「入っていいよ」 双兄の部屋の後に、天の部屋を訪れた。 ノックをしようとすると、気配に敏い弟はいつものようにその前に声をかけてきた。 天のこういうところが、本当に苦手だ。 なんだか、人間離れしているように感じるから。 「入るぞ」 「うん」 けれどそんなことも言ってられないから、決意を固めてノブを回す。 天の部屋は相変わらず、不思議と秩序ある散らかし具合。 ゲームに漫画、教科書に参考書、呪具に古文書。 一貫性はないのだけれどそれぞれ決まったところに放り出されているせいか、なぜか双兄の部屋ほどカオスとは感じない。 「ごめん」 謝りながら入ると、勉強机に向かっていた弟は椅子をくるりと回してこちらを見る。 「供給?」 「うん、明後日から旅行だし」 そう言うと、軽く肩をすくめた。 一兄と双兄はそれなりに乗り気になってくれているが、天は本当に嫌々そうだ。 まあ、行きたくないんだろうけど。 何度か、行きたくないなら行かなくていいとは言ったが、行くよ、とだけ返された。 その割には、本当に面倒くさそうなんだけど。 「そっか、旅行ね」 俺は定位置となった天のベッドに腰掛ける。 四天は椅子をまた半回転させて、こちらを見る。 「ついこの間やったばっかりな気もするな」 「今、双姉に会ってきたところだから」 「修行?」 「うん。双姉に習い始めてから、力使いやすくなった気がする」 まだ修行をしたのは三回だけ。 けれど、双兄と双姉の空間でものを作り出す訓練をしてから、力を取り出しやすくなった。 イメージをするのが、楽になったのかもしれない。 この前の仕事でも綺麗に素早く結界が張れたし、修行の効果が少しは出ているような気がする。 「この前の一矢兄さんとの仕事もうまくいったらしいし、順調みたいだね。よかったよかった」 「なんかお前が言うと褒め言葉に聞こえない」 「別に褒めてないし」 「………」 ああ、かわいくない。 本当にかわいくない。 ここ最近、一兄や双姉の言葉もあるから、四天になんとか友好的に接しようと努力している。 けれどそのことごとくを無にしているのは、どう考えてもこの可愛くない弟な気がする。 こいつがもうちょっと友好的なら、俺だってもうちょっとやりようがあった。 「いいんじゃない?力使えるようになりたかったんでしょ?」 「なんでお前の言うことって、そうやって棘があるんだよ」 「そう聞こえた?それはごめんね」 ちっとも心の籠ってない謝罪を貰っても、全く嬉しくない。 それにしても、いつも攻撃的だが、今日はより攻撃的な気がする。 「なんか、機嫌悪い?」 「別に」 天は表情を変えないまま、肩をすくめる。 機嫌が悪い気もするが、いつもこんな感じな気もする。 もう、考えても仕方ない。 話を変えよう。 こんな会話を続けていても、不健康だ。 「あのさ」 そういえば、天に聞いてみたいことが、あったのだ。 「何」 「お前さ、仕事で、祓いたくない奴とか、会ったことある?」 俺の質問に、天は右眉を器用に吊り上げた。 そして馬鹿にしたように冷笑する。 「どうしたの。ああ、この前の仕事で祓ったのは、はぐれ神だったっけ。また偉そうに同情でもしたの?」 「………」 ぐさぐさと、その言葉の一つ一つが突き刺さる。 天の言うことはすごいムカつくのだが、そのくせ正しいことばかりだから言い返せなくなる。 正しいからこそ、ムカつくのかもしれないが。 鋭い弟は、俺が何でこんな質問をしたのか、分かったらしい。 俺を見て嘲笑う弟を見ていられなくて、視線を落としてしまう。 「今までだって、嫌なこと、あったよ。嫌だったよ。嫌だった。でも、祓わなきゃいけない、理由もあったし、そこまで気にしないでいられたけど………」 たとえば、祐樹さんとか。 