「………っつ」

あったまいた。
久々に飲みすぎたわ。
うわ、気持ち悪、吐きそう。
お味噌汁飲みたい。
そんなもんないけどね。
くそ。
ああ、あさげ。
あさげが飲みたい。
生みそタイプのやつ。
こりゃ朝ご飯は入らないわ。

「おはようございます!」

バタンと大きな音を立てて、ボロっちいドアが乱暴に開かれる。
壊れるわよ、ドア。
狭い部屋に響いた大音量が頭にダイレクト打ちつけられて、私は起き上がったベッドに再度突っ伏した。
ああ、ベッド愛しい。
私、このシーツと添い遂げたい。

「さあさあ起きてください、セツコ様!すぐに朝食が来ますよ!」

けれど元気なおばちゃんは、追い立てるように私の布団を引っぺがす。
なんとか顔だけ上げて、どこにぶつかっても痛くなさそうな自前のクッションを沢山蓄えた妙齢の女性にかすれた声で告 げる。

「………朝ご飯、いらない」
「何言ってるんですか!またお酒ですか!?そんなんだからあなたは*************で、****になるんですよ!朝御飯はしっかり食べなさい!」
「……分かった、分かった。だから、怒鳴る、やめて」
「もう、だから嫁にいけないんですよ!」

口に酒瓶突っ込んで粕漬けにするぞこのババア。
嫁にはいけないんじゃないの。
いかないの。
行けず後家じゃないわよ。
行かず後家だったのよ。
しばらく前までは。

でも何も言わない。
この世の何より敵に回して怖いのはおばちゃん。

「さあ、すぐに朝食持ってきますから、顔を洗って服に着替えてくださいね」

私に服と新しい水差しと洗面器みたいのを渡すと、おばちゃんはどたばたと地響きを起こしながら部屋から出て行った。
震度3はあるわね。
なんでおばちゃんってのはどの世界もこうなんだ。
全世界、全次元共通で地上最強の生き物よね。
すごいわ。

おばちゃん、ノーラはエミリアの次に親しくなったメイドさんだ。
いや、彼女をメイドって呼ぶのは全ての秋葉原系の人に失礼な気がする。
家政婦。
家政婦でいいわ。
ドアの陰から覗いている系の。

「うう」

下らないこと考えて、このままベッドとお友達になっていたい。
けれど次彼女が来るまでに起きてなかったらまた怒鳴りつけられるだろう。
彼女の言葉はストレートで胸にささる。

「く、うう」

私は痛む頭を抱えて、なんとか体を起こした。



***




それでもノーラは食べやすいようにスープとフルーツジュースだけ用意してくれた。
こういうところは優しいのよね。
いい意味でも悪い意味でもオカンって感じ。
ムカついていた胃が、少しだけ落ち着いた気がする。

「また飲みすぎたんですか、セツコ」
「うるさい」
「言ってやってくださいよ、エリアス様!」

忙しくても城にいる時はなるだけ食後のお茶を淹れに来てくれるエリアス。
今日は二日酔いに効くブレンド茶らしい。
本当にマメっていうかなんていうか。
いい人で終わるタイプよね。

「まったくセツコ様はもっと女として*****、これだから結婚******が、男も逃げる************」

ハーブと一緒に蒸し焼きにするぞ、このクソババア。
いい加減キレて暴れ出すわよ。
男に逃げられたんじゃないの。
私から捨てたの。

「まあまあ、ノーラ。でも最近量が増えていますね。心配です」

私の顔が引きつったのが分かったのか、エリアスが慌てて話を逸らす。
確かに酒量が増えている気がする。
少し控えなきゃいけない。
アル中無職の三十路女って、本当に笑えない。
笑えないって言うか、泣きたい。
救えない。
人生終わってる。
でも昨日は、一応理由があるのだ。

「昨日は、女の人、来た。一緒に、飲んだ。だから、飲みすぎた」

そう、あの後、カテリナと名乗った女性と通じない会話をしながら杯を交わし合ったのだ。
同年代の女性と飲むのは久々で、なんだか新鮮だった。
中々魅力的な美人だった。
独身28歳。
それだけで分かる。
彼女はいい人だ。

私が結婚できないって言っていたら、あなたはかわいいからその気になればすぐに結婚できるわ、といったことを言ってい た。
男どもが見る目がないって話で盛り上がった気がする。
酔ってたし、あまり会話通じなかったからはっきりしないけど。
でも、とても楽しい酒だった。
月も綺麗でいい夜だった。

「女性?使用人ですか?」

エリアスが不思議そうに眼鏡を直しながら首をかしげる。
メイドさんなんて、エミリアとノーラ以外、ほとんど目も合わせてくれないわよ。
私の噂、今どこまでいってるのかしら。
考えたくない。
考えない。

「ううん、違う、思う。服、綺麗。高そうだった。」
「………どなたでしょう?」

怪訝そうに、小奇麗に整った顔をゆがめる。
まあ、城の中に不審者らしき人がいたら王様の傍にいる人にとっちゃ一大事だよね。
でも多分、あの人怪しい人じゃないと思う。
あの人は絶対に悪い人じゃない。
28歳独身。

「えっと、カテリナ、って名前だった」

がしゃんと、ノーラが木製のお盆を取り落とした。
エリアスが白い顔更に白くした。
な、なんだ。

「カテリナ、ですか?」
「え、う、うん」

もしかしてこの前のゲリラとかと同じ人種だったのかしら。
不審人物?
私、やらかしちゃった?
エリアスが焦った様子で一歩私に詰め寄る。

「***の長い髪で、背の高い」
「***?」
「陛下と、同じ、髪の色」
「ああ」

ブラウンって単語なのかな。
そうだ。
どこかで見た髪の色だと思ったら、ミカの髪と同じ色なんだ。
月明かりの下だから、はっきりとは見えなかったけど、多分そうだ。

「うん、そんな髪の色。背、大きい」
「………いつのまに」

エリアスが動揺した様子で、口元を手で覆う。
瞬きの回数が増えている。

「……誰?悪い、人?」

聞くと、エリアスがはっと私が目の前にいたことを思い出すように顔をあげる。
そして頭をゆっくりとふった。

「あ、いえ」
「誰?」

もう一度聞いたけれど、エリアスはそれどころではないらしくノーラに向き合う。
私を無視するとは、エリアスのくせに生意気だ。

「すいません、ノーラ。後を頼みます。陛下の元へ行きます」
「はい、お気をつけて」

ノーラは苦笑して、鷹揚に頷く。
なんだなんだ。
でも、ノーラの様子だと、そこまで深刻な事態ではなさそうだ。

「ねえ、ノーラ、カテリナって誰?」

ノーラは悪戯をした子供を叱った後のように、大らかに肩をすくめてみせた。





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