よほど豪胆なのか、よほど馬鹿なのか。
さて、一体どっちだろうな。



- 池 -






「さあ、お祖母様、もうすぐ卒業ですが僕の評価はいかがでしょうか?」

できるだけ愛想よく笑って首を傾げる。
前に座っている祖母は、よく手入れされた綺麗な眉を嫌そうに顰めた。
俺を恨めしそうにじっとりと睨んで、それから深い深いため息をついた。

「………本当にあなたはかわいくない子ね」
「躾けがよかったもので」

自宅だっていうのにきっちりとブランド物の服を着こんだババアがもう一度ため息をつく。
もう70に手が届くというのに、下手したら40代にも見えそうな若々しく美しい女。
一体どんだけ金かけてるんだか、この妖怪。

「仕方ないわね。許すわ。約束だし」
「ま、ハナから見えてた勝負だけどな」

渋々、けれど素直に負けを認めたババアを、せせら笑ってやる。
元々、俺に分がある賭けだった。
まあ、この女には分かってたんだろうけどな。

「あなたを男前に産むんじゃなかったわ。金を持たせなきゃ根を上げるかと思ったら、女を食いものにして生活するんだから」
「あんたに産んでもらった覚えはないんだが」
「明らかに私の遺伝子でしょ、その外見は」

口の減らないババアだ。
確かにその無意味なまでの自信は、不本意ながら遺伝子を感じる。
ババアは足を組んで、小さく笑った。

「まあ、あの子もこれで文句言わないでしょ」
「つーか、兄貴と鷹の奴がいるんだし、俺ぐらいいいじゃねーか」
「仕方ないじゃない。あなたが一番出来がよかったんだから。馬鹿だけど」
「泣くぞあいつら」
「あの子達決断力なくて頼りないんだもの」

曲がりなりにも孫に対してこの態度。
俺も兄貴たちもよくグレなかったもんだ。
いい子に育った俺たちを褒めて欲しい。

「そんで、これでもう文句は言われないんだろ?」
「ええ、認めるわ。見事に四年間の間に、芸術で食べていけるだけの成果を出したわ」
「当然」

四年間、資金援助は学費だけ。
それで一定の成果を出してみろ。
それが親父からの猛反対にあった時に、ババアが出した家業から離れるための条件だった。
まあ、それくらいは言われるって思ってたから高校の時からコネと金は集めておいたんだけどな。
学費を出してもらっただけ、甘い条件でよかった。
ババアはなんだかんだ言って俺に甘い。

「でも、院に行くんですって?」
「ああ、お袋が後二年学生やれってさ。その間での心変わりを狙ってるみたいだぜ?」

俺を手放したくない気持ちは重々分かるが、全く諦めの悪いことで。
祖母も同じことを思ったのか、俺の言葉に皮肉げに笑う。

「馬鹿ねえ。あなたが一度決めたことは絶対に翻さないって、よく知ってるはずなのにねえ」
「本当にな。いい加減諦めてくれないもんかね」
「まあ、一人で立派に生きていけそうな孫を持って、私は幸せだわ。やっぱり親から貰ったものを唯唯諾諾と受け取る男よりも、自分で作り上げるぐらいの侠気を持った男の方がいいじゃない」
「どっちなんだよ」
「池の立場としては継いでほしいけど、女としてはやっぱり男はたくましくあってほしいのよねえ」
「40年前ならトキメク言葉だな」
「何か言った?」
「いえ、何も。親愛なるお祖母様」
「本当に口が減らないこと」

そのまま下らない話をしてから、用事は済んだのでとっとと退散することにする。
月に一度顔を見せて経過報告するのは義務なので仕方ないが、進んでこの妖怪ババアとずっと一緒にいたい訳じゃない。

