「遠いところ、ご足労いただきありがとうございます」

父さんと同じぐらいの壮年の男性が、深々と頭を下げる。
それを丁寧に受け止めて四天が頭を下げ、俺も慌てて一緒に頭を下げる。
どうぞおかけください、と言われ高そうなふかふかのソファに腰かけた。
クッションが効いていて沈みこみそうで、慌てて手で支える。
俺のそんな馬鹿な様子を気にすることなく、この地の管理人である男性も腰かける。

「宮守宗家の方においでいただけるとは、大変心強い」

仕事を依頼されたからって、宗家の人間が出るとは限らない。
案件によっては分家の人間が派遣される。
宗家の人間が出るのはそれなりの規模の依頼、または古くからの付き合い、利益が出る場合などだ。

「ご期待に添えることができればよろしいのですが」

天が卒なく愛想笑いを浮かべて頭を下げる。
相変わらず隙がない。
こいつ本当に、中学生なのかよ。
俺も仕事をしていくうちに、こんな感じの挨拶もできるようになるのか。
いや、ならないと。
ちゃんと見て、勉強をするんだ。
ただぼんやりと見学するために、ついてきた訳じゃない。
同じことを思ったのか、この地の管理人の石塚一樹と名乗ったおじさんが感心したように息をつく。

「いやいや、まだお若いのにしっかりされていますな。うちの息子なんて君よりずっと年上なのに頼りなくて全く情けない」
「過分なお言葉、恐縮です。まだ若輩の身で分からぬことばかりですが、仕事に関しては宗家のものとして恥ずかしくないだけの力は備えていると自負しております。どうぞご安心を」
「はは、本当にしっかりされておりますなあ」

一応、謙遜しながら自分が宗家の人間であることを釘をさす。
それでも、子供の悪戯を微笑ましく思うようなおじさんの態度に少しだけイラっとくる。
けれど、天は特に気にする様子はない。
歳が若いせいで舐められることは慣れているのだろう。
表情を変えることなく、先を続ける。

「さっそくですが、ご当主様、こちらの地に起こる怪異について、詳しくお聞かせいただけますか?簡単には聞き及んでおりますが、それ以上のことは分かりませんので」
「ああ、そうでした。申し訳ない、我が地の捨邪地にて、現在怪異が起こっているのです」

それは分かってるよ、と思ったが、天は何も言わない。
ちらりと視線を隣に送ると、やっぱり無表情だった。

「怪異、とおっしゃいますと」
「捨邪地で、人が死ぬのです」
「捨邪地で死人が出るのは、珍しいことではないでしょう」

淡々と続けられる言葉に、背中に氷を入れられたようにきゅっと体が冷たくなる。
捨邪地では人が死ぬ。
それは当然のことだ。
穢れを集めてバランスを保つために必要な邪を蓄える土地。
穢れは更なる穢れを呼ぶ。
そのため人の負の感情や、死が纏わりつく土地。

「ええ、ですがこの地ではある程度邪を抑え、または増幅する封印が施されておりまして、そのおかげで1年に1人か2人ほど出る犠牲でことは足りておりました」
「それが、常にない頻度となっている、と?」
「はい、この半年で5人ほど」

また、ぞくぞくと寒気がする。
淡々と続ける天とおじさんに違和感を感じる。
管理人としては当然のことなのだが、やっぱり人の死をそんな風に扱うのは慣れない。

「偶然、ということは?」
「宮守家には遠く及ばないとは言え、私も管理人のはしくれ。捨邪地の空気が最近違うのです。邪の気配が濃厚になっている。人の出入りも増えている。まあ、あれでは魅かれる人間がいてもおかしくない」
「なるほど、他には?」

おじさんはわずかにソファから身を乗り出して声をひそめる。
まるで楽しい内緒話をするように。

「近隣で噂になっております。いわゆる幽霊話ですね」
「どのような?」
「笛の音が聞こえるそうです。姿は見えないけれど、ピーという音と、何者かが歩きまわる足音だけが聞こえる。それが、捨邪地の周りで頻繁に聞こえると広まっているそうです」
「それと先ほどの死人が出る話とは、なんらかの関わりは?」
「関係がありそうなのですが、我々が訪れたところ、何も感じ取ることができず。ふがいないばかりです」
「その異変の正体に、何か心当たりは?」
「………申し訳ないのですが」

