宥めるように頭を撫でられ、優しく抱きしめられる。 一月の間に馴染んでしまった、甘い匂い。 この匂いに抱かれて、弄ばれた。 この指で、この匂いで、追い詰められて、辱められ、堕とされた。 羞恥と、屈辱の、匂い。 それなのに、今、俺は黙ってこの男の腕に収まっている。 この匂いに包まれて、雷の恐怖を忘れている。 今置かれている状況に、違和感を覚える。 今までこうして抱きしめてくれるのは、瑞樹だった。 雷の度に、必ず一緒にいてくれた。 ずっと、守ってくれた。 けれど、今一緒にいるのは、この蛇のような男。 柳瀬は特に何をする訳ではなく、俺の髪の毛を弄んでいる。 冷たい唇が、額や、こめかみをなぞる。 性的なものではない、優しい慰撫。 柳瀬はたまにこんな風に、ただ黙って俺を抱く。 それこそ、犬を可愛がるように。 こいつにとって、俺は本当に、犬なのだろうか。 「や、なせ」 「なんだ?」 「柳瀬」 「ん?」 「俺は、お前にとって、何なんだ?」 無理矢理汚され、貶められ、屈伏を強いられる。 そこにあるのは、一体なんなんだ。 こいつは、なぜ俺に興味を持つ。 なぜ、俺にこんなことをする。 当然の疑問が、今更よぎる。 今までは、流されるまま聞くこともなかった。 問われて柳瀬はためらいなく答えた。 感情の見えない細い眼が、俺の眼を覗き込む。 「言っただろう?犬だ」 「………」 「俺のかわいい、犬だ」 顎を持ち上げられて、口づけられる。 そのまま、顔中にキスを、落とされる。 いつもの冷酷な態度からは想像できない、優しい慰撫。 くすぐったくて、身をよじる。 それはまるで、本当に愛しいペットにするように。 「………俺は、ペットか?」 「ああ、犬だ」 馬鹿にされている。 人間扱いすらされていない。 いいように弄ばれて、歯向かうこともできない。 情けない自分にも、怒りを覚える。 ふつふつと、悔しさが腹にたまる。 屈辱に、唇を噛む。 それに、俺は瑞樹のものだ。 変わらない。 俺の主は、ずっとずっと瑞樹だ。 あの大きな手に、ずっと守られ、導かれてきた。 瑞樹のものでない俺は、いらないものだ。 だから、俺はずっとずっと、瑞樹のもの。 瑞樹のものにしてもらった時から、それは変わらない。 瑞樹が俺をいらないと言うその時まで、俺は瑞樹のもの。 この冷たい手の持ち主は、俺が自分のものだと言う。 でも、それは違う。 俺は瑞樹のものだ。 「秀一、服従しろ」 柳瀬は感情の見えない眼で、いつものように静かにそれを促す。 俺は屈辱を押さえ、教え込まれたように、その唇に口づけた。 相変わらず、この男にふさわしい冷たい唇。 そっと触れると少しだけ甘くて、ついはずみで舐めてしまった。 「秀一?」 不思議そうに、問われる。 別に何かを考えたわけじゃない。 口づけたのも、こいつを騙すため。 いつか、この檻を逃げ出すために、こいつの油断を誘うため。 ただ、それだけだ。 舐めてしまったのも、意識した訳じゃない。 ただ、甘かったから舐めただけだ。 きっと、いつものように何かお菓子を食べていたのだろう。 それをつい、確かめてしまっただけだ。 反射的な行動。 なのに、柳瀬は眼を丸くして俺を見ている。 心底、驚いたように。 なんとなく、柳瀬の無表情を崩せたのが楽しかった。 いつも動揺することのない柳瀬の、驚いた顔。 だから、俺はもう一度その唇を舐めた。 柳瀬の体が、小さく震えた気がした。 様子を窺うように、憎い男を見上げる。 そして、言葉を失った。 「………え」 柳瀬が、笑っていた。 いつものように、無表情に唇を歪める笑い方じゃない。 柔らかく、とても嬉しそうに、けぶるように。 子供のように、純粋に。 息を呑むと、強く抱きしめられた。 肩に押しつけられ、柳瀬の顔が見えなくなる。 もう一度、確かめようと思ったのに。 「いい子だ、秀一」 「きょう、すけ」 「いい子だ。お前は、俺のかわいい犬だ」 それは、まるで睦言のようで。 本当に、こいつが俺を愛おしく思っていると、勘違いしてしまいそうなほどで。 そんな、はずないのに。 もしそうだったら、あんなひどいことをするはずがない。 こんなの、暴力以外のなんでもないのに。 それなのに、なぜか力が抜ける。 冷たい手に、身を委ねてしまう。 「どうした?」 「………あ」 腰を引き寄せられて、自分の体の変化に気付いた。 