「今回も、海の近くじゃないのか」

今回は家の車での移動になった。
車で高速に乗って二時間ほどの場所に、今回の依頼人である管理者の土地があるらしい。
けれど、今回も内陸。
ぐんぐん変わる景色を眺めているのは楽しいけれど、家ばっかりだ。
今回も、駄目なのかな。
この前の時だって、新幹線と列車がちょっとずれれば、海は見えたはずなのに。
がっかりして、つい不満とため息が漏れる。

すぐそこに、海はあるのにな。
家からだって電車に一時間も乗れば、海は見えるはずなのだ。
周りに、海を見たことない奴なんていない。

でも、俺はすぐに家のものが駆けつけられる範囲しか行くことは許されていない。
せいぜい電車で二,三駅が俺の行動範囲。
もうちょっと行けば、海はあるのに。

「今回はそう遠くもないから見えてもどうせ汚い海だよ」
「汚くてもいいから、見てみたいんだよ。すっごい、大きいんだろ」
「夢がでかいだけ、見たらきっと落胆するよ。沖縄とか行くまで大事にとっとけば」

天の言葉に、胸にもやもやとしたものがたまっていく。
行けたら苦労はしない。
供給が出来る人間が傍にいなければ、遠出が出来ないのだ。
忙しい両親にも兄弟にもそんなこと頼めるはずもない。
どうせ天には、こんな気持ち分からないのだ。

「それなら仕事が早く終わったら帰りに海に寄り道して行きましょうか。四天さんの仰る通り、ここら辺のはあんまり綺麗なものじゃありませんけどね」
「本当ですか!?」

運転をしてくれていた熊沢さんが俺の話を聞いていたのか、笑い交じりにそう言ってくれた。
少し長めの落ち着いた茶色の髪と、日本的な筋の通った鼻と切れ長の目のスーツの似合う男性。
見た目は真面目そうなのに、いつも浮かべている笑顔は、どこか不真面目に見える
一兄と同い歳くらいのこの人は、使用人ではあるのだが気さくで、俺にも親しく話しかけてくれる。
祓いの能力もあるためよく仕事にも同行している。
その壁のない態度が節度を守らないとして、よく宮城さんには叱られているようだが。
でも俺は、他の使用人の人達と違ってよく話しかけてくれるこの人が結構好きだ。

「無責任なこと言わないでください、熊沢さん。これは仕事です。物見遊山ではありません」

俺が体を乗り出して運転席の熊沢さんを覗きこむと、隣からぴしりと叩き付けるように言われる。
その冷静で威圧的な声に、けれど熊沢さんは軽く肩をすくめる。

「まあまあ、三薙さんだってご褒美があった方がやる気がでるでしょう」
「仕事の対価は別にあります。ご褒美なんてものは必要ありません。あなたは遊びに来ているんですか」

刺々しい空気に、身が竦む。
嫌な雰囲気が狭い車内に立ち込める。
こういう空気、苦手だ。
少しだけ弾んでいた心がみるみる萎んでいく。
俺が、悪いんだよな。

「………四天、もういい。たんなる、世間話だろ」
「おや、俺は本気だったんですけどね」
「熊沢さんも!」

怒鳴りつけると、熊沢さんは肩をすくめて小さく笑った。
なんでまた話をひっかきまわすかな。
こういう人なんだけどさ。
こういうところが、好きなんだけど。
ちょっと双兄に似ている。

「兄さん、浮かれるのは構わないけどこれは仕事。ちゃんと役目は果たしてね」
「………分かってるよ」

四天はちらりと横目で俺を見ると、はあ、と聞えよがしに大きくため息をついた。
そして、クッションのきいた座席に深く身を沈めて目を閉じる。
長い睫が、白い頬に影を落とす。
ムカつく奴。

まあ、確かに俺は少し浮かれてたけどさ。
仕事の重さも、大変さも、分かっているつもりだ。
でも、遠出なんてほとんどすることないから、変わる景色にちょっとはしゃいでしまった。
ちょっとだけだ。
単なる世間話なんだから、いいじゃないか。

いや、言い訳だ。
確かに、俺は浮かれていた。
仕事の重さを分かっているつもりだったのに。

この前みたいなことには、なりたくない。
四天の、言うとおりだ。
もう後悔はしたくない。

気を引き締めて、いかないと。

「………熊沢さん、俺も少し休ませてもらいますね」
「ええ、気力と体力は充填しておかないとね」
「はい」
「寝る子は育ちますよ」
「身長も伸びますかね」
「信じるものは救われます」

軽口に、俺は心が少し軽くなって小さく笑う。
そうすると、バックミラー越しに熊沢さんもにやりと形容できる感じに笑ってくれた。

その後少しだけ話してから、残り一時間ぐらいになった道のり、俺は緊張のため取れなかった睡眠を取り返そうと目を閉じた。
防音がしっかりしている車の中、あまり外の騒音が聞こえない。
けれどやっぱり風の音とエンジンの音が常に車内を満たしている。
車のかすかな振動は、張り詰めた緊張をゆるゆると解いていく。

隣の規則正しい呼吸を聞いているうちに、俺も意識が闇に落ちて行った。






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