おじさんは困ったように眉をひそめて涼しそうな頭を撫でる。
天はそうですが、とだけ言った。

「亡くなった方に、何か共通点は?」
「いえ、年齢も性別も別々です。何も共通点はありません。ただ、これは公には伏せておりますが、必ず首を食いちぎられています」

普段では絶対に聞くことのない単語に、一瞬意味が理解できない。
今まで無表情に聞いていた天も、そこでようやく眉をひそめる。

「食いちぎられる?」
「はい、何か獣のようなものの鋭い牙に、噛みちぎられている、と。そして見つかるまでにだいぶ時間がかかります。必ず見つかるのは死後しばらくたったものになります」

その様子を想像して、先ほどからの寒気が更に増す。
無残な遺体が、首を食いちぎられた形で見つかる。
そんな、痛ましくも不吉な光景。

「捨邪地は、ひとつですか?」
「大きなものが一つ。後は小さなものがいくつかです。異変が起こっているのは、この地の核となる大きなもののみとなります」
「他の地に異変はないのですね」
「ええ」
「そうですか。ではとりあえずそちらに案内してもらえますか?」
「はい、車と案内する人間を用意いたします。どうぞお願いいたします」
「宮守の名に恥じぬよう、微力を尽くさせていただきます」

そう言うと、石塚のおっさんは応接室を後にした。
緊張が一気にとけて、ソファに背を預ける。
昔ながらの和室を洋風の応接室にしたこの部屋は、なんとなく違和感があるが、懐かしい感じがする。
けれど落ち着く訳もなく、さっきの話と合間って息苦しい。
出されたお茶も飲む暇なく冷めてしまった。

「………」
「どうしたの?」

俺が大きくため息をつくと、天が聞いてくる。
先ほどまでの大人びた表情ではなく、家にいる時のような年相応の表情。
それでもまだ、生意気な面だけど。
でも、その顔に、少しだけほっとする。
ほんの少しだけ。
いつも思うけど、さっきみたいのは知らない人間みたいだ。

「………不気味な、話だな」
「怖いなら家に帰ってもいいよ?」
「誰が帰るか!」

人を小馬鹿にしたような笑い方で、いつも通りの嫌みを言ってくる。
ああ、紛れもなく本当にいつもの四天だ。
なんで俺の前だけこうなんだよ。
まあ、俺が悪いんだろうけどさ。

「まあ、いいけど。直接危害を加えてくるタイプみたいだから、くれぐれも軽率な真似はしないように頼むよ。兄さんの尻拭いまでするのは骨が折れる」
「………分かってるよ」

ああ、本当にムカつく。
でも、自業自得だ。
反省しろ。
今度こそ、お役目をちゃんと果たすんだ。
って思うんだけど、なんでこう、天に言われるとムカついてしょうがないんだろう。

「全く、一から調査か。土地の管理人のくせに、何も分からないみたいだし」

天がうんざりと言ったようにため息をつく。
舌打ちせんばかりの忌々しそうな口調だ。
さっきまでの礼儀正しい姿はどこにもない。

「普通は、分かるものなのか?」
「半年も放置してあるのが信じられないね。何してたんだか」
「でも、なんで確かに半年も……」

同意しようとした時、天が俺の言葉をさえぎるように手で制する。
なんなんだと思って聞こうとした時、控え目なノックの音が響いた。
天がどうぞ、と声をかける。

「失礼いたします」

穏やかな声が先に、部屋に入り込む。
そのあとに続いて入ってきたのは、俺よりも少しだけ年上か、もしくは同じぐらいかの少年と青年の間ぐらいの人。
穏やかな優しそうな表情をした穏和そうな人だ。

「はじめまして、ようこそおいでくださいました、宮守の方々。私は石塚家当主の息子、祐樹と申します。捨邪地までご案内いたします」
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします。何かありましたら遠慮なく私にお申し付けください」

そう言って、優雅な仕草で頭を下げる。
慌てて俺も頭を下げると、それに気付いたのか祐樹さんはこちらに視線を寄こす。
目が合うと、にっこりと微笑まれた。
さっきのおっさんはあんまり話したくないけど、この人はとっつきやすそうだ。





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