「おはよ」
「おはよー!」

休日の朝も早くから、友人達が家の前に集まってくる。
見慣れない私服姿に、これから二日間ずっと一緒なんだという実感が沸いてきて、胸がざわざわして落ち着かなくなってしまう。

「おはよう、宮守」
「おはよ、藤吉」

初めて見る私服姿。
初めて一緒に過ごす休日。

藤吉はシンプルなブラックのパンツとジャケットを着ていて、なんだかいつもより大人びて見える。
眼鏡のフレームも、いつもと違う。
佐藤は今日はポニーテールで動きやすいショートパンツの下に黒いタイツのようなものを合わせて動きやすい格好をしている。
槇はすとんとした淡い色のワンピースで、髪もなんだかいつもよりふわふわしている気がする。
イメージ通りで、やっぱりふんわりと女の子らしい。
岡野は、胸強調しすぎてて、目のやり場がない。
どこを見ればいいんだ。
足、あの足は寒くないのか。
なんでスカートがあんなに短いんだ。
あ、でも靴は歩きやすそうなんだな。

「宮守?」

思わずじっと見ていると、岡野が怪訝そうに眉をひそめた。
いけないいけない、どこを見ていたか気付かれた終わりだ。
どんな罵詈雑言が飛んでくるか分からない。
いや、からかわれるだけか。
それなら、いいだろうか。
いや、そうじゃなくて、言わなきゃいけないことがあるんだ。

「あ、あのさ、メンバー一人増えたんだけどいい?」
「へ?」
「ごめん、勝手に。えっとあの子なんだけど」

不思議そうに首を傾げる友人達に、ちょっと離れたところにいる栞ちゃんの方を促す。
栞ちゃんは天と話しながらにこにこと可愛らしく笑っていた。

「うお、かわいい!」
「うわー、本当に美少女だ!」

藤吉がまず反応して、マジマジと見つめる。
そして佐藤も感心したような声を上げた。
まあ、確かに栞ちゃんは通りすがったら思わず二度見してしまいそうな美少女だ。

「えっと、親戚で、四天の彼女なんだけど………」

説明しかけたところで、岡野が声を上げる。

「弟、彼女いるの!?」
「え、うん」
「うっそ!!」
「えー、ショック!」

佐藤も悲鳴に近い、残念そうな声を上げる。
なんなんだ、その反応は。

「………二人とも、天のこと好きだったの?」
「ううん、そういう訳じゃないけど」
「単にいい男に女がついててムカついただけ」
「………」

なんだろう、このやりきれない気持ち。
怒っているのか、哀しいのか、悔しいのか、なんとも釈然としない。
一言で言うなら、やるせない。

「宮守、深く考えるな。考えちゃ駄目だ」
「う、うん」

黙りこんだ俺に、藤吉が優しく肩をぽんぽんと叩いてくれる。
女性って、何を考えているのか、本当に分からない。
難しい。
俺ごときが考えようとしても、多分無駄だな。

「えっと、そういうことなんだけど、いいかな。俺が誘っちゃったんだけど」

悪感情とか、持ってないといいんだけど。
突然俺がひきこんじゃったし。
まあ、怒りはしないって、思ってるけど。
こいつらが、そんなことで怒るような奴らじゃないって知ってるからこそ、甘えてる。

「うん、別にいいよ!」
「いいんじゃない?」
「俺もかわいい子は大歓迎」
「人数が多いと、楽しいね」

予想通り、皆はあっさりと頷いてくれた。
俺、甘えてるなあ。
本当に甘えている。
だって、本当に皆、いい奴らだから。

「ありがと!」

俺は礼を皆に言うと、天と話している栞ちゃんに声をかける。

「栞ちゃん!」
「はい」

栞ちゃんは事情がすぐに分かったのか、小走りでこちらに来てくれた。
今日の栞ちゃんは高い位置で切り返しのあるかわいいワンピースで、長い髪を横で纏めていた。
俺が何か言う前に、かわいらしくちょこんと頭を下げてくれる。

「初めまして、金森栞です。三薙さんの遠縁にあたります。今日は突然参加しちゃってすいません。三薙さんのお友達達の旅行なのに、お邪魔しちゃいますね」

雫さんの時とは全然違うけれど、やっぱり礼儀正しく、けれど威圧感を与えない親しみやすい挨拶。
TPOってのを、完璧に弁えてるんだな、と感心してしまう。
俺なんかより全然、しっかりしてる。
皆も、栞ちゃんに好感を抱いたようで、表情が柔らかくなった。
一番フランクな佐藤がまず栞ちゃんに話しかける。