正確にいえば、祓ったのは俺じゃなくて、あの時も俺はビビって逃げていただけだった。 でも、あの人は祓わなきゃ、いけなかった。 そうしなきゃ、あの人にも救いはなかった。 それは、分かってる。 「でもさ、この前のギイギイは、いい奴だった。人間が好きで、子供が好きで、役に立ちたいって思ってて。でも、場を荒らすのは確かだから、祓った。でも、祓うのが、正解だったの、かな」 あのまま放っておいても、酷いことにはならなかったのではないだろうか。 幼稚園に住みつく、たとえば座敷わらしのように福を舞い込む存在になれたのではないだろうか。 未来の危険性のために、俺達はあの哀しい神を祓った。 それは、正しかったのだろうか。 「他に、道はなかったのかな、って思っちゃうんだ」 そんなものはないと、分かっているのに。 はあ、と天が面倒そうにため息をつく。 その心底嫌そうな声に、顔を上げる。 天は不機嫌そうに、綺麗な眉をひそめていた。 「何度も言うけど、俺達は正義の味方でもなんでもない。ただ土地を安定させるための雑用係。管理者とはよく言ったもんだよね。俺達は借りてる土地を管理することしかできない。オーナーは別にいるんだから」 そう、俺達は根本的に土地をどうこうする力はない。 ただ発生する邪を祓い、時には生じすぎた陽を押さえる。 いいことだけをしている訳ではない。 ただ、俺達ではどうすることもできない土地のルールに縛られ、そのルールの中で過ごしやすい環境を作っているだけだ。 「そのはぐれ神が、人間に優しかったって?」 くっと喉の奥で笑って、机に肘をついた手で、頬杖をつく。 「単に人間が力の源だからでしょう。信仰を喰らう系の神は人間に優しくて信仰を貰うんだから。ま、たまには恐怖だけど。どちらにせよ、あいつらに俺達のような感情はない。単なる生存本能」 「………」 四天の言葉が、ズキズキと痛い。 反論がしたいけれど、言葉がうまく出てこない。 神も妖も邪も、人間とは相いれない、異なる存在。 それは、確かだ。 「ていうかさ、そもそも祓いたくない相手がいたとして、兄さんはどうするの?」 「え」 「祓いたくないなーて思って、放っておくの?」 「………」 「一々祓う相手の素性調べて、背景調べて、同情して、どうするの?」 「それ、は」 どうすることも、出来ないだろう。 俺は何も出来ない。 言葉に詰まる俺を、天がまた皮肉げに笑う。 「何があっても祓わない、ぐらいの覚悟もない癖に、後でぐじぐじ考えて何になるの?本当に兄さんは無駄なことが好きだよね」 「………」 「仕事は、仕事。私情を挟まず遂行するべきもの。場を荒らす存在は排除する。相手の事情は関係ない」 今までだったら、ここで俺は頭に来てベッドを立っていただろう。 そして天がまた馬鹿にしたように笑う。 それが、いつものパターンだ。 「………」 でも、今回はそれはちょっとだけ待ってみた。 相変わらず上から押さえつけるような馬鹿にした態度は、ムカつく。 例え正しくても、言い方ってものはあるはずだ。 「何?」 いつもと違い反論もしないで黙りこんだ俺を、不思議そうに見る天。 天は、俺よりも年下の弟。 俺には分からないけれど、若さゆえのまっすぐさや、甘さが、あるらしい。 「えっとさ」 「うん?」 それなら、このきつい言葉も、何か意味があるのだろうか。 そうだ、天は、俺の弟なんだから。 俺よりずっと前に仕事に出て、戦ってきた。 一人で、傷だらけになりながら。 「………天は、もしかしたら、そういう思い、ずっとしてきたのか?」 「は?」 「ガキの頃から色々な仕事してきただろ。だから、色々な妖とか神とか相手をしてきて、それで、祓いたくないとか、哀しいとか、そういう感情を感じてきた?