「そういえばあなた、今、男の子飼ってるんですって?」

部屋から出て行く前に、背中から楽しげに問われる。
なんで知ってるのかと一瞬だけ思うが、そんなの聞くまでもない。

「典秀か」
「誰だっていいじゃない。一体どういう風の吹きまわし?あなた、他人と共同生活なんて出来るの?しかも男の子なんて。女の子ならまだ分かるけど」

それでもあなたと暮らせるなんて、よほど豪胆かよほど馬鹿なのねえ、と続けられる。
自分の遺伝子をついだ奴に、よくもそこまで言えるもんだ。
まあ、確かに度胸が据わってるか、馬鹿か、どっちかだな。

「あー、メシ作るし掃除するし、何かと便利なんだよ。邪魔にならねーし」
「家政婦なの?」
「そんなもんだな」

それにセックスまでついて、こんなに便利なものもない。
割といい買物をしたと思っている。
ババアは呆れた顔で頬杖ついてため息をつく。

「その子はなんであなたなんかと一緒に暮らしてるの?私だったら絶対嫌だわ」
「それが孫に言うことか。そりゃ決まってるだろ」

部屋から出る前に、肩越しに振り返る。
歳をとる気配を見せない妖怪ババアに、笑って見せた。
当然だろ。

「俺に惚れてるからだよ」



***




実家から家までは一時間。
帰ってくる頃にはすっかり辺りは日が暮れていた。

もう住み始めて四年になる家は暗く、玄関には鍵がかかっている。
そういやあいつ、昼シフトのバイトだとか言ってたか。
カラカラとやかましく音を立てて、玄関を開く。
自分の貯金と大学への距離と広さを考えた結果、築40年と言う見事なアンティークの物件しか条件が合わなかった。
ボロくさくて汚い家だが、四年も住めばそれなりに居心地もいい。

居間に入って今時スイッチと連動してない電気をつける。
荷物を放り出して、喉元を緩める。
実家に行くのは、精神的に疲れる。

ちゃぶ台の上にはクロッキー帳が置かれていた。
何気なしにとってパラパラとめくる。
速写された絵はきちんとラインはとれているし、綺麗なものだ。

「相変わらずつまらねえ絵」

けれど、それだけだ。
タブローにも言えることだが、あいつの絵に面白みは全くない。
初心者用の教本に載っているような、手本通りの綺麗な絵。
いくらクロッキーと言っても、癖ぐらいは出るだろうに。

「お邪魔します」

そのつまらない絵を暇にあかせて見ていると、玄関が開くとともに、平坦な声が響いた。
ぺたぺたと廊下を歩く音が、居間の前まで続く。
開けっぱなしの引き戸から覗くのは、地味な無表情。

「早かったですね」
「おかえり。メシ」

顔を見ないままに言い放つ。
そのままクロッキー帳をじっと見ているが、全然後ろから気配が動かないことに気づく。
顔をあげると、無表情な男が突っ立ったまま俺をじっと見下ろしていた。

「なんだよ?」
「あ、いえ。それ俺のですよね」

それ、とは俺の手の中にあるものを差すのだろう。
見られたくなかったのだろうか。
まあ、そんなもんこんなところに置いておくのが悪い。

「そう。相変わらず無味無臭で乾燥した絵だな」
「すいません」
「その変態ぷり全面に押し出せばもうちょいいいもんできんじゃねーの」
「はあ。あ、メシすぐ作ります」
「ああ」

ようやく買物袋を提げたまま台所へ向かう。
俺はクロッキー帳を放り出して、寝っ転がりながら買ってきた本に目を通し始める。
そのうち台所からはトントンと包丁を使う音や、湯を沸かす音なんかが聞こえてきた。

しばらくして喉が渇いていることに気づく。
ビールを持ってこさせようと思ったが、気が向いたので自分で取りに行くことにする。
その心の動きから自分が割と上機嫌なんだなということが分かった。
ババアとの賭けに勝ったことで、どうやら思ったより俺は浮かれているらしい。
結果は見えていた賭けだが、勝つのはやはり気分がいい。

台所に入ると、味もそっけもない黒いエプロンを身につけた男が野菜を切っていた。
今度レースの裸エプロンでもさせてやろうかと一瞬思うが、きっと普通に無表情でやるだろうし、凹凸のない体でやられてもあまり楽しくないだろう。
嫌がるようなら楽しんだが。