「いいっていいってー。栞ちゃんいくつ?」
「高校一年生です。皆さんより一つ下になります。よろしくお願いしますね」

そこで、藤吉がいきなりヘッドロックをかましてくる。

「ちょっと、マジでかわいいよ、宮守!おい、宮守!」
「いて、いて、いて、いてーよ、藤吉!」

岡野が栞ちゃんと天と俺を見て、深く深くため息をついた。
そして眉をひそめて哀しそうに言った。

「あんた、弟にこんなかわいい彼女いるのに、どうしてそうなの?」
「そうってなんだよ、そうって!どうだよ!」
「そういうところがさあ」
「ため息つくな!傷つく!」

昨日からなんなんんだ。
そりゃ俺は弟に何もかも負けてるけどさ。
あいつが規格外なんだよ。
俺は普通なんだよ。
ていうか皆も恋人いないくせに。

「栞ちゃんって呼んでもいい?こちらこそ休日に四天君連れ出しちゃってごめんね」

さすがは最後の良心、槇。
栞ちゃんに勝るとも劣らない癒し度と親しみやすさだ。

「いえいえ。こうして一緒にいけるようになってすごく嬉しいです。あ、皆さんのお名前お聞きしていいですか」

皆はそれぞれ自己紹介をして、一つ二つ話をする。
どうやらお互いいい印象を持ってくれたようだ。
どっちも性格がいいから、悪いことにはならないとは思っていたが、うまくやれそうでよかった。
俺の我儘で栞ちゃんに来てもらって、なんだか友達の旅行っていうか宮守家の旅行という様相を呈して来てしまっている。

「いやあ、本当にしっかりしてるんだね、栞ちゃんって」
「うん」

感心したようにつぶやく藤吉。

「なんで宮守そうなの?」
「だからそうって言うな!」

そしてまたため息をつく岡野。
本当に岡野ひどい。

「ほら、そろそろ行くぞ」
「あ、はい!」

そんな感じではしゃいでいると、一兄が苦笑混じり声をかけてくる。
双兄と一緒に車を回してきてくれたようだ。
7人乗りのミニバンと、明らかに双兄の趣味だと分かる真っ赤なスポーツタイプの車。
ていうかあれで行くのか、双兄。

「今日は、車まで出してもらっちゃってすいません。宿も用意してもらっちゃったし………」

岡野が一兄と双兄の傍にいって、ぺこりと頭を下げる。
いつものちょっとぶっきらぼうな様子とは違って、とても礼儀正しい。
そういうけじめには厳しい一兄が穏やかに目を細める。

「気にしなくていいよ。こちらこそ勝手に宿を手配してしまったが、泊まりたいとことかなかったのかな。余計なことをしてないといいんだけど」
「いえ!私達お金もないし、別荘行けるなんて嬉しいです」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。あんまり期待されても困るけどね」

今回、行く先を決めたら、一兄が別荘をどこからか手配してくれた。
管理人もいて、ご飯も用意してくれるらしい。
皆に伝えたら、大喜びで二つ返事で承諾してくれた。
本当は安いペンションにでも泊まろうって話をしていたのだ。

「はい!ありがとうございます!」
「ありがとうございますー」
「じゃあ、荷物積んじゃって」
「はい!」

藤吉達も一緒に頭を下げて、置いてあった荷物を手に取る。
荷物をトランクに積みながら、岡野が熱っぽいため息をついた。

「………はあ、イケメンだわ」
「………」

一緒に荷物を積んでいた俺は、思わず黙り込んでしまう。
それに気づいた岡野が肩眉を吊り上げる。

「何ブザイクなツラしてるのよ」
「………どうせ俺だけ残念だよ」

一兄も双兄も、かっこよくてモテる。
四天だって、あんなに性格悪いのに、認めたくないが、モテる。
色恋に縁がないのは、俺だけだ。
岡野があははっと笑って背中を叩いてくる。