だから、その上で、そういう結論に至った、とか」 そうだ。 俺よりずっとずっと多くの哀しみを知ってきたなら、皮肉げになるのも当然だ。 一兄や双兄と違って、天はまだ中学生だ。 俺よりも年下で、しかもまだほんの子供の頃からあんな辛い思いをしてきた。 ずっとその感情を受け止め続けるのは、辛いことだっただろう。 それなら、こんな風に割り切った方が楽なのかもしれない。 「俺よりずっと前から、仕事、してきたもんな。辛いことも、多かったよな」 いつのまにかまた沈んでしまった視線を上げてちらりと天を見る。 すると天は特に俺の言葉に表情を変えることなく、静かにじっと俺を見ていた。 その黒く深い目の色に、少しだけ居心地が悪くなる。 「天?」 「供給しにきたんだよね」 「へ、あ、うん」 唐突に話を変えられるが、俺は咄嗟に頷く。 ギシっと軋む音を立てて、天が椅子から立ち上がる。 そしてベッドに座る俺の前まで来た。 やはり静かな表情で、俺を見下ろす。 「さっさとやっちゃおうか」 「う、うん」 特にいつもと変わった様子はない。 けれど、なんだか気押されるように頷いてしまう。 まあ、元々それが目的だったのだから、異論はない。 「宮守の血の絆に従い、此の者に恵みを」 簡略化した呪を唱え、天が腰をかがめてくる。 そっと冷たい唇が触れて、目を閉じる。 「ん」 回路が繋がれて、体の中に少しだけ違和感を感じた。 忍び込んでくる舌を、小さく口を開けて受け入れる。 唾液が触れ合うと同時に、白い力がどろりと体の中に流れ込んできた。 「ぅんっ」 いつまでも慣れない行為だが、一度力を受け止めてしまえばそんな違和感吹っ飛んでしまう。 逆に俺から天にしがみついて、もっともっと力を得ようとする。 「ん、ん」 飲み込めば飲み込むほど、頭の中が真っ白になっていく。 快感に眩暈がして、体が傾く。 いつものように天の首に腕を巻き付け、そのままベッドに倒れ込む。 密着した体からも全身に力を得ることが出来る。 気持ちがいい。 「はっ」 気持ちがいい。 もっともっともっと。 欲するがままに天の背中に腕をまわし、更に力を得ようと貪欲にしがみつく。 しかし、天はふいに唇を離してしまった。 「や、天、まだ」 中途半端に供給された体はまだまだ力が足りなくて、思わず離れていこうとする弟を引き寄せる。 けれど天はそれには従わず、至近距離でにっこりと笑う。 「ねえ、知ってる、兄さん?」 綺麗な笑顔に、一瞬見とれてしまう。 しかし、それ以上に、今は力が欲しい。 回路が繋がったまま、わずかに密着した体から、ほんの少しづつ力がそそがれる。 でも、足りない。 こんなんじゃ足りない。 「な、に?」 少しだけ苛立って、声が刺々しくなってしまう。 質問なんて後にしてほしい。 今はただ、力が欲しい。 「供給してる時、兄さん時々勃ってるんだよ」 「え?」 何を言われたのか分からず、間抜けな声が出てしまった。 天はくすくすと楽しそうに笑っている。 「いっつも気持ちよさそうだよね」 言って、天がベッドについていた右手を、俺達の体の間に忍ばせる。 そしてそこを触られて、体が大きくのけ反る。 「ほら、こんなふうに」 「ふ、あっ」 ビリビリと背筋を駆け抜ける快感に、目の前がチカチカした。 ほんのちょっと触れられただけなのに、それだけで達してしまいそうだった。 「あ、な、やっ」 「ほら、ね」 「や、やめ、や、天」 ズボン越しに摩られて、腰が痺れて、太腿が引き攣れる。 激しい快感が痛いほどで、身じろいで天の下から逃げようとする。 けれど力が抜けた体はうまく動かせず、足に座りこまれると動けなくなってしまう。 どかそうと伸ばした手は、天の手に一つにまとめられ抑え込まれる。 