「宮守君!」

夕暮れの帰り道、後ろから声を掛けられた。
おっとりとした優しい声は、クラスメイトのものだとすぐ分かる。
振り返ると予想通り槇が笑顔で、小走りに近づいてきた。

「あれ、槇」
「帰り?」
「うん」
「一緒に帰ろう」
「うん、喜んで」

誰かと話しながら帰れるのは、とても嬉しくて、楽しい。
そういえば槇と二人で帰るなんてなかったかもしれない。
いつも岡野や佐藤と帰るところを見ていたが、今日は何か用事があるのだろうか。

「ふふ」

尋ねようと思ったその瞬間に、槇が小さく笑った。
ふんわりとした印象の少女は、笑い顔も柔らかい。

「何?」
「そういうところさらりと言えちゃうところが、たらしだよねえ」
「え!?」

どこだ、どこに俺にたらし行動があったんだ。
そんなの出来るならしたい。

「さらっと女の子優先するし、優しい言葉かけて、甘い言葉かけて、言われてみれば宮守君て女泣かせだよねえ」
「え、俺が!?俺が!?どこが!?」

泣かせてみたい。
泣かせられるなら、泣かしたい。
いや、泣くのは嫌だけど、正直とてもモテてみたい。
けれど、槇は悪戯っぽく、くすくすと笑う。

「でも、それ以上にかわいいから、弟が頑張ってるように見えちゃうんだよね。育ちがいいからか、男って感じがしなくて無害ぽいし」
「うるさいよ!」

無害でかわいくて男って感じがしない。
なんというか、男としてとても言われたくない言葉じゃないだろうか。
俺は一兄みたいに男らしく頼もしい男になりたいのに。

「………どうせ、男らしくないよ」
「そうだね、男の人って感じはしないかなあ」
「どーせ………」

槇の追い打ちがザクザクと突き刺さる。
そんなの、俺が一番よく分かってる。

「でも、いざってときは決断力あるし、強いし、諦めないし、かっこいいと思う」
「………今更フォローされても」
「フォローじゃないよ。本当のこと」
「いいよ、別に」

今更何を言われても、信じられる訳がない。
決断力なくて天によく怒られるし、弱くて皆に迷惑かけるし、兄弟達のように、強くはなれない。

「どうせ俺は一兄とか双兄とか天とかと違って、男らしくなんかないし」
「そんなことないってば。兄弟と比べなくてもいいでしょう?」
「だって、あの三人、すごくモテるし………、男らしいし………」

ずっと横で見せつけられてたら、そりゃコンプレックスになるってものだ。
あの人達がいなかったら、俺はもうちょっと自信が持てていたかもしれない。
いなきゃ嫌だけど。

「どうしてモテないんだろうね。今草食男子流行ってるのにねえ」
「こっちが聞きたいよ!」

俺だってモテたい。
切実にモテたし。
女の子と仲良くしたい。

「どうして、今まで、友達いなかったんだろうね」
「槇、俺をいじめて楽しい………?」

女の子だけじゃなくて、友達がいなかったことすら言及される。
鬼だ、鬼がいる。

「いじめてないよ。不思議に思ってただけ。こんなに一緒にいて楽しいのに。私も彩も、宮守君のこと大好きなのに」
「な、な、な、何言ってんだよ!」

急に言われた言葉に慌てふためく俺に、槇が目を細めて優しく笑う。
包み込んでくれるような優しい笑顔は、ふわりと心が解けていく気がする。

「本当のことだよ」
「そ、それは、皆がいい人だからだよ」

俺がいい奴って訳じゃない。
藤吉や岡野や槇や佐藤が、皆優しくていい人だから、俺みたいなのと友達になってくれてるんだ。
俺は、周りの人に恵まれた。

「宮守君は人からの好意に鈍感だよね」

槇が少し困ったように笑う。
そして思案するように首を傾げる。

「え?」
「どうしてなのかな。自分に自信がないからなのかなあ。どうしてそんなに自信がないのかなあ」

不思議そうに俺をじっと見上げる槇に、また胸がつきりと痛む。

「………自信なんて、持てるはずない。こんな、人に迷惑をかけなきゃいけない、存在なんだし」
「私だって皆だって、人に迷惑かけまくってるよ」
「俺は、それが人より多すぎるから………」
「そんなことないと思うんだけどな」

槇のフォローはありがたいけど、本当だ。
槇は知らないだけだ。
俺は兄弟達の力がなければ、こうして会話していることすらできないのだ。
槇はしばらく考えこんでから、また俺を見上げる。

「私はね、宮守君たちみたいに不思議な力はないけどね」
「え、うん」
「人を見る目は結構あると思うんだ。昔からいじめられ体質だったし、嫌な人見分けるの、得意」

そういえばいじめられていたって言ってったっけ。
それで、岡野が助けてくれたって。
それなのにこんなに温かくておおらかなのって、すごいよな。
槇もすごく、強い。

「だからね、その私が自信を持って言うけど、宮守君は、いい人だよ。頑張ってるよ。優しくて強い。もっと、自信を持って、自分を好きになっていいと思うよ。嫌いにならなくてもいいんだよ」
「………槇」

嫌いにならなくていいんだよって言葉が、染み込んでくる。
そうだ、俺は自分が嫌いだ。
自分が好きになれない。
何かを成し遂げるたびに、少しだけ好きになれる気がする。
でも、どうしても、それ以上に迷惑をかけるから、好きになりきれない。

自信を持ちたい。
好きになりたい。

「それとね、追加でね、彩は信じられる子だよ。信じていいよ。あの子は裏切らない。真っ直ぐで、いい子だから。すごく、綺麗な子」

それは、よく知っている。
岡野は、とてもいい子だ。
真っ直ぐで強くてきらきらしている。
こんな俺でもずっと傍にいてくれている。
綺麗な綺麗な岡野。

「だから、彩の好意を、信じてあげてね」
「うん、それは勿論、信じてる」

岡野が俺と友達でいてくれて、心配してくれて、叱咤激励してくれる。
その好意は、すごくすごく有り難く思っている。
身に余る光栄で、岡野が叱ってくれる度に嬉しくなる。
岡野は、面倒見のいい、本当に優しい奴だ。

「多分理解してないっぽいけど、私の言葉、覚えておいてね」

槇はなんだか困ったように眉を寄せて笑う。

「好きだよ、宮守君。友達としてね」

最後に強調して付け加えられた言葉に、思わず苦笑してしまう。
槇はとても優しくて柔らかいけど、どこか冷静で厳しいところがある。
でも、そのどちらも、俺にとっては得難いものだ。
槇と友達になれて、よかった。
心の底からそう思う。

「俺も好き。勿論友達として」
「ふふ、相思相愛だね」

槇が手を合わせて可愛らしく笑う。
それから少しだけ首を傾げた。

「私は宮守君が好きだよ。だから宮守君も、宮守君を好きになってあげてね」

槇の言葉が、胸を突き刺して、でもじんわりと温かくなる。
温かくて嬉しい言葉。
でも厳しい言葉。

自分をもっと好きになりたい。





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