、はぁ、ひぅ」 言われるがままに、自分が感じていることをさらけ出す。 導かれるまま声をあげ、大きな背にすがる。 度を過ぎる快感に、背中に爪を立てると薄い唇を持ち上げて笑った。 そして、耳元で何かを告げられる。 「京介だ」 「あ、え?」 「言ってみろ、京介だ」 「あ、きょう、すけ?」 「瑞樹じゃない。お前を抱いているのは京介だ」 耳元で熱い息と一緒に吹きこまれる。 手も体も冷たいのに、息と唇は熱い。 瑞樹じゃないのか。 この手は瑞樹じゃないのか? そういえばそうだ。 瑞樹の手は熱い。 瑞樹の体は熱い。 この手の持ち主は、瑞樹じゃない。 「みずき、じゃない?」 「そうだ、京介だ」 「……きょう、すけ?」 体中が敏感になっていて、どこを触られても声が出る。 熱い息とともに吹き込まれている言葉の意味が、理解できない。 しかし、何度も教え込まれる言葉をオウムのように繰り返すと、優しいキスが落とされた。 「いい子だな、秀一」 「あ、もっと、きょうすけ…」 「ああ、いい子だ」 「きょうすけ」 その言葉を告げると、褒めるようにキスを落とされる。 それが嬉しくて、俺は何度何度もそれを飽きずに繰り返した。 「それじゃ、もっともっと、汚してやるよ」 「あ、え?きょうすけ?」 「大丈夫、怖くない。いい子だ、秀一」 「………うん」 瑞樹のものではない、硬くて大きな背に回した手に、力を入れる。 何をされるか分からないが、きっと大丈夫だ。 この体に掴まっていれば、大丈夫。 もう一度優しいキスが落とされて、カエルのように足を大きく広げられる。 羞恥を感じる暇もなく、熱い塊が体の中に入り込んできた。 体の中を固く凶暴なものがかき回す。 痛みに泣き叫びながらも、優しいキスと手になだめられ必死にそれについていく。 内臓をぐちゃぐちゃにされながら、俺は高みに押し上げられた。 |