なんとか案内の時間まで間に合った。
俺たちの不在を不審に思われることもなかったようだ。
部屋に戻ってすぐ、先ほどの神経質そうな男が呼びに来て、車で村を案内された。

東条の家の裏にすぐある一番大きな山の中の本殿と、それを取り囲むようにして山の裾に4つある末社。
そのすべてを夜が落ちる前に回り、儀式の打ち合わせを行った。

末社4つを、明日のうちに祓い、祭の前日に本殿を清める。
回る順番や、次第を簡単に聞くだけの打ちあわせだった。

それでも、俺は1時間ぐらいのその説明で疲弊しきっていた。
体が言うことを聞かない。
さっきまであんなに蒸し暑かったのに、寒い。
寒いのに、変な汗を掻いている。
気持ち悪い。
喉が渇く。

ぶっちゃけ説明がほとんど頭に入っていない。
霞む視界をこらして、立っているのに精一杯だった。
くそ、本当に何をしにきたんだ。

何度も車の中で、意識を手放しそうになった。
その度に手に爪を立てて、こらえた。
こんなところで倒れたら、宮守の名に傷がつく。
また、天に馬鹿にされる。
でも、もうそろそろ、無理だ。

部屋に入って、俺は崩れるように座り込む。
早く早く早く。
早く力を。
頼まなきゃ。
天に、頼まなきゃ。

「で、いつまで意地張ってるの?」
「え」

アウターをハンガーにかけながら、天は座りこんだ俺を気にもせず冷たく聞いてきた。
一瞬何を言われたか分からなくて、呆けたように声を上げる。

「そろそろ限界でしょ?言いだすの待ってたんだけど、明日の儀式の時間になっちゃう。それから言われても、俺もどうしようもないよ」
「あ………」

天に気付かれないように必死で我慢していたつもりだったが、ばればれだったようだ。
そりゃそうだ。
こんな近くにいて、さらに血結晶で俺の状態なんて筒抜けなのに。
隠そうとする方が、馬鹿だ。

「どうするの?このまま干からびてそこでくたばってる?」

座りこんで苦しんでいる俺に見向きもせず、天は服を衣装箪笥にしまう。
そして更に続ける。

「兄さん、仕事ってなんだと思ってるの?そんなんじゃただの邪魔。いない方がマシ。何しにきたの?」

違う。
何度も言おうと思っていた。
足手まといになっちゃいけないと思って。
仕事をちゃんとしようと思ってたんだ。

「………言おうと、思ってんだよ」
「へえ」
「なんか、チャンス、逃しちゃって………」

話すのも辛くたどたどしく伝えても、天は冷たく相槌を打つだけ。
ようやく俺に向き直り、軽蔑した目で俺を見下ろす。

「ふーん、それで?」

そうだ。
言い訳にしかならない。
結局、もうこんな状態で、天が言いだすまで、頼むこともできなかった。
ああ、本当にもうどうして俺はこうなんだ。
自分の行動にイライラする。

どこまでも正しく上からの天の言葉に、反発心が沸く。
だが、ここでしぶしぶながら差し伸べてくれた天の手を振り払ったら、それこそ馬鹿だ。
結局、いつもこうだ。
天や家族がチャンスをくれて、意地を張ってられないほど弱った俺がそれにのっかる。

ああ、そんなことももう考えられない。
力が欲しい。
早く、力が欲しい。
苦しい。
喉が渇く。

「………天」
「はい」
「四天、………力の供給を、お願いします」

なんとか頭を下げた俺に、天は軽く肩をすくめた。
そして許しをくれる。

「まあ、それでよしとしてあげる。夕飯前にすまそっか」

尊大に言って、大股で歩いて近づいてくる。
そして俺の前で座りこんだ。
大きな手に、乱暴に顎を上げさせられる。

「宮守の血の絆に従い、此の者に恵みを」

面倒くさそうに、簡略化された呪を唱える。
そして、ゆっくりと天の顔が近づいてくる。
この瞬間、どうしても違和感を感じて、居心地が悪い。
ぎゅっと目を強くつぶると、俺の唇に温かいものが重なる。
天との回路が無理やりつながれて、ぐらりとめまいがする。

「ん」

思わず食いしばって閉じていた口が、ゆっくりと湿ったものになぞられている。
薄く開くと生温かい舌が入り込み、俺の舌をなぞって絡まる。
大きく厚い舌に、俺の口の中いっぱいになる。
天の唾液が、ゆっくりと流れこみ、それを飲み込む。

「ん、く」

白い力が、どろりと流れこんでくる。
乾いた体に、じわじわと染みわたっていく。
その感触が気持ち良くて、体が震える。
歓喜に涙が出てくる。

「はっ、ん」

気持ちがいい。
指先まで、力が染みわたっていく。
温かい。
冷たかった体が、温かくなっていく。
痺れるように、頭の芯が熱くなっていく。

もっと欲しくて、夢中で力を飲み込む。
自分から、強く舌を絡める。
少し天が体を引こうとする。
それを許さず、天の髪をつかんで引き寄せる。
吐息すら逃がさないように、一瞬でも離れないようにしがみつく。

気持ちがいい。
もっと、もっともっともっと。
もっとちょうだい。

天が喉の奥で笑ったのが、接した体の揺れで分かった。
でも、そんなことどうでもいい。
天の舌が、くすぐるように前歯をなぞって、体が震えた。
溢れていく力と唾液を呑み込む。

気持ちがいい。
力が溢れて行く。
白い力が、自分の青い色に混ざり合い、溶け合い、ひとつになっていく。
ぐるぐると、体の中が熱くなっていく。
快感に、眩暈がする。

体が支えていられなくて、しがみついたまま天ごとぐにゃりと畳に倒れこむ。
畳に沈み込んでいきそうだ。
ぴったりと重なった天の体からも、力が溢れてくる。
接している全身にぴりぴりと、弱い電流のような痺れが走る。
もっと欲しくて、首に手をまわし体を更に寄せる。

そうして弟の力を長い間貪る。
空っぽだった中が、溢れるぐらいにいっぱいになるまで。
満足ゆくまで喰らうと、しがみついていた手から力が抜ける。
拘束がなくなり、ゆっくりと天が体を離す。

「お腹いっぱいになった?」
「…………」

倒れこんだままの俺の顔を、天が覗きこんでくる。
言葉にできず、俺は小さく頷いた。

「おいしそうだね。すごい満足そう」

天が、俺の濡れた唇をなぞって笑う。
指先まで行きわたった力に、酒に酔ったようにまだ頭の芯がしびれている。
ふわふわと空に浮かんでいるように気持ち良くて、眠くなってきてしまう。
天がくすくすと面白そうに笑っていても、何も考えられない。
頭の中まで、真っ白になっている。

「それにしても、相変わらずすごい貪欲だね。かなり持ってかれた」

天が座り直して、ふっとため息をつく。
俺が天と一緒にいさせられる理由の一つ。
容量だけは無意味にでかい俺の器は、兄達では力を奪い尽くしてしまう可能性もある。
父なら大丈夫だろうが、当主たる父の力を疲弊させる訳にはいかない。
無尽蔵の力を持つ天だからこそ、俺を満たせる。

「一気にやると俺も疲れるから、何度も言うけどこまめに供給してね」
「…う、ん、ありがと、てん」

まだ残る痺れに目を閉じて、素直に礼を言う。
体中に行きわたる力が、心地よい。

「供給の後だけは素直だよね。ほんと」

遠のく意識の中、天の呆れたような声が聞こえた。





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