あいつが来る前からたまに女にはメシを作らせていたから調理道具はそこそこあったが、それからもまた買い足したらしく、今では結構な台所になっている。
後ろから調理台を覗くと、鶏肉、シイタケ、にんじん、こんにゃく、さやえんどうなんかが見える。
今日も茶色いメシになりそうだ。

「煮物か。お前の作る料理ってどうしてそうババ臭いの?」
「嫌ですか?」
「別に。豪華なメシなんて外で食えばいいし」

逆に自宅で食うならこれくらい質素な方が、胃が休まっていい。
毎日豪華なフレンチなんて、考えただけで胸やけだ。

「料理を教えてくれたのが、年配の方だったんです」

調理の手を止めないまま、少しだけ表情を緩めて言う。
こいつがこういう顔するってことは、どうせあのローズグレイの手紙絡みなんだろう。
それ以上聞くのもムカつくので、俺は話を変えることにした。

「それ、何やってんの?」
「人参切ってます」
「見りゃ分かる。そういえばお前煮物作る時、わざわざ花にするよな」
「味の染み込みがいいし、綺麗でしょう」

腹に入ればなんでも一緒だろ。
すぐになくなるものに、どうしてこんな面倒くさいことするんだか。
けれど今日は気分がいいのをも手伝って、器用に人参に細工を施している姿に、少しだけ興味が沸いた。

「ちょっと俺にもやらせろよ」
「え?」
「貸せ」

俺の言葉に、こちら向いて無表情にパチパチと瞬きする。
けれどすぐにいつも通り無感動に頷いた。

「はあ。ちょっと待ってください」

流しの下の引き出しから、やや小ぶりな包丁を取り出し、丸く切られた人参を渡される。
そして自分も新しい人参を取ると、目の前で実演して見せた。
古い家だけに台所は広く、男二人並んでも狭くはない。

「こうして、ここに切りこみいれて、こうです」
「もっとゆっくりやれ」
「はい」

もう一度今度はゆっくりと包丁を入れるのを見て、俺も同じように切り込みを入れる。
人参は思ったよりも堅く脆く、隣の男の手の中のものと比べて随分不格好なものが出来あがった。

「何気に難しいな」
「初めてにしてはいいんじゃないですかね」
「もう一個貸せ」
「どうぞ」

それから三個目で、ようやく納得行くものが出来あがる。
自分でも自分の器用さに惚れぼれする。
変態も包丁をおいて、無感動にパチパチと手を打つ。

「さすがですね」
「チョロイな」

どうせならということで、しいたけと、こんにゃくも包丁を入れる。
こんにゃくをねじるのが中々難しい。
他にはないのか聞くと使うつもりはなかったきゅうりを取り出して、それにも細工を入れる。

「彫刻刀欲しいな。そしたら鳳凰ぐらい彫ってやるよ」
「やめてください」
「やらねーよ」
「もったいなくて食べれなくなります」

返ってきたあまりにもこいつらしい理由に、思わず笑ってしまう。

「はっ、ははは」

本当にこいつはどこまでも馬鹿だ。
なあババア、豪胆か、馬鹿か、多分大馬鹿の方だと思うぜ。

「先輩」

言われて隣を見ると、表情の見えない目がじっと俺を見上げていた。
その人形のような黒目の大きい目を見下ろす。

「なんだ?」
「今夜、何か用事ありますか?」
「いや?」
「夕食、ちょっと遅くなっても平気ですか?」
「あ?」

なんでだ、と言う前に包丁を取り上げられる。
自分も包丁を置くと、エプロンを取り外し、味噌汁らしい鍋の火を止める。
それからすでに物置になって久しいダイニングテーブルの椅子を取り出し、俺の前に置く。

「ちょっとここに座ってもらえますか?」
「は?」
「どうぞ」

何がなんだか分からないが、珍しく押しの強い変態に促されるまま椅子に腰かける。
すると俺の前に回った男が、おもむろに跪く。
そしていきなり俺のベルトに手をかけ素早く解き、次いでボタンを外しファスナーを下げる。