それは緩く、反応を示していた。 何も、されてないのに。 「や、どうして………」 「興奮したか?」 「や、やだ………」 そんなの、いやだ。 ごめんだ。 こんな汚い体、俺のものじゃない。 違う。 違う違う。 違う違う違う。 柳瀬の指が、頬をなぞって、体が震える。 どんなに拒絶しても、認めたくなくても、汚れてしまった体は、快感を思いだして簡単に熱くなる。 こんな汚いことは、いやなのに。 「や、……違う」 「いい子の秀一にご褒美だ。抜いてやる」 「……や、だっ」 甘い匂い。 長い、冷たい指。 狭く暗く蒸し暑い部屋。 その全てに、俺の体のスイッチが入る。 ざわりと、背筋に悪寒が走り、震える。 「や、だ、京介、怖い」 「大丈夫だ。俺がいる」 「おれ、違う。怖いよ。汚い。違う」 「俺は汚いお前がいい。もっと、汚れろ。薄汚い犬になれ」 身をよじって逃げようとしても、逃がしてくれない。 その長い指が、俺を押さえつける。 甘い匂いに、噎せ返る。 反応を示したものをとりだされ、大きな手ですられる。 馴染んだ、冷たい指。 まるで柳瀬のおもちゃのように、簡単にそれは勃ち上がった。 「……んっ」 声を出したくなくて、柳瀬の肩に顔を埋めた。 シャツに噛みついて、声を殺す。 巧みな男の指は、感じるところを的確に刺激する。 いつまでたっても慣れない、恐ろしい感覚。 熱さと、屈辱と、恐怖。 怖くて、すがるものが欲しくて、目の前の硬い体にしがみつく。 柳瀬の指の動きに震える体に、小さく笑った気配がした。 いつもはある程度煽られたら、放りだされる。 そして自慰を強要される。 まるで、犬にしつけを教えるように。 俺の反抗心を根こそぎ奪いとるように。 「秀一」 今日も、体を離される。 また、今日もあれをやらされるのか。 屈辱と恐怖と羞恥。 そして、なぜか背筋を這う、電流。 けれど、予想と違って、柳瀬は指を差し出した。 教え込まれた仕草に、条件反射にその冷たい指を口に含んだ。 喉の奥まで咥えこみ、ねばついた唾液を絡ませる。 音をたてて、男に見せつけるように舌を這わす。 反応をうかがうように、視線だけで見上げると柳瀬はかすかに頷く。 それでいいのだ、と言うように。 だから、俺は、より熱心に、舌を這わす。 ぴちゃぴちゃと音を立てて舐めると、なぜか自分の体も熱くなる。 柳瀬の指を唾液だらけにすると、口から指が引き抜かれた。 口の中が空になり、少しだけ、物足りなさを感じる。 「脱げ」 命じられ熱に浮かされて働かない頭で、ただその命令を遂行する。 それでもやっぱり恥ずかしくて、のろのろと体を丸めて服を脱ぐ。 柳瀬は黙って、ただじっと見ている。 冷たい視線が、首筋、胸、腰を通って、足を辿る。 いつも、触れられる道筋。 まるで体をなぞられているようで、ゾクゾクと産毛が逆立つ。 下着に手をかけた時、すでにそれが湿っているのを感じて顔が熱くなる。 ぬるりとした感触で、ねばついたものが糸を引く。 窮屈そうに納まっていたいたすっかり勃ちあがったものが、解放される。 違う、いやだ。 汚い汚い汚い。 こんなの、俺じゃない。 こんな汚ないの、俺じゃない。 「ほら、こい」 手をひかれ、もう一度柳瀬の足に座り込む。 柳瀬の服が汚れてしまいそうで、身をよじったが、気にせず抱き寄せられる。 そういえば柳瀬の服を脱いだ姿は、見たことがない。 最初の時に、服が少しはだけただけだ。 あれから、柳瀬は俺の熱を煽るばかりで、自分の精を吐き出したことはない。 「………あ」 抱き寄せられ、前ではなく、後ろに濡れた指が這う。 ここを触られるのも、最初の時以来だ。 引き裂かれるような痛みと、それ以上の熱さを、思い出す。 ぞくりと、腰が重くなる。 「どうした?まだ触ってないぞ」 「や、あ」 軽く後をなぞられただけで、俺のものはふるりと震えた。 からかうように、柳瀬は俺の額に口づけた。 「唾液だけだから、少し痛むかもしれない。息を吐け」 「ん」 命じられた通り、息を大きく吐く。 冷たく長い指が、俺の中に埋まっていく。 自分の中の、柔らかい場所に、何かが侵入する不快感。 嫌悪感、屈辱、そして、熱。 「あ、う……っ」 「痛むか?」 肩に顔を埋めて、左右にふる。 痛くはない。 ただ、熱に頭が侵される。 