「まあ、私はあんたのその地味で目立たないところ、悪くないと思うよ」
「なんだよ、その廻りくどい褒めてんだか褒めてないんだか分からない言い回しは!」

全く褒めてない褒め言葉に噛みつくと、岡野がまた楽しそうに笑った。
そして荷物を摘み終えると、一兄がトランクをしめてくれる。

「三薙達はこっちの車でいいな」
「一兄が運転?」
「ああ。6人だからちょっと手狭かもしれないが、皆一緒がいいだろ」
「うん!ありがと!」

それになにより、一兄の運転というのがありがたい。
出来れば双兄の運転する車には乗りたくない。
友達がいるからそれほど無理はしないと思うが。

「えー、俺女子高生と一緒がいー。俺そっちがいー」

文句を言ったのは、当の双兄だった。
また下らないことを言っている。

「双馬さん、私も女子高生ですよ。私じゃご不満ですか?」

それに口を尖らせて反論したのは栞ちゃん。
双兄が慌てて手を振って否定する。

「いやいやいやいや、栞ちゃんがいればそれだけで満足ですよ。もう俺の心は満たされてお花畑ですよ」
「それならよかった」
「じゃあ、四天、お前向こう行け。栞ちゃんと二人でドライブだ」
「寝言言ってる暇あったらさっさと運転してくれる?遅くなる。昼、あっちで食べるんでしょ?」
「あー、かわいくない。お前は本当にかわいくない」
「それはごめんね」

まあ、双兄も栞ちゃんと天相手に乱暴な運転はしないだろう。
ていうか出来ないだろう。
しかし双兄がこっちを運転したとしたら、あの真っ赤な車を一兄が運転していたのか。
やめてほしい。
それは認められない。
いや、でも一兄だったらかっこいいかもしれない。
あ、ちょっと見たい。

「ほら、さっさと行くぞ」

なんてことを考えていたら、一兄の呼ぶ声で俺は慌てて車に乗り込んだ。



***




「一矢さんも、ポッキー食べますか?」

三列になっているシートの真ん中の列に座っていた岡野が身を乗り出してポッキーを差し出してくる。
運転している一兄はバックミラーでちらりと見てから、穏やかに笑った。

「ああ、ありがとう。でも今はいいよ」
「欲しくなったら言ってくださいね。コーヒーとかもありますから」
「ありがとう。そんなに気を使わなくても大丈夫だよ」
「あ、いえ、そういう訳じゃないです」

見たこともないくらいしおらしい岡野は一兄の笑顔に、顔を赤らめた。
そして熱っぽいため息をついたと思ったら、打って変わってぞんざいな態度で俺にお菓子の箱を差し出した。

「んじゃ、宮守、はい。食う?」
「その態度の違いはなんだよ!」
「あたりまえでしょ。あんたと一矢さんを同列に並べること自体図々しい!」
「う」

それはそうだけどさ。
一兄と俺が同列に並ぶとか思ってないけどさ。
でも、岡野ひどい。

「………女怖い」
「宮守、その悟りは、俺達にはまだ早いぞ」
「そうだぞ、三薙。その台詞は彼女が出来てから言え」

藤吉と一兄がフォローなんだかなんだか分からない相槌を打ってくれる。
今まで周りにいた女の子は漏れなく親戚の子ばっかりだったから、こんな風にポンポンと話す子達はいなかった。
三人とも本当にいい子達だけど、時々本当にひどい。

「………そりゃ、一兄はモテるからいいけどさ」

ポッキーを齧りながらついこぼしてしまうと、岡野がポンと肩を叩いてきた。

「あんたも一矢さんと兄弟なのにね」
「そういう憐みに満ちた目で見るな!」

一番後ろの列に座って、隣の槇と話していた佐藤が声を張り上げて会話に入ってくる。

「宮守、誰か好きな人いるのー?」
「い、いないよ!」

ていうかいたとしても、ここで簡単に答えられるはずがない。
いや、どんな状況ならいいかと言われれば困るが、とりあえず気になっている子がいるこんなところで言える訳がない。
岡野の隣に座っていた藤吉も興味深そうに覗きこんでくる。

「いないの?」
「いない!」

槇もクッキーを食べてにこにこと笑いながら入ってくる。

「宮守君なら、すぐ彼女できそうなのにね。すごい優しいから。でも、好きな人がいないなら、焦ることはないよね」
「………」

その穏やかで、落ち着いたトーンの声に、乾いた心が心がじんわりと潤う。
なんだろう、槇のこの癒し効果は。
マイナスイオンか何かが出てそうだ。
感動を噛みしめていると、藤吉が不思議そうに首を傾げる。