「な、なん、なんで」 舌がもつれて、うまく話すことが出来ない。 何が起こってるのか、分からない。 混乱する俺に天がちらりと笑うと、手をズボンの中に忍ばせる。 「や、あっ」 びくびくと体が震えて、開いた口から唾液が零れる。 強い刺激から逃げようとするが、天に抑えつけられているせいでどうしようもできない。 「素直な反応だね」 「て、ん、や、やだ、やっ」 「そう?もう濡れてきてるよ?」 「………っ」 「全然萎えない。元気だね」 状況が理解できなくて何がなんだかわからないけれど、弟が俺を見て嗤っているのは分かる。 全身が熱いが、顔に更に熱がこもる。 悔しくて、恥ずかしくて、哀しくて、怖くて、気持ちが良くて、意味が分からない。 嬲られているそこから漏れ出る音に、耳をふさぎたくなるが、それすら出来ない。 自分でやってる時に、こんな快感を得たことはない。 供給の快感がプラスされて、恐ろしいほどの刺激になっている。 「結構いい顔するね。やらしい。エロ本なんかより全然エロい顔してるよ、兄さん」 「う、うう、うっ」 「ああ、泣かないでよ」 馬鹿にするような天の言葉が悔しくて思わず涙が滲んでしまう。 すると天がくすくすと笑って、その舌で俺の目尻を拭った。 冷たい手、冷たい舌、冷たい肌、どこまでも冷静な弟に、自分だけが馬鹿みたいに翻弄されている。 「っく」 「イっていいよ?もうそろそろ限界でしょ」 「ひっ、ん」 天が手の動きを早くすると、いやらしい音が部屋に響く。 それでも、天の手の中で達するのだけは嫌で、なんとか堪える。 羞恥で顔が燃えあがりそうだ。 「うっ、く」 「強情だなあ」 我慢している俺に、天は小さくため息をつく。 諦めてくれないかと見上げたところで、唇が重なってきた。 身構える隙なく舌が潜りこんでくる。 触れ合う唾液から、力が注がれる。 脳が、焼き切れる。 「ん、んーっ」 中に入ってきた天の力に、耐えることが出来ず、背中がのけ反る。 叫びたかったが、口が塞がれているのでそれも出来ない。 ただ、いつの間にか解放されていた手で、天にしがみつく。 何度かに分けて、腰がびくびくと震える。 「あ、は、はあはあはあ」 ようやく天の唇が離れて、酸素を思い切り吸い込む。 全力疾走した後のような鼓動と疲労感と倦怠感。 「………ふーん、結構出来るもんだね」 「て、ん」 俺の足に座ったままの天を見上げると、弟はじっと俺を観察するように見下ろしていた。 そして俺と視線が合うと、くすりと笑う。 「濃いね?自分でもあまりやってないの?」 汚れた右手を赤い舌でぺろりと舐める。 天が舐めたものが何か思い至って、慌てて手を伸ばす。 「あ、ば、ばか、な、なにっ」 いまだに供給途中の体はうまく動かず、天の体にしがみつく形になってしまう。 そんな不様な俺の様子を見てくすくすと笑う天が憎らしくて、悔しくて、恥ずかしくて、涙が滲んでくる。 「なに、やって、んだよっ」 けれど弟は悪びれた様子なく、俺の言葉に取り合わない。 でもそれ以上舐めることはせずに、ベッドサイドのティッシュで手を拭う。 独特の匂いに、居たたまれなくて、布団をかぶって隠れたくなる。 しかし俺の体にのしかかったままの弟は、不意に声を上げる。 「あ、しまった。回路閉じないままイかせたら、兄さんの力が消耗するだけだった」 「え」 確かに、さっきより力が消耗している。 体液は力の塊。 しかも供給中で回路を繋げたままだったので、力は放出されやすくなっている。 「仕方ないなあ」 天はもう一度圧し掛かってくると、ぺろりと俺の唇を舐める。 「もう一回供給してあげる。今度はイかないでね?」 そしてなじることはできないまま、また唇を塞がれた。 |