「………どういうこと?」

涼しい風が、林の中を駆け抜ける。
梅雨明けの明るい日差しは、こんな薄暗い話には似合わない。

根木が静かに、先を促す。
私は前を向いたまま。
根木も、前を向いたまま。
転がり落ちた言葉は止まらない。

「好きじゃない、訳じゃ、ない。私は千尋が好き」
「うん」

ゆっくりと、自分の気持ちを言葉にする。
根木は聞いてくれる。
何があっても、聞いてくれる。
そして、きっと正しい答えを出してくれる。
だから、ずるい私は利用する。

もやもやと、心の中で燻っていたものを、整理する。
その先は、きっと見たくないものだと分かっているのに。

「好き、なの」

そう、好きだ。
一緒にいてほしい。
唯一優しくしてくれる人間。

ただ一人の弟。
そして、ただ一人の家族。

ずっと一緒にいた。
守ってくれた。
あの柔らかい腕の中で、まどろんできた。

「でも」

ああ、そうだ。
好きなのに。
それなのに。

「でも、千尋に触られるのは、嫌」

手をつないで。
抱きしめられて。
優しく宥められる。

千尋の柔らかい声は好き。
抱きしめられて眠るのは、好き。
守られている気がする。
一人じゃないって、わかる。

だから、好き。
心からの安心。
安らぎに満ちた時間。

「でも」

誤魔化すように、何度も千尋が好きだと繰り返す。
自分を正当化するために。
自分を押さえつけるために。
でもやっぱり、誤魔化しきれない。

「あんたにキスされるのは、嫌じゃない。でも」

根木に抱き締められて、根木にキスをされて。
千尋に抱き締められて、千尋にキスをされて。
違う腕、違う匂い、違う感触。

喉に何かがつまっているように、言葉が出なくなる。
苦しい。
でも、吐き出したい。
もう、我慢できない。
苦しい。

「千尋とキスするのは」

いやだ。

顔を伏せて、手で顔を覆う。
根木にも聞こえないくらいの、小さな声で、私は吐きだした。
ついに、吐き出してしまった。

千尋を失いたくなくて。
千尋を縛りつけたくて。

感情をごまかした。
自分をごまかした。
千尋への執着は、千尋と同じものだと、そう思いこんだ。

そうしたら、千尋がずっと傍にいてくれるから。

「千尋が好き。愛しい。いてくれないといや。傍にいてほしい」

千尋がいないと、私は一人ぼっち。
誰もいなくなってしまう。
私はもう、一人になりたくない。

「でも、いやだ。キスされたくない。触られたくない」

強く触れられるたび、求められるたび、違和感が襲う。
違う、違う違う。
これは、違う、とそう心が訴える。

体は熱くなっても、ぞわぞわとする不快感が消えない。
ああ、そうだ、不快感、だ。
または、嫌悪感。

それは、うっすらとしていて誤魔化せるぐらい。
我慢できるぐらい。

でも、我慢、だ。
そう、私は我慢していたのだ。
それが見えないふりをして。
気付かないふりをして。

そしてつもりつもって、目を背けられなくなった。
気付いてしまった。
誤魔化せなくなってしまった。

「私は、たぶん、千尋とは違う」

千尋は私を、大事にしてくれる。
好きだと言ってくれる。
愛しいと言ってくれる。

そして私を求める。

「私は、千尋を、弟として、好き」

そう、私は千尋には弟以上のものは、求めていない。
家族として、傍にいてほしい。
ただ、優しくしてほしい。
ただ一人の、家族でいてほしい。

それ以上は、いらない。

でも、私は自分を与えた。
家族以上の、つながりを持った。

千尋を失いたくないから。
千尋を縛り付けたいから。

自分を与えなければ、千尋は手に入らないから。
千尋の自由を奪うため、私は自分を与えた。

とんだ、娼婦だ。

自分の都合で、弟に罪を犯させ、引きずり落とした。
金をもらうよりもたちが悪い。
そしてこうして後悔する。
根木にも罪を押しつける。

最低な、女だ。





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