「どうしたの?」
「なんだろう、栞ちゃんに言われても雫さんに同じこと言われても哀しいだけなのに、槇に言われると心が癒される」
「あ、分かるそれ。なんか岡野とか佐藤に言われたら傷つくだけなんだけど、槇なら素直に聞いちゃうんだよなあ」
「そうそう」

男たちの勝手な言い分に、勿論岡野と佐藤の物言いがついた。

「どういう意味だよ」
「差別差別ー!」

ていうかもうその態度が槇とは全く違うものだ。
差別じゃなくて、区別だと思う。

「だってなあ」
「ねえ」

顔を見合わせて頷きあう俺と藤吉。
同じく岡野と佐藤が息のあった様子で文句をつけている。

「最低」
「ひどーい」
「一矢さん、弟さんが酷いです。女心が分かってませんー」
「もっと教育してくださいー」
「お前らな!」

一兄にまで被害が及んだが、一兄は楽しそうにくすくすと笑うばかりだ。

「悪かったね。帰ったらきちんと躾けておくよ」
「一兄の裏切り者!」

兄弟の絆をぶっちぎって、一人女性陣の味方につく一兄。
一兄ずるい。
案の定、岡野と佐藤は向かい合って口々に一兄を褒める。

「やっぱ一矢さんは大人の男だよね」
「同級生の男なんかと違うよねえ」

そりゃ一兄はかっこいいし、大人だし、今もハンドルを握る様が嫌になるほど様になってる。
でも、俺だって、後10年もすれば一兄みたいに、なれるはずだ。
そのはずだ。
信じることは自由だ。
悔しくて、同士である藤吉に援護を頼む。

「藤吉、何か言えよ」
「俺は貝になります。沈黙は金。触らぬ神に祟りなし」

先ほどのことで懲りてるらしい藤吉は、口をつぐんだ。
こいつもずるい。

「それは最高の悟りだな」

藤吉の言葉に、一兄に深く頷いた。
それからちらりと助手席の俺に視線を移して、優しく目を細めた。

「三薙、学校で楽しくやってるんだな」
「………うん」

その言葉に、少しだけ照れくさかったけれど素直に頷いた。
こんな些細なことさえも、ずっとずっと望んでいたこと。
からかったり、からかわれたり、怒ったり、笑ったり、その全てが憧れていたもの。
目の前で繰り広げられる友人としてのじゃれあいを、羨望の眼差しで見てきた。
けれど、今は俺は見る立場じゃない、じゃれあいに参加する立場だ。
そう考えると、こそばゆくて、あったかくて、むずむずする、落ち着かない気持ちになる。
それは、悪い気分じゃないのだけれど。

「よかった」

一兄が優しく言って、左手を伸ばして頭をくしゃくしゃの撫でてくれる。
ちょっと恥ずかしいけれど、一兄に頭を撫でられるのは、なんだかもう昔からなので逆らう気も起きない。
いつだってこうやって、一兄は俺を褒めてくれた。
小さい頃は、この手に撫でられたくて一兄に褒められたくて仕方なかった。
友達がいなくて、家の中が全てだった俺には、一兄は誰よりも大きく誰よりも優しい人だった。

「あ」

そこではた、我に返る。
今は友達もいるし、そもそもここは家の中ではない。

「や、やめろよ、一兄!」

頭を振って、一兄の手から逃れる。
一兄は大人しく手をひいてくれた。

「ああ、悪かったな」

けれど、時はすでに遅く、恐る恐る後ろを見ると、岡野と佐藤がにやにやとしてた。
しまった。

「いいのに」
「ねえ」

藤吉はご愁傷様というように手を合わせているし、槇はにこにこと仲いいねえなんてまた槇らしいことを言っている。
けれど二人の魔女は別だ。

「なかいいねー」
「ねー」

俺はたまらず、叫んでしまった。

「もう、お前ら本当にやだ!」

狭い車内は、朗らかな笑いに包まれる。
からかわれるのさえ嬉しいって言ったけど、取り消す。
やっぱりからかわれるのはほどほどがいい。





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