「おい!?」

思わず俺らしくもなく驚きの声が上がってしまう。
しかしそれに構うことなく下着をずり下ろすと、ためらうことなくまだ萎えたままのモノを口に咥える。

「おい!」
「ん、むぅ、ぐ」

止めようかどうしようか一瞬迷ったが、特に止める理由はないとすぐに気付く。
何がなんだかわからないが、好きにさせることにした。
しかし、いつもは全く乗り気じゃないし、やる気も見せないのになんなんだ。

「は、あ」

ぴちゃぴちゃと音を立てて、猫のように舐める。
舐められ手で擦られて、快感に腰が重くなっていく。
俺の脚の間に無心に顔を埋める男の髪を撫でると、小さく体を震わせる。

「んっ」

咥えながらもどかしそうに体をくねらせるところから見ると、こいつもとっくに勃っているのだろう。
興が乗ってきたのか、手で支えたまま喉奥まで誘いこみ、思い切り飲み込む。
鈴口を舌でついて、手で竿を擦りながら、喉でしごきあげる。
俺自身が一から仕込んだテクニックは、さすがに的確にツボを付いてくる。
正直もので元気な息子は、みるみるうちに大きくなっていく。

「うんっ、ん」

口の中を圧迫してきたものが辛いのだろう。
よだれを垂らしながら苦しそうに眉を顰める顔を見て、嗜虐的な感情が沸く。
腰を軽く揺すって喉奥を付くと、たまらず口を離して咳き込む。

「かはっ、あ、けほ」

涙を滲ませて涎を垂らす、その苦痛に歪む顔に、ゾクゾクくる。
もっとむちゃくちゃにして、泣き叫ばせたくなってくる。
変態は咳が収まると、俺の性器を触って、うっとりと目を細めた。
セックスの時だけに見れる、無表情な男の発情期の雌犬みたいな顔。

「は、あ。大きくなってきた」
「なーにやってんだよ」

嘲るように笑ってそのあまり手入れのされてない黒い髪を撫でると、地味な男は俺を見上げた。

「欲情しました。ヤりたいです」

本当にこいつは、どこにどんなスイッチがあるのかさっぱり分からない。
セックスは面倒だと言い放ち、事実いつも始めは心底面倒くさそうに相手をする。
こんな風にこいつから誘ってくるのは、こいつとヤり始めてから初めてだろう。
一体何に反応したんだか、唐突過ぎる。
こいつの行動はいつでも唐突だ。
けれど悪い気分じゃない。

「襲う前に言え」
「あんたはいつもいきなり襲うじゃないですか」
「俺はいいんだよ。俺は」
「嫌ですか。でも勃ってます」
「んっ」

どこかからかうように笑って、また俺の足の間に顔を埋める。
ねっとりとした熱い感触に、また熱が上がっていく。
俺の見せつけるように上目遣いに舌を這わすのが生意気で、思い切り髪を引っ張る。

「くぅ」

痛みに顔を顰めて唸る男に、背中を屈めて耳元で嬲るように、囁く。

「そんなうまそうにしゃぶんなよ、淫乱」

けれどイカれた変態は、痛みにすら感じるのか味わうようにぺろりと自分の舌を舐める。
そして挑戦的に俺を見上げる。

「あんた、淫乱、好きでしょう?」

ああ、これだから。

「くっ、はは」
「嫌ですか?」

断られるとは全く思っていない顔で、腕を伸ばして俺の首に絡めてくる。
膝に乗り上げる男の薄い背中を引き寄せて、その生意気な唇を塞ぐ。
舌を差し込むと、しがみつき、喜び勇んで応えてくる。
いつもは無感動なくせに、いざスイッチが入るととんでもない淫乱になる。
俺が調教したのも確かだが、こいつのこれは生来のものだろう。
とんだ才能だ。

「淫乱らしく、せいぜい気持ちよくしてくれよ?」
「努力します」

なあ、ババア。
俺と一緒に暮らせる奴。
よほど豪胆なのか、よほど馬鹿なのか。

多分、よほど豪胆で、よほど馬鹿なんだろうよ。





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