「体を上げろ、秀一」 「………う、ん」 言われたとおり、膝立ちになり柳瀬の顔の前に自分の胸を差し出す。 自分が何をされているか、なんてわからない。 ただ、今は柳瀬の命令と、熱だけが確か。 冷たい唇と、熱い舌が、俺の体を這う。 「ああっ、ひ」 体の中の冷たい指が、ゆっくりと内臓を掻きまわす。 長い指が、じわじわと俺の中に入り込む。 その感触に、怯えながらも、何かを期待する。 「ひあっ」 柳瀬の指が、ある一点をえぐると、体が跳ねた。 剥きだしの神経に無理やり触れられるような、直接的で強すぎる刺激。 勃ちあがったものから、何かが漏れる感触がする。 「あ、ああ、やっ」 強すぎる刺激に、体を引くが腰を押さえた手は逃がしてくれない。 わずかな滑りしかなかったはずなのに、徐々に動きやすく柔らかくなる体。 いやらしい、濡れた音が大きくなる。 その音に、耳から犯される。 「い、たいっ」 柳瀬が、乳首に噛みつく。 すっかり立ちあがったそれを歯でしごかれて、痛みに涙がこぼれる。 「痛い、や、めて」 けれど柳瀬は上目遣いに俺を見ると、ちらりと笑う。 そして、もう一方の乳首にも噛みつく。 充血して敏感になったそれには、快感よりも痛みを伴う。 「ん、やっ、あ、やだ」 痛みから逃げるように、柳瀬の頭を抱える。 すると、今度は優しく舐められた。 傷つけられた薄い皮膚は、ピリピリと痛む。 「あ、ん」 きつく噛まれ、優しく舐められ、体の中をえぐられ。 何が痛みで、何が快感なのか、わからなくなってくる。 薄い刺激も、強い刺激も、体を駆け巡る。 熱くてたまらない。 脳が沸騰する。 体の中の熱が、ぐるぐるとたまっていく。 熱くて、なのに吐き出せなくて、もどかしい。 触ってもらえない性器が疼いて、俺は柳瀬にそれを擦りつけた。 濡れた性器が、柳瀬のシャツに染みを作る。 胸と、内臓を弄ばれながら、俺はそのつたない動きを繰り返す。 それでも、柔らかいシャツの感触では、快感が弱すぎる。 「はっ、あ、んっ」 自分の手で、しごいてしまいたい。 今すぐいきたい。 吐きだしたい。 気持ち良くなりたい。 頭の中が、そのことだけになる。 柳瀬の肩から離し、自分の性器に手を伸ばす。 「駄目だ。このままイってみせろ」 「やっ、なんで、どうして」 ぴしゃりと言われて、俺は仕方なくその手を止める。 子供のように泣いて、柳瀬の頭をかき回す。 「俺の許可なく触るな。お前の体は俺のものだ」 「ん、おねがい、きょうすけ、お願いきょうすけ、いきたい」 「このままイけるだろう、秀一?」 許可が出なくて、俺は泣きそうになる。 早く熱を吐き出さないと、狂ってしまいそうだ。 おかしくなる。 内臓をかき回されも、乳首を噛まれても、だらだらと出るのは白みがかかった透明な液体だけ。 だから、必死に情けない性器を、柳瀬のシャツにすりつけた。 いきたい。 しろいせいえきを、おもいっきりとばしたい。 いきたいいきたいいきたい。 いきたくていきたくて、仕方ない。 くるしい。 しごきたい。 やっぱりいけない。 「ん、ふっ、きょうすけ、いけ、ないよ。いきたいよ。くるしい、よ」 「ほら、頑張れ」 「ねえ、いかせて、いか、せて、おねがい、いき、たいよぉ」 「しょうがないな」 柳瀬はペットが悪戯をしたのを叱るように笑って、俺の体を支えていた手を離す。 ふらついた次の瞬間、中を強くえぐられ、性器をしごかれた。 そして、首筋を痛いほどに噛まれて、頭が真っ白になる。 一度に押し寄せた刺激に、俺は仰け反って体を震わせる。 足の指先まで、しびれが駆け巡る。 「あ、あああ、ああっ!」 熱が、体の中から放出される。 たとえようのない開放感。 短距離走をした後のように、心臓が激しく打っている。 息があがって、口が閉じることができない。 「は、あ、あ、はあ」 力が抜けて、柳瀬の上に再度倒れこんだ。 汚れも気にせず、柳瀬は俺の体を引き寄せる。 そして、優しく髪を梳かすように頭を撫でる。 「いい子だ、秀一」 「ん」 「いい子だ。俺の匂いで発情しろ。俺の命令以外で、体に触るな。この体は、俺のものだ」 まだものが考えられない頭に、柳瀬の勝手な言葉が響いてくる。 息が整わなくて、文句をいうことができない。 柳瀬がくっと喉で笑って、白い精液に汚れた手を差し出してきる。 俺は、のろのろとその指に舌を這わせた。 |